第八十三話 国王謁見II/見せない裏は真っ暗闇
すとん。国王が座るのに合わせ、俺達も会議室に備え付けられた机に着く。
かまぼこ型の机。直線部に座る俺達の背後にはボードの様な構造があり、恐らくあそこに地図やら作戦資料を貼るのであろう。国王が座ったのは正面かつ俺達から一番遠い場所であるかまぼこの頂点だ。
そしてほかにも四人ほどが席についている。国王の右隣りに座るのは先ほどの”宰相”ディマーズ・ドゥ・ドメンスタイン。左隣には金髪に緑の瞳の爽やかな30頃の男騎士。”近衛騎士団長”ソーデッド・ジュワユーズ。その更に左隣には俺達にはおなじみのフランキスカ。他にも五人ほどの、このトルディアナ王国を代表する重鎮たちが席に着いていた。
「勲章は気に入ってくれたかね?」
割とフランクな調子で国王が話しかけて来る。
「...まあ」
半分罠じゃねーか!とは言わない。「はい!」と元気よく喜んでいるアイリーンに水を差すわけにもいかないし。
「...お父様は過保護すぎるわ」
カリオペがサラリと言った苦言に当の本人はどこ吹く風だ。
「余の国王としての望みは”父であること”だからな。国父である前に身内の父であろうとすることの何が悪いのか」
...まあ、うん。言わんとすることは解らないでもないがこれ俺が何か影響与えたか...?無いか。
「その話は良いのだ。終わったことだからな」
おわらした、と言うべきな気がするが良いとしよう。別に嬉しくない訳でもないし、カリオペを裏切るつもりもないしな。
「まずは、そうだな。褒章の話をしよう。...単刀直入に聞こう。何が欲しい?」
国王が腕を組み、宰相が目を光らせる。
...めでたい話のハズなのに妙に圧力を感じる。
「...いや、先に言ってしまった方がいいか。今回は”大仰なもの”は渡せん。理由は分かるな?」
「極秘裏に処理したい...からでしょう?」
先に喋っても良い許可をもらっていたので遠慮なく答える。
「そうだ。...今回の”問題”はかなり面倒な話だ。単なる犯罪組織であればよかったのだが、”獣人の解放”を謳う獣人の組織、とはな...」
「...ですな。我が国はあくまでも種族、国籍に関わらずの融和を謳う国。であるならば...」
「...最悪、周りの国の介入が始まる口実になりかねん。さらに言えば交流のある獣人国家との破局にもな」
宰相の言葉を国王が引き継ぐ。
この国は西方大陸において、非常に”特殊”な立ち位置にある国家である。
基本的に西方大陸の人間達は”人族至上主義”を掲げている。悪辣に言い捨ててしまえば人種隔離だ。彼らにとって獣人=奴隷≒家畜であり、人ではない。
人権は無く、死を悼まれず、強制労働に従事させられる存在。それが他国での獣人の立ち位置である。
だが、この国はそうではない。その理由はいくつかあるが、全て建国当時、つまりは初代王へと帰結する。
先ず、初代王が東側の、特に来陽の人間との交流が深かったこと。東方大陸にも獣人差別はある。しかし、こちらほどではない。来陽なぞ獣人も人間も入り混じるほどだと言う。
故に元々来陽と縁深く、更には側室に来陽人を迎えた王にとって獣人はそこまで忌避すべきものではなかった。
さらに一つ。仲間に獣人が居た事。
これは決定的だろう。何せすぐそばに居たのだから。と言うのも、建国記曰く、『国祖(初代王の事)、魔法にて有名を轟かせり。されど、ある時魔法を喰らう魔物が到来せり。国祖、進退窮まり突撃す。が、魔物、剣傷を走らせ絶命せり。それ、獣人の勇者也』と言う事だと。
つまるところ、我が国は差別蔓延る西方大陸において異端なのである。東側諸国を差別する国にとってはより異端だろう。
獣人奴隷はこの国に存在しない。というよりも奴隷制が元々ない。似たような存在は居るが、アレはどちらかと言うと日雇い労働者とかフリーランスの中間に近い存在である。
故にこの国では獣人は普通に国民であり、農民にも市民にもなれる存在である。ただ、爵位は持てないし、国家役人にもなれないが。其処ら辺は未だ差別の残る場所とも言えるな。
元日本人としては差別の少ない国は喜ばしいものではあるが。大多数の国においてはそうではない。
「この際詳細は関係ない。”王家に害を及ぼせる犯罪組織”が”獣人である”これだけで介入の口実...いや違うな。はっきりと言おう。獣人殲滅の口実になり得る」
「...それ、だけで」
国王の言葉にアイリーンが呆然と呟く。
「それだけで、じゃない」
俺は口を開く。
「何せ、奴隷貿易はビジネスだ。劣悪な労働環境で需要に足る数が確保出来たら恐怖だからな...さらに言えば、奴隷が産業化している以上数も多い。一丸となって反逆されたらそりゃあもう面倒極まりない」
奴隷解放、奴隷制の廃止はかつてアメリカを二つに割り、内戦へと発展させたほどに困難なことである。
「...そうだ。故に、少なくとも対策の目途が立っていない今、奴等の詳細を他国に知られるのは不味いのだ」
国王が頷く。
重鎮しかこの場にいないのはスパイなどを防ぐためだろう。
つまるところ、渡されるのは褒章と名のついた口止め料。
...ふむ、少しはふんだくっても許されるか?




