第八十六話 国王謁見IV/答え合わせてネクストステージ
「...よかろう。その質問に答えよう」
ふーーー、と大きく溜息を吐き、国王はそう言った。
ごくり、とその場の者が息を呑む。
最早、俺の”質問”の糸を理解していない人間はその場には居なかった。
故に、国王による”言葉”は、大きな衝撃を持って伝わる。
曰く。
「この場に居る者だけだ」
と。
「...どういうことですか、陛下」
確かめる様に。側近かつ宰相たるディマーズが、その場の者を代表して問う。
「分かって居るだろう、ディマーズ」
苦笑する国王。
「念のために御座います」
あくまで淡々と言うディマーズに国王は再度苦笑する。
「全く、律儀な奴め。...そうだな。あえて言おう。この場に居る者しか、余は奴等...獣人達の”組織”と関係がないと言い切れる者はいない」
予想が付いていた事、その確認でしかない。
しかし、それでも、俺達にすら。
その言葉は衝撃だった。
ふう、と国王が溜息を吐く。
「何度も言って済まぬが、この国は”ある程度”獣人を受け入れている国だ」
こく、と全員が頷く。
「であるが、同時に我が王国はこの大陸...西方大陸に根差した国でもある。よって、獣人達を”重用”することは出来ず、故に国家中枢に獣人の息は根付いていない。...そのはずだったのだ」
国王が腕を組む。
「先入観、と言わざるを得ぬだろう。”獣人は獣人らしい見た目である”という。騙そうと思えばいくらでも、彼らにも可能だったのだろうさ。獣耳と尾を削ぎ、人の耳を縫い付け、人間達に紛れ込む...。そうして、...恐らくは我が治世よりも、遥か前から、だ」
「そんな、ことが...」
誰のとも取れぬ呟きが響く。
肌の色が違う、顔つきが違う、髪が、体格が。人はそうやって人種を見分ける。それは言わばそういう物。
最も特徴付いたそれを持って、人々は人々を見分ける。
では、その。”特徴あるパーツ”を引き抜けば...。
果たして、我々は”それ”を見分けられるのだろうか。
奇しくも。そう、余りにも奇妙なことに。獣人の顔つきは西方大陸人とほぼ変わらない。
血の繋がり故か、それともまた異なる理由が故か。今となっては知る由もない事ではあるが、兎も角顔のパーツは似通っている。
では、最も違う”耳と尾”を取れば。
単純だが、故に誰も考えつかなかった手法。
まあ乱暴に言ってしまえば成形である。
過去、鉤鼻はユダヤ人の特徴の一つであると言われていた。実際にはそうでもないのだが(そもそも単なる信者を表す言葉だからだ)、兎も角、鉤鼻であると言うだけでそういった差別を受けていたのだ。
19世紀、今の形式に近い美容整形技術が誕生すると、鉤鼻を矯正するユダヤ系の人々が居たのだと言う。
つまり、ある程度ベースが同じであるなら、現実的に人種を誤魔化すことは可能なのだ。
「今回の事が起こり、急ぎ役人たちの身辺調査を行っている。ああ。恐ろしい事に役人たちの約2割...上級役職も含め、2割が獣人であると推定されているのだ」
俺達の推論と同じ数字。流石国家規模の諜報か。...諜報部が犯されていなければ、ではあるが。
それは此方とてそうだがな。
「公爵といった上級貴族についてはさらに複雑だ。元教育係、お気に入りの商会の従業員、その他連中の弱みを握れる立場を始めとした関わりを持つ者にちらほら獣人が居て、息がかかっている証拠が出てきた者もいる。新興貴族に至っては自身が獣人だったりもする様だ」
「...いったい、どれほどの人員がいて、どれほどの計画なのか...想像もつきませんね...」
ソーデッドが深く溜息を吐く。
ま、この場に居る全員が頭が痛い事だろう。下手をすると自分の部下にも獣人達の手先が居るかもしれないのだ。
「...恐らくは、壮大な計画なのだろう。余にすら想像出来ぬほどの。ただ、それには我が王国を踏み台にするのだろう。...クーデターだ」
皆が息を呑む中、腕を組みかえて、国王の言葉を引き継ぐ。
「故に、クーデターを鎮圧させない必要がある。最も不味い、と皆さんが思うであろう事実をお教えしましょう」
そこで俺は言葉を切り。つい、と。会議に同席している一人の女性を見やり、言う。
「第一騎士団副団長は獣人です」
「ーーーーーそんなバカな事があるわけないでしょう!!!」
ガタン、と勢いよく立ち上がったその女性の名は、モニカ・ジーク・パンデ。この国でも彼女しかいない女公爵にして第一騎士団長を務める女傑だ。
この国の”精鋭”との呼び声高い第一騎士団。彼女自慢の部下たち。その筆頭にして右腕。副団長が獣人など、彼女に受け入れられる筈も無い。ましてや。
「...あの男は、私の....!」
「恋人...でしょうか」
ーーー想い人ならば。
「....何故」
横面に豆鉄砲がクリーンヒットした鳩の様な表情でモニカが呟く。
「...私の友人...いえ、”先輩”の家がケ...おほん。”情報を保護”したようですから」
ケツ持ちと言いかけた。
「な」
「ま、本来は厳禁の情報なのでしょうが、緊急事態とあらば、と言う事で。お許しください」
「待て」
国王が割って入る。
「待て待て...ああ、初耳だったが理由は理解した。あの侯爵が情報を保護していては仕方がない。...だが、モニカ。おぬしは第三王子派閥であったはずだが」
そう、先輩...エレーナ先輩の家たるレピオス侯爵家は当然ながら第四王女派閥...カリオペの派閥に所属している。が、モニカ...パンデ公爵はアモスと言う名の第三王子を擁する派閥に所属している筈だった。
それが、他派閥に所属する侯爵に、第一騎士団長と副団長の醜聞を聞かせるなど、本来は愚の骨頂である。が。
「第三王子派閥と第四王女派閥が接近していることは?」
「知っている」
そう、実は最近、...と言っても今年の始めあたりからだそうだが...第三王子派閥と第四王女派閥は接近している。なんでもアモス君とやらはどちらかと言うと魔法の研究がしたかったのを無理やり王子にさせられていた状態だったらしく、それでも教育の末に王子をしていたのだが、先日弾けたのだとか。...それで近づいたのが同じく王女を辞めたがっているカリオペの元なのは皮肉と言うか何と言うか。
「...だが、それだけでは...」
「簡単な話ですよ。そそのかされた。それだけの話です」
ビクリ、とモニカの肩が震える。
「覚えが無い訳ではないでしょう。...面識がなかった以上、些か正確性に欠ける推論しかないですが、貴女ほどの女傑が、彼、ジャスタ・ウェイの不自然さに気付かない筈がない」
資料を呼んでいて思った事だ。
この国の中枢に潜入している獣人達の殆どは、周りと接点が少ない連中だ。深く関わって違和感を持たれないためだろう。言動は兎も角、人間と獣人ではちょっとした価値観や本能など、違和感を与えかねない、かつ補正しにくい違いも数多い。
が、故にノウハウやマニュアル化が出来ていないのだろう。モニカと、それ以外にも関わりの深い者が多かったジャスタについての情報はそこら中違和感だらけだった。
「...知らない」
だがモニカは否定する。
理由は...そう、俺にすら明らかだ。マリアの推理を必要とすらしない。共感する必要の無い、ベタな展開。
「”そう思いたくなかった”」
「ッ!」
「ま、私は子供なので恋とか愛とか良く分からないんですが」
惚ける。視界の端でカリオペが額に手を当てているが黙殺する。なおこのセリフはアドリブである。
「古今東西、好きになった相手の事を悪い奴だと思える人間はそうはいない。恋人、愛人、妻その他にそそのかされて破滅した人物なんて吐いて捨てる程いるでしょう。そしてそそのかしているのが、例えば高名な貴族・騎士の傍に居る者であればーーー」
「もういい」
モニカが呟く。
魂が抜けたように、ふらりと椅子に座り直した。
「...証拠はあるんですか?...ああ、恋仲の方では無く、第一騎士団副団長が獣人であると言う」
ソーデッドが聞いてくる。
「ありますよ...頼む、アイリーン」
「ん」
アイリーン懐から取り出した紙束を受け取る。
「どうぞ」
「...これは、...噂の植物紙ですか。...あなた、これにも関わってるんですか?」
「ええ、まあ」
済ました顔でそう答えると、ソーデッドは呆れたように息を吐いた。
「大体の騒動に関わってますね貴方。...まあいいでしょう。筆跡は確かにㇾピオス侯爵の物の様ですし、印もしてある。とりあえずは信じましょう」
言外に何かをにじませてソーデッドは言った。検証でもするのだろうな。きっと。
「で、”コレ”が貴方の価値ですか?それであればㇾピオス侯爵を」
「ああ、植物紙の開発者は私ですよ」
ざわ、と驚愕が会議室に広がった。
「”技術力”。それが私を....アッシュ・クロウを英雄に押し上げる力だ」
大きく手を広げ、劇的に。俺は派手に啖呵を切った。




