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第49話 奪還作戦

 自室の中、ベッドの上で膝を抱えて目を瞑る。悪魔が入ってこられないように簡易の結界を張られたここは、安全な場所だ。後は皆が解決してくれるまで、ここでただじっとしていればいい。


 閉じたカーテンの向こうは、不気味な赤一色。唯一の光源であるランタンは、部屋の陰りを完全に払うには至らない。微かに響くのは、時計の音だけ。私を護るための部屋は、閉じ込められていた教会とどこか似ていた。でも、あの時とは違う。今度は、助けに行くのは私だ。


「全く、世話の焼ける子ね」


 扉の向こうから足音一つ聞こえてこないのを念入りに確認し、ベッドから起き上がる。私が目を離した隙に攫われてしまうなんて、手のかかる子。これまで助けて貰った分、多少は恩を返してあげてもいいでしょう。意気込んで静かに立ち上がり、ドアノブを握る。誰にも気付かれないように極力音を立てず、ドアを開けた。そして壁側でこちらを睨みつけていたシエル様と目が合った。


「やはりな。勝手に部屋を抜け出して一人で行動するつもりだっただろう」


 予想的中と言わんばかりに呟き、シエル様は大きくため息をついた。


「貴様は責任や規律を重視し、誰にも頼れず一人で抱え込む。それでいて、いざとなれば手段を選ばん、妙に割り切った所があるからな」

「あら、随分と分かったようにおっしゃるのですわね」

「分かるさ。私と似ているからな」


 もう一度ため息の音が響く。呆れというより、苦笑の混じった気配がした。


「加えて、貴様には私にとってのトラヴィスがいない。いや、いなかったと言う方が正しいか」

「ルーリィは、そういう存在ではないわ」

「なら、何故危険を冒して助けようとする」


 妹でもない。腹心の従者でもない。ハドリー家の後継者として、必要ないと、思う。こんな下らない、些末な……けれど、どうしても捨てられない、情なんて。


「別れ際に喧嘩をしてしまいましたの。迎えに行ってやらないと、すわりが悪いものですから」

「……難儀だな」


 貴様も、と言外に付け加えられた気がした。腹違いの兄に対して複雑な感情を抱いているのであろう彼は、私を部屋に押し戻すことなく歩き出す。


「実を言うと、貴様の脱走を予測したのは先生だ。下手に爆走される前に、自分の元へ連れて来いとな」


 爆走だなんて、彼の前で過激な手段を取った事は……救夜祭前の予行演習時に錯乱して先手を取ろうとした程度じゃないの。胸中で文句を返している内に、先導する足が停止する。まあ理解はできる、とシエル様は扉に手をかけて続けた。


「私達のような人間は、真っすぐに好意をぶつけてくる相手に弱いからな」


 重たい音と共に、視界が開かれる。部屋の中央では、ユークが様々な魔法用の道具に囲まれて腕を組んでいた。こちらを見つめる眼差しは呆れているのか、それとも言う通りに行動しない私に苛立っているのだろうか。一礼したシエル様が部屋から去ってようやく、彼は口を開いた。


「リリア……いや、ルーリィに関する情報をよこせ」


 むしろこちらからの協力を要請する発言に、驚いてしまう。ユークは椅子に身を投げ出し、面倒くさそうに顔をしかめた。


「どうせスイッチの入ったお嬢さんは、言っても聞かないだろう」


 人を暴走機関車のように例えるなんて、シエル様といい失礼だわ。後に引くつもりがないから、今回ばかりはその通りではあるのだけれど。


「並行世界を視認できる貴方でも、今回の状況を把握しきれていないの?」

「似たような展開の世界は一応あるが、お前が人間側にいる時点でイレギュラーだからな。やけに性格の違うリリア・キャンベルも、同レベルの不確定要素だ」


 本来のリリアとあの子は随分と差異があるみたいだから、彼からすれば違和感の塊でしょうね。それなら本当の事を告げても一笑はされないだろう、と正直に話す事にした。


「随分とユニークな経緯を抱えていたようだな。警戒せずに、もっとあの女と絡んでおくべきだったか」

「お生憎様、あの子は貴方が苦手だから、どの道避けられていたでしょうね」

「はっ、嫉妬かお嬢さん」

「うぬぼれも大概にして頂戴」


 いつもの調子で軽口を叩く男に、肩の力が抜ける。異世界や予言書云々以外は自分の力と似ているからか、結構すんなり受け入れてくれたようだった。


「仮にルーリィが悪魔側についているとして、目的は魔界と接している、もう一つの異世界かもしれないな」


 時折故郷について語る彼女の口ぶりは、懐古と寂寥感が混ざり合っていた。今でも故郷を愛しているのなら戻りたくなるのも当然だ。そうだとしても、私はハドリー家の跡継ぎ。腹違いの妹が人間界を壊そうとしているなんて醜聞を見過ごすわけにはいかない。


「マズいな。別の異世界に通じる境界を壊す程の白魔法を行使されたら、余波で結界も崩れるぞ。どれだけ被害が出るか、想像するだけでうんざりだ」


 リリアの白魔法の才能がずば抜けているせいで、被害予想はかなり深刻らしい。珍しく本気で危ぶんでいる彼に発破をかけるべく、あらあらとわざとらしく声を上げた。


「賢者様とあろう者が随分不安にかられているのね。どうせやる事は同じでしょう」

「お嬢さんは、あの女を連れ戻す自信が相当あるようだな」


 確かに、今の私は白魔法が使えない。他の人と違って武力もない、けれど。


「私はあの子の推しなのよ。なら、言う事を聞かせる位簡単だわ」


 意地を張るのは、得意分野だ。あの子が悪役っぽいと称していた笑みを作り、私は自信満々に見える風に宣言してやった。




※※※




 作戦は単純。人間界側で結界をなるべく持ちこたえさせている間に、魔界のどこかにいる元凶に対処する。それだけだ。魔界に乗り込む人員は、私以外にユークが向かうと決まっていた。


「標的を仕留めるのは得意だし、俺も行こうか?」

「賢者様とはいえ、たった二人だなんて……」

「こちら側の防衛をなるべく強固にしておきたいからな」


 ヒノやエディトの意見に、ユークは散歩でもするようなノリで杖を軽く振る。


「あのヤギ頭の悪魔と、調子に乗った軟派悪魔程度、俺一人で造作もない」

「……後半の悪魔の説明に私怨が混ざっているように感じるのは私だけか」


 シエル様が控えめに感想を述べる。リデルに一度逃げられた分の恨みがありそうなユークは聞こえなかったふりをして、校庭に描いた図式の中心へと歩みを進めた。微かに砂ぼこりが舞うそこは、赤黒い空の下だろうと、更に鳥肌が立つような悪寒を感じさせた。緊張で両手に力を込めていると、手を差し出される。


「災厄の娘が救世主となる。面白い展開だと思わないか、お嬢さん?」


 それはまるで、ダンスの誘いのようであった。何があっても、きっと彼はこうして何てことないように手を差し伸べてくれるのだろう。感謝の代わりに、指に自分のそれを添える。


「ええ、私を見下していた連中がどんな反応をするか、今から楽しみだわ」


 生憎私は物語の聖女のように、できた人間ではない。世界の為なんて高尚な理由ではなく、あくまでハドリー家や自身の利益の為に動くだけ。俗物じみた思いを胸に、私は共に図形の中央に立ち──景色が、変貌した。


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