表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
未来世紀から異世界へ! ~とあるJ隊員の活動記録~  作者: としょいいん


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

7/9

第07話 J隊の流儀

 馬車の中は狭くてひんやりして冷たく、まるでコールドスリープのカプセルが置かれている部屋みたいな感じがしたのは、何かの薬品の匂いが立ち込めていたからだろう。


 そこには深緑色の棺みたいな容器だか寝台だか判らない物が床にガッチリと固定されており、これなら馬車が横転でもしない限り、馬車の中で棺が転げ回る事は無いと思う。


 そして棺の蓋が開かれると、その中には人間で言うと17~8歳くらいの少女が眠ったままの状態で固定されており、エルマさんたちから事前に聞いていたような重傷を負ってるようには見えなかった。


 彼女が負傷したのは魔族軍と正面から衝突している最中に、それまで同盟を組んでいた人間たちの国が裏切って背後から急襲してきた時に、味方のエルフたちを守りながら指揮していた彼女の背後から忍び寄った暗殺者の凶刃が、彼女を突き刺したのだと説明された。


 運良く心臓では無くその近くに短剣が突き刺さったので即死はせずに済んだが、暗殺者を返り討ちにした後、突き刺さった短剣を抜いて直ぐ止血の為に精霊魔術で治癒を行った。

 だが皮膚表面の傷口は塞がったが心臓横にある太い血管からの内出血が収まらず、短剣で刺された周囲の細胞が黒く変化して腫瘍のような物が徐々に広がるのを防ぐ事が出来なかった。


 このままでは、持ってもあと数分で死亡してしまうと考えたエルフの治癒師たちが、細胞の活動を停止させる為に心臓とその周囲にある体細胞を凍結させてから、脳死と身体の壊死を防ぐ為に全身の凍結処理を行い、王都にある総合治療院で本格的な治療を施すべく王族専用の馬車を急遽改造して搬送するに至った。


 こうして人族連合の軍勢が内側から崩れて行く中、今回の戦いに決定的な敗北が訪れる前にアリエル殿下を乗せた馬車を搬送する為、文字通り多くのエルフ兵たちが戦場で尊い生命を散らしていった。


 エルフたちの部隊は魔王軍との最前線で敵軍と交戦していた最中に、その右翼側に布陣していた味方であるシナジーア共和国からの襲撃を受けて挟撃される形となり、瀕死の殿下を抱えながら後退し、本陣にあった馬車をエルフの魔術師が大急ぎで改造と整備を行い、数名の治癒師を同行させて近衛騎士たちにその命運を託したのだが、戦場が広すぎてそこから脱出するだけで近衛騎士の多くを失ってしまう。


 馬車の速度を上げるために治癒師を騎馬で並走させていたのが仇となり、高度な治癒魔法を扱えるイヴリン以外の者たちは最後まで付き従う事が出来なかった。


 それにイヴリンの専門はあくまで近衛騎士であり、戦場で負傷した殿下を診察する専門の治癒師ほどの知識や経験は無く、また心臓横に打ち込まれた呪いの傷の対処は出来そうにないが、殿下の身体を冷やし続けて現状維持に努めていた。


 せめて殿下が眠る生命維持装置の修理が出来る技巧魔術師でも居れば、何とか王都の治療院まで搬送出来ると考えていたのだが、その魔術師も逃避行を続けるうちに逸れてしまい、再び合流できる見込みは薄いと言わざるを得ない状況らしい。


 本来であれば、いくら友軍とは言ってもオレみたいな外国人に、国の重要人物の生命を左右するような事など頼まないはずなのだが、殿下の生命維持装置が壊れ掛かっている今の状況下では、このまま見殺しにするかどうかの二択しか選択肢が無く、苦渋の選択を迫られたという所だろう。本当に気の毒だ。


「システムコール。外科医AIによるARナビゲーションと診察を頼む」


《システムより了解。緊急用サージャリーシステムのダウンロードを開始します。続いてドクターAIを起動中……》


 眠ったままのアリエル殿下は薄いシルクの衣に包まれていて、ハッキリ言えば身体のラインがクッキリと言うかハッキリと言うか……その、丸見えでゴメンなさい。でも純白で透けてないからギリギリセーフかなと。


 そんな益体もない事を考えていると、オレのAR(拡張現実)表示された視界の中に、グレーヘアで顔色と人相の悪いドクター・コキリコが現れる。


 オレはドクター・コキリコの教導に従って、オレの右手の平にある総合型センサーをアリエル殿下の胸の辺りに当ててみる。


 すると彼女のDNA構成を始め、血液型や免疫組織、それに呼吸器に関する情報以外に体内にあるナノマシン・システムに関する概要データが脳内に直接取り込まれてゆく。


「絶対に助けてやるからな」


 ドクター・コキリコによると、オレたちが所属する地球連邦には同様の傷病データは無く、銀河連邦局なら症例があるかも知れないとの見解だったが、この未開惑星からでは銀河連邦どころか地球防衛軍のネットワークにすら接続できない状況なので、それはムリな相談だった。


 それでも殿下を治療する方法としては幾つかの方法を提案されたのだが、その一つはオレの血を彼女に輸血して、オレの体内にある最新のナノマシンを彼女の体内に送り込んでから、オレのリアクターユニットの出力を上げてナノマシンを活性化させて治癒効果を促進すると言うものだ。


 そして二つ目は予め殿下の体内から健全な心臓付近の細胞組織を採取し、IPS細胞で作成した新しい心臓を移植するというもので、仮死状態のまま素早く癌細胞を切除して健全な心臓の壁となる細胞移植を行えば、助けられる可能性があると言うこと。

 でも、この癌細胞には呪いみたいな効果があり、それが転移する可能性もあり必ずしも細胞移植が最善の方法とは限らないらしい。


 最後の三つ目だが、これはオレと同じように人工心臓を移植するという案で、先ほどのIPS細胞移植より不確実性が少ないのがメリットとして挙げられる。


 ドクター・コキリコの解析だと癌細胞を切除する範囲は実際に切ってみなければ、その切断位置が本当に適切なのか判断できないらしく、いくらIPS細胞だと言ってもオレたち医療の素人が考えているほど万能では無いみたいだな。


 なので心臓そのものを丸ごと入れ替えるのであれば、予め大動脈や大静脈を始め様々な神経ネットワークなどについても事前にスキャンしてデータを集めておけば、そこから適切な切断位置を決められるので不慮の事故は少ないと教えて貰った。


 もし、その『不慮の事故』とやらが発生した場合、オレの処分はどうなるんだろうな。


 それでも何もしなければアリエル殿下の命運はここまでという事になってしまうから、『やらなかった後悔』か、それとも『やった後悔』のどちらかを選ぶしか無いのであれば、オレたちJ隊の答えなんて決まっている。


 屋外で外科手術をするのであれば、異次元格納庫(ハンガー)にある手術用テントの中で行うのが望ましいのだが、生命維持装置に繋がれたままの殿下を馬車の中から引き摺り出す訳には行かない。

 なので、この馬車の内部を滅菌する為にオレのSeyRayシステムを機動させて紫外線を放射し、空気中や内装表面に居る雑菌を消毒する。


 AR(拡張現実)表示に映るドクター・コキリコは、まだ見た事が無かった症例を前に目が血走っている感じがするが、本当に彼を信じて大丈夫なんだよな? まさか、この緊急手術オペを実験か何かだと勘違いしていないだろうな。


(部隊へ戻ったらドクター・コキリコのサージャリーシステムに異常が無いかチェックして貰った方が良さそうだな)


 それでも今ここにはドクター・コキリコ以上に頼れる相手が居ないので、彼の指示に従って手術の準備を進める。


 異次元異次元格納庫(ハンガー)から手術着を取り出し着替えてから、患者の衣服は高価そうだけど着替えさせるのが難しいので、そのまま胸部を切開させて貰う。


 今は心臓が止まっている状態なので、切開した時に血液が飛び散る事は無いと思うが、それでも天井・壁・床などの内装部分にはシート養生を施してから、天井部分にLED照明を追加し、メスや鉗子を始めとした手術用の器具を並べておく。


 そしてバイタルを確認する機器や酸素吸入器等の機材を立ち上げ、ドクター・コキリコが算出した量の麻酔薬の注射を終えると、いよいよ手術が始まる。


 今回は心臓を全て入れ替えるので胸腔鏡による手術ではなく、胸部を切開して癌と呪いに犯された心臓を取り出してから新しい人工心臓へと入れ替え、そこから血管や神経を繋ぐ手術を行う事になるが、手術の手順や方法の他にも実際に切除する位置やメスを差し込む深さなど、その全ての工程においてAR(拡張現実)表示によるガイドと、オレの手が上手く動かない場合の操作補助までドクター・コキリコがやってくれるから、医療ミスなんて1ミリも起こる可能性はない。


(ここまでサポートして貰って、これで失敗するならオレは無能どころの騒ぎじゃないな)


 それから言い忘れたけど、このような事態を想定して、オレたち地球防衛軍・J隊員の異次元格納庫(ハンガー)には医療用機器も一通りストックしてあるから、人工心臓も配給された時点で最新式のモノがいくつかストックされてるから今回はそれを有り難く使わせて貰う。


「さぁ覚悟しろ、目の前には救うべき人がいる。オレたちJ隊は誰かを守るのが本来の任務だ」


 ただ彼女の新しい心臓となるリアクターユニットは通常型の超小型核融合炉だから、安定した出力と信頼の実績がありオレのモノより扱い易いのだが、その駆動には水素分子が必要で毎日決まった量の水分を摂取しなければならない。


 でも人間生きてる以上は水くらい飲むだろうから、その事が弊害となった事例をこれまで聞いた事はないけどな。


 手術後に起動させてしまえば、体内にある水素分子をヘリウムに変換する時に出る発熱を利用して電力が作りだされ、その電力によって生体ポンプが体内の血流を作り出すと共に、血中の酸素濃度の管理も心臓のOSが自動で調節してくれるから、健常者よりも遥かに健康な身体が手に入るはずだ。


 それに新しいリアクターユニットが惑星ネットワークからファームウェアの更新を行えば、オレと同じ異世界システム『MANDAM』を搭載すると思うから、精霊魔法などの能力もアップすると思う。


 そんな未来の殿下の姿を想像しているうちに、気がつけば胸部の皮膚を縫合する段階になっていた。


(それにしても、サージャリーシステムって物凄い技術だな)


 術後の経過についてもドクター・コキリコ氏がAR空間に残ってくれるから、馬車の内部に設置したバイタル・ケアに関する機器の制御は彼に任せてしまっても良いだろう。


 こうして全てのジョブを終えたオレは、アリエル殿下の新しい心臓に起動の為の信号を送る。


「これで手術は終わった。キミの新しい人生に祝福を。だから早く戻っておいで」


 これまでずっと凍結されていた彼女の全身が、リアクターユニットが作り出す熱によって徐々に融解を始める。

 心臓より先に解凍した肺の空気から酸素が取り込まれると、肺から心臓を経由した血液が脳へと送られてアリエル殿下の意識レベルが徐々に上昇してゆく。


 この状態なら目覚めるまで、それほど時間は掛からないだろう。


 アリエル殿下の顔色に少しずつ赤みが戻り始める。


 顔から首、そして胸部から腹部へ。そして肩から指先へと新鮮な血液が送られるのが目に見えて判り、その効果は太ももから脚の爪先にある毛細血管にまで及ぶ。


 気がつけば「スー、ハー」と小さな呼吸音が聞こえてくるが、特に呼吸器系に異常は認められない。


 これでもう大丈夫だと判断して、馬車の外で待っているであろうエルマ隊長に術後の経過を説明しに行こうと背中を向けた途端、オレのAR(拡張現実)表示された視界にレッド・アラートが点灯する。


(敵襲か?!)


 アリエル殿下を暗殺しに来た何者かが、オレのパッシブレーダーを掻い潜って馬車の内部まで侵入したのだとすると、相手は間違いなくオレより格上の敵だと言える。


 オレが振り向くより早く、背後から利き手である右手の関節を決められて首筋にゾっとするほど冷たい冷気を纏った薄い刃が当てがわれる。


「お前は何者だ。それと私の身体に何をした? あと私の下着の胸が切り開かれてるのは何故だ。もし私に何か不埒な行いをしたと言うのなら、その首、即刻刎ねるわよ!」


「質問が多すぎて一度に答えられない。状況説明が必要なら外に居るエルマ隊長を呼んでくれ……」


「エルマの名前を出して私を油断させようとしたって、そうはいかないから覚悟しなさい!」


 この人、全く相手の話を聞こうとしないんだけど……それも仕方無いか。


 だって同盟国の人間に裏切られて殺されそうになったトラウマが、そうさせているんだろうからな。ここは大人しく殿下の言う通りにしておかないと後が面倒そうだ。


「エルマ! エルメア! どこに居るの?」


 アリエル殿下の叫び声とも取れるような大声が馬車内から外まで響くと、今までずっと扉の前で待機していたんじゃないかと思えるくらい素早くエルマさんたちが中へ飛び込んで来た。


「姫様! お目覚めになられたのですね!!」


「そんな事より、どうして私の馬車に賊が居るのよ!?」

「賊ですか……私の目には、姫様を救ってくれた恩人のカイセ殿しか見えませんが?」


 アリエル殿下とエルマ隊長の問答は置いといて、オレはパッシブレーダーに殿下の敵対行動が感知されなかった事について、心の中でAIに確認してみる。


《マスターが移植したリアクターユニットによって、味方戦力として認識されていたのが一つ目の原因だと思われます》


(一つ目って……他にもあるのか?)


《マスターから被験者の体内へと送り込まれたナノシステムが血液によって全身に送られた結果、マスターのオートスレイヴとして関連付けされていますので、敵対的存在とは認識されなかったようです》


 オレは背後から組み伏せられて顔が床板に押し付けられたままの状態だが、先ほどの疑問が解消されるまでアリエル殿下に抗うつもりなど無いし、この状況を見たエルマ隊長が何とかしてくれると信じて、じっと待つ事にした。


 J隊員はこの程度で怒ったりしないのだ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ