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第33話 ダンスパーティイベント

 不規則的なリズム。不格好に揺れる軸足。私は両手を叩き、見るに堪えない遊戯を止めさせた。


「ルーリィ、背筋が曲がっていてよ。ヒノもステップを間違えているわ。やり直し!」


 両者から面倒臭いという眼差しを向けられるのを無視し、私は厳しく指摘した。


 ダンスパーティ。貴族が通うこの学園において、この催しは特別な意味合いを持つ。社交界では常識である舞踏会を味わうだけでなく、貴族間の繋がりを得やすい、絶好の機会だ。ダンスをして交流を深めるべく、各々が虎視眈々とパートナーを見繕う。もし誰とも踊れなかったら、その程度の社交スキルすら有していないと貴族間で嘲笑の的になってしまうのだ。


 私は婚約者がいるし、当然ダンスの手ほどきも実家で受けている。問題はルーリィだ。ダンスの授業で、彼女は実に無様な足さばきを披露した。ダンスパーティで踊れない淑女なんて、ハドリー家の汚点になってしまう。そこで本番までに私が付きっ切りで教える事にしたのだった。


 最近やけに絡んでくるヒノは、私達の猛特訓に興味を示した。なら練習に付き合ってもらい、本番でも彼女と踊らせ、アズマ家との繋がりをと目論んだものの、彼のダンスはルーリィとどっこいどっこいだった。故郷の踊りと全然違うからと言い訳する彼を前に、仕方がないとまとめて二人の訓練に付き合っていた。


「社交ダンスなんてやった事ないのに、ステップを覚えるとか無理……」


 休憩時間に座り込んでいるルーリィが、ぐったりとした様子で呟く。ヒノが壁にもたれてすやすや寝息を立てているのを一瞥してから、私は返答した。


「貴方、元の世界でも平民だったのね」

「えーと、私の世界では習ってない人の方が大多数でして。日本は全員ほぼ平民というか、ダンスはあくまで娯楽の一部なんですよ」


 彼女の元居た世界は、この世界とは随分異なる。文化の違いに戸惑いもする一方興味深くも感じた。予言書だけでなく、何かに有効活用できるといいのだけれど。


「予言以外で貴方自身のかつての体験、知識を生かせないかしら。異世界民としての視点は、事業を開拓する新しい視点となりそうだわ」

「いやいや、異世界で現代知識を使ってチート無双とか、普通の女子高生には荷が重いですって!」

「そうかしら。試しにかつての日常を語ってみなさいな。案外、有用な情報が眠っているかもしれなくてよ」

「あ、あはは……私なんて、本当に、普通の一般家庭ですから」


 ルーリィは愛想笑いを浮かべつつ言葉を濁した。予言書について語る時は水を得た魚のようなのに、前世についてはやけに口が重い。


「そろそろ休憩時間も終わりかあ。時が経つの早すぎ……」


 まだ夢の世界にいる男をチラッと横目で眺め、彼女はよっこいしょと立ち上がる。ヒノの読心術とやらについて肝試し後一応聞いてみると、予言書にも確かに記されているらしい。その精度を疑っているのもあり、私はあまり気にしない事にしているけれど、ルーリィも結構普通に接しているわね。シエル殿下がこの子を現状妹のようにしか見ていないのなら、やはりアズマ家に嫁がせるのが一番現実的かしら。彼のダンスの技量が高ければ、交流を深めるためにも私の代わりに教えさせたかった位だ。


「ヒノを起こす前に、先に私で一曲練習しましょう」


 ダンス訓練の為、男性用のステップは習得を既に済ませている。ほら、と手招きする私を見て、疲れが抜け切れていない彼女は嫌そうに視線を泳がせた。


「本番でクロリンデ様が男装して、私と踊るっていう展開はどうでしょう」

「私に仮装しろですって? ふざけないで頂戴」

「ですよねー。うう、そんなに頑張って教えようとしなくていいのに……」


 ありふれた文句に、ほんの少しだけ返答が遅れた。一呼吸分空いた間を埋めるべく、腰に両手を当てて怠惰な生徒を睨みつける。


「隠し子である貴方の恥は、ハドリー家の恥。なら全力で貴方をサポートするのは、後継者としても当然の義務よ。分かったらさっさと準備なさい」

「そんな生真面目にサポートしなくても! も、もう五分休憩しません!?」

「あら、実施訓練より、座ってできるステップの暗記確認の方がお望みかしら。丁度小テストも準備しているわよ。基準点未満だった場合、追試と練習項目の追加を」

「実施訓練でいいです……」


 背中に哀愁を漂わせ、ルーリィは渋々私の手に自らのそれを添え、ぎこちなく足を動かし始めた。




※※※




『どうしてそんなにがんばってるの』


 婚約が決まったばかりの頃、エディトに一度問われた事がある。婿養子となる予定の五男として実家での扱いが軽いからか、随分貴族としての自覚に欠けていると呆れたものだ。


『ハドリー家の立派な跡継ぎになるために、当然のことをしているだけよ』


 そう、私は一人前の貴族令嬢になるべく、当たり前の事をしているだけ。寝る間を惜しんで勉学に励み、赤点なんてもってのほか。ダンスだって華麗に踊ってみせる。


 それでも、お父様には褒められたことがなかった。この程度の努力では、跡継ぎとして未熟だからに違いないわ。ならもっと頑張らないと。頑張って、努力して、優秀な娘になって。そうすればお父様も私をその目に映して、認めてくださるはず。魔界の寵児と蔑まれようと、私はお父様の実の娘だもの。ハドリー家を継ぐ責務を背負った娘を大切に思ってくれているに違いないわ。


 それに、遺書では私でなく別の者に跡を継がせるとは書かれていなかった。本当は心の奥底では認めてくださっていたのよね。そうでしょうお父様、ねえ──。




※※※




「ハドリー家の御子女の噂、知ってらっしゃる?」

「ああ、春頃に当主が急逝された……」


 廊下を歩いている途中で、わざとらしげにこちらの噂をしてくる同級生達の声が耳に入り、ぼんやりとした思考から目覚める。そうだった。お父様はもう亡くなられたのだ。きっと今頃、あの世で私の努力を認めてくださっているでしょう。それを実際に聞けないのは残念でならない。せめて今後も父の顔に泥を塗らないよう、ハドリー家次期当主として邁進しないと。


「予言の審議を問われて教会に尋問されたのだとか」

「恐ろしいわ。あんな不吉な容姿で、よくもまあこの名門校の入学を許されたわね」


 今更の話題、というわけでもない。ルーリィに付きまとわれている時は喧しくて気にする余裕がなかったけれど、こうして一人で歩いていると、しょっちゅう聞こえよがしに陰口をたたかれていた。魔法の才能もないのに特専クラスに入り王族とも交流を深め、先日の試験でもトップを飾った私は、やっかみの的だった。


「最近では、あの隠し子に熱心に色々と教え込んでいるとか」

「もしかして平民に後を継がせる気なのかしら」

「悪名名立たる娘よりは、平民の方がまだ家名を汚さずに済むと判断されたのね」


 父の遺言には、隠し子に後を継がせるなんて一言も記されていなかった。だから私が跡取りとなるのは当然の既定路線。ぽっと出の平民に、その役を明け渡すわけがない。貴族としての責務を、何の心構えもない子に押し付けるわけにはいかない、とも思ったから。


 隠し子の話がとっくに周知の事実となっているのは知っていたけれど、ハエの如き鬱陶しさだわ。こういう手合いは無視するのも得策。とはいえ、売られた喧嘩は買う主義。わざと足音を立てて彼女たちの前に立ち、にこりと笑みを浮かべてやった。


「君達、クロリンデをあまり悪く言わないでくれないかな」


 第三者の声に、その場の全員が開こうとしていた口を閉じる。エディトはゆっくりと近づいて私の隣に立ち、噂話に花を咲かせていた者達を見つめた。


「勝手に話に割り込んでごめん。クロリンデは家族である父君を失って、とても辛い思いをしているだろうから、どうか彼女の力になってあげて欲しいんだ」


 紫色の眼差しには、挑発的なものは一切宿っていない。ただ気遣うような、穏やかなそれだった。上級生からの言葉に怯んだのか、純粋な思いやりに気まずくなったのか、同級生達は失礼しましたと慌ただしく去ってゆく。ようやく私の方へ視線を向けられ、避けるように顔を背けた。昔から、彼の眼が嫌いだった。只管優しさと労わりに満ちた目で見られるような、弱い人間ではないから。


「他者に勝手な憶測で憐れまれるほど、落ちぶれてはいないわ」

「そうだね。君は僕よりずっと強いから」

「……分かっているならいいのよ」


 予想とは違う反応に、驚きを隠して返答する。いつもの彼なら、勝手な行動をしてごめんと詫びているところだ。ようやくハドリー家次期当主の婚約者として、自覚が芽生えてきたのかしら。視線を合わさないまま、背中を向ける。優しくしてやってくれと頼まれたからって、大人しく従うつもりはないけれど。私は彼を、過小評価し過ぎていたのかもしれない。認めるべきところは認めなくてはならないわね。


「一応礼を言っておくわ、……ありがとう」


 背後から息を呑む気配が伝わってくる。先生の時といい、形式的な礼儀以上の感情が混じってしまうと、妙に言葉が詰まりそうになる。それを誤魔化すように軽く咳をして、口早に続けた。


「ダンスパーティでも、ハドリー家次期当主の相手として、相応しい態度を期待しているわ」

「うん、勿論だよ。君の強さに甘えるような振る舞いをしないと、約束する」


 その返答に、引っかかりを覚えた。違和感を口にすべきか迷い、結局振り向かないまま私はその場を後にする。


 どんな想いで彼が決意を口にしたのか、私はついぞ察せられなかった。

 この時振り向いていれば、私達の関係は、何かが変わっていたのだろうか。


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