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「リシェル! ノエル! ただいまー!」

「えっ……お、お父様!?」


 勢いよく現れたのはフォーマルな格好をしたお父様だった。その姿を見るのはずいぶんと久しぶりだ。領地で仕事をしているはずなのに、どうして王都にいるのだろう。社交界はまだ先だし……。


「なんで王都に? 領地での仕事は?」

「あれ? 王都に用事があるから、終わったらタウンハウスに寄るって手紙出してただろう?」


 そうだったっけ……覚えてないや。最近忙しくて手紙を開けてなかったから、机の上に置きっぱなしになっているのかもしれない。私は慌てて謝った。


「ご、ごめん! 手紙読んでなかったかも」

「ははっ、いいよ大丈夫。忙しかったんだろう? リシェルにはたくさん迷惑かけてるからなぁ」


 お父様は上着を脱ぎながら言った。


「何か食べる? スープならあるけど。あと焼きたてのパウンドケーキ」

「夕飯は食べてきたんだ。でも、せっかくだからパウンドケーキをもらおう」

「わかった。飲み物は紅茶でいい?」

「ああ」


 お湯を沸かしながら、ティーポットとカップ、りんごのパウンドケーキを準備していく。


「ノエルは? 寝てるのか?」

「ううん。今は屋敷にいないの」

「い、いない!? 何故だっ!? ま、まさか家出か!? それとも非行か!? ああああああ父さんが領地にばかりいるせいで……! ノエルが……! あの優しかったノエルが非行に走ってしまうなんて……! 嘘だろう!? なんてこったこれじゃ母さんに顔向け出来ないどうしよう!!」

「違うから。まずは落ち着いて私の話を聞いてお父様」

「これがっ、これが落ち着いていられるか! ノエルが! ノエルが非行に走って破落戸の真似事を……!」

「ちょっと!! 妄想も大概にしなさいよダメ親父!」


 お父様の暴走を止めながら、私はノエルの剣術の訓練と師匠について軽く説明した。


「……剣術かぁ。父さんに言ってくれれば教えたのになぁ」

「無理でしょ。教える時間もないし、大体お父様、剣術なんて出来ないじゃない」

「ううっ……それはそうなんだけど……」


 お父様はがっくりと項垂れる。まずい、正論を言い過ぎたかしら。そろりと顔を上げたお父様の眉尻は、力なく下がっていた。


「……なんか。ちょっと悔しいなぁと思って」


 ぽつり。呟くような声が響く。


「……悔しい?」

「ああ。あとは寂しいと羨ましい、って気持ちも」


 私は寂しそうに笑ったお父様の言葉に黙って耳を傾ける。


「父さんが教えてやりたかったって気持ちはあるんだ。確かに。頼りにされたいって、してほしいって。父親だから当たり前だよな。でも、それが出来なかった。父さんは領民の生活を、命を守らなければならないからだ。父さんが仕事をしないと、お前たちだけじゃなく領民の生活も苦しくなる。だから父さんは毎日頑張って働いてるんだ。最近はやっと復興も進んで、農作物も収穫出来るようになってきたしな」


 お父様はテーブルに置かれたティーカップに口をつける。


「だけどそのせいで娘と息子と一緒にいる時間がない。会話をする暇がない。普段の様子が分からない。好きなものが分からない。悩み事に気付いてやれない。相談にのってやれない。……だからかな? 息子は俺より他の人を信頼して離れていってしまった。本末転倒だよ。父親失格だな。リシェルにだって……。貴族の令嬢だっていうのに、小さい頃から家事全般を任せっきりで……使用人も付けず内職までさせて。負担ばっかりかけて、本当に悪いと思ってる」


 お父様は静かに頭を下げた。それを見て、私は大きな溜め息をつく。


「……今さら何言ってるのよ」

「そ、そうだよな。すまない! 謝るのが遅すぎたよな!」


 お父様は焦ったように言った。いやいやいや。なんでネガティブにしか考えられないのかしら。


「そうじゃなくて。お父様が、お母様の分も自分がやらないとって頑張ってる事、領民の暮らしを守るため仕事に没頭してる事、災害復興のため色んな領地に足を運んで支援の交渉をしてる事。お父様が一生懸命だって事、ノエルだって私だってちゃんとわかってる。私たちはそんなお父様の姿を誇らしいと思ってるわ。だから今さらそんな事言わないでよ。家族なんだから協力するのは当たり前でしょ」

「…………リシェル」

「ノエルだって、別に信頼してるとかしてないとかそういう風に思ってるわけじゃないわ。寂しい思いは確かにしてるし、そりゃ私だってたまには家事なんかやめて友達と遊んだり、綺麗なドレスを着てお茶会に行きたいなって思う事もあるけど……それが負担だとは思ってない。その事でお父様を責めたりしない。だからお父様は今まで通り仕事を頑張って。私は皆が元気でいられるよう、腕によりをかけてご飯作ったり、内職の刺繍を頑張るから! ……だから、父親失格なんて言わないでよ」

「リシェル……。ありがとう……ありがとうな! ははっ! さすが母さんの娘だよ」


 鼻声混じりの情けない声だったけど、なんだか嬉しそうだった。


「それにほら、家事全般が出来れば平民の商人でも騎士でも、どこに嫁いでも安心でしょ?」

「嫁ぐ!? む、娘はやらんぞ!!」


 お父様は何故か大慌てしている。いや、まだ婚約者もいないんだからそんなに心配する事はないのに。


「ただいまー……ってあれ!? 父上!?」


 訓練から帰って来たノエルが驚いて目を見開く。


「おお、おかえり! 少し見ない間に大きくなったぁ!」

「なんで居んの!? 領地は!?」

「王都に用があったから寄ってみたんだ。明日には戻るようだけどな」


 お父様はニコニコと笑っている。


「そういえばノエル、剣術の訓練してるんだって?」


 怒られると思ったのか、ノエルが慌てて弁解する。


「そ、そうだけど……でも! ちゃんと当主教育もやってるよ!?」

「ああ、すまない。責めてるわけじゃないんだ。好きな事はやれるうちにやった方が良い。剣術を身に付けるのは良い事だしな。でも、学業や当主教育を疎かにしてはいけないよ」

「うん!」


 ノエルもお父様も笑顔を浮かべている。……ほらね。変に心配する必要なんてないのよ。


「あ、そうだ姉さん。師匠がこれ美味かったって言ってたよ!」


 空になったバスケットをテーブルに置くと、ノエルが思い出したように言った。


「……あ、やばい。これも言うなって言われてたんだった」


 ノエルは口元に手を当てるが、時すでに遅し。ていうか言うな言うなって、師匠って人は秘密主義者なんだろうか? それともやっぱり怪しい人?


「なんだそれ?」

「パウンドケーキ。差し入れに持って行ったんだ」

「おお、父さんも今から食べるぞ!」

「あ、じゃあ俺ももう一つ食べたい!」


 ノエルはチラリと私を見る。


「食べ過ぎると太るわよ」

「育ち盛りなんで大丈夫でーす」

「……まったく」

「美味い! 美味いぞリシェル! こんな美味しいパウンドケーキは食べた事がない! 天才か!?」

「お父様は大袈裟すぎるわ」


 軽口を叩きながら囲む食卓は、賑やかで楽しかった。


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