第六十四話 生徒会の三味/美味いものは良いものだ。これは世界の真理である。よってこれは~(以下省略)
そんなわけで、エレーナ先輩の行きつけの店とやら。
「...スイーツ系かと思ったら違うんですね」
「流石に夕飯に誘っておいてスイーツ店には行かんさ...デザートは出るが」
あ、出るんだ。
兎も角俺達が来たのは、学園にほど近い、名前を”パレス・オブ・ステーキキャッスル”という宮殿なのか城なのか分からない、ステーキハウスに近い店だった。
一応貴族向けの高級志向と言う事なのか、個室に通されたが、出てきたメニューは結構ジャンキーだった。
ビーフステーキ。要するに牛肉を焼いたもの。これはステーキハウス故当然だろう。ソースは数種類あるが、俺はペッパーコーンソースを選んだ。
質のいい牛肉の濃厚な脂の香りと、スパイシーなソースの匂いが今すぐこれにかぶりつけとばかりに脳に命令を突き付ける。
フライドポテト。何故かハンバーガーショップ系のスティックタイプ。しかも結構多い。更に大型のオニオンリングと揚げ物が続き、ボリューム不足なんてさせるものかと息巻いている。ちょうどよくきつね色に揚げ上がったその身から、香ばしい匂いを乗せた湯気がもうもうと立ち上る。
主食は大皿で提供されたスパゲッティ、種類はペスカトーレだ。ちょっと地球世界のそれより麺が太い。どちらかと言えばスパゲットーニっぽいけど、まあ本場出身でもないし些細な違いだろう。
使われる魚介類はどれもこの辺では高級な物で、本来は雑魚などを用いる大衆向けのソースとは思えない。香るニンニクはしつこくなく、どう考えてもお高い白ワインとトマトの匂いを引き立てる。もはや触るまでも無く濃厚なソースは、思わず大皿事独り占めしたくなってしまいそう。
「...はは、みんな涎でも垂らしそうだな。名目上は決起会のような物だから...ああはいはい、解ったから睨むな。ーーー食べるぞ!!!!」
いただきます!の重奏が鳴り響き、それぞれが目の前の獲物にかぶりついた。
『「「「「「「「うっっっっま!!」」」」」」」』
「ははははそうだろう!」
いろいろと語彙力が消し飛んだ俺達の感想にエレーナ先輩は呵々大笑。
完璧に揃ったのが面白かったのか止まらない様子。今のうちにスパゲッティ食うか。
「おい、流石に私の分まで取ろうとするのは許さんぞ」
チッ。察しが良いな。
「ふがふがふがふが」
「はしたないぞ副会長」
割と礼儀正しそうなのに口の中を満杯にしたまま喋るアリオスさんを先輩が窘める。
「もぐもぐもぐごっくん。...会長、よくこんな場所知ってましたね」
というのもここ、学園からほど近い場所にはある。が、かなり入り組んだ場所の奥に佇む隠れた店なのだ。
「一年生の時に時間を持て余して一人この街を探検していた時期があってな...」
なんか捉え様によっては重い情報だな?
「その時に見つけたと」
アリオスさんの確認に先輩はこくりと頷いた。
その間にも俺は必死で料理に噛り付く。
いや、本当に美味い。ステーキはかみついた時点で水風船が破裂したかのように肉汁が溢れ出し、柔らかすぎない、程よい固さで口の中で踊る。余りに濃厚なその味は凶悪な程に牛の存在をがなり立て、他の肉であれば肉の味を掻き消してしまう程度には強く味を付けられたソースを完全に脇役へと追い込んでいる。濃さ、としては濃すぎる程なのだが、まるで闘技場かの様にそれぞれの要素の戦いが白熱し、アツい美味さを形成している。
ステーキに付けるフライドポテトじゃないだろ、とおもったフライドポテトはカリッとした触感に揚げられ、コンソメ風の味を付けられている。ちょっとポテトチップスっぽい味付け。
オニオンリングは玉ねぎの旨味を凝縮しつつ揚げ物のパンチを引き上げる加速器にすら転用。油から、衣から選定されたそれは一つの旨味の砲弾とすら言って相違ない。
スパゲッティに至っては最早俺の知るペスカトーレではない。
いや、ペスカトーレではあるのだが大衆料理然とした雑さが微塵も含まれていない。名銃と呼ばれる銃には一切の無駄が無く、パーツ一つ一つが吟味され、全てに意味を持つと言われるがあんな感じだ。雑然と混ぜ込まれた魚が、貝が、パズルのピースを埋めるかの様に組み合わさり、一つの絵画を形成しているかのようだ。広大なトマトスープの海の中を描くような味の絶景。
前世含めてこんなもの食べた事がない。
『もぐもぐもぐもぐもぐもぐもぐもぐもぐもぐもぐもぐもぐもぐ』
「もぐもぐもぐもぐもぐもぐもぐもぐもぐもぐもぐもぐもぐもぐ」
反対を向けばカリオペとマリアが滅茶苦茶に瞳を輝かせながらリスの様に頬を膨らませて食事を貪っている。
あ、よく見るとマリアの方は本当に頬袋をばれないように作っていやがる。形容を本気にするんじゃない。
「絶対行きつけにする....!でもちょっと高いのよね...」
ぺら、とお代わり用に残してあるメニューを手に取り、ファナさんが溜息を吐く。たしか彼女は伯爵だが、それでもちょっと高いと思わせる程度の値段ではあるのだ。
「まあ、わたしも”ちょっとした収入”が無ければ奢ろうとは思わなかったからな」
そう、今回はエレーナ先輩の驕りである。ま、出所は情報料と紙事業の協力だが。
彼女の父は娘が持ってきた事業で手に入った金は娘に管理させる方針らしい。人材や鍛冶技術を持ち込んだ結果結構な金が手に入ったと言っていた。
「そう考えると俺には自力で来ることも難しいな...」
男爵令息であるシルトが肩を落とす。
そういえばこの人先日も金欠にあえいでいたな。...南無。
ちらりとマリアに視線を向けられる。普段は察するのが難しいが今回ばかりは簡単だ。
ヘイヘイまた連れてきますよ。
アイリーンとカガミ辺りも含め。
もう既に前金とやらは振り込まれ、俺の懐は金の塊と化している。二年くらいは毎日ここで食事してもダダ余りする。そういう意味では高みの見物が出来る。実家は特別云々は兎も角経済規模は普通の男爵だけど。
そういう意味では多分俺は今両親より裕福...かもしれない。自分の自由に使える金額と言う意味では。
「もきゅもきゅもきゅ。ああ、おいしいです~」
「もくもく...」
表情が完全に蕩けているイゼルマと、活発そうなわりにエレーナ先輩並みに上品に食べている...が、かなり食べる速度が速いエンバー。
これは何と言うか、記憶から離れなくなりそうな場所だ。
結局、俺達は調子に乗って色々なメニューの食べ比べに乗り出した。
俺はそこまで大食いの部類ではない...と自負しているのだが、それでも結構な量を食べてしまった。
途中から女子陣がカロリーの恐怖に震えながらも食べる手が止まらなくなっていたのが印象的だった。
特殊能力的に関係のないマリアは普通に食べまくっていたが。前世はわりと小食だったのに、今世じゃ満腹という概念がないんじゃないかこいつ。
「うぷ...」
「うう、スカートが...スカートがきつい...」
「流石に食べ過ぎたな...」
「正直、食事会でもうすこし親睦を深めようと思ったのだが。そういう意味では少し失敗か?」
まあ、皆の失態を視れたと言う意味では親睦を深められたのかも知れないが。
「先輩はあまり食べてませんでしたよね」
まあ比較的だが。
「私はそこそこ常連だからな。初来店の時は食べ過ぎたが」
まあ、あんだけ美味ければなあ。
「...」
「何よこっち見て」
カリオペを見ていたら咎められた。
「いや、別に...」
「なによ、ソースが付いてるとか?今更逸らしてないで言いなさいよ!」
空気が読めない俺でも怒られるとわかってるのに言えるか、と思っていたのだが余りにしつこい。
ええいままよ。
「いや...正直服の上からわかるほど腹が膨れてる...」
「あ、私が言わないでおいたことを」
ぴき、とマリアと先輩除く女子がその機能を停止する。
そして睨まれる。
『うーん残当』
「これ俺悪くないと思うんだけど」
俺も食った側だけど自業自得だろ。
「....あっしゅ、なんとかして」
「無茶言うな馬鹿」
まあ脂肪でがっつり出てるとかではないから誤魔化すこと自体は簡単か。えっと、人目は...ここ裏路地だからオーケーっぽい。じゃ、材質指定、ビニールでいいや。マット加工しとけばばれないだろ。形状指定...まあ帰るまでだし。暗くなってちょっと肌寒いし大丈夫だろ。座標指定、個数は...四つでいいか。
エレーナ先輩の腹部を流し見してから個数を決めつつ、小声で「【夢想印刷】」と詠唱する。
ばさ、と四人の肩に少し厚手のコートが乗った。
「わ」
「雑だが厚手のコートで。編んでない一体成型なんでよく見たら気付かれると思うけど、まあいいでしょ。...寮戻ってからは知らんからな、消すし」
「...まあ、ありがと」
ったく、感謝しろよー?
別に門番に怪しまれることも無く素通りだった。女子四人がほっとしていたが、別にそこまで気にする必要はないだろうに。...脂肪として付いてからが戦いである。
校門からは男子寮の方が近い。嫌がる女子からコートをはぎ取り(この世界じゃ未知の素材なのにそう簡単に渡せるか)、消し去ってしまう。ぶー垂れる四人だが無視だ無視。
「むう。...仕方ないか。じゃ、また明日」
「ん、また明日」
カリオペと、女子陣とあいさつを交わす。「明日も仕事は有るからな」という先輩の釘刺しに「明日も驕りっすか!」と返したら怒られた。全員の眼が光ったことは見逃していない。多分本気にしたよなあんたら。毎日食ったら多分流石に太るぞ。
同じように気付いたらしきエレーナ先輩に女子たちは引きずられていった。
さもありなんだ。
「じゃ、俺達は上だから」
一学年の部屋は一階と決まっている。つまり上級生の他の役員は上の階と言う訳だ。
「はい、おやすみなさい」
「おう、お休み~」
「おやすみなさい。...念のため、運動強度は強めにしておくように」
「はーい」
ま、一度で太らないとは限らないからな。
『ああ...美味しかった...』
と言う訳で俺はマリアと共に部屋に向かう。どうせこの後は風呂だが、教師用の女子風呂の方まで一度マリアを連れて行く必要もある。そっちの方が近いのと、女子寮に俺が侵入する訳にも行かんからだ。学年ごとに入れる時間も違うため、風呂にありつけるまでは時間がかかろう。大浴場と言うだけあって湯舟もある以上、文句なぞある筈も無いのだが。
翌日、俺はカリオペに泣き付かれた。
尚容赦なく腹をつまんでやったところ全力でビンタされた。流石に覚悟の上でわざとやった犯行である。
察されたマリアには半眼で見られたが、まあ、うん。ヨシ。思いっきり頬に紅葉が出来たが仕方がない。
暫くアイリーンとの練習メニューに混ぜようか。アイリーンやカガミ達も含めあそこの常連になることはまず確実だし。
書いてる方が腹減って来る。
尚、一部魔物は家畜化され、牛の魔物たる”デリシャスカウ”という全くそのままな魔物は最高級牛肉として取引されています。家畜に適した形質になることで種の存続を図るタイプの進化。
尚品種名は評論家が「こうするしかないだろうこの馬鹿野郎!」と叫びながら命名したとか。
パレス・オブ・ステーキキャッスルのコック長は耳が聞こえなかったり肌の病気だったりといろいろ抱えている人。仕入れとかは奥さんにやってもらいつつ知る人ぞ知る名店として切り盛りするしかない。障害が無ければ世界一の料理人...だったかも。
お値段は高いけど意外と敷居が低かったりと金持ちのごちそうとして結構人気だったりする。採算は取れてます。ちゃんと。実はランチだとちょっとお安めな、裕福な平民位なら手が出せるメニューも。メニューはペペロンチーノとかだけどめっちゃうまいのです。




