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「ゴ、ゴキゲンヨウ、キシサマ!」

「セ、セイジョサマ! ホンジツモ、ウ、ウ、ウ、ウツクシ…………だめだ。いくら演技とはいえこの台詞だけはどうしても言えない。俺、嘘つけないタイプだから」

「ぶん殴るわよ」


 本当に失礼極まりないわねこの男。……だめだ。本当に無理。絶対無理だわ。だって一ミリも出来る気がしないもの。さっきから腹が立ってしょうがない。


 現在、ジェシーがあっという間に書き上げた台本の読み合わせを劇に出演するメンバーでしているところなのだが、私とクロヴィスの台詞が来るたびに中断を余儀なくされる。何故かって、そんなの私たちが耐えきれなくて、口から言葉が出てこなくなるのだ。一種の防衛本能とも言えよう。人間の体って素晴らしいわ。


「ちょっと貴方たち。このわたしが書いた脚本に文句があるの? あるなら言ってみなさいよ。ねぇ?」


 ジェシーに静かに凄まれ、私は謝ることしか出来ない。


「あのねぇ、これでも貴方たちが演じやすいように台詞とかも改変してるんだからね?」

「……悪い」

「……申し訳ないですジェシカ様」


 溜息をつきながらジェシーが台本に赤ペンで何やら書き込んでいく。


「修正はまだきくから。どうしても無理なところは言って。考え直すわ」

「じ、じゃあ! こことこことこことここなんだけど……」

「それ全部じゃないの。あんまりふざけてばかりだと引っ叩くわよ?」

「……申し訳ございませんでした」


 私はぱったりと机に伏せた。決してふざけているわけではない。本当に、心の底から出来ない言えない進まないのよ。誰か助けて……!


「ぶふっ! やばいな。この二人の恋愛劇とか想像しただけで面白すぎる」

「おいリチャード聞こえてるぞ!」

「リチャード様ってばサンドバッグ志望だったの? 殴る準備ならいつでも出来てるわよ?」

「ひっ、暴力反対!」


 リチャード様は台本の下にパッと顔を隠す。くっ、何よ! みんなして面白がるなんてひどいわ!


「とりあえず本番までにその大根役者もびっくりな面白すぎるカタコト棒読み芝居をなんとかしないと。公衆の面前で恥をかくの貴方たちなんだからね」

「そうなのよ! 本当にそうなのよ!」


 私は涙目で叫んだ。そうなのだ。今回は学院創立祭という大舞台。逃げも隠れも出来ない上に、下手な演技を見せれば学院の恥となる。しかも、黒歴史として語り継がれてしまうかもしれないのだ。そんな不名誉な事態は死んでも避けたい。いくら相手が大嫌いなクロヴィス・ナイトレイだろうと、我慢してしっかり練習しなければ。


 ……そう。いくら相手がクロヴィス・ナイトレイだろうと……いくら相手がクロヴィス・ナイトレイだろうと……いくら相手がクロヴィス……


「いやあああああ! やっぱり無理だわ! 出来る気がしない!!」


 がしっと両手で頭を抱えながら叫ぶと「うるさい!」とジェシーに一喝された。私は口を真一文字に結ぶ。


「リシェルはとりあえずわたしと特訓ね。みんなは読み合わせを続けてて。よろしく」


 私は引きずられるように隣の空き教室に連れて行かれた。


「ほら、早く座って。読み合わせするわよ。わたしとなら出来るでしょ?」

「…………はい」


 私は渋々と席に座って台本を開く。ああ、せめて。せめて相手がクロヴィス・ナイトレイじゃなければ……。確かに主役は荷が重くて不安だけど、相手とちゃんと協力して練習に励んだはずだ。ここまでひどい事態にはならなかっただろうに。神様は何を考えてメンバーを決めたのかしら。完全なる人選ミスだわ。


「二人とも、悪魔との戦闘シーンなんかは言えてたわよね?」

「……ああ。あれは比較的言いやすかったかも」

「うーん。それじゃあケンカ腰っていうか、コミカルな口調にすればいいのかしら? 普段と変わらない感じで」


 ジェシーの顔は真剣だった。責任感の強い彼女の事だ。やるからにはしっかりとやらなきゃ気がすまないのだろう。


「……ごめんね。ジェシーの脚本、私が台無しにしちゃって」

「別にいいわよ。最初から期待なんてしてなかったから」

「……あれ、おかしいな。なんだか視界が歪んで見えるわ」

「これは別に悪口でもなんでもなくて。貴方たち二人が主人公に選ばれた時点で難航するのは目に見えてたもの」


 その声色は優しくて、少しだけ肩の力が抜けた気がした。


「よし。ここはアレンジを入れて素直になれない二人っていう設定でいこう。そうすれば多少言葉遣いが乱れても許されるはず……」


 私と読み合わせをしながらジェシーはペンを動かす。


「うん。大体こんな感じでいいわね。修正するのは二人の台詞だけだから。わたし今からクロヴィス様に変更点を伝えてくるわね。その間、リシェルはしっかり台詞覚えてなさいよ! 時間ないんだからね!」


 キビキビと指示を出して、ジェシーは台本を持って立ち上がる。


「…………はーい」


 私は渋々返事をして、とりあえず台詞を頭に叩き込むため台本を読み始めた。



 *



「姉さんと師匠、劇の主役に選ばれたんだって?」


 帰宅したノエルの開口一番がこれだった。


「なっ、なんで知ってるの!?」

「ジェシカ姉が教えてくれた」


 家族には黙っておくつもりだったのに。さすがジェシーだわ、抜かりない……!


「それに師匠も劇の練習で遅くなるから俺との稽古はしばらく休みだって言ってきたし」

「……ふーん」

「楽しみだなぁ! 姉さんと師匠のリオルド王国物語!」

「ちょ、観なくていいからね!?」

「なんで? 姉さんと師匠の晴れ舞台だよ? 学院創立祭の正式な行事なんだし、観ないわけないじゃん。しかも脚本はジェシカ姉だし、ディオン兄も神様役で出るって言ってたし」


 ああ……そうだった。私の気分はさらに落ち込んだ。ていうか、ディオン様は神様の役だったのね。あの後放心状態だったから他の出演者の発表を聞き逃したけど……ある意味似合ってるわ。


「しかし姉さんが聖女様かぁ。……世も末だなぁ」

「ちょっと! それどういう意味よ!」


 我が弟ながら大変失礼である。


「神様の思考回路ってどうなってるんだろうね」

「それは同感だわ。なんで相手役がクロヴィス・ナイトレイなのか疑問だもの」

「そう? 師匠の騎士役ぴったりじゃん」


 私の眉間に力が入る。そりゃあアイツの家は騎士の家系だし、言ってる意味はなんとなく分かるけど……う~ん。


「あ、父さんにも知らせておくから」

「絶対にやめて!!」


 私の必死な叫びはノエルの笑みに消えた。


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