第七十八話 王城会食III/乱入する芸術
「ちょっと...!流石にこれは恥ずかしいって...さっきのは冗談だからぁ...」
「そうだよ...!悪ノリが過ぎるよぅ...」
マドモワゼル達が赤くなって騒ぐが無視。
急遽自作してセバスとフランキスカを驚き呆れさせたこのガチガチの正装を持って驚かせてくれよう。特殊繊維でもなんでもない服、それも完成形が完全に分かって居るモノ程度なら頑張れば魔法で作れるのだ。
前世でもパーティなんて参加したことがないし、貴族の社交なんてしたくもない面倒くささだが、それが悪戯となれば話は別。面白そうなコトには全力で。それが永遠のガキ、男という生き物だ。
すまし顔で受付に当たる場所を通り抜け、少々驚きを隠せていない扉番役の騎士二名が扉を開けるのを待って堂々と会場に乗り込んだ。
王城の、王の主催するパーティ。それはつまり国内でも最高クラスのパーティである。よって、そこに参加する顔ぶれは当然、錚々たる面子である。
役職で言えば大臣、官僚、将軍等々、位階で言えば伯爵は勿論、侯爵や公爵、そして王都から遠く位置する場に居るはずの辺境伯や、自らも王族である大公爵まで。国の重要人物と断言できる人物たちの勢ぞろいである。
基本的に重要な事柄の後に行われる国王主催のパーティ。だが、今の王の治世では案外頻繁に行われていた。
ある伯爵が呟いた。
「今回のパーティは一体どのような名目ですかな」
別の伯爵が返す。
「確か第四王女の入学祝兼ご学友の紹介だとか」
彼らの寄親(貴族における上司とか保護者の様な立場)である侯爵が溜息を吐く。
「今の王の治世は良く安定して、いや寧ろ我が国は成長をしている。経済を回す為にパーティを多く開催するのは間違ってはいないが。いささか名目が雑ではないか?」
すると、偶々そばにいた別派閥の公爵が言う。
「おや、情報収集が足りていないのでは?そのご学友は例の”英雄”達...クロウ家の子息とソラウ家の息女だそうだ。彼らの披露目でもあるそうだよ。まあ名目としては弱いのは確かだが...よくある”懇親会”よりはマシだろう?」
く、と歯噛みする片方の伯爵を止めつつ侯爵が苦笑いであしらった。
尚別派閥だがこの四人は別に仲が悪い訳ではない。元学園の同級生であったりする。
「昔から...いや、いい。今は貴方の方が上の位ですからな。しかし、英雄達ですか...。彼らはパーティと言う場が嫌いなようですからな。引っ張り出すのは相当苦労したに違いないでしょう」
先ほど歯噛みしていた伯爵が唸る。
”特別”がつく爵位は何かと強い。それが男爵や準男爵であってもだ。王族の、それが王の言ですらある程度は拒否できるのだ。当然真面目なコトであればNGだがパーティの誘い程度なら断れてしまう。それを良い事に英雄の二人はパーティを断り続けている。
「ははは、最早お前にも言い放題だからな。絡むさ。爵位が良いのはいいことだ。...おっと、つい本音が。...何でも本日来るのは子息達二人だけだとか。あの陛下だ。上手く...おっと、これ以上は不敬だな」
だまくらかした、の一言を飲み込んで公爵は笑う。
「毎回学生時代まで戻るのは悪い癖ですぞ。...まあ手腕は良いですからな」
尚、王の親バカはこの場に居る貴族の共通認識だ。落ち目だった王国を順次復活させる程の手腕を持つ王だが、普段手際は良いが適当に見える仕事をしているが、娘や息子が関わる事柄があると途端に本気を出すという困った王である。
そんな憶測を言い合っていると、入場の扉に付いた鈴が鳴らされた。
王族、主催である王は別口、と言うか先ほど壇上で喋っていたので、つまりは今回の主役であるカリオペ第四王女の来訪を知らせる鈴である。主役を後から呼ぶのは王の趣味だ。
「おや、来たようですな」
侯爵が言う。
「ええ。英雄の息子たちもですが、カリオペ王女も数か月とは言え学園で学び、成長が楽し...み...!?」
公爵がそう言いかけて言葉に詰まる。
開かれた入場扉の先には予想だにしなかった光景があった。
気の強さで有名だった第四王女。曲者ぞろいの兄弟たちに苦しめられつつも、一本気を持って走り続けていた少女。それが真っ赤になって小さくなっている。
何度か貴族にも見覚えのある顔ではある。しかし、その表情は...彼女を知る、いや、彼女の陣営を形作る者達ですら見たことが無く。気が強く、いや、常に気を張り、精力的な中に疲れの様な影を湛えていた城に居た頃の彼女とは違う、正に年相応の表情。儚げな雰囲気が増し、白銀の髪と眼、それに白を基調としたドレスも合わさり、正に雪の花。赤みのさした頬すらも美しい。
その手を取り、こちらが王族かと思う程完璧かつ優雅にエスコートする男が居る。黒髪に青みがかった眼の少年。美少年とも言える顔立ちで、細そうな体格だが存外筋肉が付いている様子。服に目をやると、不思議な意匠だ。新しい物好きな貴族ですら見たことがない意匠。貴族らしい華やかさと、夜の様な落ち着いた雰囲気が同居している。花の様な、川の様な不思議な文様が金に赤に跳ね駆け回り、それを深みのある夜の様な黒が優しく包む。顔に浮かべる不敵な笑みは人間全てに打ち勝つという自信か、それとももっとほかの何かか。戦場に赴く騎士の様な、新たな世界を模索する探究者の様な、そんな目をしていた。
そして、あるまじきかな。彼は更なる少女を連れていた。
金髪、碧眼。脇の辺りまで延ばされた髪は再上質の絹が糸くずに見えるほどサラリと流れ、紅く染めた頬は、肌は。向こうが透けて見えるのではと思う透明感。眼は魔力の籠った最高のサファイアすら霞む大海の如き蒼。顔立ちは神が鑿と槌で彫りこんだのだと言われればこの場に居る人間は全て受け入れるだろう。
着ているのは単なる制服。持参していなかったのだろうか。そうは思うのだが、別の可能性すら思いつく。ああ。と心が一致する。ファッションと言うものを理解できぬがさつ者すらも。張り子が泣き言を言いそうだ。彼女に最高に合うドレスなど思いつけるはずもあるまい。
それそのものが完成系。単騎で完結する芸術品。見れば解ろう。彼女は、只の布切れですら美しい。裸を見ようとも襲える者は僅かであろうと。
そう、それは。その光景は。正に芸術品が如く。
不敵な黒騎士と、頬を染める姫と女神。
連れる両の手は恋人の作法。
開く扉は三人の幸せを祝福しているかの様で...。
そうだ。そうとしか言いようがない。その光景は一つの絵として完成されていた、と。
「...ええと、なんていえば良いんだ?」
黒騎士の少年が、この会場の空気に合わぬ気の抜けた声で姫に問う。
「...もうかってにして...」
その余裕もないのか姫は絞り出す様に言う。
「そうか...えー、我が名はアッシュ・クロウ!アレス・クロウが息子である!この度は、社交会の規律も知らぬ田舎者がこの様な無法、重ねて遅ればせながら参上した非礼をお詫び申し上げる!」
本当に作法を知らぬのか、黒騎士の少年は何故か戦場での名乗りを上げる際の形式で喋り出す。
「聞きに及んだところ、この会はカリオペ王女殿下を讃える会にして、王女殿下の学友として田舎者たる我ら二人の披露目の会でもあるとのこと。先程の通り作法も知らぬ身ではあり、王城などと言う場で披露目をしていただく程の器ではないが...ぜひ皆には楽しんで行ってもらいたい!!」
余りにも無法。マナー、様式にひとかけらも掠りもしない見当違いの口上を、王の座る壇上に上がりすらせずに言い放つ非礼。しかしその場に居た者達は何一つ文句を言う事が出来なかった。社交界における海千山千の猛者たち。それがたった三人の少年少女に呑まれていた。発言をしたのは単なる少年。特別爵とはいえただの世間知らずの男爵令息。それに過ぎない筈なのに。
誰もが拍手を送ることしかできなかった。
暫く、貴族たちの拍手は続く。
しかし、当の本人は固まる少女二人を携えながら動かない。
そのうちに、彼らの雰囲気に吞まれていた貴族たちも正気に戻り、頭脳の回転が戻ると共に気付きを得る。
本当にこいつ、ルールを知らないまま勢いで行動してこれ以上やることなくて困ってるだけなんじゃないか?と。
そして気付いた貴族たちは王を見る。
これは陛下の仕込みなのか。こうなることを、彼らの関係は知っていたのか、と。
この場の貴族は一言で有力である、と断言できる貴族たちだ。王女誘拐事件があったことも詳細は知らずとも知っているし、同様に彼女の元婚約者が別の事件で死んでいることも知っている。
だから新たな婚約者はある意味において一大事であった。
だが、振り向いた貴族たちは皆一様に凍り付く。
何故か。
彼らが忠誠を誓う王の顔には書いてあったのだ。
”なにこれ知らん...なにこれ...”
と。
そして、その場にいた人間は、黒騎士の少年や王女、女神の様な少女すらも含め。全てその心が完全に一致した。
「(どうしよう....)」
後ろの方で頭を抱えているセバス氏とフランキスカ。ノリに乗っちゃった主人公が場所だけ聞いて行っちゃったので止める暇も無かった(間の悪いことにちょっと足止めされる出来事があった)二人。
尚主人公はホントに服装整えてダブルエスコートしたら面白いやろ!位の思い付き。実はエスコートにも種類があることを微妙に分かっておらず(アレスの怠慢)、手の握り方その他が完全に恋人にするヤツなのを理解していない(横の二人は気付いていたので真っ赤だった)そのままカッコよく乗り込んだはいいモノの何言えば分からないのでカリオペに聞いたら勝手にしやがれと言われたので慌てて適当なコトを口走った。実はそれだけ。でも美男美女がやると映えちゃうから仕方がない。
実は色々と間とかが悪いだけで主人公の”ダブルエスコートしたろ”までは別に悪い発想ではない。




