第八十一話 王城会食VI/舞踊・舞踏・武闘
じゃんじゃかじゃんじゃんとテンポ早めの曲がホールに高く響き渡る。
どっちかと言うとフラメンコ的な音楽な感じもするが仕方がない。
最早俺達が踊っているのは社交会の為のダンスではないのだから。
事の発端は勿論、踊るための振付を理解していない事だった。
知らない以上踊れない俺はもとより、合わせる先輩がいないアイリーンも無理。
と言う訳で結局また気ままに踊るしかなかった。無かったのだが。
此処で思い出していただきたい。
アイリーンは超が付くほどの武闘派で。
俺も肉体的にはある程度ついて行けるのだ。
どちらからともなく...いや、アレは多分アイリーンからだ。そうに違いない。
テンポを上げる。テンポが上がる。
一拍の間に踏むステップが、倍に、三倍にと増えていく。
くるくると回る。
手を広げ、離れ、またくっつく。
持ち上げ、回る。アイリーンの体が宙を舞う。
時に滑る様に滑らかに。時に踏み荒らす様に荒々しく。足を運び、止まらない。
何時しか周りから人が消え、曲調も大きく変化していた。
それでも、踊る、踊る、踊り続ける。
舞い踊る、とはまた違う。それはさながら演武の如く。
拳を交わすわけでもなく、剣を振るうわけでもなし。それでもそれは”武”であった。
腕を引く。ほとんど抵抗のないままに、アイリーンが手の中でくるりと回る。アイリーンの足が下げられる。するりと回り込み、掬い上げる様に抱き上げての一回転。降ろせばアイリーンはそのまま慣性に任せ、ならばと俺も手を放し、二人、くるくると二回転。全くの同時に手を伸ばし、互いにがっしと掴み握る。
伝わり、伝える。アイリーンが何をしたいのか。俺が何をしたいのか。
普段の察せない俺からすると異常事態。けれど、今の俺にはそれが当たり前のことだった。
ダンスの基礎なんて正直なってすらいない。初心者に毛も生えてない程度の腕前でしかない。
これはあくまでコンビネーションと身体能力のごり押し行為。
けれど、踊る彼女は美しく。踊る俺は楽し気で。
伝わって来る”やりたいこと”に少し驚愕しつつ、俺はインナースーツを起動しつつ抱き上げたアイリーンを投げ上げる。
ふわりと彼女は宙を舞い、会場からおおっとどよめきが上がる。そのままくるくるとバックで2回宙返り3回捻り。背中で落ちるためについでにもう四分の一回転を加えて落ちて来る。受け止めつつ、俺も飛んでの低空前宙返り。抱き留めた反動っぽくやったので少し彼女がむくれるが笑って誤魔化して、横抱きのままに空へと放る。彼女は体を捻っての二回転。勢いで体を起こし俺の背後へと着地。そのまま背中合わせに手を繫ぎ、ダダダッとステップを踏みホールを巡る。ポーズを取るどさくさに紛れて左手を繫ぎ直し、力を溜め、今度は俺が上がる。
アイリーンの左手を支柱にしての倒立。
アイリーンには一切揺らぎなく、まるで大地の様に俺を支え持つ。それを良い事に、俺は手を支点にし、足を広げての大回転。
一回、二回、三回と、アイリーンの柔らかい掌の上で、片手だけで飛び跳ね、回る。四回目に差し掛かろうとするとき、彼女腕が大きく撓むので、俺もそうして大きく跳ぶ。ぐるぐるぐるぐる。竜巻の様な五回転。
同時に開いていた足を閉じ、身を捩らせるように、地面に頭を向けていた状態から、足へと向ける物を変えるために180°体を回す。体操では失点でが今は問題ない。地面に手を付き、足払いをする様に慣性に任せて一回転。当然アイリーンの足元を俺の師が通り抜けるが、バタフライ1回ひねりで躱し、回転した俺の正面へ。手を掴み、釣り上げる様に手を引かれる。立ち上がり、回転力をアイリーンに伝え、何度目かの手の中でのスピン。
激しく、激しく、激しく。社交ダンスとはもう言えない何かを俺達は踊り狂う。
何時も汗の一つも掻きやしないアイリーンの額には汗が滲み、頬は赤く上気している。少女の甘い匂いが動くたびにふわふわと舞い、俺の鼻腔を擽って来る。
少々変態的ではあるが、その匂いに陶酔するような感覚を覚えた。
ちら、とアイリーンの表情を見れば、似たようなことを考えていたのだ。同じように顔を上げ、二人見合わせて苦笑する。少々の恥ずかしさを紛らわせるように動きの激しさが少し増す。
ああ、楽しいと。言葉も発さぬのに、二人笑い合い想いを交わす。
永遠に続けばいいと、そう心から想い合う。
しかし、時は止まらず、後ろには戻りはしないもの。何時しか夢は終わるもの。
最高潮へと駆け上がる音楽に身を任せるままに、くるくる、ぐるぐると激しく、派手に、大胆に。
そして、大きく盛り上がった音のままに、だん!と足を踏み鳴らし、最後のポーズを取って見せた。
しいん、と会場が静まり返る。
速い息を繰り返し、俺たちは二人、父に習った、父が”優雅な貴族の礼”と言っていた礼をする。
ぱちぱちぱちぱちぱちぱちぱちぱちぱちぱちぱちぱちぱち!!!!
すると、割れんばかりの拍手が巻き起こった。
貴族たちは、文字通り圧倒されていた。
即興の踊りだと言う事は解る。...いや、社交ダンスではないだろうことも。作法がなっていないどころではないのだから。
しかし、これほど美しいと断言できる踊りであれば、そんなことは関係なかった。
跳ね回り、動き回り。怒濤が如き舞踊、いや、寧ろ演武と言うべきもの。
剣は無く、拳も振るわれない。けれど。それは正に暴風圏。入ればたちまちに削り取られ、弾かれ吹き飛ばされて絶命するであろうと思える程の力と技の応酬に見えた。
しかしてそれは美しく。
派手で魅せる為の動きだが、それでもそこに無駄は無く。雄々しくも華やかで、猛く美しい。そう、名付けるなら”舞武”とすら言えるもの。
それは誰も見たことが無く。それを外ならぬ、”黒騎士の少年”と”女神の少女”が踊っていることに。
彼らは息を呑み、圧倒され、心動かされたのだ。
尚、主人公ーアイリーンペア動きが凄すぎて途中で他の人は撤退しています。
オーケストラの皆さんは即興で曲作って演奏してます。
まあ、私(作者)は中学時代音楽の成績が2だった程度には音楽苦手なので知りませんが即興で曲作るくらい出来るでしょ。
だから動作の説明はしても音楽の説明は一切しないんですね。




