第八十話 王城会食V/踊る、踊る、くるくる回る
慌てる内に音楽が流れ始める。
俺は音楽には全く造形が無いのだが、いいモノだと言う事はわかる。まあ、言い表そうにも分からんのだが。
「...もしかして踊れない?」
「踊れません...」
習ってない訳じゃないんだ。最低限が最低限過ぎてちょっとアレ過ぎるんだ。
「ええ...あ、アイリーン帰ってきた」
「疲れた...」
「まあ、男どもはなかなか粘着質なのも居たんだが...ダンスが始まるとあっては大変なことになりそうな予感がしたからな。私が強引に救出してきた」
「ありがとうございますエレーナ先輩」
あとそいつらは後で痛い目に合わせてやる。俺製魔道具の購入禁止とか。
「目が座ってるぞ。...なあ、なんで”殿下”は頭を抱えているんだ?」
此処は学園の外であるからか、カリオペの事を殿下呼びするエレーナ先輩。
「ええと、ダンス踊れないって言ったら...」
「え、踊れないのか?まさか習ってないとか?」
「いえ、習ったことは習ったんですけど...”ネルファローレライ”だけで」
「「初心者向けェ!」」
カリオペとエレーナ先輩の叫びがシンクロした。尚今掛かっている曲は”聖女による祝福の唱”。まごうことなき上級者向けの曲である。
「わたしもなんだよねー...」
アイリーンが言うので二人は更に頭を抱える。
「ううむ...まあ、披露目前の子供と考えるなら寧ろそれは妥当なラインだが...」
「多分お父様はそんなことまでは頭が回って無いわ。上級貴族でこの曲踊れない人は滅多に居ないし」
「下手なものは下手だがな。」
ちらりと眼を向けると真っ先に踊り出した男女のカップルが互いに足を踏んで悶絶していた。
「...大丈夫なんですかアレ」
「アレはリビエ伯爵と妻のコンビだな。ダンス下手で有名だから気にするな」
さいですか。
「うーん、即興で合わせようと思えば合わせられるかなあ」
アイリーンがそんなことを言った。
「え?...あー、行けるかもしれないわね。リズムの勘も悪くないし」
「それであれば一曲位は私と踊っても良かろう」
「はい。...え?」
まじまじと胸を見つめ始めるアイリーン。
「...この胸は本物だぞアイリーン。男に胸を押し付けたくないのでな」
あー、なるほど。必要に迫られたアレか。
と言うか別に同姓でダンスを踊るくらいは良いっぽい。
「だが...ダンスか」
「前世とは作法違うでしょうしやめなさいよ?」
「わか...あ、そういえば父が踊ってたなこの曲」
「え、ほんと?」
ぱっと見るからにカリオペの顔が明るくなる。
「ああ。割とよく普段着だが母と踊ってた。曲流してたわけじゃないから曲名だけ聞いてた感じなんだけど...なら行けると思う。記憶には残ってるし」
「そう、なら曲変わる前に行くわよ!踏まれても我慢してあげるから!」
ずりずりと袖を持って引きずられる。
「まて、壁の花になる気は...」
「主役と目立ったヤツが踊らないのは論外よ論外。一曲踊ればいいんだからやりなさい!」
「はあい」
そう言って俺たちはホールの中心へと躍り出る。
そして途中からではあるが、ゆっくりと踊り始めた。
♪♬♪♬...
重厚な音楽が流れる中、俺は必死に足を、手を動かしていく。
スロー、スロー、クイッククイック、スロー。スロー、スロー、クイッククイック、スロー。
待ち遠し...違う、様子の可笑しいほうへ行く必要はない。
少し早めの音楽を、なけなしのリズム感覚でとらえ、記憶を再生しつつ動作を目の前の王女に合わせて制御する。苦手分野の一つである音楽、未知のダンスと相まって割と必死だった。
「ん...結構、上手い...わねっ」
「そう、か!?結構ギリギリなんだが...っ!」
「いえ、ちゃんとしてるわよ...まあ、リードが上手いっている方の比重が大きいんでしょうけどっ!」
そう言ってもらえるなら光栄だが、多分カリオペも相当うまい。リードする俺がとちった時にはむしろ引っ張って動きを教えてくれる。
たたん、くるくる。くるくる、たんたん。
ひたすら次の動きを思い出しながら動く。
そこでふとアイリーンとエレーナ先輩のペアを見てみると...
「あれ、違う!?」
「アレンジよ...っ。何しても合わせて来るものだから、遊び、始めたわねっ」
「マジかよッ...あの天才めッ」
割と激しめのダンスを始めている。
天才と楽し気な生徒会長は気にせず、ひたすら父を真似て踊る、踊る。すると曲は佳境、サビへと突入する。強くなる曲調に合わせて激しく、大きく手を振り足を動かす。
そして、サビも終わり、最後のポー...
あれ?
くるんと手を引かれてそのまま回らされる。続く曲。あ、不味い
「ちょっと、終わる気だったわね!?」
「...今気付いたけど途中までしか踊って無いわ」
「ウッソ」
本当みたいなんだよなぁ。
「こうなれば、...女性側からリードとか私もやったことないけど私に付いて...」
そんなことをカリオペは言うが、必死な俺には聞こえない。
「こうなれば...こうなれば...」
自棄だッ!
「え、ちょ、キャア!」
リード、その理想は女性が力を入れずとも男が”動かす”こと...なんかそんなことを聞いた気がしないでもない。
であれば、それが物理的に可能ならば。俺とこの魔眼に不可能は無い!
カリオペを、文字通り俺の動きに”巻き込んだ”。アマルガメーションだか何か、ウインドミルとかいう動き、オープンなシャッセだとかクイックステップだとかオープンなボディが何とかとか、今世で聞きかじった振付や、漫画やらアニメ、動画や何かで見つけた記憶にすら怪しい振付の数々をフランケンシュタインの様に縫い合わせて出力する。
切れ目なく、流麗にを心がけ、軌道に角が出来ないように。
「なに!?体が勝手に動いてるみたい...!」
波で飲み込むイメージ。引きこみ、押し、回す。重心をずらし、手足を動かし。望む動作を俺が作る。
もうタンゴだかワルツだかアメリカンだか知らないが兎に角ここを乗り切れ!と知っている振付をひたすらつなげていく。
「ちょっと、っ!滅茶苦茶よっ。流石に一旦落ち着いて、って、聞いてない!」
割と混乱デバフががっつり入っているので聞く余裕は一切ない。
たった数分の、永遠の様に長い時間。
俺は回る。踊る。激しく、優しく。
ただただ”それっぽい”を頭に浮かべて。
~~~~ジャンッ!
曲が終わり、カリオペには大きく背筋を逸らさせ、自信はそれを支えつつ大きく手を広げる様なポーズを取る。すると会場からは拍手が沸き起こる。
俺は安堵の溜息を深く吐いた。
「ふうーっ...ど、どうにかなったか...?」
カリオペの手を引き上げる。
「はあ、はあ。...まあ、そうね。どうにかなったんじゃない...?疲れたけど」
「すまん」
知らない動きをさせられるのはきつかったであろうことは想像に難くない。
アイリーンがおかしいのである。
「やあ。...途中で分からなくなったか?」
「エレーナ先輩。...まあ、そうなんですが」
「ははは、まあ、どうにか乗り切れたようで何よりだ」
苦笑いするしかない。
互いにはははと笑っていると、向こうから妙にむくれたアイリーンがやってきた。
「次、踊って」
「え」
マジで踊れる曲ないんだけど。
「いや、俺が踊れる曲ーー」
「なんか、楽しそうだった」
え?マジでどういう事?
「いや、楽しいというかただ必死だったと言うかーー」
「あら?私とのダンスは楽しくなかったって事?」
「はぁ?」
マジでどういうことだと言うのだこ奴らは。
助けを求めるためにエレーナ先輩の方を向くが一歩引いてニヤニヤしていた。
...ええいこうなればやけっぱちだ。
「分かった!踊るぞアイリーン!」
ファーストダンスってそれなりの意味を持つ...事をダンス中にエレーナ先輩に教えられたものだから嫉妬全開なアイリーンちゃん。




