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 休み明けの憂鬱な気持ちと焼けるような日差しにうんざりしながら馬車に揺られ、ようやく辿り着いた学院の校門。最初に飛び込んで来たのは、最も見たくない不機嫌そうな顔だった。私たちはお互い黙ったまま睨み合う。


「……相変わらず腹立つ顔だな」

「その言葉そっくりそのまま返すわ」

「はぁ。お前と話すとストレスで無駄に体力消費するな。……ああ、お前は消費した方がいいのか。休み中に増えたみたいだしな。横幅」

「は!? 私、別に太ったりしてないんだけど!? 視力落ちたんじゃないの!?」

「あーハイハイ」

「ムカつく!」


 クロヴィス・ナイトレイとは家に来た日以来会っていなかったので割と久し振りだったのだが、私に対する態度も暴言もまったく変わっていなかった。ムカつく。一応言っておくけど私の体重に変わりはない。大事な事なので二回言う。私の体重に変わりはない。


 クロヴィスとくだらない言い争いをしながら教室に向かうと、どこからか視線を感じて辺りを見回す。パチリとぶつかった先には、ブルーグリーンの美しい瞳を持った妖精姫、アリス様が居た。彼女は私と目が合うと何事もなかったかのようにさらりとそらす。


 今のは……偶然? 気のせい? ……私、アリス様と関わった事ないし、向こうもこんな貧乏子爵令嬢の事なんて知らないだろうし。きっと気のせいよね。


「おい。何ボーッとしてんだよのろま。置いてくぞ」

「…………」


 クロヴィスは後ろを向いて私を呼んだ。……いやいや。置いてくも何も、別に好きで一緒に行ってるわけじゃないでしょ。こうやって呼ばれる意味がわからないわ。私は無言で、クロヴィスの横を足早に通り過ぎた。



 *



 パチリ。


 ………………あ、まただ。また目が合ってそらされた。輝く宝石のような、ブルーグリーンのその瞳に。

 休み時間、移動教室の廊下、カフェテリア、中庭のベンチ。ふとした時に誰かの視線を感じて振り向くと、そこには決まって同じ人物がいる。アリス様だ。


 長期休暇が明けてから毎日ずっとこれの繰り返しなので、さすがの私も滅入ってしまう。だって彼女とは何の接点もないし、こんなに見られる理由がさっぱりわからない。


「ねぇジェシー」

「何よ」

「実は私、最近ストーカー被害にあってるみたいなんだよね」

「は?」

「妖精姫に。なんていうか、時々視線を感じるといいますか……」


 ランチの後のデザートに、と思って作ってきたマドレーヌを食べているジェシーに相談すると、呆れたように告げられた。


「アリス様がリシェルをガン見する理由なんて決まってるじゃない」

「え? なに?」


 ジェシーはやれやれと言わんばかりに溜め息をつく。


「クロヴィス・ナイトレイ」

「……は? クロヴィス・ナイトレイ? なんで? 私に関係ないわよね?」

「関係ないわけないでしょ。いい? アリス様はクロヴィス様が好き。これは分かってるわよね?」

「ええ、一応。理解は出来ないけど」

「そんな大好きな男の周りをウロチョロする女がいるとする。リシェルだったらどう思う?」


 好きな男の周りをウロチョロする女? 私は言われた通り想像してみる。


「……邪魔。ムカつく。近付かないでほしい。排除したい」

「ハイ。それがリシェルがアリス様に睨まれている理由です」

「えええええええ!? 私あんな美少女にそんな風に思われてるの!?」

「そうなんじゃない?」

「っていうかちょっと待ってよ! 私クロヴィスの周りをウロチョロなんてしてないわ! だってあの男、私の中のヒエラルキーでは虫けら以下の存在なのよ!?」

「あらまぁ。相変わらずクロヴィス様の扱いは酷いのね。和解したんじゃなかったの?」

「…………それとこれとは話が別よ」


 私不貞腐れながら言った。確かに和解というか、一応ケジメはつけたけど。ていうか問題はそこじゃないのよ。


「だって私とクロヴィス・ナイトレイの仲の悪さは有名じゃない。それなのに私を気にするの?」

「恋は盲目って言うでしょ。諦めなさい」

「そんな……」


 私はがっくりと項垂れた。まさかそんな理由でずっと見られていたなんて……。軽くショックを受けてしまった。


「近いうちに接触してくるかもしれないわよ」

「接触って?」

「放課後の呼び出しとか。ほら、〝クロヴィス様に近付かないで!〟 とか言われてぱしーんって叩かれたりするやつ」

「それは恋愛小説の読みすぎなんじゃ……?」

「あら。実際はもっとひどいかもよ?」


 言いながらジェシーはケラケラと笑っているけれど、私はまったく笑えない。……だって下位貴族だもの。アリス様は伯爵令嬢だし、ありえない話じゃないのよ。


「ま、叩かれたりするのは冗談だけどさ。だってリシェルに手出したら倍返しにされるのがオチだし」

「ええ……私周りにどんなイメージ持たれてるのよ……」

「それに、何か問題が起きたらわたしとディオンが黙ってないからね。二侯爵家を敵に回すバカはいないわ」

「ジェシー……!」


 ジェシーは言葉は辛辣だけど、根は優しいのだ。


「でも、本当に気を付けた方がいいわよ。そのうち何かしらのアクションは起こしてくると思うから」

「……うん。わかった」

「……アリス様とクロヴィス様のデートの噂が広まってないのも気になるし」


 ジェシーがぼそりと何か言っていたけれど、声が小さくて聞き取れなかった。


「何か言った?」

「別に何も?」


 ジェシーはさらりと流した。言い直さないなら大した事じゃないんだろう。マドレーヌを入れていた容器を片付けていると、ふとディオン様の事を思い出した。


「そういえば最近ディオン様の様子変じゃない? こないだ家に来た時は普通だったわよね? 」


 なんていうか、休み明けからディオン様は物思いに耽っている事が多くなった気がするのだ。


「ああ。アイツは悩み事の真っ最中だから」

「悩み? 何かあったの?」

「何かあったっていうか、気持ちの整理中ってところかしら。すぐ戻ると思うから気にしなくていいと思うわよ」

「……ふーん」


 ジェシーが知ってるってことは、ジェシーには言えて私には言えない悩みって事かしら。それはなんだか……仲間外れにされたみたいでちょっと落ち込むなぁ。


「そんな事より、次の時間決めるらしいわよ。学園創立祭で演じる〝リオルド王国物語〟の出演者」


 リオルド王国物語とは、我が国が誕生した歴史が記された建国神話だ。



 ──その昔、一人の美しい聖女がいた。人々を苦しめる悪魔を封印すべく、護衛騎士と共に戦う毎日。そんなある日、二人はついに悪魔を封印する事に成功する。しかし、封印の際悪魔の攻撃から聖女を守るため、護衛騎士は瀕死の重傷を負ってしまう。聖女は封印で力を使い切ってしまったため、治癒が使えず途方に暮れる。聖女は〝神さま、どうか彼をお助け下さい〟と必死に神に祈るが、護衛騎士の命は尽きてしまった。聖女の瞳からは悲しみの涙が次から次へと溢れ出る。すると、その涙の雫が突然光り、青い花に姿を変えた。同時に〝我はこの地を護る神、リオルド。聖女の祈りとこれまでの献身の褒美として、其方の願いを叶えよう。我の力を込めたその花を彼の胸に捧げるがいい。さすれば彼は生き返るであろう〟という神の声が聖女に届いた。言われた通り青い花を護衛騎士の胸に乗せると、彼の目がゆっくりと開かれた。空からは神の祝福として青い花びらが降り注いでいた。


 悪魔を倒し、神の祝福を受けた二人の元にはたくさんの人が集まり、やがてリオルド王国という国を作った。国王と王妃になった二人は子供にも恵まれ、国民に慕われながら生涯幸せに暮らしました──。



 この物語は絵本や舞台、歌劇にもなっているので、王国民なら老若男女、誰もが知っている有名なお話である。


「ああ。今年は誰になるのかしらね」


 リオルド王立学院では、彼らの子孫である王族が作ったこの学院の創立記念日に、感謝の気持ちを込めて建国神話を元にした劇を演じるのが習わしだ。そしてそれは高等部第二学年のSクラスが演じる事となっており、役柄はなんと()()で決める。くじで決める理由はハッキリとはわかっていないが、神の思し召に従うべきだ、という説が有力らしい。


「創立祭のメインイベントだからねぇ。それに、ジンクスもあるし。皆そわそわ落ち着かないみたいよ」

「ジンクスって、この劇を演じたのがきっかけで婚約したり仲が親密になったりするっていうやつ?」

「ええ。実際に結婚した方たちもいるしね」


 なんでも、劇の練習で関わっていくうちに、今まで知らなかった一面を知ったり、優しさに惹かれたりと、心の距離が近付いていくらしい。ま、私には関係ない話だけど。


「でも、創立祭では演劇が終わったらガーデンパーティーもあるし、特別メニューの料理も振る舞われるし楽しみよね」

「オーケストラの演奏やダンスもあるしね」

「そうそう!」


 私とジェシーはクスクスと笑い合った。創立祭のことを考えていたらなんだかワクワクしてきた。


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