第七話「俺は勇者なんかじゃない」
「はあああああ」
俺が持っていたナイフをいとも簡単に弾き飛ばし、再び首元にナイフをあてた。
「手加減しているのか?それとも本気か?」
「⋯⋯⋯」
「本気、か」
今にも泣きそうだった。
物語で見ていたキャラクターたちは何食わぬ顔でナイフとナイフをぶつけあっていた。
気が付けばそれが当たり前になっていて、俺にもできそうなんて思ったりもした。
だが実際、迫りくるナイフの刃先を見たときとてもじゃないが冷静になどいられなかった。
この先もこういうことがあるのだろうか。
勇者としてどこかの戦場に呼び出されて戦わされたりするのだろうか。
ああ⋯嫌だな
なんの力も技術もない俺には、命がいくつあっても足りそうにない。
「私の勝ちだ。さぁ正直にいえ」
もういいんじゃないかな。
正直に話そう。
王様も優しそうな人だったし。
突然ここに連れてこられた普通の人ですって。
殺すとかいってたけどちゃんと説明すればきっと分かってくれるよな。
こっちに呼んだんだから戻す手立てもあるよな⋯⋯ある、よな?
「俺は、勇者なんかじゃない」
「⋯だろうな」
「俺は普通の人間だ。こんな世界とは無縁の、ただの人。昨日いきなり足元が光だして気が付けばここにいた。それなのに、それなのに⋯⋯」
「それなのに?」
頬が熱くなっていく。
これは泣くやつだ。
「それなのにさあああ、いきなり勇者だなんだって!なんかみんなめっちゃ成功だーって喜んでるし、失敗じゃないですかー?なんて言えるわけないし!それなのに勇者じゃないなら殺すって!意味わかんないからあああ」
信じられないほど情けない顔で泣きじゃくり本音をさらけ出した。
そんな俺をみてカルラも「正直に言えとはいったけどこいつまじか」みたいな顔になっている。
もういいし、殺すなら殺せや。
こんなに泣いたのはいつぶりだろうか。
「ま、まぁまぁ落ち着けよ。話なら聞くからさ、ほら、ナイフもしまったから、な?」
「うるせぇ!お前に俺のなにがわかんだよ!」
「色々溜め込んでたんだな、よしよし、良い子良い子」
あまりにも子供っぽく喚き散らす俺を見て、カルラの中にある母性本能がくすぐられたのか慰めモードに入ってしまった。
まるで母親と子供だ。
その後も一度泣きだしたら中々止まらず、やっと泣きやんだのは十分後だった。
冷静になり、今日までのいきさつを全て話した。
勇者ではないこと、普通の人だということ、三人組に服を脱がされたこと、単位を落としたこと⋯⋯⋯
ちょくちょく何を言っているんだこいつみたいな顔もされたけど遮らずに話を最後まで聞いてくれた。
「落ち着いたか?」
「ああ、ごめんな。みっともなくさ」
「いいんだ、おかげでお前のことが少し分かった気がする。色々と災難だったな。次は私が答える番だ。何でも聞いてくれて構わない」
勝負に勝ったのに質問にまで答えてくれるとは、なんと優しい人なのだろうか。
やばい、また泣きそう。
こういうときって人の温かさとかちょっとした優しさが心に染みるんだよな。
カルラの優しさに甘え、気になっていたことを全て聞くことにした。
伝説の勇者のこと、そしてなぜ伝説の勇者を呼ぶことになったのか、どうして俺が呼ばれてしまったのか、約束の日とはなんなのか。
カルラは嫌な顔ひとつせず全てに答えてくれた。