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「えー、というわけで。厳正なるくじ引きの結果、今年のリオルド王国物語の主演二人は護衛騎士役をクロヴィス・ナイトレイ、聖女役をリシェル・ヴァイオレットという事に決定した。これは偉大なる我ら神の思し召しである。二人とも、精一杯努めるように」
ハッキリとした口調でSクラスの担任が告げると、教室内は生徒たちの驚きの声で騒めいた。そんな中、突然白羽の矢が真正面から突き刺さったクロヴィスと私はお互い顔面蒼白で立ち上がる。
「ちょっ、ちょっと待って下さい!! その結果には納得いきません!!」
「ちょっ、ちょっと待って下さい!! その結果はありえません!!」
「おやおや。演じる前から息ピッタリですね。良い劇を期待していますよ」
にこやかに告げられた教師は何もわかっていない。私たち二人に良い劇なんて出来るはずもない事を!!
「ちょ、待っ、嘘でしょう!? なんで!? これだけの人数が居てなんで私なの!? 絶対にやりたくないわ! だって相手がクロヴィス・ナイトレイとか絶対無理だもの!! 考えただけで目眩が……!!」
「それはこっちの台詞だ!! よりにもよって聖女様の役だと? コイツが? うわっ、考えただけで吐き気が……!!」
「はぁ!? 貴方失礼にもほどがあるわよ!?」
いつものように始まった私たちの言い争いに、教師は眉をひそめる。
「二人とも静粛に。これは我が国の神が決めた運命だぞ? 異を唱えるなど看過できない」
静かに言われ、私たちは押し黙る。……なんで。どうしてこうなった。厳正なるくじの結果だなんて絶対嘘よ。面白がった誰かが裏で仕組んでるに決まってる。そうじゃなきゃおかしい。もしこれが本当に神様が決めた運命だとしたら冗談じゃないわ。信仰心なんて捨ててやるんだから!!
「でも……私に聖女は荷が重いというか……」
「そうだそうだ! コイツにはどちらかというと悪魔役の方が合ってる!」
「はぁ!? 貴方こそ! その目付きなんて悪魔にぴったりじゃないの!」
「なんだと!?」
クロヴィスの言葉を無視して、私は先生に向かって訴える。
「とにかく! やり直しを要求します!!」
「同じく!!」
「却下だ。これ以上文句を言うなら罰を与える」
大声で訴えた要求は言葉のナイフでスッパリと一刀両断された。クラスメイトたちは私たちのやり取りを興味深そうに見ていたり、呆れ返っていたり、ニヤついていたり、ヒソヒソと話していたり……反応はさまざまだった。
隣から「はぁ~」という深くて長い溜め息が聞こえてきた。いやいや、何よその溜息。私の方が百万倍嫌だからね!?
「では、次の配役を発表します」
私たちの存在を完全無視して、教師は次々に名前を読み上げる。……なんて無慈悲な。その態度は教師としてどうなのかしら。そりゃ、何を言ったって神様が決めたこの決定が覆ることはないって知ってたけど。知ってたけど、もうちょっと気遣いがあっても良いんじゃないの?
溜息をついて席に戻ると、途中でディオン様と目が合った。彼にしては珍しく不機嫌そうな顔でこっちを見ている。……どうしたんだろう。理由を確認する暇もないまま、劇についての説明は終わった。
*
「……納得いかないわ」
誰もいなくなった教室で呟くように言った。
「ほんと。リシェルが聖女なんて笑えるわよね。神様ってば見る目ないわー」
「ちょっとジェシカさん!? いつにも増して辛辣すぎません!?」
「ふふっ。冗談だから安心しなさい」
ジェシーにからかわれ溜息をつく。どう考えても納得出来ない。くじで聖女役に選ばれた事は仕方ない、というか、本来なら光栄な事なので良いとして。いかんせん、相手が悪すぎた。よりによってなんであの男が相手なのか。
「……神様のバカ。恨んでやる」
「そんな事言って天罰とか当たらなきゃいいわね」
「神様、前言撤回します。謝罪いたしますので天罰だけはご勘弁を……!」
私は天を仰ぎながら言った。
「まぁ大丈夫よ。脚本は私が書くし。二人が演じやすいようにアレンジするわ」
「ジ、ジェシカ様……!」
実は創立祭で演じられるこのリオルド王国物語は、毎年原作にアレンジを加えるという決まりになっている。もちろん原作のおおまかな流れはそのままだが、オリジナル要素を詰め込むため見る年によって内容が少しずつ違っているのだ。どんな風に物語が変わっているのか、原作と比べながら観るのも楽しみの一つなのである。……今年は残念ながら楽しむ余裕なんてなさそうだけど。
そして、そのオリジナル部分を含め、脚本を執筆する事になったのが何を隠そうこのジェシカなのである。彼女もまた、くじで神様とやらに選ばれたのだ。まぁ、ジェシーは文才があるので適任だろう。そこは問題ない。問題ないんだけど……。私は大きな溜息をついて項垂れる。
「……ていうか、例年に比べて今年の聖女役は荷が重いと思わない?」
「なんで?」
「だって、うちの学年には主役にぴったりなアリス様がいるじゃない。それを差し置いて聖女役を演じるなんて、妖精姫のファンから刺されそう」
「アリス様はAクラスだから仕方ないじゃない」
「それはそうだけど……」
「貴方は神様に選ばれたんだから自信持ちなさいよ」
いや、自信を持つとかそういうんじゃなくて……ああ。とにかく全部最悪だ。何もかもが最悪だわ。絶望にうちひしがれていると、教室のドアがコンコン、と控えめに叩かれた。私はひどい顔でそちらを見やる。開きっぱなしの扉の前に立っていたのは、不安そうな顔で私を見ているアリス様だった。まさかのご本人様登場である。
「あの……リシェル・ヴァイオレット様ですよね?」
「は、はい!」
「今ちょっとだけお時間よろしいかしら? お話ししたい事があるんですけど……」
あまりの衝撃に私は勢いよく立ち上がる。ジェシーは我関せずとばかりに帰り支度の続きをしていた。え、まさか見捨てるつもり? 気を付けなさいって言ったのジェシーなのに? 嘘でしょ?
「あ、あのっ! えっと、その、」
「ごめんなさい。すぐに終わりますから。ね?」
「…………はい」
彼女の美しさの前には逆らえなかった。首を傾げた妖精姫の威力は半端ない。同性でも思わずときめいてしまったもの。私は大人しくアリス様の後ろをついて行く。まさか本当に呼び出されるとは……これじゃあ前にジェシーが言った通りの展開じゃない。だとしたら私は頬に平手打ちでもされるのだろうか。いやいや、アリス様はそんな人じゃない。……と信じたい。
歩くたびに揺れるやわらかそうな金髪を見ながら、私は内心で溜息をついた。




