Þórr - トール -
2013年に書いた、へんちき変梃りんな小説
a chair est triste, helas! et j'ai lu tous les livres. 肉体は哀しい、あゝ。すべて書を読み果てし。
(ステファンヌ・マラルメStéphane Mallarmé「汐風Brise marine」より)
彼は本を置いた。
起き上がる。「そうだ、もうだめだ。もう考えたってどうにもならない。取り敢えず腹減った」
アパート二階の六畳一間を出る。サンダルを突っかけて喫茶店に入った。
「日替わりランチお願いします」
昭和の匂いが鼻腔に附着する古い店内に、昔日本人が欧州旅行に行くとよく買うようなお土産の小物があちこちに置かれていた。飾り棚に寝そべっていたり、梁に坐っていたり、メニュー立ての陰から覘いていたり、窓枠に小さな村を営んでいたり、カウンターで調味料とともにならんでいたりする。まるで王国だ。
ジーンズのポケットからスマホを出す。ゲームを始める。半熟卵&カルボナーラが給仕される。掻っ込んで店を出た。狭い商店街を歩く。再びポケットから出だす。
「もしもし、あ、俺」
「どうした」
「やっぱ、田舎に帰るわ」
「え、論文は」
「やめた」
「え? だってずいぶん早くから手を着けてたじゃないか。七、八割はできてるんじゃないか」
「ああ、そうとも。教授の指導も数度受けたし、文献カードもデータベースの入力が終わってるし、骨子も固まってるし、研究資料の整理も終わって・・・、って言うかさ、本文も基本的にはでき上がってて、後は確認と検証とさらなる分析、ひたすらブラッシュ・アップするだけだ」
「この時期にそこまでできてるって凄い・・・。じゃ、まだ余裕はあるんだな。帰郷した後で急に考えが変わってこっちに戻って来た場合でも間に合う可能性は充分あるんだ」
「それはないな。
もう疲れたんだ。世を糺す真義はない。経済は慢性的な不況のまま滞って息を吹き返しそうもないし、職を求めても求人がなく、社会は少子高齢化して税が増え、負担すべき医療費も膨らんで財布を圧迫し、社会保障は削られ、頼みの綱の年金も時代の為政者がその気になればあれこれ理窟を附けていつでも変えてしまう。あてにならない。若者には未来も希望も職業もない。領土問題はこじれて民族間憎悪が嵩じるばかり、終わる見込みがない。国境がなければ戦争もないのに。民族がなけりゃ民族間の憎しみもないのに。宗教がなけりゃ異教徒を殺さなくて済むのに。何処も彼処も憎しみだらけだ。復讐ばかりだ。だがどうして復讐せずにいられようか。あゝ、ただ相手を打ち負かすためだけの闘争、権利を承認させるための戦い。名誉の毀損も、責められ詰られることも、非難されることも赦せない。ましてや自分や愛する者たちに危害が加えられることを絶対に赦せない。しかし死は最大最悪の否定だ、人は自分や愛する者への否に対し、激烈に憤激し、逆上する。人は自分を、愛する者を否定させない。広い意味でこれは承認のための闘いだ、理窟じゃない。だからいつの世も力ある者が恣にする。正道などありようもない。どこの政治家もどこの企業もどこの財閥もどこの国家もどこの政府もどこの抗議団体もどこの民族も、いかなる歴史も宗教も、もっともらしいことを言うがウソだ。力だけの世界でしかない。どんな真理も信条も論理も弁明も真実も叡智も学理も教義も天叡も無効だ。解決しやしない。何千何万年経っても、ちっとも変わっちゃいない。変わりそうなそぶりさえもない。誰もが必ず同じ穴に陥る。だからこれからも永劫変わんないさ。絶望だ。未来はない。糞喰らえだ」
「何言ってんだかわからないが、卒業は? 卒論やめるって、まさか」
「そうさ、やめる」
「ええっ、だって、単位だって順調に取れているんだろ。このままいけばかなり早い時期に」
「一秒も待てない」
「何が?
おい、何がだよ。おいおい、黙ってないで何か言えよ。なあ、何が待てないんだよ」
「・・・山籠もりして修行がしたい。
薫風の、いい季節だし。ふ」
「ええぇ? えーえ! 何だそりゃ、冗談だろ? 図書館籠りをやめて今度は山籠もりってか?」
「俺はすべて考え尽くした。考えてもわからない。思考以外の方法で探すしかない。新しい地平を探す。リアリティを探すんだ」
「俺にはまったく空想的に想えるが。
JM(日本製造株式会社)はどうするんだよ」
「辞退、いや、それ以前だ。未だ解禁前だぜ。だからあんなの何でもないんだ。ただ知り合いだから、そんな雑談があったってだけさ。内々定ですらないし、俺はそんな不正はそもそも気に喰わなかった。自分だけがちゃっかりうまくやっちまおうなんてのは気色悪い、性に合わない」
「何てこった、おい、まじで現実を見ろよ」
「もううんざりなんだ、そういう世間並みの価値観に縛られるのは。呪縛で息がつまりそうなんだ。真実は生きる意味、いや、生きるってことそのものだ。息がしたい。俺は死にたくないんだ。ただ糞するために飯食うような人生に倦み疲れたんだよ。清明躬に在れば氣志神の如し、さ。え、『礼記』だよ。な、そうだろう? 生命は生存じゃないんだよ。トルストイ読んだだろう?」
〝生命は・・・〟のフレーズは、レフ・トルストイ(Лев Николаевич Толстой)の『人生について(О жизни)』の彼なりの解釈だ。
「疲れただって? まだ何もやってないじゃないか」
「観念的に疲れたのさ。ユーラシア大陸を横断したくらいの気分だ。俺はもういいよ。全部間違っている。もうやめだ。布袋や恵比寿みたいに脱力してやるのさ。古代の神や仙人のように」
布袋様や恵飛須様が脱力しているかどうかは別にして、彼は実家に帰った。山籠もれる里、深き青き杜、きよらさやかのせせらぎ、薫るそよ風、日の差す照葉樹の渓谷、古墳や磐代の知られざる歴史、雲霧をまとう岩山、大和朝廷時代の古戦場、蝦夷の国。「あゝ、古郷は素晴らしい。皮膚も毛孔を開いて空気を吸い、満喫している。自分が生まれ育ち、先祖代々住む土地とは、もう理屈じゃない、体に自ずと合うものさ」
父は激怒し、母は泣いた。だが彼は知らんふり。さっさと荷物を纏めて山籠もりのため、家を出てしまった。何しろ身丈190センチメートルの上に剛腕なので、玄関に父が立ち塞がっても片手で持ち上げてどかしてしまったのである。しかし彼はすぐには山へは往かないで、地元である龍呑村の古刹、龍峯寺へと向かった。パーリ語でジャーナ、サンスクリット語ではध्यान(ディヤーナ)、中国語に音写されて禅那と言われる禪、その寺へ。禪という語の意味する処は静慮である。
ただし龍峯寺は臨済宗でも曹洞宗でも黄檗宗でもない。眞神族の若者が海を渉って唐の曹渓宝林寺の高僧、神秀(638年-713年)から学んだ禅を持ち帰り、独自に発展させたものであった。眞神族は五八八年、王であった彜之昂弖乃が火々禽の柵の戦いで大和朝廷に敗れて以来、臣下の礼を取っていたが、依然として独自に唐と国交を結び、かつ朝廷もこれを黙認せざるを得ない存在であったのである。
巨大な欅の円柱に支えられる大伽藍の下、法堂内の須弥壇上中央には本尊釈迦如来、右に獅子に騎る文殊菩薩、左に象に騎る普賢菩薩の三尊像が安置され、床は敷瓦、天井には叢雲をまとう雨龍が雄渾な筆致で描かれている。香の漾うこの厳かな空間で友人の父でもある僧侶、惟寂和尚に教えを乞うた。翌週、彼は颯爽と山に向かった。
山とは実家の広大な裏庭に他ならない。
空鼓家は古来武門の家柄で、眞神郡にあった古代王朝の近衛府において番長という役職を代々継ぐ下級官人の家系であった。近衛の統領である平衛家の臣下筋であり、直接的には平衛の臣である赤門家の家臣であった。従って赤門戸町に本家はある。彼、斗乎瑠の家は分家だが、下級官人の分家とは言え、古来富裕の地である眞神の官人ともなれば屋敷の敷地は広大で、小高い丘や低い山がいくつもあってもただ裏庭と呼ばれた。新しい地平を探すと嘯きながら彼は庭に山籠もりしたのである。
瀧のある沢の傍に、灰白色に乾いた岩で構成され、松しか生えない小さな岩山があり、その中腹によじ登ると、南に向いた、浅くて明るく乾燥した洞窟があった。膂力に自信のある若者しか登れない。彼はそこにテントを張り、瞑想を行った。毎日、清冽な瀧に打たれた。岩魚の泳ぐ透明な、岩迸る水で、大きな缶に入れて運んで来た米を炊き、一日一度、昼に食べた。量は次第に減らす。
修行の中心は坐禅であった。
先も叙したが、禅とはジャーナの音訳で、ジャーナとは静慮、すなわち「心を静かにして拡げていく」及び「心を静めて観を深める」ということだ。他にも禅定をサマーディと言うが、無私無分別になり対象と合一した三昧の状態を言う。
彼は四種のサマーディを順に行おうと試みた。これが四禅と呼ばれるものだ。
まずは初禅だ。
結跏趺坐し、半眼にして心を静め、欲まみれの想いや行為を離れ、瞑想による微細な思考の状態に入る。これを覚と言う。覚より深まった集中の深淵に沈静し、観察し、思惟することによって甚深微妙な法界の存在を感じる。これを観と言う。観の寂静を保つとやがて観る対象物と自分との対立が雲散し、縛めから解放され、重力から離れ、きよらさやかの喜悦が訪れる。これを喜と言う。喜悦に満ち、自然と物事への執著を離れ、欲を捨て、聖浄で崇高となった清々しい喜楽に至る。これを楽と言う。さらに心を集中し、集中によって静寂を拡げ、ある種の力を練り上げる。これを一心と言う。
覚・観・喜・楽・一心の五つを五支と言い、五支の功徳で充たすこの初禅はすべての禅定の源となるもので、基礎禅とも呼ばれる。
斗乎瑠はすぐに初禅を全うした。
休むことなく、第二禅を試みる。
集中を澄まし、透るに従い、瞑想が深まり、微細であった心のさざ波も静められ、覚と観とが自然に消え、静寂のみが拡がる。浄められた揺るぎない安定が生まれ、心が静止し、喜と楽と一心の三支のみになる。
次に第三禅を試みる。
喜の境地の留まることなく、これに染著せず、さらに静寂を深め、一切を無分別に観ず。差異がやわらぎ、曖昧になり、柔らかくすうっと霧のように消える。かくして自ずと捨に至る。捨は静寂の極み。如実観察の法眼が啓かれる。鏡に一切が映るように、観想になり切って一切になる。一切が自分として作用し、自分が一切となって作用する。これが念である。一切を透り透らせ、その清み明けくある透明の度を鮮裂にし、意識を超えた意識に達し、捨、念、智、楽を成就する。
この第三禅において初めてヴィパッサーナ瞑想に入るのである。すなわち止行から観行に移る。
第四禅は禅定によって生ずる一切滅一切解放の楽をも断ずる。むろん意識的に断ずるのではない。心の働きが正常に作用し、さやかにきよらに自然と、法の爾に、最後に残った淡く微かな分別さえも透明になり、三千億兆並行宇宙も透す深き清浄にして第四禅を成就する。
清らかな山の氣がよい効験を生じさせたようだった。
斗乎瑠は大いに満足し、下山した。意気揚々実家の玄関を開けたが、たちまち父の叱責に遭う。
「莫迦野郎、おまえという奴は、もう金輪際・・・親でも子でも・・・我儘勝手気紛れ放蕩者・・・与太者が・・・碌なものになりゃしない・・・勘当・・・堪忍袋の緒が切れ・・」
呵々大笑。
「親父殿、さような小さなことにこだわっては、あゝ、生命に苦しみの轍を跡するだけですよ」
ごろりと和室に横たわり、テレビのリモコンを手にする。ニュースだった。どこかの国旗が焼かれていた。斗乎瑠は不快になった。チャンネルを変えたが、俳優の不倫報道が映り、金持ちの娘がまたもスキャンダル、高齢者を騙す詐欺事件、公立学校の教員が幼い子を車で拉致した事件等々のニュース。諦めてネットを見るが、ニュースのコメント欄は罵詈雑言で便所の落書き状態。タレントのツイッターは炎上。そこにまた父親が来て叫ぶ。
「貴様のような奴は、き、貴様のような奴、奴は、で、出て行け、すぐ出て行くんだっ」
勢いよく起き上がって家を出た。厭離した心はあっという間に俗世に染まってしまった。
家には何台か車があったが、50年前のフィアットのチンクエチェントにはいつもキーが差しっぱなしだった。一冊の本(と財布!)を持って乗る。『大楽金剛不空真実三摩耶経』だ。「たいらきんこうふこうしんじさんまやけい」と読み、大いなる楽は金剛のごとく不変で空しからずして真実なりとの仏の覚りの境地を説く経、という意味である。何処に行くかは考えてない。古街道沿い、田んぼの真ん中、樹齢数百年の並木の影に広い駐車場のカフェがある。『ローラン』という店名はシャルルマーニュの聖騎士の名にあやかっていた。湖の古城のようでもある。ここなら誰かいるかもしれない。
壁に立てかけられた錆びだらけの古い自転車。「隆臥くんだ・・・」 斗乎瑠はすぐにそう気が附く。
店内に入ると二つ年上の先輩は確かにいた。トレーナーにジーンズ、バスケット・シューズ。どれもいつも同じでよれよれだった。薄手のニット帽をかぶって無精鬚、双眸は虚ろだ。仕事もせず、電気もない田舎の貸家に暮らしている。大家さんの畑の農作業を手伝って駄賃を貰い、それで貸家の賃貸料数千円を払い、食べ物はその老夫婦からおすそ分けを貰って食い繋ぐ。二十三歳の世捨て人だ。彼も家柄は古代武門で、屋敷も豪壮で家族は資産家だが、彼はそれを疎ましがっていた。無一文が気楽だと。
「よ、空鼓じゃないか。あれ、夏休みにゃまだ早くないか」
「隆臥くん、ご無沙汰です。学校はやめました」
「ほ、ドロップ・アウトか。ふむふむ、いいね。で、どうした」
「ええ、まあ・・・」
話を聞き終えて隆臥は言った。
「白隠禅師も言っていた。静中の禅は易いが、動中の禅は難い、と。世間を厭離して静かに瞑想に耽るうちはよいが、市井に住んで巷の喧騒の渦中、塵芥に塗れて静慮を保つことは難しい、とね。まあ、私見だが、率直に言って不可能じゃないか。所詮人間は人間だからな。いっそ現実は諦めてバーチャルにしたらどうだ。少なくともいきなり現実は難しいから、まずバーチャルで練習したらどうか。第四禅まで逝く君ならば自ずと智慧が啓かれるだろう」
「バーチャル? 2次元にしろってことですか? CGとか、アニメとか」
「いやいや、バーチャル・リアリティだよ。
知ってるだろ? 五感を刺激してまさにそこにいるような錯覚を起こさせるのさ。特殊な装置で、リアルな錯覚をね」
「わかります」
「それがRPGになっているのさ、クラウドでね。つまりサイバー上に造られた架空の世界に入るんだ」
「PCとかでそんなことができるんですか、そんなに簡単なんですか」
「装置は特殊な機能のある専用ゴーグルと、インターネット環境が整っていればいい。
視覚及び聴覚、そして脳神経細胞に直接作用する仕組みだ。実際にそこにいるような感覚になる。いや、現実と何ら変わらないよ。現実だって五感のハルモニアが凝らされたもの、感覚の精華、内に造られた解釈だからね。今度、集まるときに来たまえ」
「今すぐでもいいですよ。いや、むしろ、そうお願いしたいくらいです。居場所がなくって。宿なしなんですよ。説明したとおりです、情けないんですが」
「わかった。ちょっと待て」
立ち上がると公衆電話に向かった。硬貨を入れるタイプがまだあったのかと斗乎瑠は感心する。
「あ、平衛です。隆臥です。実は・・・」
突然、霹靂が轟き、烈しい雨が降った。ゲリラ豪雨だ。
「最近、こういうのが多いねえ」
隆臥がしみじみと言った。そう言われると、木の葉が激しく乱れ打ちされる音が不思議と静かに沁み入る。
「じゃ、迎えが来るから、このまんま、のんびりと待とうさ」
雨は30分経っても勢いが衰えない。
一台の奇妙な大型の自動車が駐車場に入って来た。ハンヴィー(High Mobility Multipurpose Wheeled Vehicleの略であるHMMWVが呼称の由来)だ。米軍の払い下げ車。モジュラー装甲している。モジュラーとはいくつかの機能的なパーツを組み合わせて特定の機能を持たせることを言い、戦車の例で装甲で言えば、フランスのルクレールは防弾鋼板を組み合わせて作った車体及び砲塔自体の外壁と内壁の間に二種以上の材質を積層させた複合装甲(積層装甲)を納める内装式であるが、この車の場合はメルカバMk4のような外装式モジュール装甲で、物々しい雰囲気だ。また平たくてシャープな外観がメルカバに似ている。ちなみにメルカバはイスラエルの戦車で、名称はヘブライ語で古代の戦闘用馬車Chariotを意味する。
「さあ、来たよ。行こうか、空鼓」
「え、あれですか」
土砂降り、米軍が正式に採用する車輛。確かに気分は盛り上がってきた。
席を立って店の外に一歩出ると余りの凄まじさに怯み、入り口の軒下でしばらく立ち竦んでいたが、改めて眼が車へ向く。見れば見るほど奇妙であった。ハンヴィーは米軍において様々なシチュエーションに合わせていくつものバージョンがあるが、この車もずいぶん改造されていた。まず全体に平べったい蠍のような形になっている。ハンヴィーという車輛は車高があるにもかかわらず、横に広いせいで平べったく見えるものだが、この車はそれに加えて蠍のように後部がせり上がっていた(普通は尻下がりのかたちが多い)。或る意味で鯱的とも言えた。大航海時代の軍艦のような感じとも言えた。人の出入りする扉は4枚で、「あそこから入るんだ」と隆臥が言わなくてもわかる説明をしてくれ、「ちなみに後部のカウルが自動で折りたためてオープンになるんだよ」と今はまだ知る必要のない補足説明をしてくれた。
思い切って雨の中に突っ込む。
「ぅわっ」
ドアを開け、飛び込むように駈け込んだ。「ぉお」斗乎瑠は思わず歓声を上げる。ドアの中は外観からは想像も附かない世界であった。クラシカルなイギリスの書斎のような、ホンジュラス産のマホガニー(センダン科マホガニー属の常緑大高木。マホガニーとは黄金色を意味し、心材は淡褐色から暗褐色・赤褐色・紅黒色で堅く磨けば光沢があり、緻密な木目が特徴)やブライヤー(ツツジ科の潅木であるエリカ・アルボレアの根隗)やウォールナット(クルミ科クルミ属)や鳥眼杢のあるメイプル(カエデ科カエデ属。心材は黄褐色)を色調が濃くなるよう亜麻仁油(亜麻色。金色を帯びた茶色)を重ねに重ねて擦り込み磨き上げたパネルと、柔らかなクリーム色のコノリーレザーとを基調にした贅沢な内装となっている。
操縦席とナヴィ・シートとはタペストリーで仕切られていた。コックピットから後ろは真ん中に一筋、歩くための廊がある。歩廊の左右に一脚ずつキャプテンシートが配され、各シートの前後はクリムゾンレッドをベースにする金糸交じりのゴブラン織を張った簡単なパーテーションで仕切られていた。
ドアを閉めると雨は聞こえず、静寂そのもの。
「やあ」
中にいる人たちの何人かが挨拶する。全員の声ではないようだった。エスニックな香の匂いが漂い、魔界に来たようなデカダンスな気分になる。
「これは、いったい」
斗乎瑠が問いかけると、隆臥は、
「ここでバーチャルするんだ。違う現実に跳ぶんだ。超越だ。もっと進化すればあっちの世界へ行けるかもな。解脱さ。雰囲気あるだろ? この香炉が」
コックピットのタペストリーの右がめくられ、
「アルカディア号にようこそ。3列目(コックピット&ナヴィ・シートを1列目として3列目)のコンパートメント(旅客列車の個室席)が空いてる。そこに坐ってくれ」
「哥舞伎さん」
ナヴィ・シートから声をかけてきたのは天之哥舞伎だ。三つ上。彼もまた私立眞神高校時代の先輩だ。下級官人とは違い、天之家は代々大貴族の家柄、いつも細身のジーンズに花魁の着物を羽織って髪を靡かせ、まさに猗靡、奢靡とも言うべき自称傾奇者だ。タブレットPCがセンター・コンソールに据え附けられ、外附けのカメラに繋がっているのだろう、周囲の映像とともにAR機能(Augmented Reality拡張現実)で情報が表示されている・・・はずだが、場所柄、表示するものがなかった。他にもタブレットがあり、またホログラム・ディスプレイがナヴィゲート・システムを表示して宙に立ち上がっていた。スターシップの情報局又は監視センターという観を呈している。高価なオーディオ・システムやテレビ・モニターもある。
「アルカディア号って、キャプテン・ハーロックの戦艦ですか?」
左のタペストリーがめくれ、操縦席から声をかけたのは、
「よお、久し振りだな、斗乎瑠」
彝之龍肯だった。一つ上で眞神高。操縦席はまるでラグジュアリーなスーパーカーのコックピットのようであった。小振りで太い、革張りの変形ハンドル、ならぶメーター類、数々のスイッチ、そしてやはりウッドパネルが奢られている。
「それもあるが、一応、古典ギリシャのἈρκαδία(アルカディア)、ギリシャのペロポネソス半島中央部、農耕に向かない貧しい山岳地帯にある実在の地域名で、牧人の楽園と伝承され、ユートピア伝説の代名詞となった土地の名称が出典さ」
「あゝ、それなら知ってる。ラテン語の名言で〝Et in Arcadia ego私(死神)はアルカディアにおいてでさえも存在している〟というのがあって、〝メメント・モリ(Memento Mori「死を記憶せよ」と訳され、「自分だって必ず死ぬってことを忘れるなよ」という警句)〟と同じような教訓だったと記憶しているけど、そのアルカディアか。なるほど」
「相変わらずだな。まあ、坐れよ。でかいおまえもゆったりできるから」
「さあ、こっちだ」
「あ、自分で探せますよ」
「僕の〝桟敷席〟は4列目だから途中までいっしょ、旅の道連れなのさ」
わずか数メートルだが。
隆臥に促されてペルシャ絨毯の敷かれた廊を歩む。隆臥もやや屈んで歩いたが、斗乎瑠は膝に手を当てながら歩かなければならなかった。アールヌーボー風のランプシェードが濃く憂鬱な華やかさの影を落とす。1列目と2列目の間は少し広くなっていて、エントランスと呼ばれていた。天井には八方睨みの龍がいて、足下のアラベスク模様には孔雀が織り込まれ、ピラーにはサラマンダーが絡まっている。2羽の大鴉が肩に留まるオーディン(Óðinn)神や巨人ユミルも象嵌されている。廻り縁や長押の部分にはガルーダ(गरुड)やガーネシャ(गणेश)、七福神や紅白梅の図、三聖吸酸之図等々・・・・・。
「やあ、よろしくな」
声をかけたのは2列目左の白舟大楽。三つ上。同時に在学した時期はないが、同じ私立眞神。彼のコンパートメントの内装はまるで大航海時代の軍艦のようだ。彼の家柄は千数百年前までは代々眞神の海軍大将だったのだ。帆船模型やボトル・シップはもちろん、髑髏の海賊旗や錨や綱や帆の生地などがデコレーションされていた。木製の箱に入った刻みタバコや海泡石のパイプ、ラム酒の入ったボトルが棚にならび、戦艦大図鑑が頁を開いたまま擱いてある。
「よろしく」
そう言ったは右、炎春慶。鍔に鷹彫られた剣や獅子紋の入った楯や翼ある龍の巻き附く槍や銀狼の線描のある戦斧等々のレプリカが飾られている。まるで炎に照らされるロマネスク時代の城の部屋のようだった。彼も三つ上で眞神高時代の先輩だ。
「さあ、ここだ」
隆臥の指す右席に坐る。高級だが何もない。左席を見ると空だった。
「早蕨の席さ。彼ら普段は東京だからな」
眞神高で一年上だった彝佐早蕨の〝桟敷〟は彼らしい、イタリア製でまとめた、ファッション雑誌にありそうなおしゃれな部屋だった。居なくても彼の存在が漾っている。
エンジンがかかる。車が烈しい降雨の中を厳かに緩やかに動き出す。この手の車としては信じられないくらいに静かだった。太くてブロックの大きなタイヤは相当なノイズを発するはずである。エンジンの轟きだって相当なものだろう。軍用なのだから荒っぽくてあたりまえだ。かなり資金を投じて防音を施しているのだろう。まったくもってロールス・ロイスのように静謐であった。足回りだって改造はなはだしいに違いない。路面の凹凸を吸収する滑らかな走りはエレガントですらあった。窓から見える激烈な降りが古い映画のようにしか見えない。
「常連になるなら自分の好きなように飾った方いい。自分の居心地のいいよう好きな物を置いたり飾ったりに坐りやすいように変えるんだ。木型から作るオーダー・シューズのようにね」
坐ってそう言う隆臥の部屋は4列目の左、質素で何もなかった。小さな茶碗に藺草の座布団、蘆の簾、パーテーション附きの小さな飾り棚があり、古本が十数冊置かれているだけだった。『更級日記』、『徒然草』、『存在と時間』、『スッタニパータ』、『ジョン・レノン対火星人』、『文庫版―人間存在の実存的分析による存在論考―「空」』、『眞神史記 彝玖邇之王篇』、『唐詩選』等々。
なお彝玖邇之王とは眞神族の初代王だ。
「いいんですか」
「別に、いいさ」
「でもこの車って隆臥くんのものじゃ」
「ないよ、むろん。眞神でせこいことを言うな。まるで朝廷の官吏みたいだ」
「・・・・・・・」
「どこに向かっているんですか」
「眞神の御山の方さ。静かな新緑の森だ。渓谷も近い」
「へえ、しかし」
「バーチャルに集中できる、世間から乖離してね。しかも聖地だ」
「はあ」
静かな時間が流れる。
改めて自分の手元や目前や脇や頭上や足下を見回す。しなやかでしっとり優しいレザーの感触と素晴らしい光沢のマホガニーの肘掛や窓枠。ゴブラン織りのカーテン。飾り棚に変わった形の大きめなゴーグルがあった。湾曲した細いマイクが顎の曲線に添うように伸びている。唐突に、
「天平普蕭さ。よろしく」
斗乎瑠の後ろの席から声をかけてきた。
「はい、こちらこそ」
席から首を出すと、さらに5列目から「彝之〆裂だ」左。「同源叭羅蜜斗だぜ」右。6列目はなく、5列目の後ろは本来ラゲッジ・スペースだが・・・・・・
「小生は天易真兮。よろしく」
鎮座する髯の長い若者はそう言った。
奥はまるで厨子のようだった。開いてはいたが、御簾に隠されている。畏怖すべき神の祭壇のようでもあった。天易、真兮、か・・・。斗乎瑠は声にせず呟く。彼こそ『―人間存在の実存的分析による存在論考―「空」』の作者である。
ちなみに彝之は眞神の王家で、同源は6500年前の戸璃兎邇栖(北アフリカ、現在のリビア辺り)時代に彝之家から分家した家柄で、「王家と源は同じ」というのが姓の由来だ。天平家は天之家とならぶ大貴族の家柄。天易家は天文占星古咒印契卜筮風水三爻八卦を専らとする学者の家柄である。易は蜴であり、蜥蜴のことであり、遷移・千変万化・うつろいゆらぎを意味すると言う。
狭い森の道に入り、丘陵の坂を上る。何となくリヒャルト・ワーグナーの『ワルキューレの騎行』が頭の中を旋回した。土砂崩れの心配はないのだろうか。そういう緊張も走る。降り頻る雨の飛沫の向こう、下の方に渓流が見える。更に狭い奥の道へ車は入った。草や木の枝が窓を撫でる。それでも音がしないのは奇妙なスローモーションを見ているような錯覚を観ぜしめる。スローではないのに。
「もうすぐさ。天気の良い日なら照葉樹の葉を透かして差す、緑の明るい光に囲まれた、さわやかな場所に出るんだ。心が明るく平らかになる、安らぎの、清み明けき聖地」
車が停まった。着いたのだ。濡れた若葉の明るい緑は美しいが、隆臥の言う清み明けき安らぎにはほど遠い。窓をわずかに開ける。雨飛沫の音の壁の彼方に渓の音が聞こえる。渓谷はもう見えない。ただ雑木林があるばかり。鳥の声がときどき微かにする。平らかと言うよりは烈しい悲劇を孕んだ憂鬱だ。緊張を孕んだ静寂だ。森が怖い。
「ここだよ。いい環境だろう。キャリアと提携した村営のアンテナも近くにあるから光通信もばっちりだ。実はここまで線を引っ張ってアクセス・ポイントを設置してるんだ。車の中には特注のルーターがある。Wi-Fi環境があればWi-FiもOKだ。ここにはないけどね」
「すごいですね。或る意味、放蕩です。皇帝ネロのようだ」
「まあね。戯れに、湯水のごとくに、さ」
「何かの引用ですか」
「いや。別に」
「はあ」
「さあ、始めよう。ゴーグルを装着するんだ」
着けた。周囲もごそごそ音がする。皆附け始めているらしい。
「取り敢えず、スイッチは入れないで聴いてくれ」
ゴーグルは耳まで覆っていて、隆臥の声はその耳を覆っている部分から聴こえた。
「大丈夫ですよ、スイッチがあることすら知らないから。ちなみにどこにあるんですか」
「アクセスって出るからそれをクリックするんだ。もうネットに繋がってるから、すぐバーチャル世界に入る。そこにメニューのホログラムが現われるから。凄くたくさん出る。アルファベット順だから。RFQを選んでくれ」
「るふく?」
「正義(Righteousness)誠実(Faithfulness)静寂(Quiet)のアクロニムさ。そこは心が現実を変える世界だ。待ってるから探してくれ。実は、僕らもまだ始めて間もないので皆逢えているわけじゃないんだ。ま、願えば逢えるさ。じゃ、スイッチを入れてくれ。グッドラック」
「ぇえ?」
しかしどうやってスイッチを入れるのか。そう思っていると、Accessの文字が。それを見ると、矢印のかたちをしたカーソルがその上に重なる。「もしや」と思って瞬きを二連続すると、文字が押され、次にYesとNoの文字が浮かび上がる。再び瞼でYesをダブル・クリック。
「ぅぉおおっ!」
突然だった。世界が眼球がぐるっとひっくり返ったような感覚に襲われ、彼は唐突にそこにいた。平面じゃない。上下も左右も前後もある空間にいた。そこは古い欧州の街に似ている。そこに立っていた。様々な人々のおしゃべりや物売りの声や馬車の車輪が石畳を転ずる音や、乾燥肉や焙られるソーセージの匂い、風が頬を撫でる感触、涼しい澄んだ空気。
「凄い。これがバーチャル・リアリティ」
いきなり眼の前に、半透明で炎のように揺らぐ虹色の壁が現われる。そこにはアルファベット順にたくさんの名称が列していた。「これのことか」RFQを探してクリック。今度はEnterの文字があらわれる。クリック。Log inとJoinの文字が炎に包まれて現われる。
「えーっと、まだ登録前だからJoinだろうな」と独りごちつつクリック。メールアドレスとパスワードの記入欄が現われた。下にキーボードが表示されている。「これを瞬きクイックって面倒臭いな。手でやりたいよ」と思いつつ、無意識に指を動かすとカーソルが動く。「あれ?」空中に架空のキーボードがあるかのように指を動かす。うまくキーの位置に合うように持っていく。押すしぐさをする。キーが押されたように動き、文字が入力された。
「ぁあ! 仕組みはわからないけど、凄い」
さっさと入力し、Log inとNoが現われ、Log inをクリック。
” Are you accept RFQ ? ”と表示される。Acceptをクリック。
また世界がぐるっと回った。
見上げるような城壁が聳える。門がある。門の両脇には胸壁を備えた塔があった。門には高い扉。黒い樫で作られ、どれほど分厚いか見当もつかない。黒い鉄の太いボルトで留められ、凄まじく頑丈に補強されていた。その中央には、巨大な楯が飾られ、その中には、白い天秤を右手に持つ美しい女性の顔をした後足立ち(ランパント)する獅子紋が百合の象徴のかたちをした穂尖の槍を左手に持ち、誇らかに燦然とする。
地鳴りのような音を立てて扉が開いた。
その先に広がる世界は。
灌木と石灰岩質の白い岩がところどころ突き出した、白っぽい砂岩色の丘陵がいくつもどこまでも続く乾燥地帯。
「ここ入っていいの? って言うか、どうすんだよ、皆に逢えるのか? だが、どうやって皆を探すの? 広過ぎるよ」
しかし踏み出してしまっていた。城壁は凄く分厚そうで、アーチ形の城門は短いトンネルのようにも見えたが、一歩進むと通り抜け終えてしまい、振り向くともう壁も門もなかった。ただ渺茫と、茫漠と起伏する乾燥した大地、そして余りに高い蒼穹しかない。
「ああ、どうしよう。Log outできるのかな。いや、できるに決まってるよな。でもやり方がわからない。ま、2時間でタイマー設定してるから問題ないんだけど。ぅーん、ともかく歩いてみよう。道か、人家がないかなあ。これではどこに向かって行けばいいのかもわからない」
気温は高いようだが、乾いているので辛くはなかった。 立ち止まって考える。だが不安がいっぱいになるばかりだ。灌木の陰に行って結跏趺坐する。瞑想に入る。心が落ち着いた。想いが静まっていく。深い瞑想に入る前に彼は眼を開けた。
「考えてみれば、いや、考えなくとも、これはバーチャル・リアリティだ。物が見えて、音が聞こえて、皮膚に空気の感触と熱があって、手足を振り、自由に動き回れて、つまり世界に生きているが、実際には、ただただそういう感覚があるというだけのことに過ぎない。空に架けた投影だ。幻影と同質の物だ。諸々の要素が縁り集まって刹那に起った象の現われだ。だから何も不安になることはない。
さあ、適当に、どこへでも行ってやろう。思い切って、普段できないことを楽しんでやろう。そうしなければ、いつ終わってしまうかわからないのだから」
そう言って颯爽と歩きだす。
「いや、いくら不安がないと言っても、でたらめじゃ面白くない。そうだよ、勝ち負けとか、当たりはずれとか、成功や失敗がないと、少しくらいどきどきはらはら、不安や期待、カッカすることなんかがないと、スリルがない。心が駈られない。だから考えよう。思慮しよう。そうだ、どこに向かうのが正解なのか、それを考えよう。そもそも俺は何がしたい、何が欲しい、どこへ行きたいのか」
沈思黙考。ソクラテスのように立ったままその場に止まって考えに耽り始めた。
「聖なる場所がいいな。聖なるものこそ意義が高い。心が清められ、安らぐし。何か力がもらえるかもしれない。聖なる場所は、いや、こういう荒野にこそ禁欲的な修行者がいるものだ」
見廻す。起伏ある乾いた荒地に崇高な気を湛えて少し目立つ、特に高くもないのだが、何か崇高な青い翳を帯びるような岩山が遠く見えた。
「あそこに行こう。走って行ってやろう。飛ぶように」 そう言って奔り出す。翔り出す。「あはは、あははは、あはははは」 笑いが込み上げる。まるで翼あるように体は軽かった。「それ」 ひらりとジャンプすると、20メートルくらいは飛んだ。「さすがバーチャル、何でもありだな」
どのくらい走っただろう。太陽が傾くころ、彼は岩山の向かいに立つ。眼の前には垂直に墜ちる絶壁の深い峡谷があり、遥かな底には川が流れていた。これを越えなくては、あの山の麓には行けない。麓に行きたかった。そこには質素な石造りの建物があったからだ。廃墟にも見えるが、聖なる修行者の聖堂にも見えた。
「ああ、あそこに行きたい。向こうに渉りたい。あの聖地に。そうさ、感じる。きっと聖なる施設に違いない。でもどうやったらいいんだろう。真っ直ぐ1000メートルくらい墜ちてる峡谷だし、どこにも渡れそうな場所はないし、飛ぶには余りにも離れすぎているし。とうてい向こうには逝けない。翼でもない限りは。
いや、いっそ飛んでみようか。何しろ現実ではそんな莫迦なことはできない。こういう機会でなければ。面白そうだ。死んでもまたアカウントを登録すればいい。またLog inすればいいんだ。やってみるか」
しかし首を振る。
「いやいや、それでは面白くない。死んでもいいんじゃ何のスリルもない。真剣味もない。本当に生きているみたいに、もっと大事に使おう。でなけりゃ醍醐味がない」
考えた。
「ま、平々凡々なやり方、まったくもって普通だけど、廻って見て、向こうへ渡してある橋か、繋がっている道路でも探すしかないな」
とぼとぼ歩いた。「あ!」 突然だった。世界ってこんなに簡単に終わってしまうものなのか。
現実に戻っていた。車内にゆったり香炉からの煙が漂っている。
「タイム・アウトか」
隆臥が訊いてくる、
「どうだった? 実は、おまえのは2時間で終わるよう設定したんだよ、初めてだからね。他の皆は、まだやってるよ。僕も2時間で終わるようにした。現実に戻ったとき、おまえ一人じゃ寂しいだろうからな」
「ああ、ありがとうございます。しかし凄かったなあ」
「だろ? だが、おまえはな、今日はこのくらいにしておくんだね。車内でサイケデリックな雰囲気でも愉しみ、本でも読め」
・・・・・・・・本を捨てて、ここに来たのに。斗乎瑠はそう思ったが、言わなかった。
その2時間後、一人ずつ戻って来た。
「痛快だったな」
哥舞伎がそう言う。
「おまえは何をしていたんだ」
〆裂が尋ねると、
「なあに、傭兵隊の隊長してたんだが、或る戦でオークの大軍にぶつかってね、殲滅さ」
「なるほど、っで、炎は?」
春慶は静かに応えた。
「俺は山に籠って剣術と禅の修行していたのさ。そしたら敗走してボロボロになりながら敵に追われていた哥舞伎と遭遇したのさ。そういうことだ。運命だね。運命は常に一つしかない」
「おまえの持論だな」
「そうさ。すべてのかたち(フォーム、フレーム、もしくはスキーム)は無根拠だ。その設定理由どころか、そもそも設定が何かを説明できない。設定というコンセプトをね。たとえば事実とか、真実って、何だ? その価値設定がどうしてそういう価値のかたちになったのか説明できない。その先、その奥、その下層は言わずもがな、だ。そう考えれば選択肢などそもそも幻想なのさ。運命は初めから一つしかないのさ」
「そういう結論はフォルムを前提に導かれていないか? でも、フォルムが瓦解してるから、いいのか? ぅむ、難解だな、別の機会に詳述してくれ」
「どうでもいいことさ。あたりまえ過ぎて知る必要もないことだよ。誰しも既にそれを生きているわけだし。経験して了知したのに改めて実証するのも虚しい」
「おれは相変わらず海賊を楽しんできたぜ」 大楽が大らかに微笑してそう言った。「素晴らしい3本マストの帆船なんだ。髑髏の旗に、船首の凝りに凝った彫刻、30門の大砲、ロープを伝ってマストに登る船員たち、船は深いオーク材の落ち着いた木の色調、腰には見事な宝飾の象嵌細工の附いたナイフ、豪華な船長室、ラム酒・・・・・あゝ、最高だ、冒険だ」
「俺なんざ、捕まって糞尿の臭い、暗い牢屋の中さ。鎖に繋がれてな。ふふ、楽しんでやったぜ。パンクなのさ。あゝ、指名手配だったからさ。構いやしねえ、やりたい放題だぜ、賄賂を取る役人や、汚い金貸しや、搾取する代官どもに唾して廻ってるからな」
そう言って叭羅蜜斗は呵々大笑。
「〆裂、おまえはどうなんだ?」
「俺は」 そう言ってニヤリ。「いつもどおりさ。あちこちで果たし合いをして、小銭を稼いで飲み代にする生活だ。これが人生なのさ。俺には普蕭のように侯爵になって大きな館に住む生活は性に合わないんだ」
「面白そうです」
斗乎瑠が言った。大いに頷き、普蕭が言う、
「ふふ。なかなか現実ではできないことを試みる。やがて現実にも何らかの影響を与える。そうでなくっちゃ面白くない」
斗乎瑠は二度目のバーチャル体験のとき、古い寺院に入った。それは古代のインド風であった。僧に乞うた。
「古い典籍を見せてください」
「だめだ。そもそもおまえは誰なのだ」
「誰であっても同じです。どうかお願いします」
そう言いながらも意を凝らし、僧の魂に届かせた。僧は頷いた。
「わかった、見ていきなさい、優れた稀有なる若人よ」
斗乎瑠は「なうぼう あきゃしゃ ぎゃらばや おん あり きゃまりぼり そわか」と唱えた。体に清かな熱く涼やかな光の潮が満ちて流れ、すっきりと軽やかに充実し、漲る。記憶力は増大し、すべての真言の奥義を捉えた。彼は実感した。彼は言葉と論理によって構築された概念を捨て、実在する実存の真理を手に入れようとしていた。実際にある、現実の存在であり、かつ〝ロゴス〟のような存在をつかもうとしている。体の中を実際に流れる血であり、筋繊維である真理を掌に握ろうとしていた。実際に現実を動かすフォースである真理を体にしようとしている。概念を、思料を超えた他者、物的なものへ変えようとしていた。
「あゝ、これが俺が求めていたものだった。大学卒業を捨てて欣求したものがこれだった。ようやく着いた。さて、実行しようではないか。現実の関与したい」
彼は戦場へ赴く。光明真言を唱え、
「おん あぼきゃ べいろしゃのう まかぼだら まにはんどま じんばら はらばりたや うん」
全身に正常な薄緑の光が走り、頭顱頂部からゆっくり涼やかな心地よい気流が伝わり流れ落ち、臍下丹田を通過し、足裏まで降りる。すると白い金を帯びた光を全身から発し、炎のように敵に攻め入る。その勢い、仏に逢っては仏を殺し、親に逢っては親を殺す勢い。槍と楯を掲げ来る大軍の騎馬隊を、「おん あびらうんけん ばさら だどばん」と唱えて放つ焔の光で無みし、「おん さんまや さとばん」と唱えて烈火のごとき紅蓮の大剣を手にする。逃げ惑う敵をも切って捨て、「おん あみりてぃ うん はった」と唱えて容赦しない。
そこに現われ立ち塞がる陰陽師に向かい、
「のうまく さんまんだ ばざら だん せんだ まかろしゃだ そわたや うんたらたかんまん」
そう詠唱して雷霆霹靂の鎚で縦に裂く。
これら真言は凡て原典を持つが解釈は斗乎瑠の独自解釈による活用で、世間に通用しているものとはまったく異なっていた。真理と真実の言葉は法に適い、現実性を以て現実を窯変せしむ、斗乎瑠はそう確信する。生きることに意味はある。いつか現実でも天下無双となるに違いない。現実は五蘊の結集に過ぎないのだから・・・・・・・・意志が現実を変える。運命を革める。魂が世界の王なのだ。神はいる。
そう想えば全身の細胞が新しい新鮮な空気を吸い、瑞々しく生き返るのであった。活性化し、新鮮になり、涼やかで清爽で自由自在闊達無際限となる。あゝ、生きることは素晴らしい。そして朋がいればさらに。
斗乎瑠がアルカディア号に集う何回目だったか。
桜華の爛漫たる時季だったに相違ない。
〆裂が言う。
「って言うか、そろそろ俺たちもまとまって動くか」
「ならば普蕭の館に集まろう」
哥舞伎がそう提案する。炎が頷き、
「うん、そうだな。他の連中はどこにいるか探しようもないが、侯爵家なら探すのは簡単だ。そこを集合のための目印にしよう」
こうして彼らはἈρκαδία号でまとまって移動するのと同じように、バーチャル世界でも行動をともにし、冒険の定番であるスタイル、仲間とともに世界を旅する。さてそこから先は波瀾万丈、しかしそれを縷々語るのは純文学様の本領じゃあるまい。
山地を進む彼らは途中で何度かオークやゴブリンの盗賊軍団に襲われたが、〆裂や叭羅蜜斗、そして雷神トールの降臨のような無敵の巨漢である斗乎瑠らはまるで紙でも千切るかのように亜人類どもを引き裂いた。哥舞伎が感心する。
「斗乎瑠よ、さすが禅に通じた者だけのことはあるな。意識の力が世界を変革する。おまえのその力は、まさしく瞑想で鍛えられた意識の力の結晶だぜ」
だが、歓びはすぐに薄れ、空疎な気分に塞ぐ。或る日、馬車のガラス窓からぼんやりと夜の驟雨を眺めていた斗乎瑠は歎息する。
「結局のところは、いつか、そのいつかは必ずしも遠い日ではなく、その日に死を迎えてその先はまったくの無か、まったくの未知(いまの我々の心情から言えば、ほぼ無と変わらない)だというのに、いったい、俺たちは何をしているのか」
物憂げに〆裂が応えた。
「誰にも立ち入れない問題だな。個人的な出来事で、畢竟、誰しもその人の体験の中には入れないのだ。おまえが死に逝くとき、暗い闇の渕に落ちて逝くときはまったくおまえは独りで、俺はそこで声をかけることも一緒に居ることもできない。おまえは言葉も耳も閉ざされて独りぼっちになるんだ。そのときすべての信じていた価値は虚しくなる。何の甲斐もなく、砂の城のように瓦解することに気が附く。しかもその感慨はもう誰にも語れない。
だが、それをどうにもできない。小学生のときの予防注射を想い出せ。学校内で校医が行うあれだ。一列にならんで順番を待つ間、緊張したよな。そして、いざ自分の番になると、この世で自分だけが注射を打つ者のような気分になるんだ。
死も同じだ。既に何千億人が経験し、通り過ぎた道なのにな。花が実をつけて枯れ落ちるよう自然で正しく、あたりまえで普通で、詩情あふれもの悲しく美しいことなのにな。ふ。
そんなことしか言えない。何の足しにもならないぜ。そもそも言葉を重ねたって、諸考概なんてただ架空の約束事でしかないんだから。何のかたちも力も意味も効能もない、実体も本質もない、喜怒哀楽や欲求や焦燥や納得や了知承諾の感情があるだけで、路傍の石は路傍の石なんぞじゃない」
アルカディア号で出発した或る日、斗乎瑠はゴーグルを附けなかった。隆臥が尋ねた。
「どうした?」
「いえ、ナチュラル・バーチャル・リアリティを実践してみようかと思って」
「何だ、それは?」
「機器や器具に頼らず、五蘊(色・受・想・行・識)を利用し、瞑想で脳神経細胞(Neuron)のシナプス(Synapse)を刺激して脳内神経伝達物質(Neurotransmitter)をコントロールし、世界を構築し、バーチャル世界に入ることです。
考えてみなくとも晰らかなことですが、我々が見ている映像は事実そのままではありません。それは正確に映され(写され)ていないということではなく、そもそも映像なのか。色彩という在り方は存在するのか。なぜなら色彩は光の波長を脳内で解釈して捏ねて煉り造り上げたものだからです。つまりそれは解釈による構築物で、因子を持つが、まったく純粋な偽造です。かたちについても同じことが言えます。これらは一例に過ぎません。懐疑の例を挙げたら永劫fugue、無限loop状態になって切りないからです。
ずっと考えていたんです。瞑想でバーチャル世界に入れないか、と。従前では考えられないことでした。しかし実践躬行、つまり自分の躯で実際にバーチャル体験を経て、なるほどこの感じか、と思い、感じがつかめたので、不思議と心体の自然の機能が働いて、出来るような気がしてきたし」
〆裂が珍しく席から身を乗り出し、反論した、
「しかし、それでは、いまのように皆でともには、できないな」
「そうは思いません。集団意識って、ご存知ですか。馬など群れを成す生き物には、個々の意識とは別に群れとしての意識があると言います。だから群れが列をなして同時に進行方向を変えることができるのだとも。
ユングも集合無意識について言及していました」
「なるほどね。まあ、やってみるさ。運命を革めるのが人間だ」
最後部席の厨子の奥から燻る紫煙の御簾に翳される真兮が笑いながら作麼生する。
「よくわかるが、実際にはどうする気だね?」
「瞑想を深めます。
さっきも言いましたが、物象やらその他もろもろの〝かたち〟というものは我々が考えているようなものとはまったく違うのだと思います。そのように考えれば、光速に於いて時間の速さが異なったり、物質の長さが異なったりすることも納得できます。
もしかしたら物質世界は物体と波動の両性というよりは或る種の情報体なのかもしれません。そう想えば、大日如来(摩訶毘盧遮那如来マハー・ヴァイローチャナमहावैरोचन 大光明遍照)が無相の法身(姿・形の無い永遠不滅の真理そのもの)と呼ばれるのも理解できる気がします。法身とは無限宇宙に周遍し、万物とともにあり、全一者であり、万象を生成化育して自己を現成するという、一切物象の成育を促す情報体、生命体に於ける遺伝子情報のような情報体なのではないか、とも考えられます。
いずれにせよ、すべてには懐疑の余地がありますが、そもそも懐疑というフォームはなぜ検証方法として採用されたのか、そのフォルムはそもそも何のことなのか、そういう在り方への問い、及び在り方ということ自体への糺し、そのフォルムへの問いなどなどなどなどなどなどなども考えると、もう思考の極北に達して論理思考的方法論は論理的方法論のテーゼに従って自己破綻しますが、だとすればそれは矛盾です。
なぜならば破綻した方法論を使わないという論理思考的方法論に従えば、破綻が成立しなくなります。しかしここで使わないということがやはり論理思考的方法論に拠っているので同じ矛盾が・・・・しかしそれを矛盾とするのもやはり・・・・・という永劫loopに陥ります。
もはや結跏趺坐を組んで臍下丹田で思考するしかありません。身体で理解することこそ与えられた限りに於ける事実です。言語に拠る論考は空転し、死に際して無意味化します。真実だの捏造だの妥当だの不当だの正解だの誤謬だの一致だの差異だの同じだの異なるだのすべての義は明日も〝生きていられる〟によって成り立っている。色彩が割り振られている。足がなければたちまち色を失する。
死は生に異ならず。すなわち死と生は同じです。しかし同時にそのテーゼは実存的に誤謬です。現実的には、死と生は同じではない。なぜなら死と生を同じと想うような人に死と生を同じと感じられるはずがないからです。
死を見切る、などということは実際的、実践的ではないことが経験によって睿らかにされています。実感として、実存的に、切実に。
それは論ではない。理窟ではない。概念ではない。筋道立てて説明しても、数字の羅列と変わらない。それは厳粛に、存在する。厳粛とは存在ということなのです。すなわち事実は動かし難い。だから我々は智慧を絞るよりは〝働き〟を機能させるべきなのです。〝働き〟の動き出す瞬間を確実に捉えなければなりません。その機を捉えるべきです、これを失してはならない」
真兮は腹を抱えて笑う。
「あゝ、立派な若者だ。自然法爾を君に勧めよう」
「了解します」
Ἀρκαδία号は逝く。
斗乎瑠は復学した。卒論を仕上げ、卒業後は東京で普通のサラリーマンになった。雷神Þórrのように。むろん在学中も就職後も時間を見つけては帰省し、瞑想を練りに煉って全平行宇宙森羅万象三千世界の革新に努めたことは言うまでもない。
以上 無闕遺焉欒々大団円 完
しゔや りふかふ 錄す




