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「……なるほど。それは確かにヒーローですわ」
「ディオン様って小さい頃から紳士的でカッコ良かったんですのねぇ〜」
二人は納得したようにうんうんと頷く。
「だから、ディオン様は私の恩人っていうか、憧れっていうかヒーロー的な存在で! もちろんディオン様の事は好きだけど恋愛感情とかそういうんじゃなくて!」
「いやいや、それは完全に恋に落ちちゃいますわ! だってわたくしだったら間違いなく落ちてるもの!」
「わたしも! 聞いてるだけでキュンとしちゃいましたわ!」
「だからそうじゃなくて!」
ガタリ。温室の外から音がして、私たちはパッと振り返る。するとそこには、にこやかな笑みを浮かべるディオン様と、眉間にシワを寄せた不機嫌顔のクロヴィス・ナイトレイが立っていた。……まさか今の話聞かれてた!? 私の顔がさっと青ざめる。ど、ど、ど、どうしよう! あの思い出話をよりによって本人に聞かれたかもしれないなんて! 穴があったら今すぐ入りたいわ! 地球の裏側まで行けるくらいの深い穴に!
「い、今の話聞いてた……?」
「ん? なに? なんの話?」
ディオン様はこてんと首を傾げ、頭に疑問符を浮かべる。……これは……もしかして大丈夫な感じかしら? ギリギリ聞かれてなかったって事?
「練習が始まるから呼びに来たんだけど、まだ時間かかりそう?」
「あ、いや……今終わったところで」
「じゃあ中ホールに集合な。俺たちは他のメンバーに声掛けてから行くから」
「わかったわ」
ディオン様に次いで温室を出て行くクロヴィスは私を一瞬睨み付けるが、何も言わずに去って行った。……もしかして今私、ケンカでも売られたのかしら? なんてくだらない事を考えながら、私とジェシーは中ホールへと向かう。メリー様たちは温室に残って作業を続けるらしい。
「……彼女たちに話して良かったの?」
ぽつり。渡り廊下でジェシーが気遣うように問いかける。
「形見のこと? ……うん。今までなんとなく隠してきたけど、誰かに知ってもらうのもいいかなって思ったの」
「……そう。良いんじゃない? 彼女たち、別に悪い人じゃないし」
ジェシーは優しく微笑んだ。
「心配してくれてありがとう」
「……ほら、さっさと行くわよ」
照れ隠しのためか足早になったジェシーの背中を、私はにやにやしながら追った。
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無事練習を終えて帰路に着こうと歩いていると、ディオン様が校門に背を預けて立っていた。スラリと伸びた背丈、端正な顔立ちに風に揺れる金髪が風景とやけにマッチしていて、まるで一枚の絵画のようだった。
「リシェ」
私に気付いたディオン様が笑みを浮かべて右手を上げる。
「ディオン様。先に帰ったんじゃなかったの?」
確か練習が終わった後鞄を持ってすぐに教室から出てたはずだけど……。
「うん。リシェのこと待ってたんだ」
「……わ、私?」
「そう。一緒に帰ろうと思って」
「帰るって……まさか侯爵家の馬車で?」
「そうだよ。ダメ?」
私は戸惑いながら答える。
「ダメっていうか……うちの馬車も待ってるし……」
「そう言うと思って、実はリシェのとこの従者に今日はカークライト家が送って行くって伝えちゃったんだよね」
ディオン様は悪戯が成功した子どもみたいに笑う。いやいや、それ最初から選択肢ないじゃないの! さすが用意周到というか抜かりはないというか……。私は諦めたように溜息をついた。
「……乗せていただきます」
「うん、どうぞ」
ニコリと爽やかに微笑んで、ディオン様は手を差し伸べる。その手を取って、私たちは馬車止めに向かった。
ディオン様のエスコートで乗り込んだ馬車はいつも乗っている馬車とは違い、座席がすごく柔らかい。それに揺れも少ないし……さすが侯爵家の馬車だわ。窓から移り行く景色をぼんやりと眺める。外は薄暗くなってきたせいか、街灯の明かりが目立つようになっていた。
「……俺ってリシェの憧れだったの?」
前から聞こえてきた声に、私はパッと顔を向ける。片足を組み、膝の上に手を置いたディオン様は私を見ていた。その言葉の意味を理解すると、
「も、もしかしてさっきの話聞いてたの?」
「聞いてたっていうか聞こえたんだよ。みんなの声は
温室の外までハッキリ聞こえてたから」
「嘘っ!? えっ!? ちょっと待って……てことはクロヴィスも聞いてたってこと!?」
「うん。一緒に居たからね」
「さ、最悪だわ!!」
私は両手で頭を抱える。ああ……今度から女子トークする時は声の大きさに気を付けないと。あと周囲の確認も怠らないようにしなきゃ情報漏洩の元だわ。ノエルの事ばかり言ってられない。
「リシェが俺の事そんな風に思ってたなんてなぁ」
「……恥ずかしいからからかうのはやめて」
「からかってなんかない。むしろ俺は嬉しかったよ」
ディオン様は続ける。
「さっき二人に俺のこと好きかって聞かれた時、うんって言ってくれればよかったのに」
「……え?」
心臓がトクンと高鳴った。ディオン様はじっと私を見つめている。
「なぁ、リシェル。俺はリシェルの中で憧れとかヒーローとか、そういう存在でしかいられないわけ?」
「ディオン様……?」
狭い馬車の中、澄んだ青い瞳が私を真っ直ぐに見続けている。まるで魔法をかけられたかのように、ディオン様の瞳から目が離せなくなっていた。私の心臓はさっきからドキドキと煩く鳴っている。
「俺は、昔からずっとリシェルのことが好きだったんだ。もちろんそれは今でも変わってない」
突然の告白に、私の体温は一気に上昇する。
「……だけど俺は将来的に侯爵家を継ぐ立場だし、政略結婚だってしなくちゃならないだろうし、想いを告げたら身分差があるから苦労をかけるだろうし、なんて色々言い訳して、自分の気持ちから逃げてた。でも、今は覚悟が出来たんだ」
「……覚悟?」
ディオン様は真剣な顔をして続けた。
「俺はね、リシェルと一緒になれるなら何でもするつもりだよ。両親を説得して結婚を認めてもらう事も、身分を捨てて平民として生きていく事も厭わない」
「な、何言ってるの!?」
私は驚いて叫ぶ。
「ああ、例え平民になっても就職先はあるし生活は心配いらないよ?」
「そ、そういう事じゃなくて! 簡単に身分を捨てるなんて言っちゃダメよ!! だって、今まで積み重ねてきた努力は!?」
「俺の代わりなんてすぐ見つかるよ。でも、リシェルの代わりはいないから」
「……っ!」
ディオン様の瞳が切なげに揺れる。
「正直……もっと早く決断してれば良かったって後悔してるくらいだ」
「ディオン……様」
「返事は急がないからさ。俺との事、ちょっとは考えてみてくれると嬉しい」
私は何も言えず、ただ頷くことで精一杯だった。突然の告白に頭の中が真っ白だ。顔に熱が集中してクラクラする。……だって信じられない。あのディオン様が。小さい頃から憧れていたディオン様が。女の子に大人気のディオン様が。
……私の事を、好きだなんて。




