第七十三話 新魔法技巧/王と英雄と魔法
Side.カリオペ_回想
「”雷について教えろ”ぉ?」
私がそんな話を持ち掛けたのは、誘拐事件から十日の後。魔法の力が”神への祈り”では無く、”想像”の産物だとアッシュに教えられたその日の事だった。
「雷ねえ。...目的は分かるけど」
目的、それは明白だ。魔法が”想像”の産物ならば、”想像”を補強すれば強いソレが放てるはず。そう考えての事。
「どうせ地球とか言う異世界じゃあそこらへん解明してたんじゃないの?」
「まあそうだけど...小学生の内容から高校生まで、と言うか...うーーーんどこからどこまで教えれば良いのやら」
話を聞く限り私達の知識とアッシュの持つ知識とでは文明にして数百年以上の開きがあるらしい。そう考えると教師の経験があるわけでもなさそうなアッシュには荷が重かったかも知れない。
「いや、一度乱暴に言ってしまうのも手と言えば手か」
そう言って彼はとんでもないことを言った。
「雷、とカリオペが考えているもの。それは行ってしまえば無駄な光だ」
「....は」
私の脳が理解を拒む。
たっぷりと20秒、固まって。
「はあああ!?」
思いっきり叫んだ。
「....耳が痛い」
「こればっかりは申し訳ないわね...」
お詫びのつもりと言う事で紅茶を淹れる。一応趣味なので腕は問題ない...筈。
「...お、結構淹れるの上手いんだな、趣味か?」
「たまに茶葉の調合をするくらいには」
「意外と結構凝ってるな...」
私としてはアンタが紅茶淹れるのが上手い事の方が驚きよ。まあいいけど。
「...さて、話を戻そう」
「そう、雷が無駄ってどういう事よ!」
私的には気になることこの上ない。
と言うか単純に常識がぶっ壊れた。
「そうだな。雷...ってのは現象の名前だ...って言って解るか?」
「えっと...”人間が近くできる事柄”でしょ?雷は眼に見えるもの」
「そう。”雷は眼に見える”んだ」
...何を言っているんだこいつは。
「当たり前でしょ?」
「いいや?」
当然化の様に否定される。
...どういう事よ。
「いいか、”雷”という現象においてお前が知覚しているものはなんだ?」
雷...というと怒られそうだな。うん、私はそこまでアホじゃない。
つまり、雷を要素ごとに分解しろ、と。
「ええと...光、音、後は...破壊力?」
「後で説明するけど破壊力は熱とかだな。そう、今お前は雷を三つの要素に分解したわけだ。で。お前が必要としているものは何だ?」
「...あ、”破壊力”...」
「解った様だな」
ほっとアッシュが胸をなでおろす。恐らく理解できるか保証出来なかったのか。
「つまりこういう事よね。破壊力を伝えるのに光と音は無駄だ、と」
「そういう事」
なるほどー、目から鱗だわー。
「ああ、そうだ。カリオペ。攻撃、という概念についてもちと言っておこうか」
「概念...って哲学にでも目覚めた?」
「う、まあ、そう聞こえるのも仕方ないけど...哲学は眠くなるから苦手なんだよな...」
頭のいい彼でも苦手なものはあるらしい。いや、人の機微を分かるのも苦手みたいだし、天才の反動だろうか。
「えっと。だ。これは言っちゃうけど、攻撃っていうのは”エネルギーを伝達する事”だ。俺はそう定義する。...まあほかのことにも言えるんだけど今は無視な」
「はあ」
「そうだな...例えば、俺が10㎏位の鉄球を10m毎秒位で投げたとする。そうすると、鉄球には投げた時分の力が宿っている訳だ」
ぽん、と実際に鉄球を出して説明するアッシュ。
...まあ、ギリ理解できる。
「で、こいつがお前に接触すると」
間に手を挟みつつだが鉄球が頭に載せられる。重い。
「この分の力がお前に伝わるわけ。その分凹んで痛かったり、骨が折れたりする」
ふむ、何と言うか、アッシュの力が鉄球を介して伝わる感じか。
「これが炎とか雷だと熱を伝えることになる」
そう言えば雷の破壊力は熱だって言ってたわね。
「...じゃあ、炎と雷の違いって何?」
聞くと彼はニヤリと笑う。
「いい質問だ。...ズバリ、媒介するものが違う」
「媒介するもの?」
「そうだ。雷...そのコアである電気。ソレがエネルギーを伝える手段は”電子”だ」
「電子?」
「そう、電子。まあアホ程小さい鉄球みたいなものだ」
キュルキュルと彼の持っている鉄球が小さくなる。
「こいつは眼には見えない。触れ...たとしても分からないし影響もほとんどない程に小さい」
...良く分かんないけど凄く小さいと。
「で。痛いと感じない程に小さい代わりに、こいつは物にぶつかると熱くなる」
「.......なんで?」
「まあ、摩擦熱みたいな」
手を擦り合わせている。つられて私もやる。まあ、イメージはつかないでもない。
「簡単に言うと電撃で攻撃するときはこの小さいボールを超高速で相手にぶつけている...感じ」
「...なんとなくイメージは出来たわ。...合ってるか分からないけど」
「まー、もっと正確なこと言うと色々あるんだけどね。流れやすさがあったり」
「え」
「雷が空間にひび割れが走った様に見えるのは空気にぶつかって割砕く様に進んでるからだし」
「空気にもぶつかるの?」
「ぶつかる。そんだけ小さいから。つうか空気も粒だ」
ううん、常識がどんどん変わっていく。説明が上手いような下手なような良く分からない感じだけど、まあ、理解はできないでもない。できないでもないが...
「イメージできるかな...出来損ないになりそう」
「それでも神様にお祈りしてるよりかは強くなる筈さ。俺自身はその手の魔法使えないから分からないけど」
...魔法がない所でオカルトを否定して育ったから先入観が拭えないんだっけ。難儀ね。
「ああ、そういえば、アイリーンが前に言ってた事をアドバイスとして流用してしまおう」
「...ああ、前からイメージ主体で魔法使ってたんだっけ。っていうか姑息なことを」
他人の発言をパクるな。流用してますと言っているだけましだけど。
「まあまあ。...曰く、「魔法を使う時はね、少しおバカになるの。素直で純真でおバカな子供。そうすると上手く行く...と思う」だとさ」
「声真似上手いのが腹立つわね...」
バカ...か。つまりは余計なコトを考えるなと。そう考えるとこいつは余計なコトばっかり考えながら魔法を使おうとする典型例か。成程。確かにイメージを素直に実現できる、と言う事が魔法では本質的に重要なのだろう。ものへの知識が必要だからただのバカじゃダメだろうけど。
Side.アイリーン_回想
「炎魔法の」
「あー、理屈を教えろってんだろ、カリオペがもうやった」
「あ、うん、それは知ってるけど」
あの子わたしより取ってる授業少ないとは言えフットワーク軽いよねぇ。王族とは思えないくらい。
「まあ、アイリーンはあいつと違って小さいころからある程度科学には慣れさせてるからな」
そうなんだよね。あとから思い返すと意外とみっちり仕込まれてて驚いた。
勉強が嫌いじゃなくてよかった。
「と言う訳で端的に言ってしまおう。炎=光だ」
「...あ、そうなんだ」
「予想と違ったか?」
「...まあ、それなりに」
答えるとアッシュはからからと笑った。
「カリオペに話を聞いたならそうもなるか。だが違う」
何処からともなく彼は...いや、実際にその場で作ったのだろうが...黒板を取り出した。
「カリオペには、”雷魔法に光は不要”と言った。それは間違いじゃない」
かつかつとチョークで雷の絵と、粒を描く。
「それは雷...電気におけるエネルギーの伝達を担う媒介が電子だからだ。だが炎、燃焼、特に輻射におけるエネルギー伝達はそうではない」
かかかか、と炎のイラストが追加される。
「...雷という現象で光は余剰だ。エネルギーを消費するからな。だが、それはつまり、光はエネルギーをを持つことに他ならない」
「...まあ、光魔法とかもあるし、分からないでもないかも」
「だろ?で。...色々面倒だから端折って説明すると、”見えない光”によって熱が伝わるんだ」
「”見えない光”」
「ほれ」
何やら眼鏡...の、ものすごくゴツい版を渡される。掛けて見ろと促されるまま装着し、驚いた。
「うわナニコレ」
赤、黄色、緑、青、紫。虹色の光が視界を染め上げる。
「”サーモゴーグル”だ簡単に言うと熱を伝える”見えない光”を読み取って、強弱を色として反映している。赤っぽく成程熱い」
しゅぼ、と音がして赤い塊が視界に生まれる。マッチに火をつけたのかな。
...成程...見えない光、か。
「ん。ありがと。解った気がする」
「そいつは重畳」
私は、これでもっと強くなれる。そう思った。
Side.カリオペ_現在
「ふうううううう」
額に汗をかきながら集中する。
此方へ向かう盗賊たちの存在への恐怖を、”いつもの様に”呪文を唱えようとする思考を追いやって、私の内、思考の底へと潜っていく。
イメージはボール。とても小さなボール。それが湯水の様に、波濤の様に襲い掛かる様。
思考停止で神様に祈るのとも、光をビカビカさせるのとも違う、私だけの雷魔法。
それを求めて行く。
そういえば、あの工房では玩具らしきものがそこそこ作られていた。
そう私は思い出す。
思考を逸らすな、と思うが少しづつ思考が誘導されていく。
幾つか、あそこには”電気”を使った玩具があった。
殆どは個体に電気を伝達させるものだ。回ったり、音がなったりと。
けれど、一つ興味深いものがあった。
”管に電気を流すと薄っすらと光る”。確か原理は...
”真空の管に電気を流す”!!
より詳細にイメージが固まっていく。...あんな説明にいいモノがあるのに出てこない辺りやっぱりアッシュは説明下手な気がするが、今はそんなことを言ってられない。
風魔法を起動する。...多分だが。
兎に角、私は”空気を排除する”イメージを魔法に乗せる。
雷の、保持する電気の圧力を、エネルギーを高めていく。
目指すべきは神ではない。けれど、どこまでも。
神の領域へと近づいていく。
「『雷撃の槍は輝かず』」
自然と、言葉が口を突いた。
「『迸るは幽玄。それは、力を持つ故の静けさ』」
ほわ、とあの独特な、紫の光が漂い出す。雷魔法とは思えない程か細く、ゆらゆらとした光。だがわかる。この雷は、私が出した仲で一番強い。
「『纏うは真空。真なる無。遮るものは何もなし』」
雷は、案外受けても生き残ると言う。もし、その理由が”空気にぶつかっている”からだとして、雷魔法もそれに従っていたとしたら。
真空を伝わるのなら、減衰はしないんじゃないか?
「『暴れろ、狂え。汝は空を駆ける帝王である』」
ぱり、ぱりぱり。抑えきれない余剰が、放電となって私の髪の毛を浮かせていく。
「ーー『故に。止めることは能わない』....ッ!」
無意識に。敵に向けていた杖を振り上げた。
「【真雷撃迅槍】ッ!!!」
新たな魔法。私の固有魔法となるべき魔法の名を叫ぶ。
バシュン。
杖から私の狙いに従って、真空の光が放たれる。空へと向けて。
遠くで、盗賊たちが安堵している様だ。よく見えないけど動きが大きいのでわかる。
だが。
忘れていない?
雷は降って来るものだって。
ぱち、と小さな音と共に空中で槍が9に別れる。味方を全部避けた上で全員を殲滅する、と言うのは流石に無茶。このルートなら殲滅だけならできなくはないだろうけど、制御もするとなるとちょっと魔力が足らない。そも初めての魔法だし。だから九人でいい。初の殺人としては十分数が多いのかな。
そうこうするうちに、九人の盗賊に槍が届く。
奴等は驚いたようだけど、所詮子供の魔法、見た目も弱そうだしと防ぐことにしたらしい。各々の防御手段で迎え撃つ。
それが運の...命の尽きだ。
ばぁん!!
破裂する様な音と共に火花が飛び散る。
結局はド派手に炸裂したそれは膨大な熱量で着ていた装備を消し飛ばし、盗賊たちの体内を暴れ狂う。皮膚を、筋肉を、内臓を。電撃が駆け抜け破壊する。
見る間に焼けただれた彼らは、煙を上げて倒れ伏す。遠目にもわかる程に絶命だ。あれで生きられる筈も無い。
「...成功っ!」
殺しに思うところはないでもない。けれど、私が王族である限り、多分人の死にはどのみち立ち会うだろう。であるならば、初めてのそれが盗賊共なのは寧ろラッキーだったのかも知れない。そう思った。
Side.アイリーン_現在
「すごい...」
わたしは素直に感嘆した。
あんな雷魔法は見たことがない。わたしは所詮学園の一年生に過ぎない。しかしそれでもあれが新機軸の魔法であることぐらいは見て取れる。
なら。私にも負けられない。
炎の本質は光だと聞いた。
つまり炎魔法で高い威力を出そうとすると光魔法に近づいていくと言う事だ。ある意味ではカリオペちゃんとは違い、新規性は薄いかも知れないが...そんなことはどうでも良い。
思い浮かべるのは太陽だ。光の象徴にして炎の象徴。天体と言う空の象徴。
「『炎は収束し、輝き、光となる』」
実は元々出来ないかと練習していた魔法を少し改造したに過ぎない。固有魔法ではあるが、既存魔法の改良に過ぎない。
慎重に狙いをつける、私の魔力だ。味方に当たりかねないから。
魔力を際限なく高めるわたしを見て、何人かの盗賊が防御魔法を展開する。
...なんで盗賊なのに魔法使い、それもちゃんと戦闘ができるレベルの人たちがあんなに居るんだろう。
けれど、今は寧ろ好都合。魔法使いたちに敢えてわたしは照準を合わせる。
「『灰燼に帰せ』!【炎上光線】!!」
りぃん...
細い、細い光の線が走り、魔法使いの防御壁にぶつかる。
それは防御を破らない。うん、当然だ。だってこれも照準線に過ぎないのだから。
しゅば!!
白い光が拡大する。指の太さ、腕の太さ、そして人を簡単に飲み込むまでに。
私の魔力は多い。膨大とか莫大とかそういう言葉を使われるほどに。
教師たちすら驚愕し、14歳にして魔力量だけならトップクラスと言わしめた私の魔力。
それにアッシュがもたらしてくれた知識。
その二つが合わされば、魔法の威力は...まあ、ものすごい事になる。
光が収まった時。
盗賊たちは灰も残って居なかった。




