第六十七話 過保護制作部/転ばぬ先の安全マット
「...で、嫌な予感がするから色々と作ってる、と...」
私、カリオペはその日、暇なのでアッシュの工房を訪れていた。
...いや、だってこいつら以外に友達いないし。取り巻きのご機嫌取りとかここの居心地の良さ知っちゃうと正直相手にしてらんないし。
...爆速で絆された気がするけど気にしない。アッシュと言うよりはアイリーンのコミュニケーション能力の高さな気がするけど。うん、芯のコミュ強ってコミュ障すら貫通するのね...。
ま、現状友人と言える人が大抵ここをたまり場にしている以上ここに訪れざるを得ない訳だ。
で、私はマリアからアッシュの悪夢の話を聞いた、と言う訳。
「王都で全滅する夢、ねえ...アッシュが予知夢の類を気にするとは思えないのだけど...」
一応、二週間ちょっととは言え親密(?)に過ごした結果として、アイツの評価は”現実主義”だ。無謀なコトも無いではないが基本的に自分の能力の範囲内で物事を語る、という意味の現実主義でもあり、”現実に起こりうることが証明されているもの”しか信じないと言う意味でもある。
元々魔法のない世界で、”科学”と言うものを操りまい進していたと言う彼にとっては、”非現実”は信じるに値しないものなのだとか。
予知夢とかこっちの世界でも非現実なんだけど。
『ま、それだけ怖かった、って事よね』
確かに悪夢の例としては典型的でそれゆえに怖いものだ。
「まさか対策を取ろうとする人間がいるとはね」
『出来るのがアッシュよ。さっきは「唐突に現れた髪が急に不明な力で縊り殺すとかでない限りは即死しないようにする」って息巻いてたわ』
「それは最早恐怖の部類なんじゃないの....?」
それはつまり神の裁きに匹敵する攻撃を喰らいでもしないと死なない人間が完成すると言う事に他ならないのだけど。私だったら絶対に相手したくない。
「まあ、それが完成するのは年単位で掛かると思うけどな」
作業がひと段落したのか、こちらへと意識を向けるアッシュ。
「いや、”年”で出来るのが異常なのよ」
一生かかったって出来るかそんなもの。
「つってもある程度魔力云々に関しても目途が付いてきたしなあ。そのうち魔導物理学みたいに纏めないと」
『え”、この短期間で...?』
確かアッシュの提唱する魔力、魔法は”神によって起きる現象ではない”という結論だったか。流石に教会所属のネアが不機嫌になってたけど。
物理、と言ったかな。物が落ちたり、跳ねたりするように、”原理”があって、そこに従っているだけ、”法則”が存在する、数式で表せるモノ、か。...正直神なんてあいまいな存在で語られるよりも私にとっては分かりやすい。
「短期間、って言うには十四年は長いんじゃないか?ニュートンが万有引力を発見したのも22歳だし」
『そっからプリンキピア発刊まで22年かかってるのよ!』
何言ってるか分からないが多分向こうの研究者の話とかそう言うのだろう。
「まー、つってもまだまだだけどな。励起状態における魔力粒子のふるまい、がギリギリ。結局波長パターンはある程度導き出せたけど、なんでそれで物質やら現象やらが生成されるかが全く分からん。そういう意味では学問と言うより”まりょくのつかいかた”なんだがな...」
『十分すぎる』
私もそう思う。
「ふう、魔法付与がこんな短期間で出来る様になるとは思わなかったわ。一人で完成までこぎつけてる作品も増えてるし」
槌を片手に、汗を拭きながら会話に加わるカーネリアン。鍛冶場の方から帰ってきたのか、煤が付いていたのでハンカチを取り出して拭いておく。
「あ、ありがと。...ほんと、このままアッシュが成長したら私はいらなくなるかもね」
「いや、そんなことない」
カーネリアンのそんな言葉にアッシュが強く反論する。
「依然、ドワーフの持つ技術は唯一無二の不明技術だ。鍛冶魔法やドワーフ式付与魔法は恐らく一般魔法とは術理が全く違う。...魔法ですらない可能性もある」
『...え、どういう事?』
初耳の事象だ。私もすこし気になるので耳を傾ける。
「何と説明するかね。...ええと、雑な脳波パターンの計測ではあるのだけど。魔力粒子に働きかける際、必要であろうと推測されるパターンと全く違ったパターンが放出されているのを見た」
『...種族差じゃなくて?』
「いや、少なくともカーネリアンの脳波パターンそのものは俺達のソレと99.58%一致している。種族差とは言い辛い。..種族特性ではあるのだろうが、また違う術理が働いている筈。さらに言えば何であれこの世界の技術に精通した仲間は絶対的に必要だ。お役御免になどなるモノか。カーネリアンのその槌は俺に必要だ。振るうのをやめてもらう訳にはいかないな」
案外素直に求められたからか少し赤面するカーネリアン。
まあ、その内容は鍛冶や技術の話なのだが。...あれ?
「そういえば君の槌を僕の為に振るってくれ、ってドワーフの有名な求婚文句じゃなかったっけ?」
「え、マジ?」
言うと絶対にその気はなかったであろうアッシュがきょとんとする。
ドワーフは男も女も鍛冶をする種族だ。結婚の相性を相槌(二人で鍛冶を行う事)が上手く行くかで決めるなんて風習すらある。細工師も多くいるが、やはり本流は鍛冶なのだ。
「...よく知ってるわね」
「王国は一応他民族国家だからね」
一切交流のない”魔族”は兎も角、獣人も(他国にビビりながらとは言え)受け入れる国だ。王女ともなれば小さなころから他種族のことをある程度学ぶ。
「すまん、その気は...」
「ないんでしょ。寧ろ人間に知ってる人がいた事が驚きよ」
まあ、そうでしょうね。エルフ、ドワーフ問わず他種族と結婚する者はいなくはない。とは言え基本は人間社会に居る者との結婚だから、求婚などの風習は自然、人間側に寄る。そう多くいる訳でもないドワーフやエルフの文化を知ろうとすると大抵は本人に聞くしかないからだ。
「本人に告白の仕方を聞くとか絵面がマヌケすぎるものね。広がらないのも当然か」
『あー...』
苦笑いするマリア。
「とはいえドワーフの間だとその文句は言わば浪漫なのよ。...伝説に残る”ドワーフの帝王”。彼が彼の妃に求婚した時の言葉がソレだったようだから」
ああ、出自はそれなのか。そこまでは知らなかった。
「だから...余りない機会でしょうけど、ドワーフに会った時に下手に言わない方が良いわよ。前から交流のある私だから良いけど、他のドワーフだと本気にしかねないから」
「肝に銘じます...」
しゅんとするアッシュ。
...。
「今思ったんだけど。あんた、割とアタマが気障と言うか、カッコつける方面に直結してない?」
「う”」
ぐさ、と私の言葉が突き刺さる光景を幻視する。
自覚はあったのね。
「あんた、ほどほどにしておきなさいよ?顔は悪くないんだし、何時か女の子泣かせるわよ」
...まあ、既に三人ほど焼き上がってる気はするけどさ。
既に修羅場確定なの酷くない?いや、貴族なんだし、側室という手段は無いでもないけど。...野暮ね。うん。
少々どこか引っかかるのを誤魔化すように思考を振り払う。
「はぁい」
何処か分かって居なさそうなこいつを見ていると逆に安心するわね。全く...
「で?今は何作ってるのよ」
「えっと、バリア?」
『ええ...』
説明を聞くと要するに防御魔法のことだった。科学の力で強化出来ないか模索中とのこと。
「構想的には武器強奪と組み合わせられそうなんだよね。磁場フィールドとか静電気場とかは既に完成している訳だしさ」
『本当カイトは昔から一人SF科学よねぇ...』
「ゴッドハンドの方がある意味SFだろ。要するに範囲内の金属を引き寄せるor吹っ飛ばせればいい訳で...」
『だったら必要な磁場は...』
「前に聞いた磁力の話だと魔法付与が...」
ああ、もう話が分からなくなった。
私も頭の良さには自信があったんだけど、何と言うか闘技場が違う感じ。向こうの世界的に言うと”土俵が違う”だったっけ。
ぼうっとしているとアイリーンとカガミもやってきたので、取り合えず私達はアッシュ達の暴走を眺めながら紅茶を飲むことにした。
アッシュが買ってきたらしいけど妙にアイツ趣味が良いのよね。聴いたことも無い銘柄なのにすごく美味しかった。




