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第42話 交友の裏側は拒絶

「……クロリンデ?」


 硬質な声に、ゆるりと瞼を震わせる。待ち合わせ場所の広場。行きかう人々。私は、眠っていた、のだろうか。立って待っていた筈なのに、いつベンチで腰かけたのだったか。やけに重たい頭を押さえ、気怠い息を吐く。なにかおかしい。なにか。


「暇にさせたあまり寝落ちしていたか、すまない」

「貴方と待ち合わせした記憶はありませんわ、トラヴィス様」


 眉を顰めて、予想外の人物へ問いかける。質問に答えるべく、これを、と彼は鞄から無造作に取り出してみせた。


「ノーレス先生からだ。これを渡すように、と」


 それは、あの時ユークの部屋で砕け散ったブレスレットとよく似ていた。記憶に残る姿よりも更に白く……というか、薄っすら銀色の光を帯びている。表面には細かな紋様が刻まれていて、前回よりも金と手間をかけた品であるのが明白だった。


「先日の賢者は、先生の親族らしいな。その方からの贈り物らしい」


 正体を隠しているせいで、回りくどい事になっているわ。ありがとうございますと受け取り、指先でつついてみる。壊れる気配がないのに安堵して、腕に通してみた。あら、この腕輪、もう輝きが曇ったような……気のせいかしら。


「それと、もう一つ頼まれた。貴方と一緒に出掛けてやって欲しい、と」


 贈り物をじっと見つめている私をよそに、トラヴィス様は口を開き直す。まさかあの適当教師、自分が同行するのが面倒で、他人に擦り付けたんじゃないでしょうね。ユークなら兎も角、他の人を頼るのには抵抗感が強いわ。


「結構です。大した用事はありませんし、トラヴィス様のお手を煩わせる程ではありませんわ」

「そうか。なら、俺の買い物に付き合ってくれないか。相談役が欲しかった」

「気を遣わなくとも結構です」

「いや。殿下への贈り物に悩んでいる」


 私への口実ではなくて、本気で困っているのかしら。王族を口実に出されると流石に断り辛いわ。私で良ければと了承すると、ホッとしたように肩の力を抜かれた。




※※※




 トラヴィス様に先導される形で、縦に並んで歩く。とはいえ悩んでいるのは本当らしく、目的地は定まっていないようだった。寡黙な先輩は殆ど喋る事無く、二人して黙々とただ歩く。彼と会話をする時は、用事か殿下関連ばかりなのよね。


 王族の懐刀。不吉とされる黒髪の容姿を補って余りある家名だけれど、私個人としては特別仲を深めたいと思わない。彼がシエル様に忠実な腹心であると知っているからこそだ。万が一の時にハドリー家より王家を優先する夫では困るもの。とはいえ、このままでは話が進まない。仕方がないので私から切り出した。


「シエル様へどのようなプレゼントを差し上げる予定なのですか」

「……………………決まっていない」


 ぼそりと、途方に暮れたような声で返答される。それでただ街中を彷徨っているなんて、無計画すぎるわ。


「意外ですわね。トラヴィス様は、殿下に対しては殊更意欲的な方だと思っていましたから」

「既に大体の品を贈ってきているから、いい加減ネタが尽きた」


 確か彼は、幼少期からシエル様に仕えているのよね。毎年誕生日と救夜祭に贈り物を渡していたと言う事かしら、律儀ね。私なんてお父様から一度も……。絡みつこうとする鬱屈とした感情を振り払い、取り繕うように話の枝を伸ばしてゆく。


「最初はどのような物を贈られましたの?」

「木彫りの鳥だ」


 やはり彼は、主人の事となると饒舌になる。先程まで無言だったのが嘘のように、自ら過去のエピソードを語り出した。


「幼い頃の殿下は、鳥を観察するのが趣味だった。俺が黙って傍で一緒に眺めているのを、いつも快く受け入れてくれていた」

「昔からとても仲が良かったのですね」

「ああ」


 トラヴィス様は力強く断言した。聞いているこちらが、羨望してしまいそうになるほどに。


「俺は昔から愛想がなく、こんな不気味な黒髪だ。……すまない、貴方を侮蔑するつもりはなかった。俺への批判は、ガトー家へのやっかみも含まれていたから」


 同じ色の髪をした私へ、途中でフォローを入れてくる。いちいち気遣う必要はない。黒髪だけでなく赤目である私は、既に飽きる程に容姿を気味悪がられてきたから。


「殿下だけは、最初から分け隔てなく俺と接してくれた。俺を信頼し、友達として扱ってくれた。その信に応えたいと思っている」

「……シエル様はトラヴィス様を必要とされたのですか」

「そうとも言える」


 必要とされたから。それなら理解しやすい。少なくとも、感情的な理由よりは。


「貴方は、救夜祭にリリアへ何か贈らないのか」


 尋ねられ、一応はそのつもりですけれどと目を伏せる。殿下との固い絆を力説された後に告げるには、不相応に感じられた。エミリオやユークの言葉がなければ、彼女を誘おうという発想自体湧かなかっただろうから。


「内容は決めているのか」

「大まかには。深く考えずとも、私が何を贈っても同じ反応でしょうから」


 あの子なら、その辺の店で適当に買った安物だろうと、推しから貰った物は家宝にしますと息巻くだろう。呆れ交じりで呟いたのを見て、トラヴィス様は何故か笑った。


「同じだな。殿下もきっと、俺が何を贈ろうと喜んでくれる。だからこそ困るのだが」


 かなり違うと思う。少なくとも私とルーリィは、彼らのような親密な仲ではないのだし。まあ、初めて会った時よりは悪くはないと思っているけれど。かと言って、妹と思った事は一度もない。改めて考えると、私達の関係って何なのかしら。


「なら、シエル様の役に立ちそうな物を選ぶのはどうでしょう。最近疲れているのなら、安らげる茶葉や香りを。傷んでいる日用品があるなら、その代わりを。何を贈っても喜ばれるなら、実用性のあるものを選んでみては?」

「なるほど」


 参考になったと頷かれる。これでガトー家に恩を売れたかしら。山を越えた気分に浸っていると、トラヴィス様は香水店に入っていった。無骨な彼にしては意外な選択に束の間驚いてから、後を追う。彼は陳列棚を見渡していたかと思うと、おもむろに小瓶を掴んで差し出してきた。


「今日のお礼に、これを」

「……私にですの?」

「ああ。疲れているようにみえるからな」


 私が貰う側になるのは予想外で、反応に遅れた。小瓶の列の傍には、疲労回復などの効果が記されている。疲れていたつもりはないのだけれど、困ったわね。むしろ私の方から、今後ともよろしくお願いしますとばかりに一品用意すべきだったんじゃないかしら。断るのも失礼だろうし、と迷いつつ手を伸ばす。


「お気遣いなされなくとも、私、は……」


 小瓶を持つ指と微かに触れた瞬間、視界がブレた。驚いて手を引っ込め、近くの壁に手をつく。トラヴィス様は眉を顰めると、香水を棚にしまってから寄ってくる。不必要に心配されたくなくて、平気ですわと答えつつ店を出る。簡素な返答では満足してくれなかったのだろう、遅れて店を出た彼はなおも詰問を続けてくる。


「広場の時から思っていたが、普段より顔色が悪い。気分が優れないのか」

「い、いえ、普段通りですわ」


 普段と同じ。本当にそうだろうか。先程から身体にまとわりついている微かな倦怠感はいつからだったか。確か、トラヴィス様と会う前、リデル、に……。


「あまり無理はするな」


 肩に手が触れた瞬間、またも視界が一瞬別物へ置き換わる。殺意を籠めた目が、私を睨んでいる。無骨な手は剣を握り、私を今にも刺し貫こうとしていた。


『この世界を、リリアの生きる世界を、俺は護る』


 確固たる意志で、トラヴィス様は一歩前に踏み出す。鋭い切っ先が身体に侵入する感触。一歩遅れて赤く噴き出てくる血は、私、の……。


「やめて!!」


 甲高い声に怯えが含まれているのを、気にする余裕はない。本能的な恐怖が身体を支配して、目の前の敵をただ拒もうとする。目を見開いた彼が、問い質そうとしてか更に一歩近づいてくる。唐突な吐き気に襲われ、景色がぐらぐらと揺れて立っていられなくなり、私は意識を手放した。


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