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「じゃあ次、こっちのブーケ持ってみて」
「あ、うん」
「う〜ん、さっきのもいいけどやっぱり白が入ってた方がいいかしら。ジェシカ様はどう思います?」
「わたしも白が入ってた方がいいと思うわ」
「そうですわよね! じゃあブーケも花冠もこの色合いを基調に作りましょう!」
ジェシーとメリー様とバーバラ様に囲まれた温室で、私は次々と色とりどりのブーケを持たされていた。リオルド王国物語にも出てくる青い花──ブルーリリール。その花を基調に飾り付けられたブーケと花冠は、創立祭の演劇で必要な小道具だ。ブーケには、この温室で大切に育てられたブルーリリールの花が使われる。
メリー様とバーバラ様はブーケ作りを担当されているらしく、今回、どのデザインがいいか実際に持って選んでほしいと呼び出されたのだ。
「劇の練習は進んでますの?」
試作用に作ったブーケを片付けながら、メリー様が言った。
「……頑張ってる最中ですわ」
「毎回ケンカで中断してるけどね」
「ふふふっ、ごめんなさい。二人がケンカしながら練習している姿を想像したら面白くって」
私とジェシーの返答に、メリー様はクスクスと笑う。
「でも、まさかクロヴィス様とリシェル様が選ばれるなんて驚きましたわ」
「本当にそうですわ! さすが神様、わかってらっしゃる!」
「わたくし、例年とは違った意味で創立祭が更に楽しみになりましたもの!」
「わたしも!」
「二人ともひどいわ!」
こっちは必死に練習してるっていうのに、みんな扱いがひどすぎる。じとりと睨むような視線をやると、バーバラ様が口を開いた。
「わたくし、リシェル様にずっと聞きたかった事があるんだけど」
「え? 何でしょう?」
「リシェル様って、ディオン様のことお好きなんですの?」
「えっ!? デ、ディオン様!? か、彼とはただの幼馴染よ!? 身分も違うしそんな事あるわけないわ!?」
私が答えると、ニヤニヤした顔で更に追及される。
「えー? それにしてはかなり動揺してません?」
「そ、それはバーバラ様が急にそんな事言うから!」
「ジェシカ様は何か知ってます?」
「残念ながら知らないのよね。正直わたしも知りたいところだわ」
「ジ、ジェシー!?」
「それわたしも気になりますー!」
「メリー様まで!?」
「だって、ただの幼馴染にしては距離が近いんですもの。ディオン様はリシェル様の事とっても大切にしてますし!」
「そうですわ! 実際のところどうなんです!?」
グイグイと詰め寄られ、私は窮地に立たされた。内心で諦めたように溜め息をつく。
「……ディオン様は、その……私のヒーローっていうか、恩人っていうか……憧れの人だから。す、好きとかそういうんじゃない、のよ。本当に」
「ヒーロー? 恩人? 憧れ?」
「あの……もしかしてそれって、リシェル様が大事にしてるハンカチと関係があるのかしら?」
「……え?」
「ほら、クロヴィス様と不仲になったきっかけっていう噂の……」
「えっ!? メリー様あの時の事知ってるの!?」
私は驚いて目を見開いた。
「ええ。実はわたし、あの時偶然近くを通りかかって……見てたんですの」
「まぁ! そ、それは大変お恥ずかしいところを……」
ここにきて初めて知った事実である。まさかあの場面をメリー様に見られていたとは。不覚だった。
「最初はリシェル様の事、伯爵家のご子息を叩くなんて命知らずだわ。あの子には近付かないでおいた方が得策ね。なんて考えてたの」
おお……さすが、メリー様は笑顔で毒を吐くご令嬢である。
「でも同じクラスになって話してみたら普通に良い子で驚いたわ。クロヴィス様とのやり取りも面白くて、仲良くなりたいなって思ったの」
「メリー様……」
「それよりどうなの? ハンカチは関係あるんですの?」
メリー様の言葉に軽く感動していると、バーバラ様が興味津々に聞いてくる。
「……ええ」
「きゃー! やっぱり!」
ジェシーが心配そうな視線を向けてくる。私は小さく笑って〝大丈夫よ、気を遣ってくれてありがとう〟と心の中で伝えた。
「あのハンカチはね。今も鞄に入ってるんだけど、亡くなったお母様が作ってくれたものなの。形見なんだ」
「………………え」
メリー様とバーバラ様の顔色が変わった。二人ともひどく焦っているようだった。ああ、そんな顔しなくていいのに。
「ご、ごめんなさい! わたくし、その、知らなくて……」
「……わたしも。気軽に触れていい話じゃなかったわ……本当にごめんなさい」
「そんなに気にしないで。もう何年も前の話ですし」
二人は見るからにしゅん、と落ち込んでしまった。
「……領地に居た時にね」
私が話始めると、二人は顔を上げた。ジェシーも静かに私を見ている。
「あのハンカチの事で、領地の男の子にバカにされたことがあって……」
私は当時の事を思い出す。
────
───
──
─
「お前それ何持ってんだよ! 寄越せ!」
「なんだこれ……ハンカチ?」
「うわ、花の刺繍とかダッセー!」
「ちょ、何するのよ! 返して! それは大事なハンカチなんだから!!」
私はお母様に貰った大切なハンカチを、領地でも有名な悪餓鬼三人組に奪われてしまった。いくら言っても返してくれないし、さすがに三対一じゃ分が悪い。助けに入ってくれる人もいないし……おそらく、関わりたくないのが本音なのだろう。
「返してよ」
「嫌だね!」
「つーかこんなダサいのよく使えるな!」
「恥ずかしくねーのかよ!」
「どうでもいいから。返してって言ってるの!」
「……なんだよその生意気な目。こんなもの、ぐしゃぐしゃにして今すぐ捨ててもいいんだぜ?」
私はぎゅっと唇を噛んだ。なんて卑怯なのかしら……! 大体こんな奴らに、お母様から貰ったハンカチを馬鹿にされる筋合いはないわ! 私はすぅっと息を吸い込む。
「君たちさぁ」
吐き出そうとした瞬間、背後から声がした。
「そういうのやめた方がいいんじゃない? 寄ってたかって情けない」
声のした方を振り向けば、一人の男の子が立っていた。サラサラの金髪に青い瞳の綺麗な男の子。その視線は私を通り越して悪餓鬼三人に真っ直ぐ向いている。
「は? 誰だよお前。見ない顔だな?」
「関係ないやつは引っ込んでろよ!」
「そーだそーだ!」
金髪の美少年は私の前に出ると、右から順番に指を指しながら言った。
「人気劇団員のサイン入りブロマイド。父親からの誕生日プレゼントである羽根ペン、憧れの騎士から貰ったグローブ」
……え? この人、突然何を言い出してるのかしら? 私の頭には疑問符が浮かんだが、言われた本人達には心当たりがあるらしく、小さな体をびくりと揺らした。
「君たちの宝物なんだろ?」
「な、なんでお前が知ってるんだよ!?」
「偶然だよ。前に君たちがそれについて語ってる時の会話が偶然聞こえたんだ」
彼は口元だけ笑みを浮かべながら続けた。
「それでさ。もしその宝物を誰かにバカにされたら。あるいは誰かに取られたら。君たちはどう思う?」
「は?」
「何言ってんだよお前」
「いいから答えろって」
強くなった彼の口調に、三人は顔を見合わせてからおずおずと答えた。
「……そんなの腹立つし」
「取り返すに決まってんだろ!」
「復讐してやるよ!」
「うん。俺もそう思う。最低だよな? 腹が立つよな? でも、君たちが今やってる事ってそれと同じだよ?」
彼の指摘に、悪餓鬼三人はぐっと押し黙る。
「大事な物は人それぞれ違うんだから。君たちがとやかく言う資格はない。というか、自分がされて嫌な事は他人にもするな。はぁ……こんな小さな子どもでも分かるような事がなんで分からないかなぁ?」
彼は額に手を当ててやれやれと首を左右に振る。
「いいか。次この子に何かしたら、俺が今言った君たちの宝物、全部ゴミ箱に捨てて燃やしてやるからな」
それは、静かな怒りのこもった声だった。後ろから聞いていてもちょっと怖いと思ったから、真正面から受けた三人は相当怖かったんじゃないだろうか。
「……という訳で。彼女の宝物、返してくれる?」
そう言って彼は右手を差し出した。リーダー格の男の子はぐっと顔を顰め彼を睨んだ。しばらくすると、観念したのかその手に向かって投げつけるようにハンカチを渡した。
「けっ! カッコつけやがって!!」
「ああ、それと。彼女に振り向いてほしいのは分かるけど、そんなアピールの仕方じゃ逆効果だと思うよ?」
「はぁ!? 何言ってんだお前!」
「そっ、そんなんじゃねーよ!!」
「行こうぜ!」
顔を赤くした三人は慌ただしくその場から走り去って行った。金髪の美少年はニコリと人当たりの良い笑顔を浮かべて私の前に立つと、取り戻してくれたハンカチを差し出した。
「はいこれ」
「ありがとうございます。助かりました」
私はハンカチを受け取ると、深く頭を下げた。
「大丈夫? 身分を隠して領地の子どもと交流するのはいいけど、ああいう奴らには気を付けた方がいい」
「……え?」
どうやら私の身分はとっくにバレていたらしい。そして、言動から察するに彼も貴族なのだろう。しかも高位の。
「ちゃんと挨拶した事なかったね。俺、ディオン・カークライト」
「……リシェル・ヴァイオレットです」
「改めてよろしく、リシェル嬢」




