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月曜日(1)枯淡なわたしの極端なできごと

連載を始めました。

よろしくお願いします。。。

 はぁ~っ、と本日何度目かのため息をついた。

ため息をつくと幸せが逃げるというけれど、ため息を吸い込めば幸せを取り込むことができるのか。金魚みたいにぱくぱくすーすー息を吸い込んでみて、われながらむなしくなってため息をまた一つ。


 現在わたしは、くだいて乾燥させたツバメの巣的なナニか、のようなモノがちらばっているカーペットを避け、勉強机のイスに体育ずわりしてじっと足先を見ている。あ、爪のびてるしきらなきゃ。でも爪きりってどこにあるんだろ。


 それにしたってこんな大きな足、ほんとに勘弁してほしい・・・と嘆いているそばから、非常に現実的な匂いがわたしの鼻孔をくすぐる。かほりの原因はまちがいなく、この立派な足だと思われるが、認めるのが辛い。


 はぁ~っ。脚にまわした腕はすらりと伸びていて、それに続く少し骨ばった手の甲や指もけっこうきれいだと思う。その上、脚だって短くないし身長は180近くあるんじゃないかな。だから、この体は高校生男子としては恵まれてるんだと思うけど、どうにもこうにも違和感が抜けないし、物哀しい気分にさえなってくる。


 世界というものは一見のほほんとした顔をしつつ、ある日、とんでもない爆弾を無作為に落とすのだ。それを知らなかったわけではないけれど、自分の身にそれが降りかかってみれば、なぜ、どうして、なんのために、それが自分に起こらなければならないのかと思ってしまう。


 いわゆる「おれがあいつであいつがおれで」事件(または「ドン☆キホーテ」事件ともいう)がこの身にふりかかったのは、数時間前のこと。それ以来、わたし、野々宮羽衣子(海崎高校一年、性別:女)は、外面的には原口准多(同校一年、性別:男)となったのだった。



 別に自慢にもならないことはわかっているけれど、わたしはあのときまで、比較的平穏な高校生活を送っていた。まわりにさほど大きな迷惑をかけることもなく、まわりからそれほど大きな注目を集めることもなく。それが自分にとっての当たり前だったことにも気づいてなかったんだ、としみじみ思う。


 わたしの通う海崎高校は、この近辺ではまずますの進学校。わたしは要領のいい方ではないからそれなりに頑張ってだが、成績はなんとか上位20%以内のところにいた。あまり得意といえないスポーツは、運動神経の方は補正がきかないので、持久力でなんとかしのいでいる。


 友達関係は、中学時代まではちょっとぎこちなかった、というか正直いって思い出が真っ白だ。でも嬉しいことに高校入学後、気の合う友達と出会うことができた。同じクラスになった美加里こと、田村美加里さん。

 たとえば、駅の階段で靴がかたっぽ脱げてものっ凄い汗っかきのサラリーマンが拾ってくれたとけどその靴がちょっと湿ってた、とか、なんでもないような話ができる相手がいることの幸せ。

 美加里のサバサバした性格のおかげもあって、べったりくっつくこともなく、でも何かのときは自然といっしょにいる。美加里以外の同級生とは親しく話し込むような仲にまでいたっていないが、必要があればもちろん普通に話すし、実際、感じのいい人が多いと思う。

 美加里いわく、わたしはやや周波数がずれている、ことがあるらしく、そんなときはさらりと意見をいってくれる。逆にわたしにしても、彼女に何かトラブルがあったりすれば、できることなら力になりたいと思う。初めてできたといってよいくらいの、程よい距離感で隣りにいられる一番の友達、と少なくともわたしの方は思っている。


 登校して、授業を受けて、美加里と話して、授業が終わると学校を出る。美加里はバドミントン部に所属しているが、わたしは帰宅部だ。図書室かビーズのパーツショップなんかによることもあるけど、午後6時には帰宅。洗濯物関係とスープ類の用意はわたしの役割。お風呂や夕食が済むと、残りの時間は、兄と少し話をすることもあるが、基本的に自分の部屋に引っ込んで過ごす。きまじめに課題や予習をこなして、その後は、本を読んだり、唯一の趣味であるビーズワークに没頭したり。


 ビーズワークは高校入学と同時くらいに始めた。だいたいわたしが何か始めるのは、世間でそれが流行り終わったころであることが多いらしい。でもそれはあまり気にならない。

 完成したビーズの作品は、結構な数になって引き出しに収まっている。

 アボカドやいちじく、カブトガニやコウモリみたいに、見れば何の形かわかるようなチャームもあれば、わたしが「付箋」と呼んでいる、付箋サイズのただの長方形もいくつもある。

 自分が使うわけでも、誰かにあげるわけでもない、たくさんの作品は、何も考えずにひたすら指先に集中した時間が形を変えたもの。


 こんな生活は、高校生女子としては、かなり地味と言えるだろう。思い返してみて、一瞬「箸にも棒にもかからない」だの「枯淡」だのといった語彙が頭をよぎったが、それはぜいたくな話というものだ。少なくとも、わたしはきちんと、わたしの体の中にいたのだ。



 部屋のあかりもつけずにあれこれ考えていたために、気がついた時にはだいぶ暗くなっていた。

「うぉい准多ちゃん、風呂あいたよ。ところでお・に・い・さ・ん・が洗い方とかいろいろ親切に教えてあげようか、おまえにとって目新しい部位の?」


 こんなダミ声とともにドアを開けたのは、一つ上の学年の「兄」。弟を少しクマっぽくさせた感じのこの人は、この体の兄であって、わたし野々宮羽衣子の兄とは別人、性格も全く違う。

 現在わたしは、やむにやまれず原口家から通学することになっていて、「おれがあいつで(以下略)」事件、つまり原口准多との入れ替わり事件について知っているのは当事者二名に加えて双方の兄たち、そしてわたしの友人である美加里の五人だけ。


 まあこのお兄さんも人はよさそうなのだが、原口家ではこの素敵なお部屋をこの人と二人で使うことになっていて、しっぽりと現状と対策について考え込むことは難しそうだ。しかも悪いことに、考えたところでどうにかなる話ではない。



 そもそものことの起こりは本日週明けの月曜日、学校からの帰り道でのことだった。




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