マイノリティパラレル
彼はふと、作業の手を止めた。
軽いデジャヴ。前にこんなことがあった気がした。
「俺は、ここにいちゃいけない」
何かに急かされて、持ち場を離れる。ひょいと物陰に隠れて作業の監督と鉢合わせるのを免れる。
そのまま、工場を抜け出して、外の世界へ。
背後で爆音が聞こえて、工場で爆発事故が起こったと知る。
「俺は何回かあそこで事故に巻き込まれて死んだ」
なんだ?なぜこんなことになっているんだ?
彼は人混みに紛れて脱出に成功する。右へ行け。なぜ?最寄りの駅は左だぞ。
軽い葛藤。
右へ行く。
今までの経験からすると
駆けつける消防車のサイレンの音がわんわん響く。
「行かなくちゃ」
どこへ?もちろん、彼女に会いに。
今朝大げんかして出て行った彼女。彼はいつも通りに工場に出かけたが、そこで何もかもがおしまい、という結末から、今逃れようとしている。
「会いに行かなくちゃ。そして謝らなければ。俺は彼女をまだ愛してる」
でも、どういうことだ?今までの経験からすると、ってどういう意味だ?
駅の方で警笛とブレーキ音が鳴り響いた。あっちへ行かなくてよかった。
「俺は何回か、これを経験しているらしい。パラレルワールドのマジョリティ(多数派)世界では、俺は死んで終わるのに、マイノリティ(少数派)世界の、生き残る方へと向かっていく」
不可思議な現象。
彼女に会いに行くことが、そんなにも重要なのか?
自宅へ向かう。もうそこには彼女はいないはずなのに、足はまっすぐ家の方向を目指す。
ドアノブを回すと、鍵があいている。
ガチャ。
「あなた!無事だったの?今、ニュースで工場が爆発したって言ってて心配して」
「ああ!君に会うために生きているよ」
「どういうこと?」
そうだ、どういうことだ?
「今朝、君と大げんかして、謝らなければって思って」
「そんなこと気にしなくてよかったのに!それより、良いニュースがあるのよ」
「なんだい?」
「お腹に赤ちゃんがいるの!あなたの子よ」
「えっ」
このうえない喜びでいっぱいになる。これを知るために生き延びたのか!
彼は彼女を抱きしめた。




