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プロローグ(1)

 人生を変えるできごとが、この世にあるとして。


『旅行に行くということは、自分の明日を探しに行くことだと思ってます!

 ぜひわが社で、誰かの明日、そして貴方の明日も作ってみませんか?』


 僕の人生を変えたのは、とある企業の採用HPに刻まれた、そんな文章だった。



「新年! あけましておめでとうございます!」


 テレビから女性の賑やかな声が聞こえてくる。もう一月も七日だというのに、まだ正月特番をやっているらしい。

晩御飯の焼き魚を口に運びながら、僕、小鳥遊雲雀たかなしひばりがぼーっとテレビを眺めていると、キッチンから出てきた母親が僕にいった。


「雲雀、明日から母さん、学校だから」


「ん? あ、了解」


 僕の母さんは中学校で国語の教師をしている。そうか、冬休みが終わるのか。


「就活に行くなら戸締りしっかりしてね。頼むわよ」


「……うっ、就活……」


その二文字だけは今はやめてほしい。はー、っとため息を吐いた僕に、


「どうしたの、ため息ついて」


 母さんは僕の向かい側に腰を下ろしながら、僕を気遣うような口ぶりでそう言った。


「いや。……お祈りメール、ばっかりでさ」


「そっか。めげずに頑張りなさいよ。明日はきっといい日になる、ってね」


「……うん」


「志望は? やっぱり文章を書く仕事?」


「うん。そのために芸大、入ったんだし」


 昔から本が好きだった僕の将来の夢は、小説家。その夢を叶える為に芸術大学に入ったのはよかったのだけれど、大学四回生になった僕の前に立ちはだかったのは、進路の壁だった。

 小説家は、なろうと思ってなれるものではない。それでも大学四年間もあれば、どこか公募で受賞することもあるでしょう! なんて楽観的観測は、四年の夏になる頃にはアイスのように甘かったことを思い知らされた。

 公募で受賞するまでバイトで凌ぐ! なんて選択肢も、早くに父を亡くした母子家庭の家に取れる選択肢ではなく。とはいえ、文章で仕事をする、という夢は諦められない。

 理想と現実の板挟みにあった僕が考えたのは、せめて小説家になれなくとも、雑誌のライターや記者を目指してみよう、というだったわけなんだけど……。


「ライター職とか、倍率高いでしょ。ある程度キャリアも必要になるし」


 僕が目指している職種は、母親も知っている。極めて冷静な観測にぐうの音も出ないが、


「……でもまあ、頑張らないと」


 としか、言えない。


 僕を母親は心配そうに見つめていたけれど、そんな母親に何か言えるほど、自分に心の余裕が無くなっているのを感じる。もう、新卒採用を打ち出している会社も少なくなってきた。時間がない。


「ごちそうさまでした」


「はい。お皿はシンクに置いといてくれればいいからね。……あ、それと、雲雀」

 リビングを出ようとしていた僕に、母親は言った。


「頑張りなさいって言った後に、言うことじゃないかもだけど。無理はしないでね」


「……ありがとう。おやすみ」


 母さんの言葉に、少しだけ目頭が熱くなるのを感じるが、泣いている場合じゃない。僕はなるべく平静に聞こえるように、挨拶を返した。


 自室に戻り、電気も付けずに布団にダイブ。明日の面接は何時だっけ。そう思いながらスマホのカレンダーを眺めると、今までに受けた面接の予定が沢山残っていた。

 明日こそは。最初の頃は面接に落ちるたび、そう呟いて拳を握りしめていたっけ。

 明日こそは。

 明日こそは。

 明日……こそは。


「……上手くいかないんだよな」


 だけど、いくら拳を握ってみても、明日はきっといいことがあると思ってみても、

突き付けられるのは厳しい現実ばかり。

 そのうち、面接が怖い。面接を受けなきゃいけない『明日』がやってくるのが怖い、と思い始めたのは……いつからだっただろうか。

 度重なる面接と、不採用の連絡に、僕は今までの自分を否定されるような……そんな気持ちになっていた。

 明日が来れば、また面接を受けなきゃいけない。

 面接を受けると、また自分を否定されてしまうかもしれない。

 そんな明日が、僕は怖かった。

 だけど、早くなんとかしなければいけない。なけなしの気力を振り絞り、ベッドから起き上がってパソコンを立ち上げる。いつもの就活情報サイトにアクセスしようとした僕は、一つの広告に目が留まった。


『旅! それは未知との出会い!

 旅! それは自分自身の再発見!

 旅! それは人生の息抜き! 明日への活力!

 私たち【東西旅行】は旅に出るあなたの強い味方! 旅行のご予定はぜひ【東西旅行】で!』


 心が弱っていたからか、そんな謳い文句に誘われるまま、いつのまにか無意識に広告をクリックしていた。

 会社の名前は『東西旅行』というらしい。そのHPにアクセスしてまず現れたのは、旅行地で撮影したであろう写真の数々。

 海沿いの美しい街並み、自然豊かな山々、由緒正しそうな温泉街。そしてどの写真にも、にこやかに手を振る人たち。それだけで思わず旅行に出かけてしまいそうになる写真の数々に、気付けばため息をついていた。

 そして、その写真を盛り立てるように、

『雄大な山岳と可憐な花畑が、美しいコントラストを描いています』

『桃の花の、美しいピンク色で一面が染まる光景は圧巻』

 なんて言葉がキャプションとして付いている。キャプションはクリックできるようになっていて、そのリンク先には細かいフォントで文字がびっしりと並んでいた。どうやら、写真を撮った観光地でのレポートらしい。


清覧せいらん島に行こうとしたら急に海が大荒れ、フェリー会社から今日は船は出ない、とのお達しが! しかし宿のご主人との約束は今日! 幻の魚、エゾオオウオもこの機会を逃すと食べられない! 私は足早に船着き場を出ると、タクシーを捕まえ金崎かなさき飛行場に直行。海は荒れていても小型飛行機なら飛べると信じ、タクシーを飛ばしてもらいます!』


 エゾオオウオも清覧島も知らないけれど、文章が面白くてぐいぐい引き込まれていく。そんな調子でサイト内を巡回していると、僕はトップページに『新卒採用』のボタンがあるのを発見した。そして募集職種が、WEBライターであることも。


「出来すぎだ」


 そんなことがあるんだろうか。息抜きに見た旅行サイトで、WEBライターの新卒採用があるなんて。あまりに都合がいいので、思わず声に出して笑ってしまう。

 ただ、出来すぎだろうがなんだろうが、目の前に落ちているチャンスを拾わないほど余裕があるわけでもない。

 待遇を確認しようとページをスクロール。すると、採用ページに記された文面が目に留まった。


『採用担当者の一言

 旅行に行くということは、自分の明日を探しに行くことだと思ってます!

 ぜひわが社で、誰かの明日、そして貴方の明日も作ってみませんか?』


「いい言葉だな……」


 思わず呟く。それはまるで、明日が来るのが怖くなっていた僕に向けられた言葉のようで、しばらく画面を見つめたまま固まってしまう。大袈裟にいえば、この言葉に出会うために、僕は今まで内定をもらえずにいたのではないか……そんな気持ちすらする。

 端的にいえば、僕はその言葉に……一目惚れをしていた。


「明日を探しに行く、か」


 呟きながら、応募ボタンを押す。

 東西旅行から電話が掛かってくるまで、一日も掛からなかった。

最後まで読んで頂き、ありがとうございます。

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読んでいただいた方に、少しでも楽しい時間を提供できていれば幸いです。

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