第16話 ようこそ特専クラスへ
「そういうわけで、今日から特専クラスで一緒に勉強をすることになったクロリンデ・ハドリーさんです。皆さん、仲良くしましょうね」
各々の視線が突き刺さる中、ルーリィだけが元気よくはい、と返事をした。
どうして白魔法の素質がない私が特専クラスに招かれているのか。それはノーレス先生との取引のせいだ。決闘の代理人となる対価として、何故か彼は私にこのクラスに参加するよう命じてきたのだった。
「私は反対です。彼女は白魔法どころか、魔界の魔力を操る嫌疑がかけられている!」
先日決闘に負けたシエル様が、早速猛抗議をしてきた。私も彼と同じ立場ならそうやって断固反対していただろうから、気持ちはわかる。私自身、どうして招かれたのか分からないもの。
「ご存じの通り、彼女には少々変わった魔力が宿っています。白魔法とは異なりますが、皆さんと一緒に魔力の知識を深め、修練を積み、彼女自身が制御できるように、サポートしてあげるべきだと判断しました」
あら、まともな理由だったわ。確かに魔法に関しては教養レベルの知識しかないから、理解を深められるのは助かる。魔界の魔力なんて、図書館で調べても碌に情報を得られなかったのだし。
「それに、白魔法は魔界の魔力と相反すると言われています。彼女が何らかの理由で学園に不利益な魔法を使ってしまったとしても、皆さんが傍にいればきっと彼女を止められると期待していますよ」
つまり白魔法は私に効き目抜群という事かしら。そして生徒となるべく一緒に行動させることで私を監視する時間を増やし、いざとなれば実力行使してもいいと。これ、私にも命が惜しければ勝手な行動を取るなと釘を刺しているわよね。結構抜け目がないというか、なんだかんだでかなり警戒されている。『境界のシルフィールド』通りなら悪魔になってしまう可能性があるから、あながち的外れでもないけれど。
「皆様と同じ才能こそありませんが、クラスの恥とならぬよう精進させていただきますわ。これからよろしくお願いします」
行儀よくお辞儀をして、簡単な挨拶を終える。最初に反応したのはルーリィではなく、濃い茶髪を一つくくりに結んだ異国風の一年生だった。制服の上からかけている羽織は、見覚えのあるものだ。真っ黒な瞳は、きらきらと幼子のように輝いている。
「俺はヒノ・アズマ。八重国から留学してきたんだ、よろしく!」
「えっ、……ええ、ヒノ様」
弾んだ明るい雰囲気に気圧されつつ、差し出された手を握る。後ろでは、先を越されて悔しそうに眺めるルーリィの姿があった。
「様なんていらないって。特専クラスの一員になったんだし、もう仲間みたいなもんだろ。なっ、シエル!」
「……媚びへつらえとは言わないが、年功序列は最低限守るべきだ」
「あはは、ごめんごめん、シエル先輩!」
第二王子を呼び捨てにするばかりか、旧友の如く気安い態度。ルーリィよりも上を行く者がいたのね。異国出身でこちらの文化には疎いからか、フレンドリーすぎるわ。こんなに友好的なら決闘にも協力してくれそうだけれど、断られたルーリィの台詞も気がかりだし、ノーレス先生以上に裏のある性格をしているかもしれないわ。警戒はしておくべきね。
続いてルーリィがぶんぶんと気合を入れて手を握り、私が付きっ切りでサポートします云々と熱烈に宣言してきたのは適当に流した。そしてシエル様とは不本意ながら初めての顔合わせではないので、私怨交じりに睨まれた。
「少しでも妙な真似をしたら学園から摘まみだしてやるから、覚悟しておけ」
「あら、殿下に無駄な警戒をさせ続けてしまうなんて、胸が痛みますわね」
互いの間で、火花が散った。決闘に勝ったからと言って、私の嫌疑が晴れたわけではない。むしろ更に嫌われている。こちらも売られた喧嘩は買うので、望むところよ。彼が卒業するまでに身の潔白を証明し、高笑いをしつつ勝利宣言をする時が楽しみね。
反発的な主人と違い、トラヴィス様は真顔のまま私に軽く会釈した。シエル様の声がはきはきとしていて響く分、寡黙さが増しているように感じる。
「トラヴィス・ガトーだ。先日は失礼した」
主人は喧嘩を売ってくるのに、彼の方は頭を下げてくれるだなんて。ガトー家と言えば確か、腕の立つ者を多く輩出している名門貴族。ハドリー家に勝るとも劣らない立場でありながら、とても謙虚で礼儀正しいわ。これならノーレス先生より彼と交渉した方がよかったんじゃないかしら。いえ、流石に主人の命令を裏切らせるのは難しいわよね。
挨拶を済ませてゆき、教室の壁際で目立たないように立つ最後の一人を睨む。やや癖のついた薄茶色の髪に、意志の弱そうな紫色の瞳。既に見知っている男は、視線が合った途端気まずそうに視線を逸らした。
「エディト・ローエン様。仮にも婚約者を前にして、随分と他人行儀ね?」
「ご、ごめん、クロリンデ。決闘の時も何も出来なかったし、君に合わせる顔がなくて……」
「責めるつもりはないわ、貴方にも立場があるものね。婚約者の危機に駆けつけようともせず、他人のふりをし続けるのが最善の道と判断したのでしょう?」
私の言葉で身を縮こませた婚約者に、苛立ちが募る。相変わらずの腑抜けね。もし校舎裏にまでやってきていたとしても、きっと肝心なところで度胸が出なくて、ただ遠巻きに眺めていたに違いないわ。更に続けようとしたところで、ヒノが間に素早く割り込んだ。先程と違い笑みを消した表情で、彼を庇うように立つ。
「あんた達の事情は詳しくは知らないけどさ、一方的に責めるのはやめてくれよな。エディト……先輩とは友達になったから、悪く言われたらむかつくし」
黒々とした瞳に覗き込まれ、言葉を失くす。彼の眼を、直視したくない。ふと湧いた感情を不思議に思いつつ、失礼しましたわと口を閉じる。私がこれ以上喧嘩を売らないと踏んで、ヒノはにかっと笑ってからエディトの手を取った。
「それじゃ、俺は今日もエディト先輩と行ってくるから!」
「わっ、ま、待ってくれよ、ヒノ……」
引っ張られるようにして教室を後にした婚約者の後ろ姿に、ため息を送る。気弱なせいで、流されやすいのよね、あの人。本当に仲の良い友人になれているのならいいのだけれど。