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第12話 悪魔のお誘い

 決闘前日。私は未だに、シエル様の弱みを握れずにいた。そればかりか、どうにか彼の知り合いを捕まえようとしていた結果、本人に見つかった。


「私の周辺を、随分と嗅ぎまわっているようだな」

「あら殿下、それは自意識過剰というものですわ。私はただ、新入生として先輩方からお話を伺おうとしていただけですもの」


 取り繕うべく、ほほほと誤魔化すように笑う。王子と護衛から突き刺さる視線が痛い。どう考えても疑われているわ。


「リリアから事情を聞いた。貴方は幼い頃より災厄の濡れ衣を着せられ、苦労してきたのだと。無実で無害、心優しい姉なので、どうか助けて欲しい、とな」


 この二日間動き回っていたルーリィは、本当に王子に働きかけていたらしい。哀れな境遇であると身勝手に同情されるのは癪だし、そもそも隠し子の件を明かしたのには文句を言いたいけれど、背に腹は代えられない。ルーリィには、一応感謝をしなければならないかしら。


「市井で貧しく暮らし、母を失い苦労を重ねた妹を顎で使い、憐みを誘うべく利用するとはな。彼女の為にも、私は必ず貴様に勝ってみせよう」


 どうして私が悪者のストーリーになっているのよ。反論したくなったものの、彼は言いたいだけ言って、とっとと去ってしまった。言い逃げなんて卑怯だわ。


 まあ、確かに。平民暮らしの彼女より、貴族のハドリー家で金に困らず育てられた私の方がずっと恵まれている。ルーリィが彼に気に入られようと努力して成功したのなら、それもあって余計に私が悪く映ったのかもしれない。私の心証を悪くしてどうするのよ。


 ちなみに、ヒノの説得には失敗したと、昨日の夜落ち込んだ様子のルーリィに報告された。あと、暫く人気のない場所でうろつかない方がいいとも。どういう意味なのよそれ。闇討ちを警戒しろって事なのかしら。王子の件と言い、まさかわざとやってるんじゃないでしょうね、あの子。


 いよいよもって手詰まりだ。かと言って私自身が決闘を行うわけにはいかない。何しろ、決闘の噂はいつの間にか学園中に広まっていた。廊下を歩いていると、あちこちから好奇の視線が向けられる程だ。きっと決闘時には見物客が集まるだろう。私が無様に地面へ這い蹲るだけでなく、ハドリー家後継者は人脈に乏しいと噂が広まってしまう。どうにかして誰かを見つけないと、誰か──。


『ボクを頼ってくれていいんだよ』


 手首の内側に、ちくりと痛みが走る。耳元で甘く囁く声が聞こえた気がした。急いで振り返るも、周囲にあの悪魔の姿はない。なら、どこから耳障りな笑い声が響いてくるのか。


 周囲に怪しまれない程度に視線を巡らし、声の発生源と思しき近くの空き教室に入る。カーテンの隙間から差し込む西日に照らされるようにして、魔界からの乱入者が立っていた。


「悪魔……!」

「リデル、だよ。ちゃんと覚えて欲しいな、クロリンデ」

「気安く呼ばないで」

「どうして? ボクとキミの仲じゃないか」


 こちらが嚙みついてもどこ吹く風とばかりに、悪魔はクスクスと笑う。悪魔と友好を深めた覚えはないのに、言いがかりはよしてほしい。


「何を迷う必要があるの? ボクなら、キミのナイトになってあげられるのに」

「あら、公衆の面前で切り捨てられてくれるのかしら」

「ボクは人間なんかよりずっと強いよ」


 細身の制服姿が、身近な机に腰掛ける。自然な様子で足をぶらぶら揺らすのを見ていると、空き教室で同級生と日常会話をしているだけだと一瞬錯覚しそうになった。


「キミが望むなら、王子なんて何度でも倒してあげるよ」

「代わりに、自分の子分にでもするつもりでしょう」

「まさか。大事なキミは子分よりもお姫様扱いが相応しいよ」


 とても嘘っぽい。口車に乗せて、裏から操るつもりに違いないわ。信用してはいけない。そう思うのに。


「どうして、そんなに私に構うの。災厄を招く、魔界の寵児だから?」


 つい、自分から尋ねてしまった。途端、リデルは嬉しそうにぱっと顔を輝かせ、机を押しやるようにして立ち上がった。


「魔界の連中は確かに、キミの存在を待ち望んでいたし、喜んで迎え入れようとしている。でもボクの理由は単純。キミを好きだからさ」


 言葉の意味を理解するのに、数秒かかった。殆ど初対面の相手に告白されても反応に困る。好きだなんて言われても……そういうのは、よく分からない。


「キミならきっと、魔界でより美しく気高く輝ける。ボクが沢山可愛がって、幸せにしてあげるよ」


 私の前で片膝を立ててしゃがみ、リデルは騎士のように頭を垂れた。流れるような動作で手を取られ、振り払うどころか、目を離す事すらできない。


「さあ、どうかボクを、受け入れて」


 何を──何を躊躇っているの。悪魔の甘い誘惑なんて、信じてはいけない。ただの使い勝手のいい駒として利用されるに違いない。そうよ、そうに決まっている。


「わ、私は……」


 真剣そうな金色の眼差しが、否定の言葉を奪い去る。

 リデルは、本当に。私を、心から想ってくれて。


「おや、こんな所でどうされたんですか」


 後ろの扉が開かれ、はずみでよろめきへたり込む。戸口に手をかけたノーレス先生が、こちらを不思議そうに見下ろしていた。座ったまま、教室へ視線を戻す。西日で滲む教室には、私しかいなかった。


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