第37話 対等な協力関係
「再戦といこうか、クロリンデ」
「臨むところよ」
戻ってきた嘲笑の的が見慣れぬ男を連れてきたのに、外野がさざめく。好奇の視線を跳ね除けてつかつかとホールの中心へ向かう私達を、皆が注目していた。
「どんな面を下げて戻ってきたかと思えば、外から男を連れ込んだなんてな」
「どこの来賓かしら。見目麗しい方……」
「おい、あのブローチ、まさか賢者の証じゃないか?」
どんな陰口だろうと、気にしない。気にする余裕がない。何しろ彼の踊りの構え方に、違和感を覚えたからだ。
「念の為聞くのだけれど、踊り方は知っているのよね」
「俺は賢者だぞ。夜会に招かれた回数は数知れず、踊った回数はゼロだ」
「自信満々に言う事じゃないわよ!」
この土壇場でまた問題が発生するなんて、今日はハプニングが多すぎる。賢者にも恥をかかせるわけにはいかないと、手足に力を籠める。ルーリィやヒノと散々練習してきたから、ステップを覚えていない相方を誘導するのにはすっかり慣れたのだ。
「仕方ないわね、私の動きに身を委ねてちょうだい」
「それは助かるな。これぞ対等な協力関係って感じがしないか」
返事の代わりに、わざと足を踏んでやった。非難の目を向けてくるのをスルーして、彼をステップ通り動かす事に集中する。大変だけれど悪くない気分だった。一方的に助けられてばかりは、性に合わないもの。
長いようで短い曲がようやく終わり、肩に籠めていた力を緩ませる。ようやく周囲を見渡す余裕が生まれ、壁際から私を見つめる視線に気づいた。目が合ったエディトは寂しそうに微笑むと、軽く頭を下げて人混みの中へ姿を消す。彼の思惑通り、私はローエン家より強力な後ろ盾である、賢者との繋がりを早々に手に入れた。双方ともに満足な結果となった。胸の奥を掠める苦い感情は、きっとただの気の迷い。あの人が永遠に私から離れようと、……もうどうでもいい。
「協力ありがとう。仲をアピールするならもう十分よ」
「そう言うな、お前の相方として振る舞っている方が、面倒事が減る。……ああ失礼、彼女と話をするのに忙しいので」
一曲終わったらすぐ去るのかと思いきや、彼の親密さアピールは続いていた。賢者とお近づきになろうとする者達を、ユークは片っ端から私を理由にして躱す。有名すぎるのも大変ね。
「クロリンデ!」
ようやく取り巻きから逃れられたのだろう、シエル様がトラヴィス様を連れて寄ってくる。長い緑色の髪に、モスグリーンの瞳。賢者の証のブローチ。知り合いとよく似た顔つきをシエル様はじろじろと凝視して、記憶を掘り出すように顔をしかめた。
「失礼、どこかで会った事が?」
「そうかもな。立場上、幾度も社交の場に招かれた経験がある」
でかい態度を前にして、シエル様は一応納得してくれた。丁寧言葉で幼い見た目の先生とは、ギリギリ結びつかなかったらしい。どうせなら髪とか瞳の色も変えた方がもっとばれにくかったんじゃないかしら。
「それにしてもハドリー家は、賢者の一人とも懇意にしているのか」
「ご想像にお任せしますわ」
馴れ馴れしく肩に手を置く男をそのままに、笑顔で返す。特専クラスの面々の前でまで、親密なふりをする必要はないと思うのだけれど。
「あっ、いたいたクロリンデ……と、……初めましてー」
「ああ、初めまして」
ひょっこりとヒノが顔をのぞかせ、ユークを見てから一瞬硬直する。互いに初対面ですという体で挨拶をする様子は、事情を知っている身からすれば白々しかった。
「ヒノ、パーティをボイコットしていたのではなかったの?」
「そのつもりだったんだけど、あれだけクロリンデに教えてもらったんだし、一曲位ならいいかなーって途中で思い直したんだ。てわけで、一緒に踊ろうぜ!」
私の特訓が彼に社交場での機会を与えたなんて、教えた甲斐があったというものだ。元気よく差し出された手を握る前に、殿下が横から割り込む。
「まあ待て、クロリンデには私も誘おうとしていたからな」
「私に? 私にですの? 人違いではなくて?」
「こんな至近距離で間違えるか。貴様は私を何だと思っている」
真面目な解答が返ってきて、解せない気持ちが強まってゆく。ルーリィと踊るついでに、姉の私にも声をかけておこうとでも考えたのかしら。
「借りを返す機会だと思ってな。……先程の件を払拭するにも都合がいいだろう」
その必要はもうなさそうだがな、と小声で付け足される。こちらの事情を考慮しての提案だったのね。ユークと協力関係になるより、殿下に踊ってもらった方がよかったんじゃないかしら。王族との繋がりだって、かなりの影響力があるもの。
主人の後ろから、静かにトラヴィス様が前に出る。彼の態度は、いつも通り控えめなものだった。
「貴方がよければ、俺とも踊って欲しい」
予想外の展開に何度も目を瞬かせる。待って、どうしてルーリィではなくて私が、こんなに誘われているのよ。彼らとは特専クラスで顔を合わせて、それなりに雑談を交わしている程度の縁でしかない。私は、皆とは……仲良くなんて、してないのに。
「ルーリィに、私を誘うよう頼まれましたの?」
つい疑問を口に出すと、皆して黙り込んだ。ややあってから、ヒノが口を開く。
「俺がホールに戻ってきたときには、リリアはもういなかったよな?」
「一曲踊った後、ホールを後にするのが見えた。てっきりクロリンデを探しに行ったのだと思っていたのだが」
シエル様は、歯切れが悪そうに会話を途切れさせた。私の指示通り、エディトと踊り終えてくれたのね。そして私を追いかけ、どこかですれ違ったと。まだ探し続けているのだとしたら、少し悪い気がする。でもまたすれ違っても困るし、ここにいる方がいいかしら。空気を切り替えるように、じゃあとヒノが声を上げる。
「クロリンデと皆で順番に踊ろうぜ。じゃんけんでもして決めるか!」
「待て、じゃんけんとやらは八重国独自のルールだろう、最初から説明しろ」
「……俺はどの順番でもいいが」
「トラヴィス、参加する以上真剣に勝負すべきだ。手は抜くなよ」
三人が思い思いに口を開いているのを眺めていると、隣で笑う気配が響いた。からかうにしては幾分か淡い微笑みで、ユークはこちらをちらりと見やる。
「随分モテていらっしゃるようだな、お嬢さん」
「あら、賢者様には敵いませんわ」
「それほどでも。勝負が終わるまで時間がかかりそうだし、俺ともう一曲どうだ?」
「……ステップを覚えたのなら、考えてあげてもいいわよ」
「任せろ。大体把握した」
本当かしらと睨むも、やけに自信満々な笑みに流される。結局彼がまともに把握したのは最初の方だけで、後半からまた私が神経を尖らせる羽目になった。それが終わると、じゃんけんで勝ったトラヴィス様から順に踊る事になった。
騒がしいひと時。けれどあの子がいないホールは、不思議とどこか静かなようにも感じられた。




