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第34話 婚約のあの宣言

 無数の蝋燭やシャンデリアが、広いホールを煌びやかに照らす。優雅な演奏は囁き声の隙間をゆったりと漂い、空気に溶け込んでいる。生徒達の衣装は決められた制服ではなく各々手配した礼服だ。学園の催しとはいえ、一般的な舞踏会と比べても遜色のない規模。ドレスコーデに身を包んだ学生達の賑わいの中で、浮いた声が感謝を述べた。


「準備を手伝ってくれて、ありがとうございます。実はこういう服にちょっと憧れてたんですよ!」


 ドレスの裾をつまみ、ルーリィはウキウキとお礼を言ってきた。社交界に慣れていないのが丸わかりの態度に、落ち着きなさいと注意する。はたから見れば、服も態度もちぐはぐな二人組として映った事だろう。


 私は目つきが鋭い方だし、不吉と称されがちな容姿だから、暖色系はいまいち似合わない。今日のドレスだって黒色で落ち着いた、露出の控えめなデザインだ。一方、ルーリィには薄い桃色の愛らしいドレスを買い与えていた。父の遺言もあって最低限は金銭面の援助があるけれど、平民には厳しい出費だろうし、みっともない服で出席されるわけにはいかない。香水や装飾品、髪の手入れなど、かかった手間に相応しい容姿は得られたと思っている。猛特訓でダンスもどうにか踊れるようになったし、彼女がパーティの案山子と化す展開は避けられそうだ。


「まさかスチルにもないドレスを着られるなんて……リリアのゲーム衣装とは全然違いますし、クロリンデ様ってこういう服が好みなんですか?」

「貴方の雰囲気に合う衣装を購入しただけよ」


 私の言葉に、ルーリィは落ち着かない様子で視線を横に泳がせた。傍目から分かるほど、照れている。


「なんか……私の事を考えて選んでもらえたみたいで照れますね、えへへ」

「ルーリィの為に選んだと言っているでしょう。何度も同じことを言わせないで」


 エミリオ談のリリアはもっと落ち着いている性格らしいのに反し、ルーリィはやけに子供っぽい所があるから、顔が同じでも全然違う雰囲気に映りそうだ。よく知らない相手でなく目の前の人物に合わせるのは当然なのに、彼女はやけに嬉しそうだ。元の世界でも舞踏会とは縁が薄かったそうだから、余計にテンションが上がっているだけかしら。


「それより、誰と踊るか決めているのでしょうね」

「クロリンデ様と踊るルートは……」

「あるわけがないでしょう」


 この場に及んでまだそんな事を言う彼女を睨みつける。予言書では肝試しと同じく、パーティを一緒に過ごす相手の好感度が上がるらしい。存在しない私のルートとやらを目指すために誘っているのだろうけれど、同性同士でダンスを踊るなんて通例と反しているわ。


 大体無理に私にへばりつこうとしなくとも、ルーリィなら誘いの声がかかるだろう。シエル様やトラヴィス様とよく話しているし、ヒノとも仲が良さそうだ。この三人の誰かが有力候補かと推測するものの、ルーリィは早速否定してきた。


「うーん、シエルの兄が飛び入り参加する予定はないから、シエルルートになる可能性は低いかと」

「そんな重大そうな情報、どこで入手したのよ」

「エミリオからです」


 なんて便利な男。王族の動向も把握できるなんて、うちの使用人は諜報員としての能力も高いのかしら。第一王子殿下がいようといまいと、シエル様と仲を深めるのには関係ない気もするのだけれど。ホールの奥では、シエル様は他の女生徒達に詰め寄られていた。場を取りなすようにトラヴィス様が何かを言っているようだけれど、王族と仲を深めたい少女達を追い払うには至っていなかった。これだとどの道、二人は暫くルーリィに会いに来られそうにない。


 なら最後の一人はと視線を巡らせたものの、照明の下では八重国の少年を見かけられなかった。私の特別強化レッスンをどうにか最後までこなし、ルーリィと同じ程度には踊れるようになったのだから、特訓の成果を披露するいい機会だというのに。私の疑問に、ルーリィは苦笑いで答えた。


「ヒノならいないと思いますよ。このイベントではダンスが嫌だからってボイコットしていますから。ゲームだと外でお喋りするだけですし」

「なんですって!?」


 今一度眼光鋭くホールを見渡すも、残念ながら予言書通り彼の姿はやはり見当たらない。折角練習したのに、水の泡じゃないの。あれだけ練習に参加しておきながら……いえ、単に誘われた義理で、嫌々ながらも特訓していただけなのかしら。それにしても、ヒノの居場所が分かっているくせに、ルーリィは探しに行く気配がまるでない。仲を深めているとばかり思っていたのに、彼と一緒の時間を過ごすつもりが最初からないのかしら。


 私としては、ハドリー家の隠し子という噂が広まっている以上、誰かと踊ってもらいたい。エディトなら応じてくれそうだけれど、私の婚約者では外聞が悪くなる可能性がある。エミリオも平民である以上、この場に相応しくない。あの悪魔は、そもそもルーリィと関わってなさそうね。ノーレス先生は姿が見当たらないように見える。身勝手な方だから、こういう場を嫌って不参加なのかも。もしくは隠れた所からホールの安全を確認しているとか。あの適当な性格からして、前者かしら。


「やっぱりここは、クロリンデ様一択では!?」


 キラキラした眼差しを受け、ひきつりそうになる頬を押し殺す。この子、本気で私と踊るつもりなのかしら。ルーリィと踊るだけで私が悪魔堕ちする可能性を減らせるなんて、とても思えないのに。


 いえ、そもそもリリアなら、ヒノのように誰かとただ過ごすだけ、という展開もあるのよね。その位なら許容してもいいかしら。なんだか、喧しくて煩わしかったこの子と一緒にいるのに、慣れてしまっている気がする。


「仕方がないわね。貴方が誰かと踊り終わった後なら、一緒にいてあげる」


 水色の瞳が、きらきらと輝きだす。本当ですかと詰め寄られた拍子に、髪に結んでやったリボンが勢いよく揺れた。推しだか何だか知らないけれど、こんな事でそんなに喜ぶなんて……本当、変な子。


「なら早速、シエルにでも突撃してきます!」

「行儀の悪い行動はやめなさい!」


 爛々とした目でダッシュしようとするのを慌てて止めつつ、近寄ってきた足音に振り向く。ようやく私の前に現れたエディトが、柔和な笑みを浮かべていた。ゆったりとした室内の音楽は、一巡の終わりに近づいている。次の曲で踊る準備をするのには、適したタイミングだ。


 いつものおどおどとした態度を拭い去り、エディトは背筋を伸ばして一礼した。紫色の瞳を真っすぐと向け、手袋に包まれた手を──私の隣へと差し出す。


「僕と踊ってくれませんか、リリア」

「え?」


 丁度曲が終わり、間抜けな声がホールに響く。声こそ挙げなかったものの、言葉の意味を掴みかねたのは、私も同じだった。これ見よがしにため息をついて、婚約者をねめつける。


「私を差し置いてまず他の女に声をかけるなんて、私の婚約者はそこまで無礼な男だったのかしら」

「ううん、間違ってないよ」


 穏やかな声がいつになくきっぱりと言い切る。伸ばした手を一旦下ろし、エディトは俯く。両手をぐっと握って意を決したように顔を上げ、鋭い眼差しで私を射貫いた。


「クロリンデ、君との婚約を破棄させてもらう」


 その宣言は、束の間音楽が止んだ場によく響いた。あちこちからひそひそと囁かれ始める外野の声を無視し、真っ向から睨み返す。


「ローエン家の御判断かしら。だとしても、時と場を弁えて貰いたいのだけれど」

「違うよ。僕自身が、君との婚約を破談したいと思ったんだ」

「なに言ってんですか急に!?」


 息を呑む私よりも早く、ルーリィが彼へ詰問した。私以上に焦った様子で、行儀悪く早口でまくし立てる。


「クロリンデ様にアピールする絶好の機会じゃないですか、冗談きついですって!」

「君のお陰だよ、リリア」

「私!?」


 小柄な身体が、ぎょっとして強張る。どういう事かと問い詰める視線を彼女に送るも、本人はまるで覚えがないらしかった。喧騒の中心が、代わりに口を開く。


「あの夏の夜、もっと正直になっていいと、自分がしたい事をしていいんだとリリアが教えてくれた。お陰で僕は目が覚めたんだ」

「あ、あれはそういう意味じゃ……!」


 ……成程ね。ルーリィは何もなかったように言っていたけれど、本当はエディトを攻略してしまったのね。短期間で男を惚れさせるだなんて、リリアに負けず劣らず、魔性の女じゃないの。


「僕は君に相応しくないって、ずっと思っていた。君にはもっと立派で強い人の方が、つり合いが取れている。だからこれは、君の為でもあると判断したんだ」


 ええそうね、確かにそう。私の婚約者は、気弱で、物腰が低くて、弱い男だった。ハドリー家の婿養子としては力不足だと、私自身幾度も伝えてきた。だからってこんな大勢の見物人の前で婚約破棄を宣言するなんて、馬鹿じゃないの。本当に、私の男として相応しくない。……だから。


 手を振り上げ、男の頬に軽く叩きつける。力はそこまで籠めなかった。全力で振りかぶるなんてみっともない真似を晒すわけにはいかなかったから。口元に手を当て、くすくすと嘲笑を零す。見下している態度に映るように。


「こちらこそ願い下げですわ。貴方のような、みっともなくてみすぼらしくて腑抜けた男なんて、視界に映るのも不快でしたもの!」


 言葉のナイフに刺され、エディトは一瞬痛むように顔をしかめてから、ふにゃりと笑った。諦観を強くにじませた、見慣れた笑顔だった。


「……うん、君に嫌われてるって、分かってたよ」

「待ってください!!」


 ルーリィが私に体当たりをかます。倒れそうになるのをどうにか堪え、振り払おうともがいた。腕にしがみつく手を叩き、冷たい視線を浴びせる。


「隠し子風情が、汚らわしい手で私に触らないで」

「で、でも、でも! こんなのひどすぎ──」


 彼女にだけ見えるように、微かに首を横に振る。紅を塗った唇を耳元に近付けて、お願いと呟く。


「私の事を思うなら、エディトと踊って」


 その言葉を最後にして、今度こそまとわりつく女を引きはがす。狼狽えた瞳が迷うように揺れ、私へ指を伸ばしかける。無視してつかつかと歩き出すのを、止める者はいなかった。きっとルーリィは、私のお願いを聞いてくれるつもりなのだろう。


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