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第4話 入学式

 黒髪に赤い目を持つ、魔界の寵児。災厄をもたらすとされる、不吉な予言。一般教養のある貴族であれば、大半は知っている。私の姿を見れば、そこかしこで眉を潜めて距離を取り、陰で侮蔑の噂を囁き合う。周囲の態度は慣れたものだけれど、今回ばかりは別の要因も関係していた。


「うっわー! ここがシルフィールド学園! すごい洋風―!」

「もっと声の音量を落としなさい」


 楽しそうに騒ぐルーリィを注意した回数は、十回目を越えたあたりでやめた。場慣れしていないのが丸わかりな態度に、通りかかる学生達が好奇の視線を向けてくる。着替えの時からルーリィはハイテンションで、平民出身のわりに慣れた様子で制服をさっさと着て、立ち絵(予言書の挿絵)と同じだと舞い上がっていた。


 王立シルフィールド学園。由緒正しき貴族や優れた魔法使いが数多く通う、全寮制の名門校だ。貴族としてのマナー、一般教養、学問に加え、一握りの素質のある者には特別に魔法も教授されるという。


「クロリンデ様の制服姿なんてスチルでも見たことない! ありがとうございます!」


 同じ制服を着たルーリィがキラキラした眼差しで私を見つめてきたので、そっと目を逸らした。なんというか、直視するにはきつかった。


 入学予定だった私だけでなく、何故平民の彼女まで入学を許されているのか、正直納得がいかないが、父の遺言が発見されて、リリアを王立学園へ推薦する旨が記載されていたから仕方ない。流石お父様、隠し子に貴族同然の待遇を与えてやるなんて、とても慈悲深いわ。


 入学をとりやめて後を継ぐべきかとも考えたけれど、婚約者はまだ在学中なのもあるし、教会の件もあって噂が落ち着くまでは家を離れた方がいいと親族から口を挟まれた。何より、ルーリィが一緒に入学したいと言ってきかなかったのだ。私を一人にすると、悪魔に変身するとでも疑っているのかしら。むしろ現状一番の悩みの種は、自称絶対の味方なのだけれど。


「クロリンデ様と入学できるなんて夢みたい……、お姉さまって呼んでいいですか?」

「断固拒否するわ。入学早々ガサツに動き回る平民に、家族として扱われたくないの」

「えへへ、ゲームと同じ光景だったからつい浮かれちゃいまして!」


 ルーリィは物見雄山といった体で、せわしなく視線を巡らしていた。既に幾人もの新入生達が門をくぐり、上級生や教師の案内に耳を傾けている。私達もきちんと指示に従わなければと、うろうろしたがるルーリィを引率した。


 流石名門校、学生の中には名だたる貴族がちらほら見受けられる。学生達に指示を飛ばしている青年は、王族の第二王子だろうか。噂に聞く、黒髪の護衛を傍に控えさせているようだから。あの新入生が肩から掛けている布は、八重国の民族衣装である羽織かしら。随分遠い国から入学してきた者もいるのね。一学年先輩となる婚約者も、どこかにいるのだろう。さりげなく視線を動かしたけれど、人の波の合間に懐かしい顔は、ついぞ見つからなかった。


「入学おめでとうございます」


 講堂前の受付係から、声をかけられる。子供かしら、と最初は思った。薄い緑色の短髪や、純朴そうな眼差しは、あどけない少年のそれだ。それでいて、妙に落ち着いた雰囲気も宿している。制服ではなく魔法師がよく着用しているローブを身に付けているから、魔法の教師かしら。


「新入生は、このコサージュを胸元につけてくださいね」


 にっこりと笑顔を浮かべ、彼は白色の花飾りを手渡してきた。見た目は薔薇に似ているそれは、滑らかな触り心地だ。胸ポケットにピンで留めてしげしげと眺めていると、花がふるり、と震えた。


「……え?」


 じわり、と。花びらの先から、夜色に染まっていく。言葉を失っているうちに、花は全体が黒へと変色しきっていた。それを見た幼い容姿の魔法師が、モスグリーン色の目を細める。まるで、獲物を見つけた獣のように。


「ありがとうございまーす、さあさあ中に入りましょうクロリンデ様!」


 強引に腕を取られ、構内へと引きずられる。入り口で立ち尽くすなんて、邪魔になってしまう。落ち着きないと侮っていた相手に先導されるなんて、とんだ失態だわ。


「クロリンデ様、あの先生とはあまり関わらない方がいいですよ」

「オトメゲームに、要注意人物とでも記されていたの?」

「違うというか、そうとも言うというか……あの人は攻略対象なので、ちょっと厄介な性格だと知ってしまっているので」


 ひそひそと、顔を寄せて忠告される。攻略キャラとは確か、物語の重大な分岐点となりうる上、最後はリリアと結ばれる可能性のある人物だったかしら。教師を誑かすだなんて、とんだ問題児学生、もしくは逞しい妄想力だわ。


 そもそも話したことのない人物を、予言書の内容だけで厄介だと決めつけるのはどうなのかしら。予言書が間違っている可能性があるでしょうに。というか、私が悪魔になるのが確定している予言書なんて、ジョーク集であって欲しい。


 決められた席に座り、がやがやと周囲が雑談をしている中、入学式が開始するのを黙って待つ。静かに観察しているうちに、コサージュの色は人によって違うと分かってきた。大半は白だが、赤や青、緑に黄と、別の色の花をつけている者もいる。


 色に何らかの関連性があるのもしれない。私と同じ黒い花を飾っている生徒は、誰もいない。そしてルーリィは白……いえ、銀色かしら。銀色の花もかなり珍しいものの、八重国出身らしき新入生も銀のコサージュらしいと、自分の席から辛うじて確認できた。


 入学式が始まり、私は周囲を探るのをやめて話に集中する事にした。新入生歓迎の言葉を述べるべく、皆に支持を出していた金髪の青年が学生代表として教壇に立つ。よくまとまった構成のスピーチもさることながら、彼のコサージュも銀色なのが印象的だった。


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