第七十二話 遭遇戦/ただでは終わらない旅
それから次の日は何事もなく推移した。
フランキスカ達騎士を巻き込んでアイリーンがババ抜き大会を開催したり、どや顔のフランキスカがクッションを自慢して回ったり、適当に木を彫って作ったチェス盤でこの世界におけるチェスを遊んだり。総じて和やかな雰囲気であった。
が、アイリーンか、カリオペか、それとも俺か。恐らくこの中の誰かがトラブルメーカー、もしくは巻き込まれ体質と言う奴なのだろう。事件は更にその翌日。三日目の昼に起こった。
「王都って何か面白いのある?」
「えっと...面白いモノ...王立劇場とか?」
「そう言えば学園の街にもなかったな、劇場」
「基本的に王国の劇団は王立劇団一つだけなので。興行で各地を回ったりしますが、その場合は特設で一時的な劇場を製作するんです。テントみたいなものですね」
フランキスカの説明に三人で膝を打つ。田舎育ちと逆に学園入学まで王都から出たことがない三人だ。知らないのも無理はない。
「フランキスカさんのおすすめとかありますか?」
騎士目線の王都と言うのも気になるので聞いてみる。
「王都のおすすめですか...私としては...そうですね。王都の市場とか。大きな市場なので珍しいモノも結構売ってますよ」
「貴女この前港町のルクスェルには負けるって言ってなかった?」
「う」
...本当に愉快だな、この人。
警備隊長が例の”組織”の一員だったり、追加調査でもぼろぼろと構成員が判明している以上、一応警戒して《破壊の黒烏》を上空1000m付近で詰積させてたり、武装を隠し持ってたりするのだが杞憂だったか。
そう考えたのがフラグだったのか。フランキスカとアイリーンの表情が変わった。
「...気付いたんですか?」
「うん...野盗かな」
アイリーンの勘は近衛騎士団の隊長に匹敵するらしい。
なんかこの度で一番驚いてないか?いや、まあ、自分がものさしになる事象だから実感しやすいんだろうけど。
そう思いつつ、魔眼で見えないかと窓の外を見ようとしたとき。
どおおおおおんんんん!!!
巨大な爆発音とともに馬車が大きく傾いた。
「きゃあああああっ!?」
「わわわわわ!」
女子二人の悲鳴が上がる中、馬車は限界を超えて傾いていく。
横転だ。
「クッソ!初手砲撃とか礼儀がなってねえぞチックショウ!」
咄嗟にアイリーンと庇うフランキスカごとカリオペを引き寄せて魔法を発動させる。
「【演算仮定・何を掛けてもゼロ】!!」
ばりん!とかけてあっただろう強化魔法を突破してガラスが飛散、俺の背中に突き刺さるが魔法とインナースーツに阻まれて落ちる。同様に床と化した扉にたたきつけられるが無傷。
「ぐえ...」
と言うよりかはそれよりも三人分の重さが俺にのしかかってきたのが問題だった。
この魔法、一瞬の力は無効化出来てもこういう圧力は無理...。
「流石に...三人は...重い...」
「ごめ...ちょっと変な風に絡まって動けな...あっ」
アイリーンがちょっと悩まし気な声を出す。ちらりと見えた視界には胸元に思いっきりカリオペの手が突っ込まれていた。服の中まで入っているかは見えない。
「ちょっと変な声出さないでよ!...あ、コレがこうなって...抜けっ、あ痛!」
がん、とカリオペが絡まっていた腕を引き抜いた反動で元床だった壁に頭をぶつけた。
「っ...すみません。上手く動けず」
フランキスカは上手く立ち上がれたらしい。俺に手を差し伸べてきた。
「ありがとうございます」
すると外から喧噪が聞こえてきた。
「...盗賊が来ましたか」
「ええ。...この一番最初に大火力の炎魔法...《ベヒーモス盗賊団》!」
「それは...いえ、とりあえず外に出ましょう!」
「この馬車はあえて前方が弱く作られてるわ!」
「「了解!」」
そうとあらば遠慮なく。俺とアイリーンで同時に蹴り破る。横転してたら御者は御者台に座っちゃないだろうし全力だ。
ぼがん!と爆発したように木製の壁が吹き飛び、俺たちは外に転がり出る。
「四人とも無事でしたか!」
そばに居た騎士...昨日ババ抜きで最下位になっていた騎士が声をかけてくる。
「状況は!」
鋭い隊長の問いに彼は同様に鋭く返す。
「《ベヒーモス盗賊団》です!数は30!現在負傷は私を含め騎士3、ロズベルトと御者は行動不能!馬車の馬は逃げました!負傷は直営に回し、敵は一名死亡で現在29:5です!」
「私込みで6だ。...ち、第四騎士団が追っていると聞いていたが振り切ったのか、間の悪い...」
どうもかなり悪名高い盗賊団らしい。まあ、初手あれじゃ中身が死んでも構わないと言っているに等しいしな。さもありなんか。
馬車の後ろの扉を開ける。そこは車で言うトランクになっており、いろいろな荷物が...お、あった。
じゃこん。
「!?...アッシュ殿、何を」
フランキスカが止めようとするが構わない。
折り畳み式の銃身を展開、収納されていた単眼鏡をスライド式レールにはめ込み、肩当てを伸長させる。同時に弾倉が飛び出すので装填、薬室に弾をぶち込む。
頬当てに頬を当て、立ったままで単眼鏡を覗き込む。
「...見えた。300」
約300m。この世界では結構な長距離に当たる距離。騎士の報告の通り五人の騎士が戦っている。ボス...見つけた。結構な大柄だが魔法使い然とはしている。こちらの魔法も警戒されているのか射線は通っていないようだ。
「チッ」
舌打ちをして他を狙うことにする。ある程度強そうなの...階級は低いが魔槍らしきものを振り回している奴が目に留まる。
「あいつだ。...さあ、初仕事だぜ、《ペネトレイター》!」
躊躇いなく引き金を引き絞る。
抑えられていた発条の弾性力が解放され、撃針を銃弾の雷管に打ち込む。不安定なそれが爆発、爆轟は薬莢の細い穴を抜け火薬に着火する。火薬当然の如く燃焼し、高圧のガスが弾丸を薬莢から弾き出す。
だがペネトレイターは此処からが真骨頂。
カーネリアン謹製の雷属性の付与魔法が発動する。ただひたすら発生する電流を高めただけの、攻撃魔法としては出来損ないのそれが、物理の力...ローレンツ力と言う弓を得て、己で敵を破壊するのでは無く、金属の弾丸へと力を与え、矢として撃ち放つ。
音速を優に突破、更にまだまだ加速する。マッハ7.2。通常の弾頭では達成しえない速度で銃口から弾丸が放たれる。
空気を貫き、赤と銀灰の輝きは飛翔する。たった300にマッハ7だ。ほとんど重力に引かれることなく、たった13mm径の矢が対象に突き刺さる。
爆発、いや、消滅と言うべきか。
たった1.3センチ。直径にして一円玉よりすこし大きい程度。それが大柄な男の頭蓋へと侵入し、次の瞬間、この世から跡形も無く消滅させた。
排莢機構が薬莢を機関部から排莢口を通して吐き出し、続いて弾丸を薬室へ叩き込む。
きいん、と薬莢が跳ねる音がした。
ふう、と息を吐き出し、単眼鏡から目を離す。
「一人撃破」
「「いや、え!?え!?」」
「なんだ!何が起こった!?」
戦場とこちら、近衛騎士の面々と盗賊団が状況から置いて行かれている。が、だ。俺一人しか状況を理解していないのなら少しは待つが。
此処にはもう二人、流れを進める者がいる。
「...やるわ。...どうせ完成したうえで持ってきてるんでしょ?」
「ご名答」
ひょい、と馬車の中のバッグを一つつかみ取り、カリオペに向けて放り投げる。
「...ほんとセンスいいわよね。アッシュの癖に」
「ひでぇ」
バッグを開け、中身を見た彼女のあんまりと言えばあんまりな物言いに文句を言うが、当然取り合われるわけも無く。
俺を無視してそれを取り出す。
銃器、としては大分古風。いや、この時代に即した、寧ろもう少し先の意匠と言えるか。
見た目としてはミニエー銃のソレ。王族がつかうものとあってふんだんに装飾を施した、無骨さを感じない瀟洒な銃。だがそれは見た目だけ。中身はゴリゴリの非現実。要するにこれは”魔法の杖”だ。
「《裁定者》と名付けた。ぶちかませ」
「了解!あんたのそれはあと何発?」
「7!」
「じゃあ八人は倒さなきゃね!」
そういって彼女は《リブラ》を片手で構え、魔力を練り始める。すると、アイリーンも進み出て、両手で《アーバン》を構えた。
「...”覚悟”は良いのか」
「うん、出来てる」
それは短い確認に過ぎない。しかしそれは大きな意味を。
アイリーンの、初めてだ。
「....ねえ!私の時は聞かなかったわよね!?」
「お前は気にする性質じゃないだろうが!」
ちょっと忘れかけてたとも言う。
「ったくもう...!」
「あはは...」
そう言いながらも彼女たちは魔力を高めていく。
それに気付いたか、それとも先ほどの攻撃の出所に漸く気付いたか。
てき盗賊団の首魁らしき例の大男が何やら喚き、男が数人こちらへと足を向けるのが丁度覗き込んだレンズ越しに目に入る。
「...来たか」
未だ状況には付いていけていな様子だが、その言葉を聞き逃さなかったのは騎士の矜持か。
フランキスカともう一人の騎士が剣を構える気配がする。
「まあ見てろって。別に、連射が出来ない訳じゃない」
確かに俺は一番最初に遊底を引いた。だが何も、鎖閂式だけが遊底を引く訳じゃない。
こいつは半自動方式だ。
があん!があん!があん!があん!があん!があん!があん!
連続して引き金を引く、引く、引く。《ペネトレイター》はそれに答え弾丸を吐き出す。
すると迫る盗賊がはじけ飛ぶ。そんな光景が七度続く。
未だこちらへ向かおうとする男たちはいるが...怖気づき、速度が遅い。こちらを警戒してにじり寄ろうとしている。
ああ。遅すぎるぞ、それでは。
「...行ける」
そうら、時間切れだ。




