第八話 強制改定物理学/研究者にごめんなさい
ネア・ユグドラ。私は天才である。
若干7歳で祈祷魔法を使うという快挙を成し遂げ、12歳で執行者入り、今やこの国の隊長候補。しかし私はつまらなかった。出来ることよりできないことの方が見たかった。
一般魔法を学び始めたのは12歳の冬。先輩に止められたが、「手札は力ですわ」と説得した。
そして私はここにいる。先輩方を説得、隊長を説得、司祭を説得して来た。
同年代は相手にならないと思った。
実際三回戦まではそうだった。
しかし、それは、間違いだった。
「ははははははははははは!!!!」
360°、あまりの速さに全方位から包まれるように哄笑が聞こえてくる。
アッシュ・クロウ。”破竜の騎士”と”暴走の魔女”の息子。至近距離で爆発魔法をぶっ放す、光る高温の液体を流して攻撃するなどと試合を見た知り合いから妙な話を聞いたが、正直さっさと倒せると思っていた。
が、彼は私の突進を防ぎ、妙な方法で攻撃し、今や私でも反応しきれないほど高速で跳ね回っている。
攻撃してみると、ジャンプのはずなのに何故かうねる様に軌道変更して躱された。
なんですわコイツ。ちょっと動きが気持ち悪いですわ。
おっとはしたない物言いになってしまったですわ。
私は今、この男に感嘆している。もしかしたら私を超える天才とさえ思っている。
それは彼の使う魔法だ。
超強力な魔道具を素知らぬ顔で作り出す魔法もそうだが、この跳ね回る魔法。これは基礎理論すら今までの魔法に存在しないものだ。
固有魔法を作る者はそこそこいる。暴走の魔女もその一人だし、私もその一人だ。
けれど、それはあくまで存在する魔法を下地に考えられる。火の玉を放つ魔法がある。それを10に分裂させて飛ばすように改造する。それが固有魔法であった。
しかし彼のこれは完全に異質なモノだ。
炎も、水も、風も、土も、存在するすべての魔法系統とも逸脱した魔法。一体如何なる存在に語り掛けているのか見当もつかない。
ばばばばば....バヒュン!
ッ!来る!背後ですわッ!
「たあっ!!」
ガッキィン!!
彼の爪と私のメイスがぶつかり合う。ともすれば悪魔の左腕にも見えるそれは大地を砕く力を持つ。
膂力とは別個の力の様だが、まともに打ち合っていれば負けるのはこちらだ。
だから、もう少し引き上げよう。
「《我が主に請い願う》【今此処に救世を】!」
ゆっくりと加速していく意識に彼の驚愕の顔が映る。それはそうでしょう。一般に知られている祈祷魔法は回復以外すべて使いましたもの。一応除霊魔法や聖別の魔法も知られていますがあまり人には効きませんし。
これは私の固有魔法。私が使う最後の切り札。一週間に一度しか使えないこれは決勝で使うつもりでしたが...このお方とは本音で話したいですもの!
祈祷魔法にあえて一般魔法の概念を混ぜ合わせたこれは、ひたすらに勝利のための力。
全能力の超強化。それがこの魔法の力。
追いかける...追いつけない。速いというか動きが読めなさすぎですわ。
ならば、と向かってきた所に叩き込む。
弾かれる。やはりというか膂力は膂力で強化できるようですわね。というかさっきから反応速すぎませんこと?もしかして意識を加速してらっしゃいます?
後に聞くと正解だったらしきことに思い至りながら次の手を考える。
少々遅きに失している。本来は最初に全力で叩き落すべきだった。
今はもう手が付けられない程だ。今既に不利なのだ、私は。
警戒するように動き回る彼の顔を見る。
如何なる攻撃もねじ伏せてやるという気概を感じる表情だ。
ええ、ええ、そうでしょうとも。今更私がメイスで攻撃したところで当たらないか軽すぎますわ。
ですが、忘れているようですわね。
私はこの学園の受験者ですのよ?
「【迸る雷槍】!!」
その宣言を聞いたとき、俺はしまったと思った。考えに至らなかった。ここを受験する程なのに執行者が一般魔法を使うわけない。そう思ってしまっていた。
だがこうも考えた。これくらいなら躱せると。
しかし、放たれた破城槌もかくやという雷に、俺は今度こそ驚愕した。
さっきの初見の祈祷魔法、魔法の出力まで強化するのかッ!!
視界を埋め尽くす金色。どこへ行こうと避けられない。
防ぐしかない。左腕を前に出す。
演算仮定との合わせ技。無効化出来るかは賭けだ。
「【何を掛けてもゼロ】」
バアン、と雷がその暴威をまき散らす。果たしてそれは完全無効化は出来なかった。
だが俺は立てている。ズタズタかつ痺れているが立っている。
けれど、アイツに対抗できる速さはもう。
「ふう、隠し札を全部使ってしまいましたわ」
ネアが煙をかき分けて出てくる。くそ、今ので魔力切れというわけでもなさそうだな。
「こんなことが出来るとはな。”教会”の内部事情には詳しくないが、自作だったりするのか?」
言うとネアは笑った。
「ええ。そうですわ。...必要に駆られたというのも間違いではないですが、貴方の固有魔法を見せていただきましたので、その返礼をと」
成程ね...
「こりゃすごい」
「貴方こそ。私にはあなたの魔法が何の属性かすらも判りませんでしたから」
あヤバイ、属性なんて無いんだよこれ。
「ははは」
笑って誤魔化す。
「では。...降参してもいいですよ」
くい、と後ろで手を組んで体を傾けるネア。メイス持ってなかったら可愛かったよ。
「ああ、そうだな...」
言いつつ、にやりと笑う。
「これに耐えられたらなァ!!!」
ズドン!とネアと俺の間に”それ”が降ってきた。
「なーーーー」
ネアがそれに驚いた、次の瞬間。
ズドドドドドドドドドドドド!!!!!!!!!!
「え、嘘、きゃあ!?」
降る、降る。槍の雨が。杖の雨が。
俺の夢想印刷は物質を好きな場所に出現させる能力を持つ。
ではここで問題だ。この能力、どこまでなら召喚できる?
答えはこう。視界内ならどこへでも。
座標が認識できればいいのだ。最悪鏡があれば後ろにも召喚できるし、試してないがテレビの先でも...多分無理だわ今のナシ。
だが、この射程に距離は関係ない。
つまり、宇宙に物質を配置することすら可能なのだ
運動エネルギー爆弾。アメリカが宇宙兵器として開発していたと噂された超兵器。
仕組みは簡単。宇宙からの槍投げである。地上に辿り着くまでに強烈な運動エネルギーを得て爆弾並みの威力となるのだ。
そしてその名はーーー。
「【神の杖】。まあほぼ皮肉だが...いい技だろう?」
濛々と舞う煙へ俺は笑う。
まあ普通なら終わりだ。寧ろ普通じゃなくても終わりだ。原爆に遠く及ばないとは言え超エネルギーの絨毯爆撃だ。これで死なないわけがないと思える威力。
だが。
「はあーーー!!!!!!」
お前はやられねえよなぁ!?
「規定値出力!【夢想印刷】!」
生み出されるのは剣。魔鋼が使われたちょっとした剣。それに未だ切っていなかった【演算仮定・力量演算式】を向ける。
そして。
煙を突き破り飛び出してきたネア。
その額に、狙い過たず、剣が。
突き刺さった。
「あっ...いい試合でしたわ、アッシュ。”次”もまた...」
そこで彼女の姿が消える。
幻影とはいえ何で脳刺されて喋れてんだあいつ。
「試合終了!勝者、アッシュ・クロウ!!」
わあ、と会場が沸く。
あーあ、こんな大勢に見せちまったな。
まあそれはいいが後で両親が拗ねそうだ。自分より先に学術都市の一般人が見たのだから当然っちゃ当然だが。
ま、逆に言えばもう全部使えるんだが...。
あの方、全力じゃなかったですわ。
負けた後、復活したとはいえ頭を抜かれショックを心配する医務室の先生やキレちらk...おっと、お怒りになっていられました先輩方を宥めて見に来た決勝戦。
それはもう凄い有様でした。
「【荷電粒子砲】」
と言えば左腕から光の本流が連続して放たれ、
「【夢想印刷】」
と言えば爆発する何かや目をくらませる光を放つ筒、鉄の塊を放射する箱...まるでびっくり箱の様に何でも出てくる。万能呪文か何かだろうか。
跳ね回るどころかうねうねと這うように空中を走り回り、一挙手一投足がヒッサツの一撃に化ける。
剣術や体運びが一流とはとても言えませんが、あまりにも動きの異常性が物凄い。あれの攻略は私には無理ですわ。
何ならたびたび【神の杖】と言っていたものもひっきりなしに降ってきている。
...だが、だ。ここまでしなければならないのだ。
確かアイリーン・ソラウ...竜裂きの槍使いの娘でしたか。彼女も強かった。
降り注ぐ槍を斬り、爆発を剣風で弾き、光を避け、機動を見切って飛び込んでいく。彼の幼馴染なそうなので教えてもらったのか、時折彼と似たような魔法まで使う。
もうすでに騎士一部隊くらいなら相手どれるのでは?下手すれば隊長より強いのでは?と思うほどの戦闘。マジで学ぶことないんじゃないですの?今から”教会”に連れて行って祈祷魔法教えようかしら。
因みに二人とも魔力切れで倒れたので引き分けでしたわ。
そういえば前話でヒロインちゃんが使ってた魔法もオリジナルですね。最年少の大安売り。
運動神経は補正があるとはいえ本人も酔う。十倍速でも制御ギリギリな速さ。
それを抑えるために無意識に魔法使ってるけど主人公本人は気付いてない。
決勝はカット。じみーに詳細な戦闘法が明かされないヒロインちゃん。