第七十話 近衛騎士/初手はやっぱりイロモノの
光陰矢の如し、とはよく言ったものだ。
二回目の人生ではあるが、時がたつのは年を食うごとに早くなるのは変わらなかった。脳のクロックとかの問題もあるんだろうが、転生したら時間感覚はリセットなのだな。
そんなことはどうでも良い。
つまるところ、今日が、この国の国王に会うため、王都へと出向かなければならない日なのだ。
「本日から暫くの間、皆さまの護衛を務めさせていただきます。近衛騎士団三番隊長のフランキスカ・レオ―二と申します。宜しくお願いします」
校門に出る時には既に到着していた、王家仕様の豪華な馬車ーーカリオペが許してくれたので同乗出来ることになったーーの前に立っていた女性が、俺達を見るや否や騎士の礼を取った。
「アッシュ・クロウです」
「アイリーン・ソラウです」
王族、つまり上位たるカリオペを除いた、俺とアイリーンはそれに答礼する。
当然(?)二人とも騎士の礼だ。
尚この国における”騎士の礼”は左拳で右胸を叩く動作を言う。戦場で剣を持っていても出来るからこうなのだとか。王族に対する場合は更にそこから頭を下げるのが普通だ。目の前の彼女の様に。
だが、俺は正直少し驚いていた。
目の前の女性の身分が”騎士”であることに。
確かに、スラリと伸びた手足にはそれなりに綺麗な筋肉が付いているし、どう見ても魔剣にしか見えない剣を台頭している以上、戦闘職と言われたら納得は出来る。しかし、服装があまりにも似つかわしくない。
そう。何故筋肉が付いていると判別が付くのか。それは手足が見えているからにほかならない。
白と赤で構成された、ナイトドレスの様な様式のソレ。彼女の赤みの入る茶髪を引き立てる様なその色は、さらに彼女の補足引き締まった体躯を強調している。
豊満とは言えないが、100人が見れば99人はスタイルが良いと評するであろう、黄金比にも近い肢体。ドレスの薄い生地はその線を一切隠さない。腕には模様を描くように透かしが入りその白磁の様な肌を見せつけ、胸元は大きく開いているように見えるほど大胆に透かされている。一見ただ布が張り付いているだけかのように。
スカートは上半身の印象に反してボリューミーではある。だがこれも中々大胆だ。小さめの骨組みが入り膨らんでいるのだが、その骨組みを露出させる大きなスリット...いや、切れ込みというより最早分割と言うべきそれが入っており、その奥にはこれまた白い腿が晒されている。
長めのスパッツにガーターベルトを被せてそこで分割したような良く分からんものを履き、ニーハイを履いてはいるが。
いや、そもそもスパッツだのガーターベルトだのが見えるのがおかしいのである。世が世なら痴女と言われても仕方がない。
だが、顔はというと痴女とは到底思えない。服装の華やかな印象からは少し遠くにある、それでもしっかりとその雰囲気にマッチした、氷を思わせる鋭い顔。すこし切れ長の双眸にはこの国では少数派な黒い瞳が夜の闇の様にその彩を揺蕩わせる。
総じて特徴を掴ませない女。それが俺の、フランキスカへの印象だった。
「...なにか」
しまった。じろじろと見過ぎていた様だ。
「失礼。田舎に伝わる騎士の話とはいささか印象が違ったもので」
見つめていたのは取り消せない。俺は素直に理由を述べて謝る。
一応言っておくと煽っているのでなく不勉強を表し遜る言い方である。訳と文化の問題だ。
「ああ。そうですね。確かに一般的な”騎士”の恰好とは違いますか」
そう言って彼女はくるりと回る。
軽いのか舞い上がるスカートのせいで、結構がっつりとその下がさらけ出される。
さしものアイリーンも顔が少し赤くなっている様だ。
「まあ、初見で驚く気持ちは分かるわ。フランキスカ・レオーネ。代々優秀な騎士を輩出しているレオーネ辺境伯家の麒麟児にして異端児...だったかしら」
「おい、その言い方は...」
割と嫌味と言うか直接的に悪態なのでは。
「ああ、本人が言ってるから」
「え」
「ああ、はい。確かに最初に行った方は嫌味かそれに類する意味合いでおっしゃったのだと推測しますが。...お恥ずかしながら我が一族はそう言った”普通ではない”表され方が大好きでして。その、いつの間にやら公式?の紹介に...」
地球の少年漫画好きが通る道と言うか何と言うか。かっこいい呼び名に浮かれてるだけかよ。
「まあ、ドレス含めて頼りになるわ。これも魔道具...と言うか迷宮戦利品だっけ?」
「ええ。正確には作り直した品ですが。...少々はしたない恰好ではありますが...まあ、これ以上の装備品を保有していないので」
ぽ、と顔を赤くして視線を逸らしたフランキスカ。...いや、恥ずかしいのかよ!
まあ確かにきわどい所までがっつり見えるので、恥ずかしいのではと思ったけども。
あれだな。強装備の悲哀という奴だ。ゲームなんかでよくある、強い装備で固めると見た目がとんでもないことになるヤツの発展形と言うか。ネタにしか見えないアイテムが性能良かったり、男子プレイヤーが見た目女性のキャラに着せる際にちょっとためらう様なえっちな装備が最強装備だったりするものだ。
それが現実な自分、と...うん、俺はそう言った装備は作らんでおこう。製造者責任で着る羽目になりそうだ。
「...えっと、頑張ってください...」
さしものアイリーンも言葉に詰まってしまい、絞り出したのは励ましの言葉だった。
「...ありがとうございます...」
ちょっと涙目なあたり、色々あったんだろうなぁ。
兎も角、何時までも校門の前で話し込んでいる訳にも行かない。極秘...とまでは行かない者の、俺とアイリーンが王都に行くことやその内容は一応伏せられている訳だし、知り合いに遭遇する前に出てしまった方が得策。と言う事で俺達はさっさと乗り込むことにした。
「どうぞ」
フランキスカがドアを開ける。こういったのは従者...今回はフランキスカに任せるのがマナー。とは言え男性が最後に乗るのもまたマナーである。こういった場合は間を取って俺が最後から二番目に乗るわけだ。
「よいしょ」
王家仕様と言うだけあって広々とした、豪華絢爛な車内には2.5~3人掛けに見える...多分想定としては2人掛けの長椅子が向い合せに設置されていた。
ふう、と溜息を吐いて座ったカリオペは、何かに気付いたらしく俺の方を向き直る。
「あ、そうだ、アレ出してよ」
「え、必要なの?」
「馬車舐めちゃいけないわよ。私だって王家のなら兵器と思ってた時期はあったけど」
返したのはアイリーンだがその返答は否定。
「...”アレ”とは?」
最後に馬車に入り扉を閉めたフランキスカが疑問を呈す。
「えっと...」
がさごそ、と俺は持ち込んでいた鞄を漁る。確か圧縮袋に入れて...お、あったあった。
「ててーん!”人を堕落させるやつ”~!」
某青タヌキの声真似で某商品のパクり名称を堂々と言い放つ。
取り出したのは圧縮袋に入れられてぺたんこになった青っぽい色の角が丸い長方形。
「なんか名前変わってない?」
「正式名称は”超物理力吸収クッション”だな。これは椅子型モデルだが」
袋の栓を抜くとぷしゅ、と音を立ててみるみる膨らんでいく。
「おお...」
真空圧縮袋なぞ始めて見るであろうフランキスカが驚きの声を上げる。風魔法が使えればわりと簡単なんだけど、そもそも布製品を圧縮しようという発想がないか。
きこ、と平らになっていた背もたれ部分を起こすと言った通り椅子...正確には座椅子の様な見た目になる。
「ほれ」
「ありがと」
「ありがとー」
渡すと二人はいそいそと長椅子に敷いて恍惚の表情を浮かべる。
「あ、フランキスカ様もどうぞ」
相手はれっきとした上級貴族であり、学友と言う訳でも全くないので、当然様呼びをする。カリオペ?「敬語使われたくない」と言われたのでヨシ。
「ありがとうございます。...ええと、こうでしょうか...」
二人をまねしてクッションを敷き、彼女は恐る恐るといった風に座り。
「ほわあ...」
表情が大崩落した。
氷の様な、とも評せる程度にはクールな顔つきだったのだが、今やここがぱらいそや!と言わんばかりの、まるでだらしのない恰好で日向ぼっこをしている飼い猫が如き表情である。
まあ、アイリーンやカリオペも似たような顔してるし今更だが。
「これは...一体...」
ちょっと垂れていた涎をぬぐいながらフランキスカが迫って来る。
「ああ、これは...っと。また長くなってしまいますね」
「あ。...すみません、出してください」
馬車の中なのを忘れていたのか、彼女は慌てて御者に指示を出す。
暫くするとガタゴト、と馬車が動き出す。
だが。
「凄い...馬車の振動が全く伝わってきません...」
そう、音を鳴らすのは馬車の車体のみ。俺達の身体は微塵も揺れなかった。
「一体、これほどの物をどこで!」
ずい、と身を乗り出して迫られる。
う、香水の匂いが。近い近い。
「えっと、自作です」
「自作!?」
間近で叫ばれると唾が心配になるがそこは淑女と言う事か、唾を飛ばされる様な事は無かった。...何を言っているんだろう俺は。
「えっと。...どうせ俺が発明家な情報は入ってますよね?」
入りそうなルートだらけだ。
「え、ええ。まあ...」
この分には単に少年発明家的な、ちょっとした話題になる程度のレベルだと思っていたのだろう。微妙にピンと来ていない様子。
「じゃあ説明しちゃいましょうか。えっと。これ...”超物理力吸収クッション”ですが、簡単に言いますと、”衝撃吸収ゲル”層と柔らかい小珠の二層で出来ています。ゲル部材が...今なら馬車から伝わる振動を吸収しつつ、ビーズ層は動く事で柔らかく身体を包み込んでくれるわけですね。製品としては今回の様に揺れる際に軽減に使うも良し、長時間机に向かう際に腰や尻の痛みの軽減なんかにも良しです」
そこまですらすらと説明すると、彼女も合点がいったらしい。俺に頭を下げてきた。
「申し訳ありません。少々貴方の事を侮っていたようで...凄いですね」
「いえ。14の子供が発明と言っても普通は信じられないでしょうから」
下位貴族に、しかも子供に律儀なことだ。と思いつつ謝罪を流す。
「ありがとうございます。...それにしても凄いですね。...発売の予定などは?」
時折ほわ、と崩れそうになる表情を引き締め、彼女は感嘆し、そんなことを聞いてくる。
「ええと。近々?...それに使われている素材は少々特殊なものでして、それそのものの量産は出来そうにないのですが」
使われているゲルもビーズも地球の由来だ。特にゲルは高度な品。よく見る卵をぶつけても割れないアレである。
「最近スライムで代用が可能と言う事が発覚しまして」
実はこいつの開発そのものは領地で暮らしていた時、具体的には10歳ごろまで遡る。
丁度その頃に知り合ったカモミールに売りつけた後、ヤツはどうにか量産しようと試行錯誤をしていたらしい。苦節四年、その努力は漸く実った様で、先日嬉しそうに試作品を持って飛び込んできた。
「まあ、あくまで劣化品ですが、馬車でお尻が痛くなるようなことは無いかと」
揺れはするけど。
「劣化品ですか...」
どの程度の劣化と思ったのかは知らないが悲しそうにするフランキスカ。
自分用のが欲しくなったのだろう。
「あ、良ければ売りますよ?」
時間は少々掛かるがまた作れる程度の物でしかない。予定ではマリアの物だったりするが。
「言い値で買いましゅっ!」
勢い込みすぎて噛んでるし...。
「え、えっと。...2万3000でどうでしょう」
気付いたら現金が出現していた。どっから出した...。
「ま、毎度あり。...そんなに気に入りました?」
スライム版の方が販売予想価格5000位と聞いたので四倍強のボッタクリ価格なのだが。
「それはもう!馬車内での護衛、デスクワーク、馬への騎乗...近衛騎士、それも女騎士の任務はお尻との闘いと言っても過言ではないです!それが軽減するとあっては買わない選択肢はありません!」
ほむんほむんとクッション上で跳ねながら興奮している。なんかこう、印象が小動物になりつつある。
「馬か...」
鞍用クッションもありかもな。ビーズは抜くしかないだろうが。
「...!もしかして何か思いついたんですか!?」
近いってば。
「.....形になったら贈りますよ」
色々と理由付けて試験者になってもらおう。騎士のテスターとか面白そうだし。
「有難うございます。...ああ...私はこの任務に付けて幸せです...」
「私に忠誠を誓ってた時より本気ね...」
「お尻にできものが出来かけている以上取り繕う余裕はありません」
それは俺の前で言って良い事なのだろうか。あとちょっと的外れな気もする。多分それニキビだ。まあ摩擦による刺激も原因になりうるとは言え、汗が原因なことが多い。
座ることが多かったり逆に運動すると以外と蒸れる部位なんだよな。デスクワーカーなんかは座ると痛くて触ったらニキビだった、なんて経験がある者もいるだろう。
そういえば騎士とか警備隊は水虫に良くなるなんて話もあるようだし、通気性のあるアレコレも需要はありそうだ。
「...これからの事を考えると汗の為に通気性の対策は急務かもな」
考えてみればアイリーンは騎士志望だし。これから夏だし。
「汗かあ。蒸れると色々こもって嫌なのよね」
エ〇リズムとかあるわけがないしな。意外と夏の湿度が高い王国じゃ割と死活問題かもしれない。
「夏は式典で着る鎧が...まあ私はまだマシですけど」
普段はドレスだしな。それでも下に着てるモノを変えれば変わるだろうけども。
通気性のある布...若しくは冷感布...うう、流石に覚えてない。
一から特殊な布作るのは流石に面倒だし構造で考えるしかないか。
いや、今着てるアンダースーツなら必要ないんだけど、現状これを量産は無茶だし。
がたん、と大きく馬車が揺れ、街の外に出た事を御者が伝えて来る。如何やら待機していたらしいほかの近衛騎士団の騎士たちも合流し、王都までの三日間の旅が始まった。




