第二章(2)
シューティングスターライト。それは神辺ポートランド一の人気アトラクションであり、その正体は遊園地内を縦横無尽に駆け巡る、超高速のジェットコースターである。
『ハロー! シューティングスターライトの世界へようこそ! 僕はナビゲーターのギンガ星人! このシューティングスターライトは、僕たちギンガ星人が惑星を旅するときに使う宇宙船なんだ!』
待機列の頭上にいくつも取り付けられたモニターで流れるアニメが説明する通り、このジェットコースターは宇宙船をモチーフにしているらしい。
その為、屋内に設えられた待機列のブースも宇宙っぽい青い光で照らされていて、壁面や天井には銀河や宇宙をモチーフにしたイラストが描かれている。
僕はそんな待機列の中を、楽しげに会話するカップルや学生達の間に挟まれて立っていた。
……一人で。
「絶叫マシン……ですか」
朝霧さんの問いかけに少し考える。得意、とまではいかないけど、別に苦手ではない。
「はい、大丈夫ですよ」
「よかったー! さすが男の子! 採用した甲斐があったー! じゃ、これ持って!」
朝霧さんは少し不自然なくらいの大声でそういうと、ズボンのポケットから小さなカードを取り出す。勧められるがままに受け取ると、そのカードには『一日フリーパス』と書かれてあった。
「これ、見せたら入れるから!」
「あ、はい」
……なにかおかしい。ここでわざわざ説明するということは、つまり。
「朝霧さんは、乗らないんですか?」
その質問をした瞬間、朝霧さんの笑顔が張り付くようなものに変わるのを、僕は見た。
「……え?」
「いや、朝霧さんは乗らないのかな、って」
「いやいや、ここは新人さんに花を持たそうと思って」
そういう朝霧さんの視線は泳ぎ、笑顔は張り付いて、口元からは下手な口笛が聞こえる。朝霧さん、嘘が下手なタイプなんだな……解釈の一致というやつだ。
「わかりました。それじゃ、渾身のレポート、書いてきます」
「本当に!? いや、ポートランドと言えば『シューティングスターライト』なのに、私が高いところがダメなばっかりに、前回は取材出来てなかったのね! いや、本当に小鳥遊くんがいて良かった! じゃあよろしく! ……あっ」
僕はニコニコしながら思う。
朝霧さん、大丈夫ですよ。……もうバレてますから。
そんな訳で、待機列で一人時間を潰している。
それにしても、ジェットコースターがダメとは。取材に来たのは二回目といっていたけど、前回はどんなアトラクションを取材したのだろう。
気になって、過去に朝霧さんが取材したポートランドの記事を調べてみる。すると、気になる記事タイトルが目に止まった。
「神辺の過去から未来に繋がるワープトンネル?」
そんな遊具あったかな、と気になってページを開く。見た瞬間、ああ、と声が出た。
『カンべ・パスト&フューチャー』とタイトルが付けられたそれは、カッコいい名前と裏腹に、タイムマシンになぞらえた八人乗りのボートで、神辺の歴史や、昔の異人たちの暮らしている様子をミニチュアやイラスト、時に動画で展示されているトンネルのような場所を穏やかな速度で進んでいくアトラクションである。
昔、学校の遠足でポートランドに来た時には、歴史の勉強というお題目で必ずこれに乗ることが義務づけられていた。あれ、退屈なんだよな。
「珍しいアトラクションを取材したんだな、朝霧さん」
そんな事を考えていると、ちょうど当の本人からメッセージが送られてきた。
『頑張ってね!』
メッセージと共に、うさぎのキャラクターが『ファイト!』と言っているスタンプが一緒に送られてきて、思わず笑みが浮かぶ。
「お待たせしました! ご案内いたします!」
そんなことをしていると、待機列が進んでいよいよ僕の番になった。青く塗装された流線形のマシンに乗り込み、安全バーが降りてくる。図らずも一番前の席だ。目の前になにも無いのは少し怖いような気もするが、いい動画を取るにはベストなポジションだろう。
僕の顔には、朝霧さんに渡された『眼鏡型カメラ』が掛けられている。眼鏡のフレームに小さなカメラがついていて、これでジェットコースターの映像を記録する、という寸法だ。
「ちゃんと押し込んでくださいね!」
このアトラクションのテーマカラーは『青』らしく、これまた青い制服に身を包んだお姉さんが、僕らの安全バーを確認していく。大丈夫だと思うが、今一度ちゃんと押し込もう。お姉さんのいうことは絶対である。
僕はこういう時にいちばん「遊園地に来たな!」と思う。楽しみにしていたゲームの発売日前や、遠足の前。イベントの『前』の楽しい緊張感が、好きだったのをふと思い出す。
そして。
「それでは惑星間旅行に、いってらっしゃい!」
お姉さんの声が聞こえたな、と思った瞬間。猛烈な加速で飛び出したマシンは、僕のそんな感傷を吹き飛ばしながらコースに飛び出した。
思っていた以上に速い。必死に歯を食いしばり、加速に耐える。マシンは薄暗いトンネルを突き抜け、一気にパークの上空へと舞い上がる……気がした。
ふっ、と何もかもが後ろに飛んでいくような錯覚を覚えた後、今度は一気に落下。
「きゃー!!!!!」
そんな悲鳴が後ろから聞こえてくるが、僕は振り落とされないように安全バーにしがみつくのが精いっぱいだった。左右、縦横無尽に振られる感覚に、本当に落ちるのではないかと心臓が縮みあがる思いがする。
ふと、横を見ると乗り合わせた男性が楽しそうに手を中空に掲げているのを見る。
「嘘だろ……」
唖然としていると、坂を下りきったマシンは登り勾配に差し掛かる。リフトに接続された音と共に、マシンはゆっくり坂を上っていく。ガリガリガリガリとギアの嚙み合う音が、なんとも心臓に悪い。
そして。
『みんな! 超高速ワープに入るよ! しっかり掴まってねー!!!』
急勾配の頂上。そんなアナウンスが聞こえた……次の瞬間。
「うわーーーーーーーーーー!!!!!!!!!!!!」
僕は今まで声を抑えていた。理由は簡単、声を出せば外で待っている朝霧さんに聞こえてしまうと思ったからだ。それはいかにも恥ずかしい。だけどそんな僕のちっぽけな自制心は、ほぼ直角に急降下するコースターの恐怖には抗えなかった。
真下に落ちる。声が後ろへと吹き飛んでいく。
下った後は長いストレート、眼鏡が吹き飛ばされそうになるのを手で押さえたいが、怖すぎて安全バーから手を離す気になれない。そうこうしているうちにマシンは減速し、スタート地点である建物へと戻ってきた。
「はい、お疲れ様でした! 安全バーが完全に上昇してから、席をお立ちください!」
アナウンスでなんとか立ち上がろうとするが、体がいうことを聞いてくれない。ふわふわ浮かんでいるような、足元のおぼつかなさ。マシンを降りるのにも一苦労。
子供のころにも乗ったはずだけど、こんなに怖かったっけ。そんなことを考えながら、ぽりぽりと頭を掻いて出口へ向かう。すると。
「お兄さん、お先―!」
「おっと!」
後ろからやってきた駆け足の男の子に追い抜かれる。危ないな、と思っていると、
「あ」
男の子の足が急にもつれて、転んでしまった。
「おいおい、大丈夫か」
慌てて駆け寄る。男の子はいてて、と言いながら足をさすっているが、見たところ怪我はなさそうだ。
「走るからだぞ」
「ふん。ちょっと足が絡まっただけだい」
生意気にいうだけいうと、また走り去ってしまう。
やれやれ。その姿を見送りながら、まあ子供が元気なのはいいことだ……と溜息を吐く。おかしいな、まだ老け込むには早いはずなのに。
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