第25話 留学生ヒノ・アズマ
二時間後、ルーリィはどうにか私自作のテストで及第点を取った。休憩がしたいと強く要望されたので、校舎を出て街で食事をとることにした。
夏休みでも食堂は空いているけれど、お勧めしたい店があるのだとルーリィに強く主張された。私としても、食堂にはうちの使用人であるエミリオがバイトで給仕しているのを偶に見かけるから、少し居づらいのよね。以前食堂でルーリィにマナーを注意していたら、調理場からやけに圧力を感じる視線を笑顔でぶつけてきたもの。
「ここですここ! 和食が美味しいんですよ!」
ルーリィがお勧めしたのは、八重国の郷土料理店だった。建物の見た目からして、レンガを一切使っていないし、屋根に乗っているのは、確か瓦というものだったかしら。八重国の伝統に則っているそこは、内部も異国めいていた。前掛けを付けた料理人に笑顔で挨拶されつつ、調理場にほど近い席へ並んで座る。
「がっつり食べたいなら、丼ものがいいですよ。あまりお腹がすいていないなら、このお茶漬けがイチオシです。折角ですから味噌汁もついているセットにしません?」
「え、ええ。貴方に任せるわ」
ルーリィは壁に掛けられたメニューを嬉しそうに一つ一つ説明した。八重国料理を食べた経験がないから一任すると、真剣に悩みだす。やけに生き生きとしているというか……『境界のシルフィールド』を語る時に雰囲気が似ている気がするわ。
暫くして、親子丼セットなるものが運ばれてくる。一方ルーリィは、天丼セットを頼んでいた。米の上に乗っているテンプラなる食べ物を、にこにこと口いっぱいに頬張っている。箸とかいう二本の棒を器用に操るのは真似できそうにないので、備え付けのスプーンを手に取った。
「八重国料理が随分と好きなのね」
「やっぱり和食が一番慣れ親しんでいるので! ……ええと、つまりその、故郷の味とほぼ同じなんですよ」
ルーリィは照れ臭そうにしつつ説明した。彼女の元いた世界は八重国の文化に酷似しているらしい。嬉しそうに米をかきこむ彼女につられ、味噌汁をスプーンですくう。茶色い液体の汁は、少々塩っぽい。悪くはない、かしら。
「この世界は貴方の故郷と随分違うのでしょう。慣れるまで大変だったのではなくて?」
私の質問に箸を動かす手が止まる。丼から覗く目は、ぱちくりと瞬いていた。
「そんなに驚くことかしら」
「い、いえ、クロリンデ様が私を気にしてくれたのが、嬉しくて……」
もごもごと俯きつつ、ルーリィは照れたそぶりを見せる。私が他者を労わる慈悲すらもたないとでも思っていたのかしら。
「そこまで大変じゃなかったですよ。リリアの記憶のお陰か、言葉には苦労しませんでしたし。世界観もなんちゃってファンタジー設定だから、それなりに馴染みやすかったです。食べ物とか動物もほぼ同じですしね」
なんちゃってファンタジーって、どういう意味よ。よく分からない部分もあったけれど、生態系や様式が近い異世界なら確かに慣れやすいかしら。だからリリアになって早々に、他人の私へ突撃する余裕があったわけね。
「貴方がすっかりこの世界に順応した、というのはよく分かったわ」
「……あはは、まあ、はい、そうですね」
「ルーリィ?」
「あ、えーと、ほら、こうやって時々和食が恋しくなったりはするので!」
やけに明るい声でルーリィは続けた。何か引っかかるものを感じたような……気のせいかしら。彼女は不満とか苦労をまるで感じさせず、どんどん器の中身を消化していく。私は半分食べただけでもう苦しくなってきた。
「リリアとクロリンデじゃんか! あんたたちも昼飯か?」
残すのも行儀が悪いとスプーンでどうにかつついていると、入り口から元気満々の声が激突してくる。ヒノは気軽に手を振ると、カウンターで座っている私達へと近づく。躊躇いなくルーリィの隣に座り、俺もこれ大盛りで、と手慣れた様子で注文した。そしてルーリィもやはり驚くことなく、今日の味噌汁の具はもずくだよと教えてやっている。とても和気あいあいとしているわ。
「貴方いつのまに彼を攻略したの?」
「ちっ、違いますよ!? 単によくこの店で会っているだけです!」
こそこそと私達が言葉を交わすのをよそに、ヒノは機嫌良さそうにルーリィの空になりかけている丼を眺めた。
「ルーリィって本当に美味しそうにここの料理食うから、俺も地元民として嬉しくなるんだよなー。癖が強いからって嫌う人も多いし」
故郷の味を心から好んでくれる者がいれば、嬉しくなるものよね。好感度が上がるのも必然かしら。そう言えば、ヒノの実家であるアズマ家は八重国の要職を担っているのよね。婚姻を機にハドリー家と八重国に繋がりを持たせる……アリだわ。
「クロリンデ、腹いっぱいなら俺が食べてやるよ」
「いやいや、ここは私が! 実は親子丼か天丼かで悩んでたんだよねー!」
ルーリィが八重国に嫁ぐ路線を考えているのをよそに、彼らは私の丼を狙っていた。満腹だったのは事実なので無言で器を渡す。二人のノリについていきかねるというか、疎外感を感じるわ。シエル様達も私と同じリアクションになるかしら。ノーレス先生だったら……。
想像しかけて、すぐさま打ち消す。ほんの少し気にかけられただけで、頻繁に連想するようになってどうするの。そんな事だから、悪魔の甘言にだって騙されてしまうのよ。どうせあの人は、私を要注意生徒として警戒しているだけなのに。
私が改めて気を引き締めているうちに、丼の中身は仲良く二人で半分こされた。




