第九十三話 世間は狭い/あらぬところの知り合い
「そう言えば、お姉さまは何で占い屋に?」
そう言えばそうである。
「んん、そんなに面白い事じゃないのよ?単純な話、たまには魔眼を使ってあげないと、ってだけなの」
アンジェリカが顎に手を当てて苦笑する。
「魔眼を、使ってあげる?...どういうこと...です、か?」
ちょっと目の前の王女に敬語を使い損ねかけた。何となく威厳がないからなこの人...
「いいわよ、礼儀なんて。一応王女とはいえ敬われるようなことは何もしてないわ。それにここでは単なる占い師よ」
「...じゃあ、遠慮なく」
許可が出たので一応の礼儀を崩してしまう。
「ふふ、素直な子は好きよ。...ええとね。魔力が詰まる...って聞いたことあるかしら」
「...いや、全く」
本当に聞いたことがなかったのでカリオペとアイリーンの方を見る。
「私も知らない」
「わたしも」
二人とも首を横に振った。...ふむ?
「知らなくてもしょうがないわ。そこそこ医学...心霊医学に詳しくなきゃいけないとかいう無理難題だもの。一応聞いたけど貴方達が知ってたら私の方がひっくり返るわ」
心霊医学。ま、何と言うかこう、体内の気の流れがどうたらとか悪霊に憑かれてるとかそういうアレだ。この世界ではそこらへん割とマジなので一大勢力を気付いている学問である。ある種この世界においては通常の医学よりキチンとしていると言っていい。なお、回復魔法などは別段心霊医療に含まれない。医療と付くものは診断など高度な知識を要するもので、術式を知っていれば発動するものは位置付け的には地球でいう絆創膏とかと変わりない。
「ジト目で見ないで。私が悪かったから。...ええとね、高い魔力量を持っている子や、強力な魔眼を持っている子に起こりうることなの。魔力量の高い子なら心臓、魔眼を持つ子なら眼球。使ってあげて、ガス抜きをしないとだんだんとその辺りに魔力が溜まっていくの。しばらくそれが続くと...あえて誤解を生む言い方をすると、そこを中心に腐っていく」
...マジか。俺の観察者がどの程度なのかは知らんが、使わない様にしてたら可能性はあったのか。魔力量にしても俺もアイリーンも結構多いし...。
「ま、正確に言えば腐ると言うよりかは”こわばり”の様な感じになるそうだけど。体の機能が可笑しくなる、と言うべきかも。私の場合は...瞼が開かなくなった上に物凄い量の目脂が出てね...」
結膜炎じゃねーか。確かに目の機能である以上部位の機能がバグっていると言える気はするが
「視力も一度失いかけてるわ。...魔眼の力が怖かった。けれど使わないと私の眼は”普通”すら失ってしまう。だから始めたのが占い師。...このことを教えてくれた流離の方に提案されて、ね」
「流離?王女と話せる流浪の人間なんているの?」
「ええ。かなり珍しいけれど、黒森人の魔女さんね。結構なお歳だった...様に思うけど」
ふむ。...ふむ?なんか聞き覚えがある特徴だな。
「...名前は?」
聞くとアンジェリカはきょとんとした顔をする。
「え、知り合いなの?...名前...名前。あれ、そう言えば聞いてないわね...?」
んむむ、と悩み始めるアンジェリカ。...確定だな。
「しっかりしてよ...」
「いや、多分それが正常なんだ。認識阻害がかかってる...んだと思うぞ」
にんしきそがい、とカリオペの口が音を発さずに言葉を象る。王族にそんなことをするのは重罪と言って差し支えないし、そも殆ど王城から出ないの王族に会うと言うことは、魔法阻害のかかっている王城に乗り込むことにほぼ等しい。普通は、そんなことは出来ない、のだが。
「名前は...ま、言ってないのなら言わない方が正解、なのかもな。俺には解らんが。...ウチの母の師匠だそうだ。前にたまたまそいつが経営してる店に立ち寄ってね」
「ええ?...あ、ほんとね」
すっと目の焦点が合わなくなったアンジェリカがそんなことを言う。...便利だなその魔眼。
「あ、名前聞いたのね。...でも私にはわからないし、姿も見えない。...過去視対応の認識阻害って相当な気がするのだけれど...」
後半は呆れの声音で呟いた。
「でも成程。”暴走の魔女”の師匠なのね。それは王城に入れるし、認識阻害の魔法だって発動できるわ」
「そうなのか?」
首を傾げるとカリオペが溜息を吐く。
「そう言えば知らないんだったわね。”暴走の魔女”と”聖剣豪士”、それに”疾風”と言えばその高い能力と偉業だけど、彼ら彼女らの師匠もまた伝説を持つ者ばかりよ」
成程。ええと、で、どっちが親父の?
「”聖剣豪士”の方ね。...で、”暴走の魔女”の師匠と言うと”正体不明”ね。誰も招待を知らない、唯一共通する特徴としては”老婆”の一つだけ。だから誰にもわからない筈なのに、各地で必ず彼女が居たと決定づける証拠がある、謎の魔女...それが”正体不明”よ。...ああ、ファミリーネームが”ロックウェリア”らしい、って噂はあるけれど」
その噂は正解だな。もしかしたらそいつはあの魔法店に行ったことがあるのかもしれない。
...あのアンティークな店に居た老婆...に偽装した女の顔を思い出す。成程確かに大物そうだ。
「あの女、思ったよりかは凄い奴だったのな」
「とんでもなくね」
全員でため息。世間って狭いなぁ。




