第09話 エルフと土下座と敵軍と
目を覚ましたアリエル王女殿下に背後から襲われた時、馬車の中へ飛び込んで来たエルマ隊長の説明によって何とか誤解は解けたのだが、これはどうしたものかと頭を悩ませる状況になっていた。
王族専用馬車のキャビンは一般で使用されている物より数段広いらしいのだが、今まで王女殿下が眠っていた大きな棺みたいな箱がスペースの多くを占有しており、残された床面積はそれほど多く無い。
そこに三名のエルフが土下座して額を床に擦り付けている姿は、正直な感想を言わせて貰うと『居た堪れない』の一言に尽きる。
「もう気にしないで下さい」と何度も申し上げたのだが、エルマ隊長に続いて馬車の中の様子を見に来たエルメア副長さんまでが加わって、三名の女性が隣同士ぎゅうぎゅう状態で土下座を敢行中なのである。
オレたちJ隊では、相手がミスや誤解をした程度の事で謝罪と賠償をタカり続ける文化など有していないから、実はちょっと困ってる。
白銀色のプレートアーマーを全身に着込んだ騎士二人に左右を挟まれて、王女殿下の身体のあちこちに鎧の金属部分が食い込んでるから、あれは結構痛いんじゃないかな?
それでも、なかなか顔を上げてくれない三人が、このままでは赦して貰えないとか、決して赦されないとか言ってるのを聞いて、それなら何か彼女たちが納得の行く交換条件を提示すれば、この場は収まるのではないかと考えた。
「それなら情報をくれ。この世界というか、この地に天空まで届く巨大な塔みたいな建造物はないか? もし知ってたら教えて欲しい」
エルフと言えば世界で一番物知りの種族というのは、全宇宙で共通概念のはず。彼女たち、若しくはその知人たちの誰かが知ってる情報でもいいから、宇宙へ帰る為のヒントが何より欲しい。
「それなら──」と口を開いたのはアリエル王女殿下で、彼女は正座を崩さないまま上体を起こしてオレに教えてくれた……のはいいんだけど、彼女の着衣の胸元はオレが手術の時に切り裂いたままだから、彼女の胸の谷間から白磁の肌がモロ見えとなっており、手術中は集中していて気づかなかったけど綺麗な水滴型だとか、結構小さいなとか、煩悩めいた考えが次々に浮かんでは消える。
小さくても形は良いと表現すべき王女殿下の胸の谷間がモロ出し状態のまま、それに気づかない様子で巨塔の事を話してくれているんだけど、彼女の白い肌のインパクトが強すぎて全然耳に入って来ない。
ここはさり気なく注意してあげるべきか? でも部下たちの前で恥をかかせる結果になってしまうのはオレの本意ではないので、やはり気づかない又は気にしない振りを続けるのが正解だと考え、真面目な表情を崩さずこのまま相手の話に耳を傾けるしかなかった。
話の内容が飛び飛びでしか頭に入って来ないけど、後で優秀なAIに要約して貰うから問題ない。
それよりも、さっきからオレのAR(拡張現実)表示されてる視界に王女殿下のモロ出しになった胸元の映像が赤色の枠付きで強調表示されていて、【録画しますか? Yes or No】とAIに判断を迫られてるが、漢ならモチロン答えは決まってる。
王女殿下の話を聞きながら、相槌を打つタイミングで自然に目を瞑り、後は隊長か副長のどちらかに気が付いてくれる事を願い続ける。
(おい、早く気づいてやれよ。お前たちのVIPが外国人の男の前でモロ出しなんだぞ?)
ちなみに目を閉じていてもカメラとセンサーの類はAIが常時監視してる。だから何だっていう訳では無いんだけど一応報告まで……。
そんな居心地の悪い室内空間だったが、馬車の外から隊長たちを呼ぶ声によって開放の時を迎える。
「隊長! 周囲に偵察へ出ていた者からの報告です。後方約20キロほどの地点に、魔王軍のオーク兵団が迫っております。その数は約1000体との事です!!」
いやぁ〜助かった。あのまま、あと一時間くらいは掛かりそうだと覚悟していたのだが、オレも何故か一緒に正座していたから膝の関節がおかしくなったら困るなと思っていたんだよね。だからといって、まさか敵軍の襲来に感謝する日がやって来るとは思わなかったが……。
魔王軍の奴らは今回の戦いでエルフたちを完全に潰しておきたいと考えてるようで、そうでなければ放っておいても死ぬのが確定してた王女殿下の元へ、例え1000人程度とは言っても部隊を戦場から離してまで追いかけるなんて判断はしないと思う。
そして待ち伏せていた地点まで部隊を進めた結果、その包囲網が食い破られて肝心の王女殿下の死体を確認できなかったオーク兵どもが、馬の蹄の跡を辿ってエルフたちを追ってきたのだろう。
1000人もの大隊が歩調を揃えて進んで来るよりも、たった50数名ほどの小隊が騎乗して逃げる方が早いのは相手も判ってる筈なのに、それでも追撃を辞めないのはこちらに追いつける算段があるという事の証左だ。
何より敵方にはハーピーなんかの航空戦力も多数存在するから、陸路で逃避行を続けるこちらの位置情報なんて容易く割り出されてしまうからな。
「エルマ隊長、直近にある味方の街までどのくらいあるんだ?」
「ここまで来たなら、あと100キロくらいの距離だろうか」
普段から宇宙で生活してる感覚から言えば、100キロなんてそれこそ目と鼻の先、或いは短距離迎撃ミサイルの射程範囲くらいの感覚しかなく、マッハ5で飛来すれば約16秒ほどで着弾する程度の距離だ。
でもその距離を陸上で実際に進んでみると結構な距離だと感じる事になるのは、普段から目にする移動速度の違いによるもので、いくら軍馬に跨っているとは言っても、その巡航速度は時速10キロから20キロ程度である事を考慮するなら、一度も休憩せずに走り通しても街へ到着するのは今から約7時間後という事になる。
「エルマ、エルメア、馬車に積んである物資を全て取り出してちょうだい。これからは私のアイテムボックスに保管するわ。それで馬車を焼却処分して私も騎乗すれば行軍速度を少しでも上げられるんじゃない?」
確かにアリエル殿下の言う通り、行軍速度を少しでも早める事ができれば、これからのリスクを少しばかり下げる事は出来るだろうが問題はそこではない気がする。
普通に考えるなら、エルフたちが普人族連合の街へ辿り着くまでに襲撃されると予想するのが妥当だが、1000人もの大隊は歩兵が主力だと思うし、その後方には補給をする為の輜重隊も後発しているはずだから、敵軍の進行速度は大して早くないと思う。
それに、これから進む先は普人族の勢力圏に近づくから、魔王軍の部隊を伏せておく場所などそうそうありはしないとエルマ隊長は言うが、そこから導き出される予測として主な可能性は2つある。
一つは大規模な航空戦力による空からの強襲作戦で、これは先ほど襲来したハーピークラスの魔物ではなく、グリフォンやワイバーンなどの強力な魔物によってこちらの足止めを行い、その間に地上部隊を進ませるというものだ。
こちらはエルフィンボウによる対空攻撃が可能だが、空中戦が可能な戦力がオレ以外に居ない為、襲撃も撤退も向こうの都合で行う事が出来るから、それこそこちらが休憩するタイミングを狙って襲われたり、不眠不休での逃避行を続けながらの連戦を強いられる事になる。
次の街まで、あとたった100キロとは言っても、交代要員が居ないせいで全員が全力戦闘を7時間も続けるなんて、いくらJ隊でも第1空挺団か教導隊以外の者にはムリな相談だろう。
これほど苦しい強行軍となる予想だが、これはまだ易しい方。だってオレが考える最悪のシナリオは2つ目の案なのだから……。
その2つ目の案と言うのはズバリ、この先にある少数のエルフが駐在しているはずの普人族連合の街が既に陥落しているというモノで、その街から既に敵の部隊が進軍してるのではと考えられる。
もし後方の街を占領されてしまったら何かしらの連絡が来るはずだし、エルフたちが使う風の精霊魔法でも、中継所を使えば電報みたいなやり取りくらいは出来るはずだと聞いてはいるが、先方からの応答が無いのは最悪の可能性を示している。
それに先ほどから普人族連合が領有する勢力圏に入ったはずなのに、この先にある街の方角から今まで誰一人として通行する者とすれ違っていない。
普通は戦争が始まったとしても、戦場と街を繋ぐ街道には多くの人や物資が行き交うはずなんだけど、それなのに人っ子一人通らない街道の様子に、先ほどから嫌な予感めいたものを感じる。
この戦場での感というヤツはなかなか侮れないもので、J隊の先輩たちからも自分の感を信じて行動する事の重要性を教えて貰っているが、今回の場合だと『戦場のカン』に頼るまでもなく、この先にある街に何らかの異変があったのは間違いなさそうだ。
あと、実はもっと最悪な3つ目の案もあって、それはこの先にある味方だった街から敵の陸上部隊が進軍して来る状況で航空戦力にも同時に襲われる、所謂電撃作戦というヤツだな。
たった50数名程度の小隊を相手に、何故ここまで用意周到な追撃を計画されたのか納得は行かないが、アリエル殿下が魔王軍にとって絶対に排除したい存在なのは間違い無く、ただその理由が不明で対処が後手に回ってしまうのが後味の悪さとして感じてしまうのだろう。
そう考察するなら、車体が頑丈に作られていて物理と魔法に対する強化が施されてる馬車を解体するのは悪手だと言える。
オレは小隊の周囲直径5キロの範囲で巡回させているドローンの航路を、ここから見える小高い丘の上空へと変更して、あの周囲に敵影が無いか確認しておく。
(パッシブレーダーだと地形の影になって探知できない場所があるからな)
数人が騎乗したまま全員の馬だけ進ませて追撃部隊を誘導して街へと進んで貰い、他の者たちは足跡を消して小高い丘の向こう側に隠れて敵部隊をやり過ごせれば味方に被害が出ないと考えたのだが──。
「ここに留まるなんて自殺行為よ!」
オレが提案したアイデアをアリエル殿下は甚く気に入らなかったらしく、彼女の考えとしてはこのまま進軍を続けて街まで辿り着くのが最良だという判断で、この近くに味方部隊が居らず孤立無援の状況であれば先に進んだ方が生存率が高いと言える。
そうと決まれば早速ドローンを呼び戻してこの先に向かわせて、少しでも早く敵影を探知した方が打てる手が多くなる。
後方から迫る追撃部隊は約1000人規模で、敵の航空兵力は前回のハーピーより規模は大きいと予想しておくとして、もしこの先にある街が占領されていて、そこから逆侵攻して来る部隊が居るとしたら、その規模はどの程度と予想しておけば良いだろうか?
アリエル殿下からは、最悪な事ばかり考えていたら動けなくなると言われたが、想定していない事態に直面した時に対処が遅れてしまえば被害を拡大させてしまう。さて、どうしたものか……。
先の戦闘でエルマ隊長に『駆け付け警護』をこちらから申し出て承認された以上は、例え戦況が不利になると判っても逃げ出す訳にはいかない。悲しいけど、オレJ隊なのよね。
こうなったら数は不明だが、この先の街から進んで来る部隊にのみ攻撃を集中させて、背後と空から襲って来る敵部隊を無視して振り切る為には、何より進軍速度が作戦の要となる。
なので「王族専用馬車はオレが預かりますので!」と言って、有無を言わせず異次元格納庫へ取り込んでおいた。すると馬車を引いてた馬が4頭余ってしまったけど、予備の馬として一緒に走らせておけば何かの役に立ってくれるだろう。




