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第二章(1)

 次の日。午前八時四五分、ポートランド駅で電車を降りると、ホームには平日にも関わらず人が多く、改めて遊園地の人気を実感する。

 約束の時間まではまだ少し間がある。朝霧さんはまだ来てないだろうな……なんて思っていた自分が甘かった。


「おーい、こっちこっ……ち……」


 改札の前、赤い自動販売機の横に立っていた朝霧さんが、ぴょんぴょんと手を振りながらジャンプしている。まさかもう待っているとは思っていなかった、小走りで朝霧さんの方へ駆け寄る。


「すみません! 遅れました」


 遅刻してしまったと思い、慌てて頭を下げる。頭を上げた僕が見たのは、ぷくっと頬を膨らませた不満げな表情の朝霧さんだった。


「……あのさ」


「はい?」


 昨日の様子からして、朝霧さんがこういう表情をするときは僕がなにか粗相をしてしまった時だ。


「その恰好、なんですか!?」


「すみません、遅れてしまい……ん?」


 粗相……遅刻のことかな、やっぱりと思い謝罪の言葉を口にした僕は、朝霧さんの不満げな言葉に口ごもる。

 恰好? なにか間違えただろうか。僕は黒のスーツ、朝霧さんは……なんという服なんだろう、ファッションに明るくない自分にはわからなかったが、でも朝霧さんに似合った、とても可憐な服装をしている。首から吊り下げられたカメラが、なんともアグレッシブ。昨日見たスーツ姿とはまた違って、かわいいな……。

 と思ったところで、気が付いた。


「あの……もしかして僕、服装、間違えました?」


「間違えたというか、まさか遊園地に、スーツで来るとは思わなかった……」


 確かに、言われてみればその通りだ。TPОという単語が、脳裏に過ぎる。


「……そうですよね、すみません」


「いや、別にいいんだけどね。大丈夫、暑くない?」


 確かに今日は四月にしては気温が高い。それでも仕事だから頑張らないとな! と思ってスーツに身を包んだ、朝の僕がなんだか滑稽に思えてきた。


「ま、大丈夫です」


「了解。体調には気をつけてね」


 こっちこっち、と言いながら彼女は歩き出す。


「それにしても。私は小鳥遊くんと遊園地だから、頑張っておしゃれしたのにな」


「!?」


 えっ、ちょっと……悪いことをしたか、もしかして!?


「まさか朝霧くんがスーツで来るなんて。仕事とはいえ、女性と遊園地に来るってのに。あーあ、私、あんまり意識されてないんだろうな」


「!!!!????」

 なんといって謝ろう。もしかして朝霧さんを傷つけてしまったかもしれない。

 言葉が出ない僕に、朝霧さんが振り返って……悪戯っぽく笑った。


「なーんて、うっそ。真面目だね、小鳥遊くんは。……いろんな意味で!」


 言うだけ言うと、朝霧さんはふふっ、と笑ってまた先を歩いていく。

 ゆ、油断できない。今日の取材、朝霧さんに負けないように気合を入れないと。

内心そう思いながら、僕は軽快な歩幅で歩く朝霧さんの背中を追った。


「人、多いんですね」


「そうだね。さすが人気遊園地」


 取材の許可を得るために遊園地のオフィスを訪ね、パリッとしたスーツに身を包んだ園長に「良いように……書いてくださいね?」と言われた僕たちは、園内に足を運んでいた。


「良いように書くんですか?」


 冗談めかして聞いてみると、朝霧さんも困ったように笑っている。


「ここに取材に来るのは二回目なんだけどね。あの園長、前もおんなじこといってたの思い出したわ」


「そうなんですね」


「まあでも……良いように書くつもり。せっかく取材に来たんだもん。もちろん書かなきゃいけないマイナスなことがあったら書くけど、よっぽどのことが無い限りはプラスのことを書くかな」


「それは……取材元に対する配慮、ってやつですか?」


 そんなことを話しながら、中央の広場までやってくる。

 広場には大きな電光掲示板があり、そこにはアトラクションの混雑状況が表示されている。神辺ポートランドには小さなアトラクションも含め、おおよそ十三種類のアトラクションがある。開園したばかりの時刻にも関わらず、アトラクションのいくつかはすでに待ち時間が発生しているようだ。

 話しながら歩く僕たちの横を、グループになった学生たちが通り抜けていく。ひょっとしたら、遠足かなにかの日だったのかもしれない。


「配慮、というか」


 しばらく僕の問いに考え込んでいた朝霧さんが、口を開いた。


「私のポリシー、かな。けなしたり、問題点を挙げるだけなら誰にでもできる。だけど、褒めるのってすごく難しいんだよね。それは人に対してもそうだし、観光地にとっても、そう」


 朝霧さんはにこやかに話すが、その口調は真剣そのものだ。引き込まれるように、話に聞き入る。


「だけど、残念ながらけなしたり悪口を言うほうが、今の世の中『バズる』。でもそれじゃあまりにも悲しいと思うの。せっかく行ったのだから、良いな、と思ったことをできるだけ書きたい。たとえそれが人気の遊園地であっても、田舎町の片隅にある小さな花畑であっても、自分が良いと思ったことを、ありのまま伝えたい。それがライターをやる上で私が大切にしていること。言わなきゃきっと、なにも伝わらないから」


 えへへ、と朝霧さんは頭を掻く。


「少し、カッコつけすぎたかもだけど」


「いや! すごく参考になりました!」


「そ? ならいいんだけど」


 朝霧さんは恥ずかしそうにそういって、少しだけ足を早めて僕の前に立った。

自然と、その背中を見て歩くことになる。その背が、なんとなく大きく見えたのは、僕の気のせいでは無いだろう。


「……その背中に着いていけるように、頑張ります!」


「ふふ、ありがとね」


 そんなことを話しながらしばらく歩くと、大きな建造物が見えてくる。楽しげな音楽、並ぶ人々、鉄の柱とレール、そして……悲鳴。

 遊園地お馴染みのアトラクションの前に立って、朝霧さんはにっこりと笑う。


「さて、小鳥遊くん。ジェットコースターはお好きかしら?」

最後まで読んで頂き、ありがとうございます。

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楽しい時間を過ごしていただけていれば幸いです。ありがとうございました!

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