第39話 密談
どうもルーリィです。パーティイベントで悪魔から話を持ち掛けられました。いやどう考えても碌な展開にはならないって。ここから急にリデルルートですとか通達されても、とても信じられないから。しかも異世界とか言ってきた。リデルの能力だろうと、異世界転生がバレるわけないのに……いやそうでもないわ。普通にクロリンデと『境界のシルフィールド』について話しまくってたし、バレる余地結構あったわ。
とぼけて躱すのは無理っぽい。ならリリアのふるまいを真似して、即攻略してみるとか。リデル相手だと、最初のリリアは振り回され気味だったけど、段々立場が逆転してくるんだよね。最終的にリリアの聖女の如き器のでかさに、リデルが絆される。敵からの寝返り、美味しい展開待ったなし。……うん、私には真似できそうにないわ。シエルみたいな普通の攻略キャラでも荷が重いのに、短時間で改心させて仲間を裏切らせるとか無理ゲー過ぎる。リリアみたいにできた人間じゃないし。
もういいや。正体がバレてるなら、いっそ開き直ろう。
「クロリンデを狙ってるくせに私も口説こうとするなんて、この浮気者!」
いけない、第一声から本音が漏れすぎた。でもクロリンデ推しとしては、ゲームでの所業は見過ごせない。魔界を捨ててでもリリアを選ぶって純愛を貫くシーンを見て、いやクロリンデの事はどうでもいいんかい、って画面に突っ込みを入れた位だ。
そりゃ、一応クロリンデの弱みに付け込んで利用してしまったって謝罪はしてたけどさ。もっと大事なひとを見つけてしまったとか懺悔されても酷いわ。そもそもこのルートのクロリンデは、ヴールに切り捨てられて中盤で死ぬから扱いが雑だし。まあ、元カノが生きてたら話がこじれるからっていう制作者側の都合なんだろうけどさ……。
私の浮気者発言に、リデルは不愉快そうに顔をしかめた。呆れをありありと滲ませ、大きくため息をつかれる。
「その自信、どこから湧いてくるの? ボクはキミの事、どうでもいいんだけど」
うっ、確かに自意識過剰すぎたかも。しょうがないじゃない、こっちは乙女ゲーの主人公だし。攻略キャラと交流すると、ついフラグの事を考えちゃうんだよ。
「まあ落ち着いて聞いてよ。キミにとって悪い話じゃないし」
まさかクロリンデが手ごわすぎるから、私に矛先を変えたのかな。悪魔に転化しやすい体質だってゲームで推測されてたクロリンデと違って、リリアは白魔法が使えるだけの普通の乙女ゲーヒロインなのに。
そうだ、白魔法。きっと魔界は白魔法を使える味方を増やしたいんだ。クロリンデが色々暗躍していない分、ゲームより結界が保たれてそうだし。
「結界を破壊するのなんか、絶対協力しないからね」
「元の世界に帰られるとしても?」
言葉に詰まった私を見て、悪魔は満足そうに笑った。あ、まずい、向こうのペースに乗せられそう。慌てて否定しようと首を振る動作は、やけに不格好だった。
「元の世界に帰るなんて、できっこない。私、死んだのに」
「本当にそう? キミ、自分が死んだって自覚があるの?」
大きなクラクション。撥ね飛ばされる身体。貫く衝撃。それが最期の記憶。だから、私は事故で死んじゃったと思ってた。もしも、そうじゃないとしたら。元の世界ではまだ、意識不明の重体とかで生きているとしたら。
「わ、分かんないけど。死んでるかも、しれないし」
「不明なら、最後のチャンスに賭けるのもアリじゃない? それともこのままリリアの陰に隠れて、こんな世界は自分の居場所じゃないって、耐えながら生き続けるの?」
私はリリアにはなれない。
そんなの、最初からずっと思い知らされ続けている。
なんで。どうしてリデルが、そんな事指摘するの。まるで私の事を何もかも見透かしているみたいに。ううん、リデルに心を読む力なんてない。異世界転生者の心境を好き放題妄想されたのが、偶々当たっているだけだ。否定の言葉が頭の中でぐるぐる渦巻いて、苦しい。駄目だ、胡散臭い詐欺に騙されちゃ駄目。
「帰られる保証が、あるの」
月と同じ色の瞳が、つうっと細められる。暗闇の中でネズミを狩ろうとしている、猫みたいに。
「実を言うと、魔界と肉薄している別世界は、この人間界以外にもう一つあってね。多分、キミの元居た世界じゃないかな」
何それ初耳なんだけど。もしかして、トゥルールートで明かされるのかな。最後のルートで唐突にメタ設定ぶち込まれたら、そりゃ賛否両論にもなりますわ。
「白魔法の力は、境界を曖昧にする。ボク達に協力した後は、魔界から自力で帰るなり、好きにしなよ。君一人の力で無理なら、ボクも手伝ってあげるしさ」
自力で異世界転移って、そんな簡単にできるものなのかな。でもリリアの才能が凄いのはゲームでも描写されていたし、いけるのかも。リデルだって協力してくれるなら、本当に……いやいや、だからってこの世界を壊すのはアウトだって。どうにか断ろうとするも、リデルは更に追い打ちをかけてきた。
「キミはボクを手伝ってくれるだけでいい。どうせ結界を崩壊させた所で、あれだけ白魔法の才能持ちの連中がいればそのうち結界を再修復させられるだろうから、この世界を心配しなくてもいいよ」
「なら、どうして魔界に協力してるの」
魔界の侵攻が防がれると分かっているのにと尋ねると、リデルはどうでも良さそうに肩をすくめた。
「他の連中が煩いから、協力してやってるだけさ。勝手に期待して調子に乗っている同胞を見物するのは、面白いしね。……元から魔界への忠誠心なんて持ってないし」
最後に小さく吐き捨てられた言葉に、ああそうだったと思い出す。リデルは普通の悪魔じゃなくて、魔界に迷い込んでしまった人間との混血。魔界で差別されながらも白魔法の才能を重宝される、微妙な立ち位置にいる設定だった。
「この世界では、キミはリリアのふりをし続けるしかない。本当の居場所があるなら、ボクとしても手助けしてあげたいと思ってね」
魔界に居場所がないリデルと、リリアの立場を貰っているだけの私。似ているのかも、しれない。だからこそ、彼もこうして私に声をかけようと、思ったんだろうか。喉が渇いて、上手く声が出ない。身体が鉛みたいに重たくなって、首を横に振る事すら難しくなって。棒立ちになっている私に、リデルは友達にするようにウインクした。
「すぐに決めろとは言わないさ。救夜祭の時にでも、また会おう」
するり、と声が闇に溶ける。一人残された廊下で、ようやく呼吸の仕方を思い出した気がした。一気に汗が出てきて、疲労が押し寄せてくる。ばくばくと煩い心臓を抱えて、後ろを振り向く。誰にも、見られてない、よね。
「……どうしよう」
どうして断れなかったの。これからどうしたらいいの。クロリンデとかエミリオに相談……駄目、できない。だってもしも、元の世界の事は諦めるように言われたら。いや誰に聞いても悪魔の誘いなんて拒絶一択でしょ。多分大した問題にはならないだろうからこの世界をぶっ壊して元の世界に戻りますとか、迷惑だって。
クロリンデは、こういう誘惑を今まで何度も受けてきたんだ。私にはきつ過ぎる。リリアでも何でもない、普通の私なんかじゃ、耐えられない。じゃあクロリンデ達を裏切れるかって言われると、それも選べなくて。
「なんで、こうなっちゃったんだろう……」
今日は同じ事を呟いてばっかりだ。ここがあの明るいホールだったら賑やか過ぎて、疑問も迷いも全部どうでもよくなれたのかな、なんて。今更どうしようもない事を、思った。




