第五十六話 小会議/生徒会への火種
生徒会の日。俺はマリアとカリオペ、アイリーンと共に、かなり早めに生徒会室を訪れていた。
「...で、だ。早速だが聞かせてくれないか?わざわざ私を呼び出した理由を」
ゴゴゴ、と聞こえてきそうな腕組を決めているエレーナ先輩。
...ちょっと乗るか。
「ええ。少々、”協力して頂きたいこと”がございまして」
恭しく頭を下げる。上目で見上げるとにやりと笑っているエレーナ先輩。
面白いと思ってくれているっぽいな。
「ふむ。成程な。...それで?つまらんは無しだったら許さんぞ?」
ノリノリじゃねえか。笑いをかみ殺してるっぽいけど絶対うっきうきだよなアンタ。秘密結社ごっことかしてみたかったタイプだよな!?
「...ええ。もちろん、”歯応え”のあるお願いですとも。...この会長はこの娘をご存じでしょうか?」
「ああ。...例の”事件”で救出されたというのだろう?」
やはり会長は耳が速いですなぁ。
隣のカリオペに「何よこの会話!?」と耳打ちされたがムードが崩れるので黙らせる。
「やはりご存じでありましたか。であれば話は早い。それに関することですので」
「ほう」
気分は首領とその配下である。
とは言えいつまでもふざけてはられない。少しきりりと顔を作り、真面目に願うため、姿勢を正す。
「”彼女を誘拐した組織の捜査がしたい”なので”情報を集める手伝いをして欲しい”」
たっぷりと10秒間、エレーナ先輩は黙りこくる。
そして、はあ、とため息を吐いてから、ゆっくりとその口を開いた。
「...成程。思ったより”歯応え”のあるお願いだな...あー...」
ゆっくりと息を吸い、ふー、と息を吐きながら会長用の少しだけ豪華な椅子に沈み込む。
「危険な所業なのは理解しているのか?」
既に小芝居は終わっている。これは本当の交渉だ。
「ええ。当然」
即答する。
「...そうか。なら何故それに飛び込む?」
「そうですね。我が愛すべき妹に手を出したから、でしょうか」
魔物化薬の云々とか、テロ組織を止めておきたいとか、そういった理由ももちろんある。それはカリオペやアイリーンに話した通りだ。
だが。
マリアが、前世からの友人が。...俺にとっての”身内”の一人が。
酷い目に会わされたと言うのなら。
ああ。処刑は確定だ。慈悲は無い。殺すまでは行かずとも、それに近い目にくらいは合わせてやろう。
許しはしないとも。
「...そうか。まあ、理由は分かるが...それはあくまで君の”個人的な感情”だろう?周りを巻き込むのか?」
「まあ、それは思わなくはなかったです」
カリオペは微妙だが、アイリーンとネアは既に俺の友人、”身内”と言っていい存在だ。身内を巻き込んで、奴らの”組織”と争って、危険な目に会わせる...。それははっきり言って俺の本意ではない。
だが。
これはもはや俺の中での確定事項。奴らの犯罪組織は潰す。
当然被害なしで、だ。
「それでも、という顔だな。...まあ、それに就いては良いとしよう。短い付き合いだが、君がみすみす彼女らに怪我を負わせたりはしないだろうとは思えるさ。...では次の質問だ」
エレーナ先輩は腕を組む。今度は芝居がかっていない、”本気”だ。
「これははっきり言って大人に任せるべきことだ。放っておいても解決するはずだ」
「いいえ。それは無い」
ぴくり、とエレーナ先輩が反応する。
「...それは、どういうことだ」
「...そうですね。犯人の一人がこの学園の門番だった...こういえば、エレーナ先輩は分かるんじゃないですか?」
「...はあ...ああ、今日はため息が多いな」
「幸せが逃げますよ」
「もしそうなったら君が疫病神だ」
じと、と睨まれる。はは、なんのことやら。
「...成程。君が大人を信用できないと言うだけの理由は貰えた。...だが、だ」
エレーナ先輩が腕を組みなおす。
「私が協力する義理はないな」
ある種冷たい突き放し。それは恐らく、はっきりとした拒絶の言葉。
「私はこれでも一応侯爵家の跡取りでね。...いわゆる一人っ子なんだ、私は。だから...まあ、分かるだろ?そう簡単に危険なことに首を突っ込む気は...」
そこで、俺はばさ、とエレーナ先輩の机に書類の束を放る。
ごく、とカリオペが息を呑む音がする。
「なんだ?ーーーッ!!」
エレーナ先輩が驚愕に目を見開く。
「どこでこれをッ!!」
そう、俺が投げ渡したのは、エレーナ先輩...エレーナ・レピオスの抱える秘密。それはある種のスキャンダル。
「ふふふ、俺も情報の仕入れ先くらいは持ってるんですよ」
因みにカモミールの商会だけではない。情報を集めるのは前世から特異な事の一つだ。心を読んでのどうこう、は苦手だが、情報の流れを追うのは大得意。そういう協力者を得れば簡単だ。
「この情報量...あの事件があってからじゃ遅いな」
「まあ、初めに先輩に会った時には”組織”との因縁はありましたから。こんなこともあろうかと...ですよ。まあ、それでも三週間程度。これっぽっちしか手に入りませんでしたが」
息を呑むエレーナ先輩。それはもっと機関があればさらに情報を手に入れられるという宣言だから。
「ぐ...」
なにか言おうとして、声が出ない様子のエレーナ先輩。
ふふふふふ...
「いや、安心してください。この学校で今のところ、その情報を知っているのは俺一人。この三人にすら知らせてはいない」
ば、と手を広げ、エレーナ先輩に近づいていく。
「ですが、この情報のリークは一瞬です。高い写映機まで使って証拠を押さえたのです。確実な信憑性をもって広まるでしょう」
まあ、その写映機はその魔道具っぽい紙が出てくるだけの自作ポラロイドカメラだが。実質無料だ。
「いや、まさかあんなものをお買いになっているとは!ええ。これが皆に知られれば、速やかに皆の貴女を見る目は変わるでしょう!」
あくどい笑みを浮かべ、胡散臭い声音で演説するように謡う。
アイリーンとカリオペ、マリアの表情がこわばっている様に見える。思考誘導はうまく行っているっぽい。仲間内だと比較的苦手だったけど、どうにかなってよかった。
多分違法薬物でも買っているのかと気が気ではないのだろうが、それが今、冷静ではないエレーナ先輩の思考を乱している...ハズだ。
すたすたとエレーナ先輩の隣に回り込み、固まっている彼女の耳元に口を近づけ、そっと囁く。
「まさか、クマのぬいぐるみに愛らしい表情で頬ずりをしているなんて」
...そう。”情報”は別に違法薬物でも何でもない。
要するに”会長の恥ずかしい情報集”である。
エレーナ先輩が可愛いモノ好きである、という彼女がひた隠しにしていた事象の証拠、数少ないやらかしのリスト、etc...。ま、流石にライン越えであろう情報は集めていないが、知られれば確実に生徒たちの会長に対する印象が変化するであろう情報の数々である。
「...君は、悪魔だ...」
恨めしそうに見上げるエレーナ先輩。
「利用できるものはなんでも利用しますよ。ええ。」
素知らぬ顔で言う。
「(ねえ、本当にヤバい情報じゃないわよね!?怖いんだけど!)」
「(さ、流石に大丈夫でしょ...生徒会長のひととなり知らないけど)」
『(どうせちょっと恥ずかしい情報で強請ってるだけでしょ、本人以外にはくだらないヤツ)』
こら、ネタバラシをするでないわマリア。
感じる視線にそれっぽい顔をしておけと念を送り返していると、エレーナ先輩が深く、深く溜息を吐いた。
「...あまりこういうことをしていると嫌われるぞ」
「分かってますよ。今回は手段を選ぶ気が無かっただけですから」
「...ああ、そういえば君の”最初の事件”の方ではアイリーン君が危険に晒されたのだったか...成程」
あら、バレたか。そう、正直な話、アイリーンが傷付けられた時点で奴等を消滅させることは確定していたりする。
まあ、此処まで重い理由なのは言わないけどさ...。
「...だが、私にも培ってきた信用がある。この程度の情報で...」
「さーて二人とも、生徒会長の秘密、知りたくなーーー」
「分かった!分かりましたからやめて下さいアッシュ様!!」
...瞬間的にものすごく綺麗な土下座を決められた。..................。
「..............すいません、そこまでさせる気はありませんでした」
やり過ぎたか....。
「.........少々私も錯乱していた様だ.......」
『これ、”恥ずかしい秘密”が増えたんじゃない?』
ジト目でいうマリアと気まずそうに目を逸らすアイリーンとカリオペ。
おーけー。確実にやりすぎたな。
一分ほど後。どうにか事態の収拾がついた俺たちは、テーブルに着いて向かい合っていた。
「で。まあ、少々不本意な流れではあるが、とりあえず私はアッシュ君の下僕と化したわけだ」
「まだ錯乱してませんか会長!?」
本当にそうだよ、リアルに下僕発言とか聞いたことがないぞ。
原因俺だけど。
「アレを知られたら私が恥ずかしくて死ぬからな。...もう一生アッシュ君には逆らえないかもしれん....」
顔を赤くして嘆くエレーナ先輩。
正直俺の想定を超えて効いている。立場、というか凛とした印象で通っている人、更にはその自覚がある人に可愛いモノ好きの証拠とか、愛らしい印象を植え付けさせるアレコレは致命的と言うことか。
何と言うか、目星判定で100クリティカルを出した気分だ。そうだけど今じゃない。って感じ。
「...だが、何と言うか秘密を握られるというのはぞくぞくするな。首輪をはめられたと言うか」
....なんかとんでもない事呟いてないかこの人。アイリーンとカリオペには聞こえてないっぽいけど
『(ねえ、この人Mの素質でもあるんじゃない?)』
俺もちょっと思っていたところだマリアよ。
...これが一番のスキャンダルなんじゃなかろうか。
閑話休題。
「...おほん。それで、だ。結局のところ、私は何をすれば良いのかな?...正直、”情報収集”ならアッシュ君でいいのではないかい?」
ちょっと恨めし気な言い草である。
「俺の情報網では限界がありますので。”詳しい事”を調べ上げられるのはこの学園都市内が限界ですよ」
実は元々、我が両親が何をしていたのかを調べていたら副次的に獲得した情報網なのだ。だからそこそこ詳しい事が解る代わりに範囲が狭い。
...我が両親殿は思ったよりヤバい人だった。ま、それについてはまた追々。
「ああ、少々前提のお話をしなければなりません」
「ほう、前提か」
一息置く。仲間たちは一発で信じてくれたが、この人もそうとは限らないからな。慎重に、だ。
「ちょっとこのイヤーカフ着けてくれます?」
「...?今ここで贈り物か?...まあ、嬉しいが...」
「違うそうじゃない。...とりあえず着けてください」
「ふむ....?」
急かす俺にいそいそとイヤーカフを着けるエレーナ先輩。
「...着けたぞ。物言い的に魔道具なんだろうが、これは...」
『えっと、初めまして、生徒会長』
「うおっ喋った!?」
キャラ崩壊著しいなオイ。
「...つまり、君たちは転生者である、と...」
「信じます?」
「...まあ、信じがたい、と言いたくはある。だが...実を言うと」
テーブルに肘を乗せ、碇ゲン〇ウっぽいポーズをとるエレーナ先輩。
むにゅりとそのあまりに豊満な胸部が変形し、なんかスキマのある妙なポーズになっているが....。
「...あくまでも伝承の上ではあるが、”転生者は元々居た”んだよ、アッシュ君」




