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ずるい女短編集  作者: すずき


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5/5

曽根崎の曙

『心が正しいと思うことをしなさい。どっちにしたって批判されるのだから』

エレノア・ルーズベルトの言葉は警察官の父の背中を見て育った咲の座右の銘だ。父の部下とお見合いでもして正しい相手と結婚して、正しい人生を送るのだ。

留置場に入る向こうの人間を見ながら、かわいそうにと咲は思っていた。

かわいそうに。正しいことなんてわかりきってるのに。



「黙って後ろにおり」

強面の男が、酒焼けした声で頭一つ低いところある女に言った。女は部下らしく縦に一つ頷く。

──この人ほんとヤクザみたいな顔してるよね。

「ヒヨッコ、今思ったみたいなことは言うなよ」

女は睨めつけられると素直に謝る。

「すみません」

「否定せえ。こんな職業じゃなければ美徳だが……中にいる悪徳な男に口をきくんじゃないぞ」

再三言うなあ。

けれどそれだけ気をつけろと言うことなのだろう。

強面の男の言葉に女は──咲は頷いた。

ベテランの上司がそれだけ警戒する男が、目の前の扉の向こうにいるのだ。

三十センチ四方のマジックミラーのついた扉。


大阪府曽木崎警察署。十三階建ての建物の一室。

刑事部特殊詐欺捜査課の二人は、軋みのないドアノブを開けた。


既に中にいた男が、目の前の上司よりもよほどヤクザらしくないことに、一番最後に部屋に入った咲は驚いた。

表情には出すまい。軽く首を下げて出ていく巡査たちに会釈を返し、一人壁に向けられた事務机に座る。


「こんにちは。また両極端な二人組やなあ」

部屋の真ん中にくっつけられた二つの事務机。奥に座った男が、目の前に座った強面の男と咲に対してひらひらと手を振った。

細身の軽薄そうな男だった。ムカつくことに顔がいい、と咲は思った。だからあまり顔を見ないようにした。

「美人さんやな」

おい、と。軽口が目の前に座る強面の男に諌められる。どっちがヤクザか分からないな。

上司である男は咲を見ない。

気にするなということだと咲は黙ってパソコンの記録画面に向かう。

「じゃあ茶屋町のマンションの詐欺のことだが……」

「へえ。詐欺なんてあったんだ」

そりゃあ驚いた、と男は形のいい目を見開く。

なるほど。と咲は思う。

「しらばっくれるつもりなんやな」

続いて思ったことは上司と同じだった。


つい先日、茶屋町の高層マンションの一室で行われていた詐欺のグループが摘発された。

八名の逮捕者を出した事件。その功績を上げたのは留置係から移動したばかりの咲が所属する刑事部特殊詐欺捜査課だった。


「捕まったやつらはトカゲの尻尾や。頭がおらん」

取調を進める中で咲の上司はそう言った。

出会い系サイトを使った詐欺だった。グループの男が女として登録し、繋がった相手に対して金を振り込ませたその事件。

『会うために金がいる』『学費払えなくて交際どころではない』といった常套句で被害額は数千万円にのぼるロマンス詐欺。


グループには女もおり、不審がった被害者が通話をして指定された待ち合わせ場所が、大阪駅──もとい梅田駅から繋がる地下通路、泉の広場だったことから曽木崎警察署に特捜が組まれ数ヶ月の捜査の末にグループの摘発に至った。


グループが相手を釣り上げるために使っていたマニュアル。細かなパターンが想定され、メッセージ内容だけでなく返信時間さえも指定されていた。

現場で捕まった者は「上からもらったマニュアルだから知らない。──自分たちはケータイでできるバイトだと応募しただけだ」と言った。

そんな即席の若いバイトでも金を振り込ませることができる秀逸なマニュアルだった。

そのデキには署員も驚いた。

「職質もマニュアル化してもらいたいですね」

咲の正直な言葉は、やはり上司に小突かれた。


そのマニュアルを作ったと思われる人物。特捜が調査の末にもはや因縁とも思える出来事で任意で引っ張ってきた相手が──取調室にいるこの男だった。


「スーパーで話しとっただけやん。いややわあ、もうあのスーパー行けへんやん」

証拠がなかった。それでも暴対の課長が『キタで人心掌握に長けた器用なヤクザはあいつやろなあ』そう言っただけの言葉に縋って見張っていた。話を聞くためには、警察のくせにほぼ因縁をつけるように任意同行をかけるしかなかった。

スーパーでポイントカードを作ろうとしたよな? と。

会計時に元気を出した男に、スーパーの店員がマニュアル通りであろう会員カードの勧誘をした。

それだけだ。

尻尾が出なかったからそれしかなかった。

概ねどこの会社も、会員カードを作る時の約款に暴力団排除条例に基づくルールがある。──暴力団、または関係者は入会できませんよ、と。

過去にスーパーの会員カードを作り詐欺罪で逮捕された暴力団員もいる。その事例をもとに今回思い切って任同をかけた。


「巻き上げた金でいっちょまえに買い物してんちゃうぞ」

「知らんて〜! だいたい買おうとしたのもビールやなくて発泡酒やで! 懐察してや!」

上司は凄むが男は軽薄そうなリアクションで返す。

「キタのヤクザの中では金回りええ聞いてるけどなあ」

「そんなんカッコつけてるだけや。現実ビールも買えへん可哀想な男の子なんやで〜。あのスーパー一ポイント一円やからポイントつけらへんのが痛手なくらいや!」

スーパーのポイントのことを言っているのがヤクザだと思うと面白く、咲はつい口元が緩んでしまった。

「お、笑たな。可愛い顔なんやから笑っとき」

上司に睨まれたのを感じて慌てて口を引き締める。

怖、と男は飄々と笑った。

結局任意同行では何も掴めず、男が呼んでいた弁護士が来ると迎えが来たわと笑って出て行ってしまう。

「まだペーペーやろ、私は間違えませんってウブな顔しとる。──この道も俺の正しい道なんやで」

最後に自分にそう言ってきた顔を、咲は忘れられなかった。



昔はホワイティ梅田から警察署の地下フロアに繋がっていたらしい。

そこは子供向けの展示もある広報施設だったらしいが、2030年を過ぎた今、警察署は独立した建物になった。


まあ安全面からいってもそっちの方が正しいやろなあ。

勤務時間前の朝の早い時間。まだシャッターの閉まる店もある梅田駅の地下街で、ひっそりと開いている喫茶店に座って咲はそう思いながらコーヒーを啜った。

特捜が終わり朝通勤前ゆっくりする余裕ができた。

取調から数日。


「ミルクと砂糖入れんねや」

突然降ってきた声に聞き覚えがあった。

「あん、た」

「え、俺の名前覚えてへんの?」

覚えてる。

覚えてるから言い淀んでるのだ──なんであんたが。

テーブルに座る咲の目の前に現れた男は、数日前に取調室で会った顔のいいヤクザだった。

まずい。

そう思って咲はコーヒーを残したまま立ちあがろうとしたその時に、店員がトレーを持って現れた。

「お待たせ致しました」

男は座らないのかとばかりの顔をする店員に、すみません、と軽薄に笑って男は座る。

しまった。座り直した咲の目の前で男が笑った。

「かっこええやろ?」

男が持ち上げたカップの中身はティーパックの入った紅茶だった。

くそ、顔がいいな──それでも答えるまい。

ここで話すのは正しくない。

慌てて立ちあがろうとした咲の目の前を別の客が通った。よろめく咲に申し訳なさそうにした客に、すみません、とさも連れのように男が答えた。

「危ないやろ……残したらもったないで」

涼しい顔の男に悔しいかな一理ある。

話さなければいいのだ、と居住まいを正してコーヒーカップを持った。

「ごめんごめん。たまたま入って綺麗な子やな思ったら……見覚えがあったから浮かれて座ってもうた」

答えるまい。

「知ってる? 昔はここ、ほんまに噴水があったんやって。今みたいに名前だけの泉ちゃうかったって」

地下街喫茶店近くの空間、泉の広場の話をする男に、咲はなんにも答えない。

「やっぱ話してくれんかー。顔が好みやからつい立場を忘れて話しかけてもうたけど、そりゃそうよなあ」

忘れるわけないだろう。咲は思う。

好みの顔だとは思うけど、立場までは忘れられない。

黙る咲の顔を見てから、男は手元のカップに視線を落とす。ティーパックを摘んで呟いた。

「女はティーパックみたいなもの、っていうしゆっくりでも話したいんやけどな」

──それは。

咲はその言葉に目を見開いた。

「エレノア・ルーズベルト……」

「あ? 知ってる? おもろい言葉やなって印象残っててん」

しまった。

咲は慌てて口を噤んだが遅かった。目があって男は破顔した。

「明日は紅茶にせえへん?」



もう寄らまいと思っていたのに喫茶店の前で声をかけられた。

「今日は入らんの?」

「入るわけないやん」

警察署の近くでよくもこんな堂々と──まるで後ろめたくないみたいに。

こっちは話してるだけで処罰モノなんだぞ。

睨め付ける咲に男は眉尻を下げた。

「……なら俺が行かんから好きな店行かんのはやめて」

そんな殊勝なことを言うなんて。


走り出すように職場に向かって強面の上司に話しかけた。

「先輩、この前のヤクザって……」

「ん? あ、まあ……とりあえず詐欺グループは潰せたしこれ以上はもう出てこなさそうやからなあ」

まあ覚えておけ、と上司は咲に言った。

「アイツは〇〇会系二次の幹部や。女衒で幹部に上り詰めた小賢しいヤツや。シノギのため詐欺もやり始めたんやろ。ロマンス詐欺なんて奴らしい」

咲は思い出す。話しかけてきた顔を、声を。

「お前みたいに顔に出るヒヨッコは絶対相性悪いからな。気ぃつけや」

あの聴取は課の新入りのお前への訓練だったが、いきなり強敵過ぎてもうたな。

上司はそう言って、咲に缶コーヒーを一本渡した。

咲はボタンを押されなかった自販機の紅茶を見つめた。



「今日はここなん?」

ダンジョンとも揶揄される梅田大阪駅の喫茶店で、咲はまた男に会った。

もう会わないようにと違う喫茶店に入ってコーヒーを飲んでいたのに。

「構内で朝やってる喫茶店はあそことここだけやったから」

男は笑いながら咲の前に座った。

既にコーヒーを飲み終えている咲は迷わず立ちあがろうとした。しかしすぐに注文を取りにきた店員に反射的に座ってしまう。

「アールグレイ二つ。……知ってる? ベルガモットの花言葉」

口説いてるんやで、と男は咲に言う。

「燃える思い」



周囲に相談できるはずはなかった。

咲はもう既に数回席を共にしている。それだけで処分モノだ。

「俺田舎から出てきてん。金なし学なしでヤクザになるしかなかったんよ」

男は勝手に咲に話しかけた。

見つかれば非難される。

「そんなわけないでしょ」

それでもつい返事をしてしまった。

思わず顔を歪めた咲に男は笑った。



「今日はプレゼントがあってん」

喫茶店に現れた男は持っていた紙袋を咲に渡した。紙袋の知っているロゴに反射的に受け取ってしまった。

「この前店入る前、駅に広告出てたこのチョコレート見てたやろ?」

「見てたの?」

「違う違う! 見張ってたとかじゃなくて……あまりに真剣に見てたから声かけられへんかっただけや。その後俺も広告確認してたし」

その広告は、ポップアップストアのチョコレートだった。

営業時間が勤務時間と被るので、買いに行けないと諦めていた店だった。

「甘いの好きなん?」

咲のブラックコーヒーを見ながら男は聞いた。咲は答える。

「好きよ」

苦さと相性がいいから。



未成年を雇用していると噂の風俗店に明日ガサ入れがある、と咲が聞いたのは夕方だった。

「あのヤクザの店やろなあ、あいつ生安に取られるのか」

隣の部署の功績になるのか、と上司が指したヤクザは──あの男のことだ。

捕まってしまうのか。あの男が。

「変な顔してどうしたん?」

いいえ別にと咲は首を振る。

「もったいない気がしただけです」

「せやな、ウチでしょっぴきたかったなあ」

上司の言葉に、咲は表情を変えられなかった。



「じゃーん。今日は百貨店のスコーンやで〜」

手を伸ばすのに躊躇いはあった。それでも伸ばしてしまうようになった。

朝。

喫茶店の奥の席に座る咲と男。

男は咲のことを無理やり聞き出すことはしなかったが、自分のことを語った。一方的な語りだったが、咲が一方通行にはしなかった。多くはないが言葉を交わすようになっていた。──それに伴ってやりとりが人目を凌ぐ奥の席になったほどに。

「……ねえ、風俗店経営してるん?」

「どうした? 仕事の話してくるなんて初めてやな」

驚いた様子の男に咲は重そうに口を開く。

「今日──」

続けられた咲の言葉に、男は驚いた顔をした。



「なんだ生安。手ぶらやないか」

署内に戻ってきた生活安全課の一行に咲の上司が怪訝そうな顔をした。

「……信じられんほどに身綺麗にされとった……」

チクショウ、と椅子を蹴る生安の巡査長を上司が宥めた。

「未成年がいたはずや……どうしてや……」

咲は黙って手元の書類を見続けていた。



「ほんまありがとう! おかげで助かったわ」

次の日の喫茶店で、男が持っていた紙袋に咲は目を疑った。

「なあ咲ちゃん、これ貰ってくれる?」

似合いそうやと思ってん。

誰でも知っているブランドの紙袋──中から取り出されたのは一見で高価だとわかる腕時計。

「いや、ちょ……」

「頼む。質にいれてもええから。俺の気がすまんねん」

受け取らない咲に男は言葉を続ける。

「助けられた俺が言うのもアレやけど、大丈夫か? 咲ちゃんが心配や」

なんかあったら言うてな。

その顔に、咲は腕時計を返しきれなかった。



その日は非番だった。咲の足は宿舎から遠くない梅田の地下街に向かってしまった。

「あれ、今日なんか感じ違うやん」

喫茶店に後から現れた男は咲を見て言った。

「休みなの」

だからあなたがくれた腕時計を着けられるのよ。

そこまで言わなかった咲に男は笑った。

「やっぱよう似合っとる」

その腕時計の針が動いた。


初めて同じ太陽の下を歩いた。

「地下ばっかりやからなあ、一緒に空が見たかった」

ありふれたデートだったが紳士的な態度に男性経験の多くない咲はときめいた。もとより好きな顔だ。夕方には咲の方から手を繋いだ。


「なあ咲ちゃん、俺の一目惚れやってん」

俺のせいでいいから。

俺が悪者でいい、と男は咲に囁いた。

「正しさは……人によって違うんでしょ」

ラブホじゃ月が見えないからと男は咲とシティホテルに飛び込んで、男女の仲になった。

事が終わってルームサービスで紅茶を頼んだ。

「アールグレイ」

花言葉は──火のような恋。


正しくないと分かってる。

けれど正しさは人と時によって違うのだと咲は知ってしまった。


逢瀬を重ねた。この男の役に立ちたい。

咲は言う。

「今度の一斉摘発の予定は──」

ありがとう、と男は咲に口付ける。

「もう俺、咲ちゃんなしじゃ生きられへん」

男の言葉が咲は好きだった。

「愛って、何を受け取ったかじゃなくて何を与えるかよなあ」

『関係において大切なことは、何を受け取ったかではなく、何を与えたか』エレノアの言葉を重ねながら、咲は男の腕の中で満足げに目を閉じた。



おかしい。

気がついたのは生活安全課だった。

あまりにも変だ。水面下で何かが蠢いていると気付いた数字に、課員は内密に他の署員の素行調査した。

職務経験の浅い咲は手練れの署員の尾行に気が付かなかった。

違和感を感じたのは男の方だった。咲は夜に電話で言われる。

「なあ、ちょっと俺ら距離置かへん?」

いやよ、と咲は泣いた。

どうして──こんなに好きなのに。

「俺もや」


朝の喫茶店通いをやめた。

数日会わないだけで咲は胸が張り裂けそうだったが、怪しまれてる気がする、という男の言葉を信じて我慢した。

そんな時、別の課から声をかけられた。

女の咲は「サツっぽくないから」と応援要請され、麻薬の売人と思われる男の尾行の応援をすることになった。

拳銃をホルスターに納め、その上にジャージに着替えて咲は上司と外に出た。


大きなポケットのパーカーを着た尾行対象の男が道路沿いのコンビニに入る。外で待っているとコンビニ袋をぶら下げて出てきた。


ぶらぶらと歩きながら先ほど買ったであろうお菓子を食べる。

「マナーが悪いですね」

「悪い奴なんてそんなもんやろ」

そうか? と咲は思う。そもそも悪い奴って?

かつて留置係で見ていた景色を思い出す。──檻の中の外はどこで区切られるのか。


放置自転車が多く置かれた歩道を通る。駐車撤去警告の札が貼られた自転車はどれもボロボロだ。

「あ、お菓子の箱自転車のカゴに突っ込みましたよ」

「あれが麻薬やな」

え、と咲は上司の顔を見た。

「受け渡しに駅のロッカーなんか使ったらカメラに映るやろ。ああやってさりげなくやんねん」

「じゃあ、アレを取る相手が取引相手ですか」

「せやろな」

お菓子の箱を放置自転車のカゴに放り投げた対象者は、遠巻きに電柱にもたれスマホを触っている。

咲たちもその様子をしっかりと見る。

──そしてその自転車におもむろに近づく男に、咲は見覚えがあった。

「あの男や」

目を見開いた咲に、上司が言った。

それは咲が好きになった男だった。

「あのシャブを女にでも打つつもりか? ……まとめて捕まえるぞ」

上司が服の中に隠したマイクに密かに話しかけた。


あの男はお菓子の箱を手に取って中身を確認している。

嘘でしょう。咲は体の芯が冷たくなる。

男が尾行していた男と目を合わせた。──まずい。


上司が動き出す。同じ動きで人並みから飛び出す署員の男たちがいた。

ああこれは、まずい。

冷えた体に紅茶が飲みたい。

咲が一番に飛び出した。

「やめて!」

男たちがいきなり飛び出してきた咲に驚いた。

尾行対象の男が驚き走り出そうとして他の署員に取り押さえられる。

咲は男を背にして守るように手を広げた。

上司が信じられないといった目で見た。

「おい、ヒヨッコ……」

「近づかないでください!」

後ろで男は驚いた顔をする。咲の背中と周囲を見た。

「この人を捕まえないで!」

咲ちゃん。

他の人には聞こえないくらいの声で男が背中に声をかけた。

「走って!」

咲は男の手を掴んで走り出した。転がるように降りて地下街に入る。

人波をぶつかり割りながら手を繋いで進んだ。

「咲ちゃん」

「捕まらないで」

終わらないでと咲は願った。終わらせたくないと咲は走る。追われている気配がする。

「一緒に逃げたい」


梅田の街中から繋がる長い地下街を通って走って開けた場所についた。水のなくなった泉の広場。木をイメージしたモニュメントは見通しがいい。


そのせいだった。弾丸が通ったのは。

そのせいだった。音がよく響くのは。


繋いでいた手が軽くなった。

振り向いた時に男の顔はなかった。

「キャアー!」

聞こえた叫び声は周囲から。

噴水がないのに濡れた気がする。

顔に手を当てたら血がついた。

咲と手を繋いでいた男が撃たれた。

頭に当たったのは腕が良いせいか悪いせいか。周りの人間に当てなかった射手に感心したのは、目の前の事態を咲が受け入れられなかったからだ。

男が撃たれた。

「あ、あ……」

倒れた体に近づけば、足元からプチ、と音がした。脳漿だと気がつく。

──エレノアっていうより、これじゃあジャクリーンね。

正しい生き方なんてできなかった。


咲は服の中に血のついた手を伸ばす。銃を向ける先として正しいのは──

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