第七十七話 王城会食II/女は華やかに、男は爽やかに
約三十分後。割と早々に着付けを終えた俺は女子二人を待っていた。まあ、女性の着替えに時間がかかるのは当たり前だからな。文句はないとも。
ガチャリと扉が開く。先に顔を出したのはアイリーンだ。
「えっと...どうかな...」
もじもじとしながら問うてくる。服装はいつもの制服、髪型も別に変えてはいない様なので、つまりは化粧の事を聞いているんだろうが...
「すまん、正直違いが分からん」
一応転生後とは言え貴族子女ではあるので、女性の誉め方位は習ってはいるのだが、マジで違いが分からない。魔眼でわかるのは塗られている化粧品の種類とか組成とかだし。
「だよね...あはは」
笑うアイリーンに困惑していると、続いて顔を出したカリオペが溜息を吐いた。
「メイク担当が”こんな奇跡のお顔を崩すなんてとんでもない!!”っていってうっすい化粧しかしてないのよ。子供な時点で普通より薄いからニアリーイコールゼロみたいなものよ」
成程俺が悪い訳ではなかったか。
...いや、本当に奇跡の美貌である。神の作り給うたと言われてもこれだったら信じても良いかなと一瞬くらいは思える程に。遺伝子の妙と言うのならば確率の地平の果てに存在するモノ。顔の作りに無駄が一切存在しないという奇跡だ。
「...まあ、アイリーンは元から綺麗すぎるからな。蛇足...じゃないな、えっと...」
この世界には足のある蛇が普通に居るから違う諺だった筈。
「ああそうだ。”人の絵に頭を二つ描くようなもの”だ」
昔、調子に乗って国王の頭を二つ描いてしまって滅茶苦茶怒られたと画家がいた言う話だったか。上手すぎて不敬罪で斬るには惜しくその国王は頭を抱えたと言うオチまで含めて味わい深い故事成語である。どの国にも居るんだな余計なもの描く奴。
「...ん、うれしい」
珍しく照れているアイリーン。
もっと褒めるべきかと考えているとカリオペに横やりを入れられる。
「ほら、私も居るんだからいちゃついているんじゃないわ!貴族男子なら褒めなさいな!」
ばーん!という擬音が聞こえてきそうな程勢いよくカリオペが出て来る。
着ているのは白と青のドレス。王女が着るには少し意外なシンプル寄りなデザイン。とは言え惜しげも無くレースが使われ、高級感は損なわれていない。かなり長い髪に合わせたか、少し着物の様なエッセンスも感じるソレはスタイルが良い、と言ってもスレンダー的なスタイルの良さに大きく振っている彼女にぴったりだ。髪もその長さ故かシンプルなセットだ。髪飾りが豪華なくらい。それも大人しめのデザインだが。化粧も盛っていない。先ほど彼女が言った通り年齢に合わせているのだろう。
「どうよ」
胸を張るカリオペ。
「似合ってるよ」
素直に言う。
「もっと言いなさいよ!」
「馬子にも衣装?」
「罵倒に切り替えるな!」
ははは。定番の小ボケだろうが突っかかるな。
「冗談だ。王女がシンプル系とは意外だったが...まあメインに付け合わせまで豪勢だとな。胃もたれがする。綺麗に纏まっていていいと思うぞ」
さっと顔が赤くなる。...チョロいなこいつ。
「なんで誉め言葉がそう独特なのよ!王道に行きなさいよ王道に!」
「満足しなかっただろうが」
「手抜きって言うのよアレは!あと女性を食べ物に例えないの!」
ぷりぷりと怒っているカリオペ。顔の赤さは照れだけじゃないのか。
ん?女性、食べ物....ああ。
「...耳年増」
「ちょっと!?割と聞き捨てならないわよそれ!?」
俺の呟きにカリオペが叫ぶ。
「でもそういう意味に聞こえたんだろ?...むっつりめ」
「ち、違うわよッッ!!」
更に顔を赤くして叫び散らすカリオペ。
面白いな。
「え?なんで食べ物?」
「ほら、これが正しい純真の姿だぞ助平」
「ぐはッ!?」
膝から崩れ落ちるカリオペ。ドレスが崩れるからやめなさい。
「くうッ...流石に私でも”本物”を前に嘘は吐けないッ!」
「いや、別にわたし純真ってわけじゃ...」
まあ、情操教育は割合しっかりしてるからな、この世界。前世のイメージみたくキスすると子供がとかコウノトリがどうこうと考える奴は少ないはずだ。
「アイリーンよ、こういうのは相対評価なんだ。比較してそうならそうでいいんだ」
「う、うん...うん?」
アイリーンが困惑しているがどのみち目的(カリオペを揶揄う事)は完了しているのでOKだ。
「何してるんですか...遅れますよ」
かつかつと向こうからやってきたのはフランキスカだ。
恰好は...変わっていない。
「...そっか、そのまま出れるんだ」
アイリーンの呟きに納得する。三日を共に過ごしたからか麻痺していたが元々彼女はドレス姿。剣は兎も角そのままパーティに居ても違和感がない。
「ええ。まあ。何日着ても汚れない優れものですし」
汚れ無効の効果付きだとかなんとか。例のインナースーツにもカーネリアンが付与していたが、それでも一張羅か...とはなる。とは言えこの世界では汚れ無効があるなら気にされないそうなので良しとしようか。
「はあ...はあ...おほん。それじゃあ行くわよ」
咳払いをして気を取り直したカリオペとフランキスカが先導するので付いていくことにする。
「...あれ、エスコートとか良いのか?」
ふと疑問に思ったので聞いてみる。パーティの作法は最低限未満しか教えられていない俺だが、エスコートという文化がある以上はここがその場面なことくらいは分かる。
「男に対して女が多い状況だしいいんじゃない?...それとも二人ともエスコートしてみる?」
「んじゃそれで」
「「「え”」」」
あんまり主人公の周りにいる女性は着飾るタイプじゃない子が多いです。というかそう言うのにかまけてる連中は成績優秀者じゃないっていうかなんと言うか。
ただ美的センスはガチなのでやるときはキメてきます。カリオペのドレスもちゃんと自分で選んで...というか注文段階から自分でやってたり。なおカリオペが照れた理由の一つが、デザインを決めた際に、「素材はある筈なんだからシンプルな方がしつこくなくていいわよ」と主人公と似たようなことを言ったからだという。自分の見た目には客観的に見て尚自信がある方。バカは(特に敵対陣営)はみすぼらしいとか言う奴もいますがファッションを理解していると”こいつ...出来るッ!”ってなる感じをイメージ。服の華やかさで誤魔化せないので着こなすのが難しい、的な。
社交界に制服で出て良いと言うのはあくまでも礼服のくくりであるから。あと子供らしい服でもあるので別にマナーに引っかかる訳でもないという事情が。まあ違和感はあるでしょうがヨシ!した昔の人がいるのです。地球で言う冠婚葬祭に学生服で行っても良いよ!ってあれです。社交パーティは普通にフォーマルな場ですので。




