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短編No.01-20

No.19 空色の街

作者: 藤夜 要

 のん気なパパに連れられて、私とママは、とある田舎町に出来た新興住宅地の展示場へ来ている。急に『家を見に行こう、ママが夢にまで見ていたマイホームを買う機会が来たんだ』とはしゃぐパパの顔を、怒った顔で見ていたママ。私にはよく解らないけど、ママが喧嘩腰な言い方をしていたから、あんまりよくない意味だとは思うのね。

『出世争いに負けたから、そんな田舎暮らしが確定しちゃったんじゃないの!』

 シュッセとかカクテイとか、よく解らないけど、田舎暮らしという意味なら、解る。電気とか水道とかバスとかタクシーとか。何にもない、不便なところのことよね、確か。私も、それを聞いて何だか嫌だなあ、と思ったの。あんまりにもパパが可哀想だから、その時私は黙っていたんだけど。


「ママ、退屈。遊びに行って来ていい?」

 いつまでも、モデルルームのあちこちを見ているパパとママにつき合い切れない。退屈過ぎて、もう死にそう。DSも持って来ちゃダメとか言うし。お気に入りの大きなクマのぬいぐるみも、場所がかさばるし、瑠璃(るり)はもう三年生でしょ、なんてこんな時ばかり大人扱いするし。じゃあどうしろっていうのよ、って感じ。

 ママは昨夜、あれだけ酷い言葉を言った癖に、すっかりお部屋を見るのに夢中。パパはやっぱり紳士だわ。ママのそんな性格をお見通しで、昨夜もきっと、ママの言葉をスポンジみたいに全部受け止めちゃったんだろうな。そんな大好きなパパが、ママに代わって答えてくれた。

「OK, go out to play. But do not go too far.アソビ、OK.Butトオク、ダメよ」

 瑠璃色の瞳で、パパがにっこり笑って許してくれた。おんなじ瞳の色で、やっぱりにっこりと見つめ返す。ママにはきっと解ってもらえない、パパと私だけが知る寂しさ。そんな哀しい色だ、って思ってる。この、空よりも青い、瑠璃色の瞳を。


 でも、気にしているのを知られちゃいけない。パパを悲しませてしまうから。本当は、知ってるの。パパもママも、世界一私を大好きだ、ってこと。昨夜みたいに喧嘩をしても、ママは私が見てないところで、パパにそっと話してる。

『ごめんなさい。瑠璃を思うと、また一からお友達を作り直すなんて可哀想で、つい。私がもっと、上手に日本に馴染める環境を作れていたら、本当なら、あなたが考えたあの企画で、あなたこそが昇格出来た筈なのに……』

 パパはママにキスをした。それから、普段は一生懸命日本語で話すのだけど、そういう時だけは、ママに英語で何かを囁いているの。それが、合図。何となく、二人に気づかれない様そっと扉を閉めて、私は自分の部屋へ戻るんだ。


 私のことを大事に思ってるから喧嘩しちゃう、パパと、ママ。私が落ち込まなければいいのだけれど、でも、ちょっとそれは難しい。

 金の髪、瑠璃色の瞳。だけど日本語しか話せない私。幼稚園の時から、『お馬鹿な外人』って言葉でたくさん苛められた。パパが転勤族だったから、保育園や学校に行きたくなくなる頃には転校出来ていたんだけど、もうそれもおしまいね。だって、家を買っちゃうんだもの――。




 公園には誰もいなくって。ジャングルジムやブランコ達が私に手招きをしてくれた。

『寂しかったよ。まだお友達が少ないんだ。一緒に遊ぼうよ』

 って、友達になってくれそうな気がしたの。砂場と鉄棒の下以外に広がる芝生は、まるで私一人の為に用意された、緑のじゅうたんみたい。

「あはーっ、わーいっ」

 私を変な子、という人が誰もいない公園の入り口で、私は靴をそろえて脱いだ。靴下も脱いで、靴の中に畳んで片づける。「これだから外人は」なんて言われてママが落ち込まない様、教えてもらったレイギというのは絶対守るんだから。

 それから、足の裏に心地よいチクチクとした感触をめいいっぱい楽しむ。デニムのキュロットでよかったあ。こんなにゴロゴロ転がっていたら、スカートだとパンツが丸見えで恥ずかしい。

「きゃああ~っ、転がるう~っ」

 土手まで綺麗に芝生になってる、そこを勢いよく転がり落ちた。ぽてん、と私の身体は止まる。仰向けになると、ぬける様な青空が広がっていた。

 都会の灰色混じりの空とは全然違う。綺麗で、高くて、何て澄んだ空色なんだろう。ふとパパの瑠璃色の瞳と黄金に輝くゆるい癖毛の髪が浮かぶ。この空を背景にしたらとっても似合う、パパはとっても素敵な人なんだ。


「なーにしてるの」

「きゃあっ!」

 イメージしていたパパが、急に小さな少年になって現れた。思わず飛び起きちゃった私は、悲鳴と一緒に、その人におでこガッツンのお見舞いをしてしまった。

「いったぁ~。びっくりしたぁ。急に起き上がるんだもん」

 綺麗な日本語……。パパみたいなのに。お日様に照らされてキラキラしている金髪は、私よりも少しだけ色が濃くて、逆に瞳の色は、私やパパよりも薄く、「瑠璃」というより空色だった。

 こんな田舎に、こんな人がいるなんて。自分だけそうなるのかと思ったのに。

 そんなことばかり考えていた私は、彼にごめんなさいの言葉も言い忘れるほど、食い入る様に彼を見ていた。

「あれ? さっき『転がる~』って言ってた気がしたんだけどな。Can you speak Japanese?」

「あ……ゴメンナサイ。英語の方が、喋れないくらいなの。ちょっと聞き取れるくらいで。あの、ホントにごめんね。おでこ、大丈夫?」

 あまりにも屈託なく気軽に話しかけられたのが初めてのことだったから、何だか私まで一人でたくさん喋ってしまって。自己紹介もせずに、何故か英語が話せない理由を話していた。ずっと日本の企業で働いているパパだから、一度もパパの母国へ行ったこともなければ、日本でしか育ってないから英語なんて全然ダメで、小学生になってから、パパに教えてもらっている、とか、そんなことばかり一方的に話してた。

 彼は、芝生の上にあぐらを掻いて、「うん、うん」って時々頷きながら、私の話を聴いてくれた。その間、ずっと笑顔のままで、私の話を聴いてくれた。何だかそれは、ママとお喋りしている時のパパの様で――ちょっと、素敵だな、なんて思ったの。それで、初めて気づいたの。

「あ。私、自分独りで喋ってるっ! ごめんなさい。名前もちゃんと言ってなくて」

 急に恥ずかしくなってしまって、私は思わず俯いた。そんな私の両頬をそっと挟んで、彼は私の瞳を捉えて教えてくれた。

「My name is SORA.英語で自己紹介したのはね――」

 そう言って、頬にそっと挨拶のキスをしたので、私はもうビックリしてしまって、思わず「うぉわっ?!」と変な声を上げてしまった。同時に顔を思い切り引いたので、彼――空君の綺麗な爪が私の頬に掻き疵を作る様な形になってしまい。

「うゎごめん! そんなに驚くと思わなかったんだ。パパさんと挨拶のキスをしてるって言ったから」

 と彼まで真っ赤になってしまった。

 何となく、二人で同時に噴き出してしまって。

「ぶっ。あは、変なの~、僕達」

「にゃは~。ホントだよねぇ」

 いっぱい笑ったら、何だか自然と涙が零れて来た。こんなに喋ったのも、笑ったのも、空がこんなに青いんだってことも、自分だけが世界で独りだけ違う人種じゃないんだってことも、今まで全然気づいてなかった。




「空でいいよ。初めて出来た友達だもん。友達で、いいんだよね? 今度此処に引っ越して来るんだよね?」

 空はそう言って、私のことも瑠璃、って呼び捨てで呼んでくれた。

 空は、この辺で初めての子供らしい。今度の四月に、たくさん人が来るんだって。丁度学校や仕事が切り替わる時期だからかな、なんて大人みたいなことを言っていた。空は六年生なんだって。でも、私と違って、前の学校では人気者だったみたい。私がそう思ったのは、空が前の学校の送別会の時

「皆と離れるのが悲しくて、思わずちょっと泣いちゃったんだよな」

 と悔しそうに言ったから。ちょっとだけ、空が遠くなった気がした。同じ様な髪や瞳の色をしていても、私の辛さは解ってもらえないのかなぁ、なんて。

「いいなぁ、空は。その色で苛められたことがないんだ」

 空は一瞬だけ驚いた様に、大きな目をもっと大きくしたのだけれど、すごく大人みたいなことを、噛み砕いて私に話してくれた。

「僕だってからかわれていたよ。男ってやることが女よりもストレートだからさ。こっちが日本語がまともに話せない頃に、日本語で『止めて下さい、お願いします』って言ったらやめてやる、とか早口で言われて、トイレでパンツまでひん剥かれたことあるし」

 そう言って、笑いをとるつもりだったのか、空は「ぎゃはは」と独りで笑っていた。私、そんなの笑えない。酷いよ、そんな、空の所為じゃあないのに……。

 涙が止まらない私に、ぐしゃぐしゃに丸まった皺だらけのハンカチを差し出すと、空は頭を撫でてくれた。

「僕はダディの子だからね。負けるもんか、って意地になって日本語を勉強したし、空手に通って体力もつけた。僕のダディはね、戦死したんだ。肌の色が日本人だろう? マムはダディの親戚から嫌われてたから、それをきっかけに此処へ帰って来た。今はマムとグランマと暮らしてるんだ」

 マムを泣かせるなんて、男じゃないしね、という空は、大人だった。パパのことが大好きで、尊敬してて、そして、そんなパパに似ている自分を誇りに思っているんだ、ということが、私にもすごく伝わった。それは、今の私みたいに無理して言い聞かせている感じじゃなくて、心の底からそう思っているという感じ。ぬける様な青空に負けない位、澄んだ気持ちが私にも沁み込んで来た。

「そんなことで、いちいちからかう人がおかしいのよね?」

「そうそう。テレビなんか見てみなよ。日本人だって、脱色して金髪に染めたり、カラーコンタクトしたりして、いじくっちゃってる人がいるくらいじゃん。まああれは仕事だろうからしょうがないけど。見た目じゃないと思うよ、苛められたりからかわれたり、っていうのは、自分のことが好きじゃないと、そこを突付かれちゃうだけなんだ」

 瑠璃、自分を好きになってごらん。空は私にそう言った。




「Luuー、ルリー」

 まだまだ話し足りないのに、遠くからパパが私の愛称を呼んでる声が聞こえて来た。立ち上がって手を振る。

「パパー、私、此処ーっ」

「Oh! Come here オイデ、ルリ」

「お待たせ、瑠璃」

 ママも一緒だった。隣にいた空も立ち上がって、ちょこんとパパとママにお辞儀をした。

「あら、もうお友達が出来たの?」

 とママが嬉しそうに私に訊いた。

「うんっ、空って言うの。私、この街に引っ越したい。まだ話し足りないんだもの」

 てっきりパパもそんな私を見て喜んでくれると思ったのに。何だかとっても変な顔をしてる。ママはそんなパパを見て、ぷ、と噴き出して笑った。

「空君というの? 瑠璃の遊び相手をしてくれてありがとう。素敵なブロンドね」

 とママは言った。

「アリガト。May I speak Engish?」

 とパパは訊いた。

「はい。去年までアメリカにいましたから大丈夫です」

 と空は答えていた。と同時に、パパが私には解らないほどの早口で、空に何かを喋りまくっていた。それを聴いてママはまた笑ってる。何で? お腹まで抱えちゃって?

「ねえ、ママ。パパは何て言ってるの?」

 ママは涙を拭いながら、堪え切れない笑いに邪魔されながらも、どうにかパパの話を教えてくれた。

「瑠璃はまだ小学生なのだから、友達としての君しか認める気はない、ですって」

 空君もまだ小学生なのに気が早いんだから、とママはまた爆笑していた。

「バカじゃないの、パパ……」

 だけど、何だか嬉しい。この街に、決めたんだ。今度は、独りぼっちじゃない。

 ぬける様な空。これから自分の方が人々を迎える街。

 私は、この空色の街へ引っ越すその日がとても楽しみになった。

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