第15話 決闘後
「よかった勝ったああ!」
「なっ、ちょっと、離れなさい鬱陶しい!」
ルーリィが感極まったように私に抱き着いてきたので、どうにか引きはがそうともがく。ここまで馴れ馴れしい行動なんて誰にもされた経験がないからか、驚きで心臓が飛び出そうだった。まあでも、と努めて何でもない風に振る舞いつつ、小声で囁く。
「今回は、貴方の切り札のお陰で助かったわ。ありがとう」
ユークレース・ノーレステッド。彼の秘密を暴かなければ、今頃私はまた教会にでも引き渡されていたかもしれない。彼女に助けられた事は、評価すべきだわ。予言書の内容が現実と多少食い違うとしても(そもそも食い違ってくれないと困る)、貴重な情報として、参考にすべきなのでしょうね。
「貴方の証言は冗談じみているけれど、耳に入れる価値があると認めましょう」
「……っ、はい! 今後も私に任せてください!」
「だ、だからへばりつくのはやめなさい、行儀が悪いわよ」
ますます浮かれた彼女に、調子に乗らせてしまったかしらと少々自分の発言を後悔した。押しのけようと彼女と不毛な格闘を続けている間に、不機嫌そうなシエル殿下は先生へ詰め寄っていた。
「あのような高等魔法、先生であろうと杖も使わず瞬時に発動できるとは思えません。事前にこの場に仕掛けておきましたね」
「事前準備は禁止されていませんでしたから。お陰で新しい魔法を試……いえ、見物しに来た生徒さん達には、高等魔法を目撃するいい機会となった事でしょう。決闘を周知してくれた殿下のお陰ですね」
追及を軽くいなすばかりか、爽やかな笑顔で煽り返してないかしら、あの先生。やっぱり性格の方は、見た目ほど誤魔化すのが得意ではないらしい。シエル様は一旦口を閉じてから、いえと否定の言葉を紡ぐ。
「私はここまで積極的に広めるつもりはありませんでしたが」
「ふむ……、第二王子の決闘という話題性もありましたし、噂が独り歩きしただけでしたか」
あら意外。てっきり私の敗北を学生達に見せつけようと、敢えて宣伝しまくったとばかり思っていたのだけれど。もしかして廊下で決闘を申し込んだのも、単に気合が入りすぎていただけなのかしら。それとも、誰かが積極的に噂をばらまいたのかしら。真っ先に頭に浮かんだ疑わしい相手は、とっくにこの場から姿を消していた。
「クロリンデさん、何か気になる事でも?」
目ざとい先生の指摘に、なんでもありませんわと誤魔化す。ここで悪魔の存在なんて匂わせたら、シエル様が再決闘を申し出るかもしれないもの。幸いにして彼は追及せず、そうですかと優しそうな表情を作ってみせた。
「困ったことがあったら、また先生に相談してくださいね。助けてあげますから」
善意溢れる爽やかな笑みに、半歩のけ反る。ルーリィまでも、頬をひきつらせていた。正体を知った上だと、お優しい擬態に冷や汗が出そうだ。親切な発言をするだけしておいて、内心私の反応を楽しんでいるんじゃないかとまで疑ってしまう。
どうにか問題は切り抜けた代わりに、厄介な問題事を抱えてしまった。残念ながら、平穏な学園生活はまだまだ遠いらしい。
※※※
新生リリア改めルーリィ、波乱万丈の学園生活満喫中です。まさか初っ端から決闘イベが発生するなんて、ルート攻略済みの私でも読めませんでしたよ。シエルの過去のトラウマを利用するとか、エミリオに弱みを探ってもらうとか、ちょっとだけ迷ったけど、それは流石にやっちゃ駄目かなって思いとどまったんだよね。人として道を踏み外さずに解決してよかった。
クロリンデがノーレスに頼みごとを聞いて貰えたのも、予想外だった。だってあのキャラはルート中でも好き勝手に行動してばっかりで、ろくに優しくしてくれなかったんだよね。むしろわざとそっけない態度を取って、リリアの反応を観察して楽しんでいたし、いつも余裕綽々で相当ピンチにならないと助けてくれないし。クロリンデ、気に入られてないといいんだけど。
今後が不安になりつつも、廊下でトラヴィスの後ろ姿を発見した私は駆け寄った。シエルが近くにいないのを確認してから、がばっと頭を下げる。これが異世界じゃないなら、菓子折りを持参したい位だった。
「トラヴィス様、先日はご無理なお願いをして申し訳ありませんでした!」
ヒノとシエルの説得に失敗した後、私は最後の足搔きでトラヴィスにも突撃していた。決闘で手を抜いて欲しい、とお願いするために。
「詫びる必要はない。元より叶えるつもりがなかった」
黒目を伏せつつ静かな声音で返され、やっぱりかと内心ため息をついた。主人第一のトラヴィスが、頷いてくれるはずがなかった。
「手を抜くなど、双方への侮辱だ」
ぽつりと続けられた内容に、そうかなあと内心口をとがらせる。本気でクロリンデを叩きのめす方が酷いと思うけど。そうならなくて、本当に良かった。負けた相手が教師なら、シエルの面目も保たれるだろうし。そう考えると、クロリンデの案が最善だったのかな。
ゲームのシナリオと微妙に違う展開に焦って、闇雲に攻略キャラ達にアタックしたけど、ろくに好感度も上げられずに無駄足に終わった気がする。でもクロリンデはお礼を言ってくれたし、私を認めるって……つまり、素直になれない彼女なりの、頼りにしているわねって意味だよ、絶対。なら結果オーライだよね。
「随分と、異母姉を気にかけているな」
「そりゃあもう。なんてったって、彼女は私の推……、憧れですので!」
推しと呼ぶのはマズいかな、と辛うじて訂正して返答する。トラヴィスはそれを聞いて、目元を緩くほころばせたようだった。あれ、見間違いじゃない、笑ってるよ。微笑とは全然違う、ルート中でしか見せてくれない、分かりやすい笑みなんですけど。
「共に頑張ろう」
優しそうな眼差しでそう告げると、トラヴィスは去っていった。え、待って。どうして笑顔スチルをここで回収してるの。まさか私、トラヴィスの好感度上げは成功してたの? 本命のクロリンデ救済ルート計画は失敗気味なのに!?
「共に頑張ろうって、えええ……?」
い、いやいや、恋愛じゃなくて、親愛の好感度が高くなっただけだよね。ゲームには恋愛的な意味の好感度しか存在してなかったけど。共にっていうのはつまり……、うーん、どういう意味だろ。ルート中でもそんな事言われなかったし。
もしかして主従コンビとして、私達の関係に親近感を覚えているとか。つまり私がクロリンデの護衛ポジ……確かに同じかも。護衛マスタートラヴィスにも認められた事だし、今後も頑張ろう、と気合を入れ直した。