第八十二話 国王謁見I/勲章、それは名誉を鋳溶かした物
結果、パーティは大団円で幕を閉じた。...貴族のパーティが”盛り上がる”ってなんだよ、という話ではあるのだが。
結局カリオペとフランキスカに俺達二人、いや特に俺はこってりと絞られた。まあ、一歩間違えれば...いや完全にパーティを荒らしていったわけだからごもっともというか。
だがこれについては俺達の親が悪い気はする。ダンスの時の暴走はいかんともしがたいかも知れんが、最初のアレに付いては作法教育でどうにかなっただろ。あとエスコートォ!
誰であろうと、異性に恋人繫ぎされたらドキドキすると思う。...まあ、相手に平均以上の好感度がある場合に限り。
で、俺は...少なくとも今回の生ではそこそこ見た目が良い。まあ、恋人用のエスコートをすれば、14の少女くらいはドキドキさせられても仕方がない、と言ったところか。自分はそうなるのかと言われれば知らぬと言うしかないんだが、一般論だ一般論。
である以上、無作法突撃は総じて親...特に我が父のせいである。呼び方をクソおやじにでも格下げしてやろうか。
さて、動乱の王都初日を終え、翌日、俺達は王都の謁見を果たしていた。
「...さて。謁見と銘打っておいてこのような場に連れてきてすまぬな」
最高8階立てであると言う王城。その5階辺りにあると言う謁見の間...ではない。呼ばれた階層は3だった。
そこは、前世で言う会議室。本来は軍事作戦の合議に使う場所と言うそこに、俺たちは呼び出されていた。
「いいえ、そのような事は」
現在謁見相手であるジェームズ国王を除けば、この中で一番位が高い者は当然ながらカリオペ。一応、”王女誘拐事件”における武勲一位は俺、と言う事らしいのだが、特に何も言われていなければ謁見において発言権は基本的に爵位順である。
まあ、頷くくらいは許されているのでカリオペの言葉へ同意する石を見せておく。
「そうか。...アッシュよ、アイリーンよ、近う寄れ」
丁度、カリオペと位置を入れ替わる形。ざ、と跪く。
「ふ、”夕べとは違い”、中々堂に入っておるな」
う、と息が詰まりそうになる。「ああいうアクシデントは好きだから不機嫌って事は無いわよ」とカリオペが言っていたがそれはそれとしてではある。素面と自棄では色々感じ方も変わると言うもので。
「ふ、気にするな。どうせこの場も公ではないのだからな。パーティでこそないが昨日と同じだ。無礼講という、な」
それ本当に無礼なコトするとヤバいとしか聞こえないんだが?
無礼講は無礼をしていいと言う訳ではない。あくまで上下分け隔てなく呑もうとかそう言う意味である。敬うなと言うのは恐らく本来の意味とは少し違う筈だ。
「まあ、良い。まずは、話などする前に渡してしまいたいものがあってな。ディマーズ」
すると、尚呼ばれたディマーズと言う禿頭の中年男...宰相だそうだ、が更に己の部下らしきものから何か柔らかい布が詰められた箱を受け取り、恭しく王に献上した。
「ふむ。...前から思っていたが、この箱毎度持ち辛くは無いか?」
「質感の犠牲でございます」
なにやら漫才じみた会話の後、王は俺達の前へ更に進み出る。
「さて、と。先に渡してしまいたい、と言ったのはな。これだ」
上を向けと促されたので向くと、そこには宝石箱の様な箱に収まった四つのバッヂのような物。
これは。
「勲章だ」
....マジか。
勲章、なにがしかの栄誉の証として貰う物。
通常まだ学園に通う生徒に縁がある訳もない代物だ。何せ栄誉を鋳溶かして固めたようなものだからな。ガキが熱して溶かせる程の栄誉を持てるわけがない。
それが、俺達二人の目の前にあった。
横を振り向けば、魂の抜けたような顔をしたアイリーンが居た。
うん、気持ちは解るぞ。
「一応、おぬしらの両親にも連絡はしたのだ。余も下手に勲章を配って家に不和を起こさせる気は無いからな」
ま、親より子が、兄より弟が活躍して恨まれるとは割とある話だ。
「すぐさま了承が返ってきたが」
...だろうな。あの親四人が家族と不和を起こすとすればせいぜい美味しいご飯の取り合いの時くらいだ。...言ってて馬鹿らしくなってきた。
「と、言う訳で渡すことにした。...おほん」
そう言って国王は咳払いをした。
...宰相に睨まれでもしたのだろうか。
「さて、気を取り直すとしよう。...此度は、我が娘、カリオペ・アレクセラ・ソルディ・ファイェ・トルディアナの防護、及び拐さんとした賊共の撃退、大儀であった」
「「勿体なきお言葉に御座います」」
国王のありがたいお言葉にははーっと頭を低く下げる。要するに定番だ。
「王族を誘拐の魔の手から救い出した。これは我ら王族にとって賞賛すべき功績である。して、余、ジェームス・アルバート・ソルディ・パトリック・デイヴィット・クロウニルト・トルディアナはこの功を鑑み、諸君等に勲章を授与する。...手を掲げよ」
す、と下げた頭の上に来るように手を開く。国王の手が俺に影を落とし、すとん、すとん、と二度の感触。影が離れたのを確認し、手を降ろすと、俺の手の中には二つの勲章。
「アッシュ・クロウに二つの勲章を授与する。一つ、”デミ・キャバリア―準騎士勲章”である」
「お受けいたします」
デミ・キャバリア―準騎士勲章。その名の通り”騎士に準ずるもの”に与えられる勲章だ。
通常、学園等を経ず、通常ルートの志願者として騎士になる場合、見習い、従者、騎士の順で昇格する。騎士でない兵士は従者の下だ。僅差だが。
だが、武勲は立てたものの、軍や騎士団に属さない者達も居る。例えば冒険者などがそうだ。
そう言ったものに通常与えられるのが準騎士の地位である。これは騎士に近いが下、従者よりは上と言う程度の位を持つ。
尚、この場合爵位の騎士爵と職としての騎士は少し違い...と面倒な話になる。
まあ、武勲建てたけど勲章渡す口実欲しいよねって時に使われる地位である。
「そして二つ。”スティール・サクリファイス誠功鉄十字勲章”である」
続く言葉。俺は固まってしまった。
そして思う。
やりやがった!!
”スティールブラッド・サクリファイス誠功鉄十字勲章”。”鉄血を捧げる”と書く様に、これは”主に対して忠誠を誓い、それを成した者”に与えられる勲章である。功績を立てた、と主からの推薦だったり、客観的に良い忠誠であると王が判断した場合に与えられる。
では、この場合の”主”とは。
当然ながら、カリオペだ。
つまり、これの布石でもあったのだ。あのパーティは。
あのパーティで俺達は、”カリオペの学友”として出席した。
”○○の学友”と紹介される場合、基本は余程親しい相手か、若しくは学園等で従者役の様な事をする相手を指す。
つまり、一定以上の距離に居ることが自動的に確定する。(パーティに共に出席している以上当然ではあるが)それで更にこの勲章だ。追い打ちといって差し支えはないであろう。
これはある意味で釘である。曰く、「メッチャ親しいと周知したしその証もくれてやったんだからウチの娘を裏切るなよ?」という事である。何たる親バカ振り。国王から娘息子に従者を付ける、と言う事は幼少期にはままあるが、友を紹介、つなぎとめる為の行為を、それも成長後にやる者はなかなかいないであろう。この回りくどい方法はつまり、その行為をある程度誤魔化すための所業であろう。
「...は、お受けいたします」
逃げられない!と言う奴だ。まあカリオペに不満はない故に別段断る理由も無いのだが。
「そうか。...汝には、これより勲章と言う栄誉の重みがその双肩に掛かることとなる。故、これからも一層奮励努力せよ」
「はッ!」
勲章を授与する際の定型文を言い、王はアイリーンへの勲章授与へ移る。
「さて。...多少は省略と...わかった。怒るな宰相」
そんなやり取りの後、王は掲げられたアイリーンの掌の上に勲章を置く。
「アイリーン・ソラウに二つの勲章を授与する。一つ、”デミ・キャバリア―準騎士勲章”である」
「お受けします」
「そして二つ。”スティール・サクリファイス誠功鉄勲章”である」
「お受けします」
ややこしいが鉄勲章は鉄十字勲章の一つ下である。
「良し。汝には、これより勲章と言う栄誉の重みがその双肩に掛かることとなる。故、これからも一層奮励努力せよ」
「はっ!」
そうして、(簡易だが)勲章の授与式が終わる。これ大量に受勲者が居たら大変だろうな...。
「さて、続いて叙勲式もやってしまおうか」
そういって王は会議室の少し高くなった壇上に上がる。
「『鉄よ、鋼よ。集い重なり剣をなせ。余に仕えし者が為、その栄光を指し示せ』【抱擁せし騎士への剣】」
シュバァ!と荘厳な輝きと共に現れたのは鉄剣。豪奢な装飾が施されてはいるが普通の剣。しかし、何処か”ただものではない”雰囲気を醸し出している。
これは王族なら誰しもが使えると言う、儀式用の剣を呼び出す魔法。...失礼を承知で言うなら実用性は無く、本当に”雰囲気を醸し出しているだけ”である。とは言え魔法の技量は関わるらしく、カリオペは精緻な装飾を施した流麗な細剣(簡単に言えば最高難度の一つ)を出せるが、下手だとただの店売り程度の見た目の短剣しか出なかったりするそうな。
「アッシュ・クロウ」
名を呼ばれるので進み出て再度跪く。
左肩に、王の持つ剣が置かれた。
「汝、準騎士として、我らが王国へと貢献する事を誓うか?」
「誓います」
答えると、ふわりと首元の剣が瞬いた。
これがこの国での所謂”騎士の誓い”である。王族でなければ普通に剣を使って、彼方此方でやられていることだ。紛らわしいが爵位の上昇のときにもこれをする。
す、と剣が肩から除かれるので、立ち上がり騎士の礼を取る。
「では、アイリーン・ソラウ」
場所を入れ替わり、アイリーンの叙勲式が執り行われる。
彼女は戦闘科。詰まるとこは目指すべきは魔法騎士。準とは言え騎士の称号は大きな一歩である。
とても嬉しそうに宣誓していた。
「...さて、面倒な儀式も終わらせたことだしな。早速話そうではないか」
...国王ってもっと威厳ある感じなイメージがあるんだが、この国ではそうでもないのか。
イイ感じに作法考えるのが大変でした。
尚貴族でも家名にフォンは付きません。ただ貴族であることを示す必要があるときには名前・フォン・ミドルネームとか家名とかその他諸々~と言う事もありはします。
イギリスのアコレ―ド(騎士がやるあれ)は剣の腹で軽く両肩を叩く方式ですが、調べるとわりと各国で違うっぽいので、この世界、この国では剣を騎士の左肩において問いかける方式を取っています。




