第23話 事情聴取
学園が長期休暇に入ろうと、エミリオはバイトを続けていた。人が減っている分、行動しやすく調査しやすい事もあるし、幼馴染が心配なのもある。すっかり慣れた様子で、人気のない廊下の窓を拭いている時の事だった。
「お仕事お疲れ様です、エミリオ君でしたっけ?」
自分よりも幼そうなローブ姿に声をかけられ、油断してはいけないと内心戒める。ユークレース・ノーレステッド。いい人っぽいふりをしているけれど結構性格が悪い要注意人物、とルーリィから強く警戒されていた。本心を隠しつつ丁重に頭を下げると、彼は若いバイトの子をねぎらうがごとく、はいと花を差し出した。
「頑張っている子には、先生がご褒美をあげますよ」
「はあ……どうも」
訳が分からないままに、コサージュをポケットへしまう。花の色が白色のまま変化しなかったのを確認してから、男は本題を切り出した。
「さて、ハドリー家の使用人君。先生とお話をしませんか」
ほんの僅か肩が揺れるのを、賢者は見過ごさなかった。こういう所が要注意呼ばわりされる所以なのだろう。無邪気そうな笑顔からは、最初よりも有無を言わせぬ圧を感じさせた。
「使用人禁止の規則を無視して何故君が学園に侵入しているか、何故学園の情報収集に勤しんでいるのかは尋ねません。その代わり、先生にも情報をください」
「……何が望みですか」
「例えば、リリア・キャンベルさんについて、とか」
「お断りします」
『ルーリィ』の数少ない味方である自分に懐き、情報を得る用がなくとも足しげく通ってくれる彼女を裏切りたくない。そう思えば、賢者からの命令だろうと簡単に跳ね除けられた。エミリオの返答を予想していたのだろう。賢者はすぐさま譲歩して、もう一人の名を告げる。
「では、クロリンデ・ハドリーさんについては?」
数秒沈黙してから、息を吐いて掃除用具をしまう。彼の狙いは最初からもう一人の方だったのかもしれないが、知った事ではない。幼馴染か、主人か。選択を迫られたら、エミリオは迷うことなく前者を優先する。そこは昔も今も、変わらなかった。
「……何をお知りになりたいのですか」
「そうですねえ。とりあえず、彼女がどんな子なのか教えていただけると」
質問の意図が掴めず、少し戸惑う。他の貴族に依頼され、ハドリー家を貶めようとでもしているのか。それにしては、個人的な質問に聞こえる。災厄の予言を警戒して、彼女の人格に探りを入れているのか。思惑がどうあれ、相手が満足できる回答を与えられる自信は、エミリオにはなかった。
「そう仰られましても、クロリンデ様についておれが語れる事は、然程ありません」
「おや、幼い頃からハドリー家で働いていたのでしょう?」
「……あまり関わるなと、父君であるエドワルド様に命じられていたので」
他の誰にも知られぬように、と声を落として明かす。彼女の境遇を察したのか、彼は幼さが色濃く残る顔をしかめた。
「災厄の予言が原因ですか」
「恐らくは。クロリンデ様が幾度もエドワルド様に声をおかけし、それに短く応えているのをかつてお見かけした事もありましたが……時が経つにつれ露骨に忌避されるようになりました」
「なるほど。奥方様も同じような態度を?」
「いえ。クロリンデ様が生まれてすぐ、悪魔の子を産んだ責に苦しみ自ら命を絶ったとお聞きしています」
「それはそれは……ろくでもない過去ですね」
お悔やみ申し上げます、と教師は形ばかりの追悼を述べる。使用人の身からしても、クロリンデの境遇がろくでもないという意見を否定できなかった。先天性の体質か、悪魔達による企みによるものか、定められた運命の悪戯か。経緯がどうあれ、本人の意図とは関係なく悪魔の寵児として忌み嫌われる人生。父親にしてみれば、彼女はハドリー家を汚しかねない厄介種であり、妻を失った要因でもある。
「それならいっそ、最初から教会に引き渡せばよかったのでは」
「唯一の後継者だったから、処分しかねたのではないでしょうか」
容赦のない質問に、エミリオは冷静に返した。家族の情が理由ではないと、長年勤めていれば容易く断言できた。
「では、最近になって今更教会送りになったのは何故ですか」
「それは……おれには分かりかねます」
視線を逸らして濁す。その発言だけで、鋭い賢者には察せられてしまった事だろう。エミリオが話したがらない存在、リリアが絡むのだと。当主は母を失い天涯孤独となった隠し子を憐れんで、後継者にしようと決意した。だから邪魔になるもう一人の娘は、悪魔の寵児として教会に引き渡した。口には出さないものの、使用人達の大半はそう推測していた。
「クロリンデさんは理由をご存じで?」
「聡明な方ですから、推測は立てておられるかもしれませんが……。旦那様の遺言にも、跡継ぎについては触れられていませんでしたので」
「なるほどなるほど。いやあ、大変参考になりました。ありがとうございます」
これ以上は情報を得られそうにないと判断したのか、ようやく会話を打ち切られる。解放され一人となった廊下の端でほっと息をついた。
最初から最後まで笑顔を張り付けた男。本性は違う一面を持っているらしいが、エミリオからすれば厄介な人物であることに代わりない。あんな男がリリアと結ばれる可能性があるなんて、ルーリィから聞いていても、とても信じられなかった。もしこの世界でルーリィを狙うようならば全力で止めるべきかと、自分の仕える主人ではなく、どこまでも幼馴染を案じるエミリオであった。




