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第3話 プロローグと始まり

 突拍子もない話に耳を傾けている内に、窓の外はいつの間にか真っ暗になっていた。まだ説明をしてもらいたい部分が幾つもある。例えば腹違いの妹、についてだとか。謎の単語のインパクトが強すぎて、つい後回しにしてしまっていた。


 そもそも勢いに飲まれて納得しかけていたけれど、彼女の言葉を鵜呑みにしていいのかしら。私を懐柔するためなら、別の世界の予言書や異世界転生について語るより、もっと納得しやすい作り話を語った筈。そう考えると、信憑性が増すような……いえ、実は災いの予言をネタに創作してみたと明かされる方が、ずっと現実味があるわね。


 だって、あと一年で世界の危機が訪れて、しかもほぼ確定で自分が死ぬだなんて、信じられるわけないじゃない。


「そういうわけで、私はリリアとして貴方の傍でお守りしますので。突然妹ができるなんて複雑でしょうけど、我慢してください!」


 腹違いの妹。つまり父に、別の女がいたという事よね。私の母はとっくに死んでいるのに、父は再婚しなかった。考えられるのは、リリアの母親の身分が低く、ハドリー家の妻として相応しくなかったからだろう。


「……貴方、別世界の記憶を取り戻す前から、そのような性格なのかしら」

「リリアの為に弁明しておきますと、本来は純ヒロインって感じのいい子なんです。色々思い出しちゃった結果、今は別世界の私の人格が主に表に出ているみたいでして。リリアとしての記憶も薄っすら思い出せますし、そのうち人格が合体するかもしれないですね」

「そう」


 純ヒロインというのがどのような性格かは知らないけれど、目の前にいる女は平民の血を引いているだけでなく、中身は別世界の他人らしい。


「貴方、別世界での本名は?」


 私の問いが予想外だったのか、彼女は束の間固まった。何度も瞬きをしてから、ええとと俯きつつ答える。


「さ、佐藤瑠璃、です」

「サー・トゥルリね」

「和名が全然違う雰囲気に!? な、名前は瑠璃です!」

「なら、ルーリィと呼ぶことにするわ」


 例え父が寛大にも彼女を認めていようと、私は彼女を、妹としては認めない。認められる筈もない。大体現状の人格が別世界出身だというなら、中身は他人じゃないの。


「ルーリィ……。クロリンデ様にあだ名をつけてもらえるなんて光栄です」

「栄誉を与えたつもりはないわ。貴方のような平民や別世界の人間が由緒正しい貴族の一員になるなんて、次期当主としてそう簡単に認めはしないという意味よ」

「はい! がんばります!!」


 彼女は大変うっとりとした眼差しで返答した。私なりの線引きとして宣言したつもりだったのだけれど、何故喜んでいるのかしら。とてもやりにくいわ。


「ルーリィ。私が悪魔になるというのは、どういう事なの?」

「それは安心してください、多分回避できましたので!」


 予言の回避が早すぎないかしら。そもそも予言書では私が必ず悪魔になると記されているなら、もうその書は信憑性が低くなっているじゃないの。なんというガバガバな設定。やっぱりただの妄想話なのかしら。


 彼女によると、私は本来火刑となり、その時に悪魔となり果ててしまう筈だった。ルーリィがこうして強引に火刑を止めたから、家に帰ってしまえばもう悪魔にはならない、というのが推測だった。


「まだ悪魔がちょっかいを出してくるかもしれないですけど、展開に関わるイベントを回避しましたから、今後は予言と全然違う、ハッピーな生存ルートになるはずです。というかしてみせます!」


 ハッピーな生存に、なるのかしら。一時的にとはいえ地下牢行きとなり、隠し子まで現れた。この時点で既に、ハドリー家は暗礁に乗り上げかけているような。


 そういえば、ルーリィは結局ハドリー家でどのような立ち位置なのかしら。教会で交渉もしたことだし、もしかして父が私を迎えに行くよう命じてくれたとか。


「貴方、教会でハドリー家当主の権力を振りかざしていたのはどういう事?」

「すみません、あれは適当に言ってみただけで、教会には私が勝手に乗り込んだだけなんです」


 ただの出まかせだった。しかも父の許可もなしに。状況を顧みずハドリー家の権威を行使したと知れば、父も隠し子の独断に頭を抱えてしまうだろう。父が気の毒だわ。


 馬車の揺れが、ようやく止まる。曇り空なのか星のない暗闇の中、見慣れた屋敷が辛うじて映った。馬車を降りて早々に、屋敷から使用人が駆け寄ってきた。確か名前はエミリオ、と記憶から掘り起こす。私とほぼ同年齢の若さでありながら、手際のよい有能な仕事ぶりに、他の使用人達からも一目置かれている青年だ。


「リリア、クロリンデお嬢様!」


 呼び捨てでリリアの名前を気安く呼んだ事に、内心驚く。私が教会へ向かうまで、妹は存在すら明らかにされていなかった。つまりエミリオは、彼女と元々親しい間柄なのだろう。エミリオは私達へ首を垂れ、どうか落ち着いて聞いてくださいと前置きをしてきた。明かされたのは、想像もしなかった報告であった。


「エドワルド様が、先ほど不慮な事故でお亡くなりになられました」

「お父様が!?」


 足から力が抜けてしまいそうになるのを、どうにか堪える。ここで泣き崩れるなんて無様な態度を、使用人やルーリィの前で見せるべきではないと思ったから。


 定期的に医者の診察は受けていたけれど、重病という程容態は悪くなかったのに、突然どうして。いいえ、不慮な事故と言っていたわ。ということは、ただの間の悪い偶然。お父様は、私の冤罪に心を痛めたまま亡くなられてしまったのね。ルーリィの話が本当なら冤罪とは言い難くあるけれど、せめて会話を交わして少しでも心の負担を軽くしてさしあげたかったのに。


「ど、どうして? プロローグのイベントは回避したのに……」


 口元に手を当て、ルーリィは真っ青となって呟いた。彼女もショックを受けているようだけれど、父の死で悲しんでいるのとは、別の理由に見える。私は呟きの真意を問い質そうとして口を開き──結局言葉を発しないまま、空を見上げた。私だけではない。ルーリィとエミリオも、呆然と空を仰いでいる。


 空が、血の如く真っ赤に染まっていた。見ているだけで不安を呼び起こす、不吉で禍々しい色だった。


『魔界からの寵愛を受けし者、空を鮮血へ染め、恐るべき災いを招くであろう』


 血濡れた空は、災いの予言が未だ潰えてはいないと、声高々に宣告していた。




※※※




 私の名前は佐藤瑠璃。ちょっとゲームが好きな、どこにでもいる普通の女子高生だ。ある日帰宅中に突然車に跳ねられ、気付いた時には『境界のシルフィールド』の主人公リリアになっていたのだった。


 これが噂に聞く異世界転生。実際になってみると、まずは興奮しちゃうものなんだなと痛感した。だってクロリンデの、推しの妹になっちゃったのだ。しかもまだ悪魔になってない。そりゃもうテンションが上がるってもの。プロローグを改変しても父親死亡と赤い空が確定イベントだったのは驚いたけど、このまま悪魔堕ちを防げば、全ルートで悪魔として死んでいた運命を回避できるはず。


 かくなる上は、ゲームに存在しないクロリンデルートを目指すっきゃない。すべては推しの、ハッピーエンドを迎える為に!


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