第六話 異世界対人戦闘体験版/公爵家のバカ息子
翌日。
あーたらしーいーあーっさがきーたー、しーけーんーの、あーさーだ。
なんてアホな事を言ってる場合ではない。
さっさと朝食を食べて試験へGOである。
徒歩1分とはマジでいいところ取ったなあいつ。なんか機嫌悪いけど。
「ええっと」
尚試験会場は別々である。試験番号は名前順。厳密には違うがほぼアルファベットなので、俺はクロウ、”C”でアイリーンはソラウ、”S”である。そりゃ違うわ。
なんか余計に不機嫌になったアイリーンを見送ってから、壁に貼られた時間割を見る。
試験は筆記と実技の二日間の日程で行われる。
今日は筆記試験の日だ。
一限が歴史、二限が数学、昼食挟んで三限が理科、最後が呪文学...と。
歴史と呪文学が長い。そりゃそうだが両方110分か...まあ、やるか。
歴史。
この世界の歴史とは、永い停滞の歴史である。
この世界には原初より魔力に満ち溢れ、神が我々を作り給うたのだ、と教科書には書かれている。
恐らくこの世界でも進化論が働くのでそんなことは無いのだが。
しかし、その文献...聖書に当たるそれは少なくとも1500年以上前には同じ装丁技術で存在していた、とすればどうだろう。さらに言えば、この土地にはいまだに羊皮紙以外の紙がほぼ存在しなく、暮らしぶりもそう変わらない...とすればどうだろう。異常なほどに、この世界の人間は発展しないのだ。
魔法自体は発展する。より速く、より強力に...。だが、物理法則を知らない以上、恐らく”新たな魔法”は生まれづらいのだろう。
そして、この世界の歴史は戦乱の歴史でもある。
この世界では、人そのものが兵器足りえる。そんなもので、歴史が荒れない筈がない。
優秀な植物魔法使いが居れば食料確保が出来、炎魔法で爆撃し、異常剣術が敵をなぎ倒す。そうしてこの大陸は血を吸い上げてきた。
現状、この大陸で有力な国は三つ、勢力まで含めるなら四つある。
先ずはこの国、”王国”ことトルディアナ王国。まあ、正しく中世ヨーロッパの王国...でもないか。王都とか王城とかは中世ヨーロッパには少なくとも存在しない。...気付いちゃいるけど似非ヨーロッパじゃねえ?
まあ兎も角、王国はこの地に居た竜を討伐した初代王が建国したらしい。読む限り森一つ一夜で魔物ごと焦土にする戦略兵器生物なんだがどうやって倒したんだ?
文化的にはフランスとイタリアのごちゃまぜ感がある。まあ似非だが。
次は”帝国”ことドラグノフ帝国。正しく侵略国家であり、元は小国の王だった初代皇帝が大国まで押し上げたそうだ。今の皇帝は暴君らしい。...うーんこの。
文化的にはスペインっぽい。
次は”連合”ことノルザニア連合王国。帝国の侵略に対抗すべく多数の国が寄り集まった国。
文化的にはイギリスとロシアである。
そして”連盟”こと都市国家連盟。要するに小さな国が集まった団体だ。連合と違うのは同盟で繋がれているということ。連合は王が一人だが、連盟は王が各地域に居る訳だ。結束は其処まで強くないのでそんなに強力な勢力ではない。ギリシャっぽい...と、言うかバラバラ。
まあ、大体このくらいがこの世界の歴史の基礎である。
テストでは雑に選定された土地の名前や人名、起こったことの書き出しやちょっとした考察を書き綴るテストだ。
まあそんなに難しい事は聞かれないので問題ない。
次。数学。
ツルカメ算とか球形の面積とかそう言うの。円周率は3。
うーんこの。
昼飯。
ガーリックトーストって美味しいよね。
次、理科。
四体液説ってマジかよ。
四元素説ってマジかよ。
と言う訳で筆記試験も最後である。
ある意味ラスボス。
エーッと何々...?
『光の精の力を借り、癒しの恩寵をもって除霊の力となす魔法の呪文と魔法の名を答えろ』?
えっと...『光は赦す。光は願う。かの者の罪を濯ぎたまえ。【浄罪の光幕】』と。
良くある話だとこの手のアレは聖職者専用っぽいがそれはそれで”祈祷魔法”という別カテゴリに分類される。こっちは基本”教会”に属しないと教えてもらえない。
次、えっと...『洪水が起きた時に魔法で対処しろ、尚必要魔力量は問わない』?
ふむ。魔力量は問わない、ね。
魔力量、と言うのは変な話だ。魔力そのものは空気中に溢れているのに。だがまあ、つまりこういうこと。脳波を体外の魔力に伝達するのが体内魔力と言う事らしい。それを使い切ると魔法が使えなくなるわけだ。
まあそうでないとちょっとした脳波で魔法発動するだろうしな。さもありなん。
さて、魔力量を問わないなら簡単だ。複数の...お、呪文書かなくていいのか。
『【氷獄の息吹】で一度水を凍らせ、【大陸砕き】で氷を粉砕、【城壁生成】と【土壁生成】を用い土手を製作、残った氷は【凍り付いた涙】で河に捨てる』...と。
まあ実際どうなるかは知らん。少なくとも”洪水は”対処できる。筈。
...とまあ、科学に唾を...まあ四体液説のテストでもうやってるか。吐きかけたテストを終えた。
間違いはないだろう。あれを真面目に勉強するのは嫌だったが仕方がない。己の記憶力がなかなか恨めしい。ハハッ。
夜。
「はー、ただいま~」
む、アイリーンが珍しく疲れているな。地味に帰りも俺より遅いし...。
「何かあったのか?」
言うと、アイリーンは大きく溜息を吐いた。
「ナンパ」
ふむ。....ふむ。
「怖い顔してるよ?」
「おっと、殺害計画を立ててしまった」
HAHAHAやろう、ぶっころしてやる。
「ダメだよ、物騒だなぁ(だったらさっさと...)」
「ん?なんか言ったか?」
小声で何か言ったので聞くと、アイリーンはぶんぶんと首を振った。
「んーん。なんにも」
「そか、じゃあ身体洗ってくるわ」
この世界に湯舟は珍しいものだ。シャワーも無いんで体に水をひっかぶる感じ。こっそり石鹸作ってるけど。
「じゃ、俺寝るから」
「あ....うん」
何度でも言おう。俺は手を出さない。
翌朝。
やっぱりちょっと不機嫌なアイリーンを連れていく。校門をくぐると裾を掴まれた。む、結構昨日は絡まれたのか。
よく観察してみると視線、視線、視線。
全てがアイリーンに向いている辺り徹底しているな。
俺は人外じゃないが殺気くらいなら出せるぞ畜生共。
睨むと視線の大半が居なくなる。溜息を吐きながらアイリーンと共に試験会場に向かう...と。
ナンパ野郎が現れた。
「やあ!美しい君よ、また会ったね!」
おうおう明らかに関係者の俺ガン無視で突貫か。勇気あるね。
「考えてくれたかい?この僕、ガリアスタ・ガリオンとの結婚を!!」
うっわ初見でプロポーズかよ、ほんとに勇気あるね。
「その、嫌って言いましたけど」
塩である。
射殺さんとする絶対零度の視線すら放っている。
そうとうしつこく行ったな?誉めてやろう。
「はっはっは、君は恥ずかしがり屋だね、でも本当に断りはしないだろう、僕は...」
何事か話しているガリ某の言葉を黙殺しながら果てどうするかと思っていると。
ぎゅ。
俺の服の裾が強く握られた。ハッとアイリーンの顔を見るーーーーーー。
ガシッ。
「む、なんだいキミは。早くこの手を放してくれないかな?僕は忙しいんだ、君なんかの相手はーー」
「失せろ、クソ野郎」
想いを込めて言い放つ。あの顔には弱いんだ。俺は。
「...え、今何を言ったんだい?」
...ハッ。
「失せろと言ったんだ、聞こえなかったか?」
俄かに周囲がざわつき始める。む、結構高いくらいの男か。えーっと、ガリオン家は...。
「失せろ?このガリオン公爵家の嫡男、ガリアスタ・ガリオンに、失せろ、と?」
おっとビッグネーム。引かないけど。
「そりゃそうだろ?嫌がってるのが分かる女の子に男が絡んでるってのに、何もしない方がおかしいだろ?」
ちょっと周りに八つ当たり。
「...ハッ何を言うかと思えば馬鹿らしいね!!そんなわけないじゃないか!」
ばっ、と芝居がかった動きで手を広げるガリア某。
「僕との婚姻をくれてやるんだ、感謝こそすれ拒否などしないさ。それとも何か?君は彼女の婚約者かい?家格は?」
「俺は男爵家。こいつとは幼馴染だ。」
言うと、数秒きょとんとしたガ某は額に手を当てて笑い出す
「ふあっはっははははは!男爵!幼馴染!!!ははははは自分の立場を微塵も分かって居ないようだ!!ーーくだらないね。」
急に感情が抜け落ちた声を出すガリアス某。
...いや、立場解ってないのはお前では、と思ったがまあ黙る。ちょっと勢いでやったし。だが出た以上は引けない。妙な結論になる前に大事にするのがこの場では正解だ...っと。
「今なら侮辱罪は特別に勘弁しよう。脱兎のごとく逃げたまえ。ーー行こうか、美しい君」
またも俺を無視することにしたらしいガリ某はアイリーンに手を伸ばしーーー。
その手は空を掴んだ。
「あの、ほんとに、嫌です」
アイリーンは手を躱し俺の後ろに隠れていた。
拒絶され、固まっているガリア某に俺は笑いかける。
「だってよ、残念だったな?ほら、さっさとどっか行けよ」
しっし、とてを払うと。
ヒュッ、ペシッ。
胸に白い布が当たり、落ちる。
見れば、それは...手袋。
「貴様に決闘を申し込む!!!!」
いよいよ憤怒の形相をしたガリア某が叫ぶ。その言に俺は...。
「あっそ」
それだけ言い、これ見よがしにアイリーンの手を握り、踵を返した。
「なっ...!逃げるな!何を考えている!?」
尚も叫ぶガ某に俺は呆れた声を浴びせてやる。
「お前が何を考えている?」
「...は?」
「非公式の決闘は違法だぞ?逮捕されたいのか?」
そう、この国で非公式の決闘はちゃんと禁止である。当然、相手が受けた場合そいつもアウト。公式の決闘と言っても自分から申請する類ではなく大会の類しかないが。
「ッ!僕は公爵嫡男だぞ!!」
怒るガリアス某。はあ。こいつは。
「だから嫡男だろ。今爵位を持ってるわけじゃないじゃないか」
そう、例え公爵家の人間であろうとも、子供である以上、この決闘を公式戦と言い張ることすらできない。
ちろ、と俺はこっそりスキルをオンにして辺りを見渡す。
そして、目当ての人影を補足し...二ヤァ、と笑う。
「そんなことも解らないのか?猿頭」
プチ、と。俺は堪忍袋の音を聞いた気がした。
もうさっきまでの面影が無くなるレベルの形相のガリア某が腰の剣を抜き放つ。
「貴様ァァぁあああああああああ!!!『我が手に力を!【剛力無双】』!!!」
お、短縮詠唱か、まあちょっとはできるのかな?ってか殺す気かよ、やっぱ頭足りてないんじゃないの?
「死ねえ!!」
ぶん、と強化された筋力で剣が振り上げられ、そのまま全力で振り下ろされる。
さて、俺は魔法を使っておらず、剣も抜いていない。
まあ、こうなれば普通は死ぬだろう。普通は、な。
かきん..。
と、剛力の剣が振るわれた割には異常に静かな音が辺りに響く。
果たして剣は、俺の左手に触れ、止まっていた。
「な!?」
驚くガリア某、笑う俺。そして、剣の衝撃でちぎれた服の袖がはらりと落ちる。
「義手!?ふ、ははははは!まさか、腕にそんなガラクタを付けているとは、もの悲しいねえ脚無し!!!」
四肢が不自由な者に対する差別用語である。脚は四本とも含む。
ま、だから何だって話だが。
「ハッ、そのガラクタに必殺技を止められたお間抜けさんはDA☆RE☆KA☆NA~?」
出来るだけうざったいであろう声を出す。もう一撃寄越せ。
「きっさま!」
くん、と体を回し、ガリ某が二撃目を放とうとした、その時。
「やめなさい!!」
凛とした声が響き渡り、ガリ某が硬直する。
出てきたのはメガネをかけた妙齢の女性。ちょっとザマス系っぽい眼鏡だけど下品じゃない。まあこの学園の教師である。昨日の試験監督。
「剣を納めなさい」
ガリ某を見つめ、女教師が言った。
「しかし!」
「納めなさい!!」
反発するガリア某に女教師はぴしゃりと言う。
渋々と、ガリア某が剣を納める。
「はあ。試験で問題を起こすとは嘆かわしいですね。問題を出すのは教師の筈ですが」
あ、それちょっと面白い。
「はあ。では、そうですね。問題を起こした以上処分を下さなければいけません。」
にやり、とガリア某が笑う。...え、こいつまだ解って無いの?
「では来てください...確か、ガリアスタ・ガリオンでしたね。来てください」
「はあ!?」
驚くガリア某。いや、そりゃそうだろ。
「一応もう少し前から見えていたので状況は理解しています。貴方は決闘を拒否した相手に剣を抜きましたね?」
やっぱり視覚系の能力持ちか。試験官やってるときにもしやと思ったが。
さて、ガリア某の行動。これは間違いなく重罪である。
決闘が始まったのならば何が起ころうと自業自得で決闘したことの処罰が下る。
しかし決闘が拒否されたのに剣を抜けば...それは只の人斬り、通り魔である。
「っ、しかし、こいつが!!」
漸く事の重大さを理解し出したか青くなってきたガリア某がまたも叫ぶ。
しかし女教師は残酷な程に冷静だった。
「ええ。まあ確かに挑発はしました、が。剣を抜いた時点で貴方が10:0で悪ですね。まあそもそもその前の強引なナンパの時点で情状酌量の余地はありませんが。」
そう、ナンパの時点で女教師はこっちに向かってきていた。傍にいたのに行動を迷ったのはそのせいだったりする。
「ぐ.........」
「ああ、それともう一つ。学術都市憲章を読まなかったのですか?」
「は?」
「『この都市では貴族も平民もみな平等に』。それは法においても変わりません。故にあなたを許すわけにはいきませんので。」
がくり、と遂にガリア某は項垂れた。..........まあ、俺の予想通りならどうにかなるだろうが...肝は冷えるだろ。
そしてなんか妙に特徴のない大人が数人、ガリア某を引き連れて行った後、俺たちは女教師に声を掛けられていた。
「どうも、ローゼナ・ティラミーです。...災難でしたね。お二人とも怪我等は?」
二人そろって首を振る。
「そうですか。その、申し訳ありませんでした。」
頭を下げようとするローゼナ。俺はそれを止めた。
「いや、それはナシで。これは...まあ、只の子供とのトラブルと言う事で。」
「...しかし」
「いいんです。..いいな?アイリーン」
「...うん。」
頷くアイリーン。まあ、この語の展開は予想が付く。どうせこれは無かったことになる。一応学術都市憲章などと唱ってはいるが、結局は王国の一都市。公爵の息子をかってに罪には問えないだろう。...が、俺たちの家名を出せば恐らくガリア某は見捨てられる。いや、良いとこ家から刺客が飛んできて病死だろう。
我が親たちは語ろうとはしないが...。
本当は、俺たちは、”特別男爵家”と”特別準男爵家”である。この”特別”が何を表すのか...と言う話だ。
まあ、これはいい。流石にこの程度で命を貰う程落ちぶれる気は無い。
「...ありがとうございます。...あ、それと」
ん?用件はもうない筈だが?
「あの、宜しければその義手を見せて頂けませんか?」
は?...スキル起動。...あーー....。
「その、私は魔道具科教師でして。ちょっと興味が。...自作、ですか?」
「そうですね。持ち込み要件ですし...まあ、見ても良いですけど。まだ時間ありますし」
結構早めに来たからな(アイリーンの発案)。まあ、恐らくアイリーンの当初の計画は外れたのだろうが。多分張ってたよなアイツ。
「ありがとうございます。...やっぱり、これ、魔力駆動式の義手じゃないですね」
げ、見ただけでわかるの!?|《観測者》持ち《おなかま》!?
「ふむふむ、有難うございました。勉強になりました。...ご入学されましたら、ぜひとも魔道具科に。」
「はは、考えときます」
いいかもしれんな、実際。
「では、ご武運を。」
そう言ってローゼナは立ち去った。...文字通り武運なんだよなぁ。
「アッシュ...」
にぎにぎ、と手が握られる。見ればそういえば手を繫いだままだったアイリーンの仕業だった。
顔を見ると真っ赤だ。
怖かったのだろうか。
「その...ありがと」
真っ赤のままアイリーンはそういった。
ならば、俺はこう言うべきだろう。
「気にするな。何時だって俺が守ってやるさ。ずっとな」
安心させるために言った言葉だが...それを聞いたアイリーンは余計に赤くなって...。
「っ.....~~~~~!ばか!!」
と逃げ去ってしまった。
「...........何故?」
............なんか生暖かい目で見られた気がする。
魔法は停滞を生みます。
因みに食文化は結構豊かです。
特別爵について。
まあ、何故とは言いませんが特別な爵位です。平民から叙勲が多いので男爵以下が普通ですが重要度で言えば伯爵以上。一代限りですが普通の男爵は受け継ぐことができます。
更にまあ保有している剣が剣ですので、嫡子が...となると首がすぽぽぽーん、です。