第七十六話 王城会食I/社交デビューは唐突に
「「は!?パーティー!?」」
日も傾いてきた頃、この国の中枢、白亜の大城とも呼ばれる王城に入った俺たち。美しい外観に感嘆し、カリオペの持つ客室という部屋の豪勢な内装に驚き、ものすごく柔らかい椅子にすわり一息ついたのもつかの間。出てきた執事らしき男に告げられた言葉に驚愕する。
「ええ。はい。....カリオペ様かた伝えられておりませんでしたか?」
きょとんとした顔の初老の執事。アイリーンと二人、じろりとカリオペを睨む。
「だってパーティーと聞いたらどうせ来ないでしょアンタ等。ソラウ家とクロウ家と言えばパーティー嫌いで有名だもの」
「「う」」
俺達の親はカリオペの母を除き三人とも元冒険者である。我が母は元々貴族ではあったが。しかしそれ故か、社交界と言うものが大の苦手であった。
一般的にこの世界の貴族子女は10歳頃に社交界デビューをするのが一般的だ。ただそれには王都で開催される大きなパーティーに出席しなくてはならない。また、年齢はあくまでも慣例である。
それらを言い訳に俺達二人は未だ社交界デビューをしていなかった。
「見たことないなと思ったらまさか四年も社交界デビューが遅れてるとはね...って事で黙ってたの」
「お前なぁ...どうすんだよ、謁見用の方は兎も角パーティ用の礼服とか持ってきてないぞ」
「私もドレスとか作ってすらないよ...」
二人で困惑すると、事態を察したらしい執事とカリオペが溜息を吐く。
「ホントに何も知らないのねアンタ達。大丈夫よ。国王への謁見含め学生の内は制服でいいの。流石に私はドレス着ないと不味いけれどね」
そうか、だから出発前に制服を持ってくる様に言っていたのか。
だがパーティか。それも、初めては王城の。
「...逃げるか」
「そうだね」
「逃がすわけないでしょ!!」
すったもんだともみくちゃになる俺達。
「おほん!」
執事の咳払いに正気に戻り、そっと離れてそれぞれの椅子に座る。
「そもそもパーティに二人を招待するのは国王の司令よ。ほら」
するりと懐から取り出された封筒が投げ寄越される。見ればそれはパーティへの招待状。しかもしっかりと国王の署名が入っている。本人の物かは...いや、国王の名を騙ろうものなら下手をしなくても首がなくなるので本物だろう。....えええええええ...。
「なんで...」
「国王は国王としての顔とは別に親バカなの」
......え。
「国王的には娘を守ってくれた二人をどうにかして自慢、若しくは労いたいとかそんな感じよきっと」
「...待て待て待て。確か”例の事件”は」
「秘密裏に?一応王城の中なんだからあんまり言わない方が良いわ。そんなことは国王も百も承知。たぶん言い訳は考えてあるでしょう。まあ本当に親バカなのよ。態々家訓に”兄弟の命を奪う者、兄弟を愛せぬ者に王たる資格なし”なんて新しく書くくらいだし」
わお。そりゃ凄い話だ。
「国王的には自分の時にかなりの血が流れてるからってのもあるんだろうけどね。そんなわけで二人の参加は避けられないわ。潔く諦めなさい」
「「.............はーい.....」」
しゅんとなって応答する俺達。
それを見た執事が何故かにこにことこちらを見つめていた。
「何よセバス」
...驚いた。マジで執事のセバスなのか。セバスチャンかどうかは分からんが。
「いえ。カリオペ様にご学友が、それもここまで親しい間柄の友人が出来て嬉しいのです」
そういえばここにいる以上所属はカリオペか。成程。
「うっさいわね!私にだって親しい友人くらい元々...もともと....もと...もと................」
言葉に詰まるカリオペ。ちょっと涙目である。ちょっと思い当たる人がいなかったらしい。...うん、まあ、元爪弾き者としては気持ちは良く分かるぞ。
「あー、ほら、今は私達がいるから大丈夫だよ、ねっ?」
アイリーンがフォローに入る。
「そ、そうね」
セバス某の慌てた謝罪を跳ね除け、立ち上がったカリオペは仁王立ちする。
「少し休んだら着替えるのよ。移動も面倒だろうしアイリーンは私の着付け室を使いなさい。私の従者にちょっとした化粧もさせるから」
「ええー、化粧~?」
「愚図ってもダメ。確かにアイリーンは正直化粧が邪魔なくらい可愛いけどそれはそれ、これはこれ。一応社交界のマナーなんだから諦めなさい」
渋るアイリーンをぴしゃりと叱る。
「あんたはこの部屋使って着替えて。男の準備は知らないけどセバスがやってくれるわ。大丈夫でしょ?」
「ええ」
こくりと頷くセバス某。
「ほら、二人とも露骨に嫌そうな顔しないの!....お願いだからアンタ達の親みたいなこと言わせないでよ」
尚俺達の親は寧ろ嫌がる側である。そういう意味ではこの場に限れば親よりも親らしいこと言ってるなこいつ。
「ええ~いやだよママ」
「う、なんか変な扉開きそうだけどダメ!」
なんかアイリーンにママみを感じているらしい。揺らいでいる。
...ふむ。
「帰らせてほしいな?母さん」
「...微妙に演技上手いの何なのよ!気持ち悪いって言おうとしたのにちょっとしっくりきちゃった自分が嫌だわ!」
気持ち悪い扱いするつもりだったのかよ酷いな。
結局逃げることは能わず、1時間程度お菓子と紅茶で休憩したのち、アイリーンはカリオペに連れていかれた。...俵担ぎで。
あいつインナースーツの筋力強化機能をオンにしやがったな。流石のアイリーンも王城で暴れはしないだろうに...。
「...あれほどの力が有りましたかな...」
困惑するセバス某。
「...身体強化魔法でも使ってるんじゃないですかね」
一応秘密兵器なので誤魔化しておく。
「そうですか。...ああ、申し遅れましたな。私、セバスと申します」
優雅にお辞儀をするセバス某...ん?
「”セバス”?セバスチャンとかではなく?」
「ああ、セバスチャンは何故か執事に多い名前ですな」
...やっぱり?
「と、言うよりも代々執事をやっている家ですとセバス〇〇と名付ける者が多いのです。何故かは存じませんが」
「...つまり、貴方も?」
「ええ。フルネームですとセバス・コートニーと申します」
「あ、アッシュ・クロウです。どうも宜しく」
今度はお互いお辞儀し合う。どうせ適当な場なので適当な挨拶だがまあいいだろ。
「ええと。制服に着替えるんでしたよね」
先ほどメイドらしき人物が角に置いた俺の鞄を手に取りながら問う。
「ええ。それから少しですが化粧もさせていただきます。問題はございません。心得ておりますので」
「え、いや、男ですが」
「男性でもほんの少しだけ化粧を施すのです。....習ってませんか?」
首を振る。
「...そうですか。まあ女性程ではございません。肌荒れとか、そういったものを隠すという意味合いが強いので」
そう言いながら着替え始めた俺の顔を見るセバス。
「...お綺麗な肌ですな。これなら本当にほんの少しでいいでしょう」
肌の綺麗さは今生の母譲りである。前世のこの年だとニキビの一つ二つはあったものだが、この俺は今でもつんつるまっさらである。
「それから香水ですな。...ご持参は?」
首を振る。少なくとも謁見の作法には無かったはずだ。
「...成程。まあ予定していなくば仕方がありません。カリオペ様もそれを見越してのご指示でしょうし」
常備なんてしてないしな。香水なんてシャネルNo.5とコロン位しか名前すら知らない。
いつの間にか携えていた小さな鞄から、セバスは香水の噴霧器らしきものを取り出す。皮か何かの空気を送る袋が付いたアレだ。
「こちらのコロン...オーデコロンを付けていただきます」
...その時俺は、コロンは商品名では無く香水の種類の事を言うのだと知った。
オーデコロンの発祥は16世紀だそうなのでちょっと中世か微妙ですが、まあヨシ。そもそも地球じゃないので時代考証はちょいちょい適当に。中世時代国王はあんまり王城的なのにいなかったと言いますし。それだと余りにストーリー構成がめんどいのでね。




