第八十七話 国王謁見V/礼を捨ててでも
「”技術力”....か」
国王が噛み締める様に言う。
「技術力...紙を作ったことは驚嘆に値しますが、それがこれと何の関係が...」
ソーデッドの疑念は最も。技術屋として英雄になる、という”だけ”なら、まあ紙の開発でも事足りるかもしれない。本でどうにかする異世界転生モノもあることだし。だが、話の流れ...獣人達の問題の”解決”は不可能である。だが。当然俺の本領は其処にない。
「そうですね。例えば...恐らく、私...いえ、俺は国王を殺せます」
場に居る騎士たちの雰囲気がガラリと変わる。全員が席を立ち、腰の剣に手を掛けた。
「...意味を教えてもらおうか」
暗い声でソーデッドが詰問する。答え如何によっては切り捨てる、と言いたいのだろう。
気にしないが。
「そのままの意味ですよ。ええ。俺にはあなた方を出し抜くことが出来る。...まあその後殺されるでしょうが」
きり、とソーデッドの手に力が入り、鞘の中で刀身が擦れる音がする。
「...ルール違反なのは理解していますが、今俺は武器を持ち込んでいます」
動揺が広がる。
「どういうことだ?武器は勿論、暗器の類も持ち込ませないようにチェックしているはずだが」
それはそうだ。ああ、そうなるだろうさ。
だが足りない。
にやり、と笑って見せる。
傲岸不遜、無礼討ちにされたって可笑しくない所業。現に仲間二人が今にも気絶しそうなくらい青ざめている。しかし止まらない。止まるわけがない。
「服は?装飾品は?」
「...なんだと?」
かちゃ、と右手のブレスレットを外して見せる。
仕込みナイフくらいはこの世界にも存在する。ブレスレットやベルトバックルの一部を引き抜くとナイフが出て来る、くらいは警戒されている。
だがこれは?
ぴこ、と腕輪そのものが俺の指紋を読み取る。
かしゃ、かしゃかしゃ、ばしゃしゃしゃしゃ!
腕輪の装飾のラインに合わせ、各パーツが展開する。裏返り、滑り、開き、閉まり、次々とその形状を変えていく。
元は前世でトランスフォー〇ーを再現しようとした試みの一つ。サイズ上失敗した技術。だがこの程度なら。
全く違う形状のものが作れる。
「ナイフ...どころではない...短剣...」
「まあ、流石に説明用の役割が大きいので刃引きはしてありますけれど」
くるくると元ブレスレットの短剣を回す。重心まで考えられており、非常に扱いやすい短剣だ。刀身はヒヒイロカネ性で、魔法防御の貫通力が高い。
「私が触れないと変形しないので、チェック係は正直悪くないですよ。...これも、予想できる人はそう居ないでしょうし」
懐から鉄の硬貨を取り出す。日本の5円玉に相当する5ニコル鉄貨だ。1ニコル摘貨より分厚く、頑丈。銅や銀や金は柔らかい金属なので、これが最も”硬い”硬貨と言えよう。
また何か変形するのかの皆が固唾を呑む中、俺は鉄貨を親指と人差し指で持ち、それを徐に挟みつぶした。
「「「!?」」」
めき、くにゅう、と歪み、折り畳まれる。何度か繰り返せば、鉄貨は歪んだ鉄球の様になってしまった。
「魔法!?...いや、この城の中では特殊な装備を与えられたもの以外は一切魔法が使えない筈...」
凹んでいたモニカも場合ではないと警戒している。
「ま、魔法使ってないですし」
「「「!!!??」」」
再度動揺が広がる。
「純粋に物理的作用のみで稼働する身体強化服...。ああ、そう簡単に刃も通しません」
反対の手に持っていたダガーをくるりと回し、勢いよく腹部に突き刺す。
刃引きはあくまでも刃を取るのみ。当然先端は鋭利なままである。
数人が「あっ」と声を上げる中。ダガーはかん、と弾かれた。
「...とまあこのように。俺の力は其処らの兵士にも劣りますよ。子供ですし。それに俺は攻撃魔法も然程得意ではない。しかし、俺には技術がある。自惚れではありますが...恐らく、この世界でも類を見ない程の」
「...」
誰も声を発さない。...まだ押しが弱いのだろうか。
「ああ、恐らく報告が言っているであろう例の”鎧”ですが王都の約1200m程上空に”待機”させてあります。一声呼べば来てくれますよ?...融通は効かないので多分、天井を貫いて降って来るでしょうか」
苦笑して見せると、国王は深く、深く溜息を吐いた。
「...解った。竜の鱗を用意する」
「陛下!」
ディマーズが鋭く声を上げるが、国王は手を払うようにして言う。
「よい。国宝では無く王家として確保しておいた分があるだろう。それを渡せ」
「しかし、このような無礼者に」
「よい。父親も昔似たような啖呵を切りおったからな...はあ。クロウ家で英雄になる者は啖呵を切らねばならんと言うような決まりでもあるのだろう。いちいち気にしてはおれん様だ」
精神的にはクロウ家ではないのだが...まあいいか。
「竜の鱗を下肢しよう。...失敗しても元々アヤツの戦果でアヤツへの借りを生産できると考えると案外いい取引だ。気軽にヤツを領地から引きずり出せるだけでも案外儲けは出るだろう」
「それは...確かに...」
我が父は一体何者なんだ。...英雄というかそれ以上な気がする。
「...で、もう一つくらいはあるだろう?」
ニヤリ、と国王が此方を見て笑う。
「...ご慧眼なことで」
本当に鋭い。特殊能力でもあるのか否か。
まだあるのかという本音が国王以外の連中からひしひしと伝わって来る。
「...そうですね。捜査権が欲しいです。...後付けでいいので」
露骨にほっとしたような溜息が方々から漏れる。
...ちょっと失礼な。
「で、あろうな。それはこの剣に関わらせるなら必須だ。許可しよう...以上かな?」
「はい」
「そうか。では...良い機会であるし、まだ時間もある。...もう少し情報のすり合わせをしようではないか」
そうして、会議は日が傾くまで続くのだった。
ちょっと長くなった国王編もほぼ終了。




