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第21話 願いと矜持

 王家の紋章が刻まれた、価値が高そうな落とし物。彼にとって重大案件なのは、火を見るより明らかだ。なのにわざわざ一人でこそこそ探し回っている。多分、誰にも知られたくないのだろう。となれば。


「夜分に精が出ますわね、シエル王子殿下。夜間行動の許可を得ているのかしら?」


 予想通り中庭で蹲っている姿に声をかける。月明かりに照らされた背中がびくりと強張り、剣の柄に手を当てて恐る恐るといった風に振り返った。


「貴様、何故ここに」


 警戒心をありありと感じる。まあ、そうよね。多分無許可でここにいるのだろうから、規律違反でしょうし。誰かにこんな光景、発見されたくはなかったに違いないわ。誰にも失態を知られたくなくて、こうして隠れて探しているのだろう。なんて無様。……きっとそう考えているのだろうと、手に取るように分かった。


「手伝ってあげてもよろしくてよ。これは貸しにしておきますわ」


 ランタンを片手に、頬を釣り上げて笑みを作る。善意で申し出るよりも、取引として申し出た方が、彼にとっては頷きやすいだろうから。


「安心してくださいな、ルーリィには内緒にしています」


 その言葉で、シエル様はほっと息をついた。ちょっと、露骨すぎないかしら。随分あの子を気にしていらっしゃるのですわねとつい皮肉っぽく言うと、そうだなと思いのほか正直な反応が返ってきた。


「貴様は彼女と異母姉妹だと聞いた。だからこそ伝えるべきだろう。確かに私は彼女を憎からず想っている」


 とても正直だわ。もしかして、婚姻関係を結ぶなら私が義理の姉になるから、今のうちに懐柔しておくかと目論んでいるのかしら。


「リリアは不思議な娘だ。出会ったばかりだというのに、私の心のうちを見透かしているようだった。それでいて私を軽蔑するでもなく、むしろ慕っている素振りすら見せる。疑問よりも、彼女との関係に居心地の良さを感じてしまうほどだ」


 『境界のシルフィールド』効果、絶大すぎるわ。すっかり骨抜きじゃないの。これは早急に、ルーリィ妃育成計画を練らなければならないわね。


「身分違いだとみなす者もいるだろうが……私は彼女を、妹のように想っている」


 妹? 妹!? 家族愛なの!?


「リリアは勢いに任せがちな所もあり、放っておくのも忍びない。手のかかる妹というのは、あのような存在なのだろうな」


 なんということ。手のかかる妹って、完全に恋愛対象外じゃないの。これはリリアとルーリィの性格の差異が生み出した結果なのかしら。エミリオ曰く、リリアはもっとしっかりしているみたいだもの。


「実の姉である貴様には、面白くない話かもしれないな」

「衝撃的ではありましたが、不快とは思いませんわ」

「決闘の時に抱き合っていたし、愛称で呼んでいるだろう。実は睦まじい仲なのかと、私も考えを改めた程だ。他の男が妹扱いしては不満も抱くだろう」

「………………い、いえ、私はそこまで狭量ではありませんもの」


 ものすごく勝手な誤解をされている。あれはルーリィが一方的にしがみついてきただけだし、愛称はただの線引きなのよ。かといってここで否定しては、また私が疑われていた時に逆戻りしかねない。どうにか我慢して返答するだけにとどめた。


「それよりも、なくされたブローチについて詳しく聞きたいのですけれど」


 どうにか話を本筋に戻すと、彼は緩ませていた表情をぐっと引き締めた。目を凝らして周囲を探りつつ、ぽつぽつと明かしてゆく。裏庭を入った時は、ブローチはあったらしい。そしてトラヴィス様が二人に合流しかけてすぐ、魔物の襲来を察し私の元へ駆けて行ったのだとか。そうして全員で顔を合わせて一息ついた時、ポケットの中身が軽くなっていると気付いた、と。


「そう言えば、合流前に何か見つけられていたのでしたわね」


 ルーリィが声を上げていたのを思い出して尋ねると、シエル様は記憶を掘り起こすべく遠い目を宙に向けた。


「黒い紐のようなものが、花の茎に絡まっていた。奇妙に思い、とりあえずポケットにしまっていたが……それも姿を消していたな。もしやあれも魔物で、私から逃亡しただけでなく窃盗までしたのか」


 魔物の生態系はよく知らないから、彼の推測を否定できない。もしそうだとしたら、何という嫌がらせなの。それともわざわざ盗むあたり、特別な物のかしら。


「仮に魔物が盗んだとして、理由に心当たりは」

「かつて魔界からこの世界を守った先祖が身に付けていた、由緒正しい代物だ。特に秘められた効果もない、ただのアンティークでしかない」


 遥か昔、魔物が魔界から溢れ、この世界への侵攻を目論んだ。長い争いの末、当時のブランシェーヌ家当主や賢者達が力を合わせて結界を張り、魔界と人間界を完全に分断したのだという。ブランシェーヌ家当主は後の王となり、子孫には白魔法の素質を有する者がよく生まれるのだとか。平民の間でさえ知れ渡っている、有名な話だ。世界を救った英雄の持ち物であれば、魔物が怨恨で盗難する可能性も……何百年も前なのに、今更そんな嫌がらせをするかしら。


「殿下がこうして熱心に探されるブローチは、本当にただのアンティークですの?」


 ざり、と。土を踏む音が止まる。地面を念入りに調べている風だった彼の表情は、どこか強張っていた。


「父が、唯一くれたものなんだ」


 その声があまりに弱弱しかったから、虚を突かれて何も言えなくなった。くしゃりと歪んだ横顔を、ランタンの儚い光が浮き彫りにする。


「政略結婚に過ぎない妃の子など、関わりたくもないのだろうな。王の寵愛は亡くなられた妃と第一子にのみ注がれているという噂は、事実というわけだ」


 自嘲気味に噂を肯定し、彼はのろのろと歩みを再開させる。ランタンの明かりから抜け出した顔が、闇色に塗りつぶされてゆく。


「兄の方が人格、才能共に上だから、当然ではある。ひとえに私の未熟さ故だ。より研鑽を積めば、父もいずれ、私が視界に入れるに値する人間だと認めてくれる筈だ」


 きっと、第一王子は沢山の贈り物を──優しい言葉を、関心を、父から貰っているのだろう。その陰で、彼はただ古い小物をよこされただけ。その事実が、やけに胸の奥を抉られるように感じた。柄にもなく、彼を慰める言葉を探そうとする位に。


「そうですわ。貴方がより努力すれば、いつかきっと必ず、父も見てくれます」

「うわべだけの優しさはやめろ」


 震える背中が、これ以上近付くのを拒んでいた。噛みしめるような口調で、学園の首席はただ、事実を述べた。


「本当は理解している。父はただ、私を愛していないだけだと」


 これまでも、これからも。力のない呟きに、私の足は凍り付いた。認められようと努力し続けるのも、たった一つの贈り物に縋るしかなかった気持ちも、まるで自分の事のように、胸を締め付ける。だからこそ、安易に励ませない。私はルーリィのようには、彼を慰められない。


『かわいそうに』


 地を這うような声が、地面から響く。そちらに気を取られた瞬間、手の甲に何かがぶつかり、衝撃でランタンが転がり落ちた。微かな月明かりが、乱入者の姿を暴く。触手を振り回す、黒い球体。あの時逃げた魔物が戻ってきている。結界の応急処置がこんなにすぐ駄目になる仕様だなんて、あまりにも雑過ぎるわよ。シエル様は剣を構えつつ、月光に反射するそれに目を見開いた。


『大事なたからもの。欲しい? 取引しよう、しよう』


 触手からぶら下げているのは、小さなブローチだった。年季が入っているだけの、見た目は普通のそれを見て、シエル様は苦しそうに眉をひそめる。


『返して欲しい? 代わりに身体を、ちょっぴりちょうだい』

「魔物と取引などするわけがないだろう!」

『ならいらない?』


 ブローチが木の幹へと振りかざされる。やめろ、と反射的にシエル様が叫び、球体の真ん中にある目の形が三日月を描いた。


『ちょっとでいい。爪の先でも、髪の毛数本でも』

「……それだけでいい、だと?」

『そしたら返す。二度と来ないと、約束するよ』


 絶対罠だわ。あの悪魔だって、口では優しい言葉で口説いてくる癖に、『境界のシルフィールド』ではリリアと純愛に耽るのよ。ちょっとだけと誤魔化しながら、裏でもっと奪うつもりに違いないわ。


「悪魔の言う事など、信用しては──っ!」


 背後から触手に何本も絡みつかれ、言葉が途切れる。周囲をうぞうぞと長い何かが蠢めいていた。黒い球体の目玉の中心が、突如裂ける。大輪を咲かせるように、黒いそれは花開いた。この触手はどうやら、茎だったらしい。中央の真っ赤な花弁から、くぐもった声が響く。


『早く、早く。約束するなら、クロリンデだって、返してあげるよ』

「……私は」

『取引しよう。お名前は?』


 がんじがらめにされた私を、不安定に揺れるブローチを見て、剣先が迷うように揺れる。茎からどうにか口を庇いつつ、彼の迷いを断ち切るべく必死に考えを巡らせる。


 彼のルートを把握しているルーリィならきっと彼の全てを受け入れ、その上で前に向かせられる。私にはそんな事できない。自慢じゃないけど、誰かに優しくした事なんてないのよ。あからさまなお世辞になんて、第二王子はなびかない。


 私は、彼に寄り添う事も、励ます事も出来ない。

 私にできるのは。私、だったなら──。


「王族としての矜持を示しなさい、シエル・ブランシェーヌ!」

 

 肺に空気を取り込み、大きく叫ぶ。誰かの前で、無様な真似を見せないで。簡単に打ちのめされないで。虚勢であろうと、誇り高く立ち続けるのよ。そうやって、前を向いてきたのでしょう?


 叱咤の言葉に、青い目が見開かれる。剣を持つ手の震えが、ぴたりと停止した。


「知った風な口をきくな」


 だが、と彼は剣を構え直す。背筋を伸ばして胸を張り、真っすぐな眼差しで敵を睨みつけて。


「目が覚めた。感謝しよう、クロリンデ・ハドリー」


 剣が舞い、私を縛っていた茎を切断する。人質を先に解放された魔物が新たな縛めを作り出すよりも早く、シエル様は足を踏み出していた。魔物は自らの身体を庇うべく、もう一つの身代わりを盾にする。気迫と共に突き出された刃は、ブローチごと花の中心を貫いていた。


「魔界へ還れ!」


 彼の持つ剣が、月光を反射するようにきらめく。比喩ではなく、本当にきらめいていた。当の本人も驚いている中、剣から光が溢れて黒い花を覆い、白く塗りつぶした。ひと際強く輝いた瞬間、空間を縫うように舞う純白の糸が見えた気がした。


「何だったんだ、今のは……?」


 シエル様が呆然としつつ、魔物が先ほどまでいた空間を見つめる。からんと軽い何かが地面を転がり、私の足元へ投げ出された。土で汚れ、ひびの入ったブローチを、持ち主へ差し出す。


「王族の血筋に恥じない武勇を拝見させていただきましたわ」

「……当然の行いをしたまでだ」


 ほんの一瞬、彼は痛みに堪えるような表情を浮かべた。すぐにそれをかき消して、壊れた落とし物を受け取る。数秒見つめてからポケットへ突っ込む動作は、やけくそのようであったし、どこか吹っ切れたようでもあった。




※※※




 人気の失せた裏庭に、月光がしんと降り注ぐ。雲で唯一の光源が覆い隠された頃、植えられた樹木の一つが揺れた。


「あーあ、敵に塩を贈っちゃったかな?」


 枝に腰掛け、リデルはぶらぶらと足を揺らす。大きな白いボールを指でいじりつつ、だめだこりゃと呟いた。黒い魔物は、今は白い糸で表面をびっしりと縫われぐるぐる巻きにされているような状態だった。


「この忌々しい魔法が解けるまで、魔界で転がしておくかな。ここの亀裂も修復されちゃったし、別の所から帰らないと」


 枝がゆらゆらと擦れ合う。それに紛れるようにして、第三者の低い声が何事かを呟く。地面に着地した悪魔は、暗がりの中で小さく笑みを溶かした。


「勿論まだ手はあるよ。だからもう暫く、協力よろしくね?」


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