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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

クロス・クロス

これは、とある人から聞いた物語。


その語り部と内容に関する、記録の一篇。


あなたも共にこの場へ居合わせて、耳を傾けているかのように読んでくださったら、幸いである。

 つぶらやくんの周りには、十字をかたどったブツというのは存在しているだろうか。

 十字のマークは人類の文化的に、歴史の古さと使われる範囲の広さにおいては指折りのものといえるだろう。

 日本では中国の晋のころに流行したとされる、十文字を表面に焼き付けたまんじゅうが伝来した説を聞くな。十文字まんじゅうは、それを食することで厄除け祈願となるとされ、家紋などに用いられることが増え始めたという。

 キリスト教が伝わってからは、そちらの教えで用いられることもあったろうが、日本独自に育まれていった、十文字の魔除けも存在するようだ。もし、身の回りでふと十字を見かける機会があったら、気にしてもいいかもしれないな。

 私も小さいころに、十字が身近にある環境に置かれたことがあってね。そのときのこと、聞いてみないか?


 私の家はいわゆる転勤族で、引っ越し経験はそれなりにあるほうだと自負している。

 例の十字がある環境は、およそ一年所属することになった、とある幼稚園でのことだった。

 園舎の教室たちのカーテンたち。晴れの日などは陽を入れるために、窓の端に畳まれて縛られているけれども、雨の日には広げられて窓をまんべんなくカバー。園舎内は明かりが煌々と灯ることになる。

 その際のカーテンの柄は、十字がいっぱい並んでいるものだったんだよ。白色の生地に藍色で抜いた十字は、ひとつひとつが握りこぶしほどはある、大きめのものだ。

 それがカーテン中、縦横に等間隔をおいて配されている。これがひとつの部屋ならまだしも、すべての窓という窓へそろって同じ柄のカーテンが取り付けられていたんだ。


 同一施設内での統一感……といえども、幼稚園で使うものといったら子供たちが喜びそうなキャラクターを使ったキャッチ―なものとか、あるいは逆に無地で代わりをすぐに用意しやすいシンプルデザインなものとか、どこかなじみを覚えさせるカーテンがあってもいいと個人的には思う。

 それがどこもかしこも、クロス、クロス、クロス……私以外にどれだけの子が気にしていたか分からないが、私としては気が休まらない。

 当時の私にとって、十字架とはお墓のイメージ。墓石たちにあしらわれて、その中を生ける死者たちがさまよっている光景がどうも頭に浮かんでしまう。

 そうなると、このカーテンに包まれている私たちはお墓の中にいるわけで、いつゾンビたちに襲われてもおかしくない状況にあるのでは……などとも考えてしまうんだ。


 一度考え込むと、どうにも頭から離れなくなる傾向のある私。

 雨の日のカーテンは閉め切っておくように、という先生の指示は再三出ており、それを破ろうとする子はいない。親が迎えにやってきて、みんながばらばらに帰っていく時間を迎えても、それは変わらなかった。

 いったい何が先生たちをそうさせるのか……と思いつつ、ふと便意を催してしまい、園舎のトイレへ駆け込むことに。

 のちに通うことになる小学校のトイレと同じように、個室が壁をはさみながらいくつも並び立つ幼稚園のトイレ。誰もいないとなると、遠慮なくど真ん中を陣取るようにしている私。当時としては珍しく行き届いた洋式便座たちに、安心して腰を下ろすことができていたのだけど、ふと気が付く。


 個室の明かりとり用の小窓。このど真ん中の個室にも天井近くに取り付けられている。このトイレもまた、雨の日は例のカーテンによって閉め切られてしまい、私が見上げているそれも、よそと変わらない十字たちをあしらってあるのだが。

 彼らと彼らの間、ちょうどカーテンのど真ん中あたりに、黄色いシミが浮かんでいたんだ。

 この十字のカーテンは、園内のどこを見て回っても新品同然といったきれいさを保っている。もし汚すようなことをすれば大目玉を食らうし、触ることそのものも先生方がいい顔をしないこともあって、園児たちの間じゃ一種の聖域扱いになっていた。


 そのカーテンにシミがある。のみならず、見ていると現在進行形でじわじわとシミが大きくなっていくじゃないか。まるで、落とされたばかりの油がその版図をどんどんと広げていくかのように。

 私は用を済ませると、すぐさま近くの先生へカーテンの汚れを報告したよ。すると先生は、園舎の脇にある倉庫へ駆けていき、あるものを手に取って戻って来る。

 さすまただった。

 施設に置く防犯グッズとしてはポピュラーなものかもしれない。当時はまだ柄が木製で、先端のU字金具にとげでもついていれば時代劇に出ても違和感を覚えないつくりだったのを覚えている。

 案内を乞われて、例のトイレへ向かう私。真ん中の個室へあらためてついたときには、もうシミはさらに大きくなって、かの十字架と十字架の間をすっかり染め上げていたんだ。


 そればかりじゃない。

 その汚れたカーテンの生地は、こちらへ向かって隆起し始めていたんだ。カーテンの向こう側から、球体をしたものがこちらへ入ってこようとしているかのようだった。

 窓にはこちら側からカギがかかっていたはず。私が先生を呼んでから戻って来るまでのわずかな時間、トイレに入り込んだ者はいなかった。

 このカーテンを突き抜けようとしているやからは、いったいどのようにして窓とカーテンのわずかなすき間に入り込み、何を企んでいるのだろう。

 そう考える間に、先生は動いていた。手にしたさすまたで狙いをつけると、そのカーテンを膨らませている球体のいる部分へ、まっすぐに突き出したんだ。

 狙いは的中。シミに汚れる生地もろとも、さすまたの先端はその球体の出っ張りをとらえていた。

 ここから外? に押し出すのか、あるいは引っかけて内側へ落とし、そのツラを拝んでやるのか。

 結果はどちらでもなかった。

 さすまたに触れられてからほどなく、シミに汚れた生地の部分に、音を立ててオレンジ色の火がともったからだ。膨らんだ部分も巻き込み、さすまたの金具部分も包み込んで、瞬く間に火の玉がそこに生まれた。


「バケツに水を汲んで!」


 先生がさすまたを握ったまま、私にいう。

 トイレの洗面台の脇には小さなバケツが置いてあり、私はすぐさまそこに水をたたえて先生に渡す。

 さすまたを手放した先生が、バケツの水をカーテンにぶっかけると、一瞬「ギャッ」という獣めいた悲鳴がひとつ。直後、カーテンは乱暴に外れて個室側へ落ちたかと思うと、例のシミのあった部分に焦げあとつきの大穴が開いた姿を私たちへ見せてきた。

 見上げた窓は、やはり閉めきったまま。どこにあの膨らみのもととなった球体が入るゆとりがあったのか、分からない。


 先生はさすまたの金具部分にも水をかけると、それを倉庫にしまった後で、入れ替わりに例の十字をあしらったカーテンの替えを持ってきて、明りとりの窓へ取り付けなおす。

 じかに見た私だから教えてくれたが、雨の日になると、あのカーテンを破ろうとした輩が、内へ入り込もうとしてくることがあるらしい。もしカーテンを閉め切っていなかったり、みだりに汚れていたりすると、ああして持ちこたえることができずに、中へ入り込まれてしまうのだとか。

 いったい、そいつが何者なのかは先生たちもはっきりとは分からない。

 かつて見た、と伝えられている人は、皆すでにこの世を去っているか、植物人間状態でいるらしいのでね。

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